アオイの推理(2)
「更に、時間帯で絞れます」
怒涛のアオイ推理劇は続く。
「あの地下道を使う際、一度壁を壊して、中に入り、そしてまた内側から塞ぐことが必要になります。大鏡を外したまま、です」
確かにそうなる。
そもそも、あの大鏡を戻していない理由は何なのだろうか? あの地下道を使ったとして、また壁の穴から戻ったなら、壁を塞いだついでに大鏡を戻しておけばいいのに。
「当然ながら、それを発見されればおしまいです。夜、灯りがない廊下ならば誤魔化し様もありますが、日が出ている間は危険すぎます」
「待てよ、そもそも、夜、ヒエイが寝るまでは誰も向こうに行く用はないはずだろ」
ヘンヤが食い下がるが、
「いえ、現にマサカドさんが夜に道場に行っています。何かの拍子に誰かが通りかかる可能性はゼロではありません。他のことならいざ知らず、穴掘りの途中を見られては言い訳のしようがありません」
「セキウンほどではないが、俺達も剣士だ。気配を探ることくらいはできる。何者かが近づいてくればそれを察知することくらいはできる。姿を見る前でもな。だから、見られる前に手を打つことは不可能ではない。それでは答えにならないのか?」
ウーヘイが言うのを、
「なりません」
一言でアオイが斬って捨てる。
「壁に穴を開けている最中に誰かが近づいてくれば、大量の壁の破片と開きかけている壁の穴の二つをどうにかせねばなりません。短時間では不可能です」
時間がかかるのは確かだろう。
「もしも万が一誰かが近づいてきても、気付かれるのに一秒でも長くかかるように犯人は最大限努力しなければなりません。つまり、明るい時にそれをするということはありえないのです」
ありえないは言い過ぎだろう。少なくとも今の時点では、明るいのに犯行に踏み切る可能性は低いと判断できる、くらいがちょうどいいと思うけど。
「つまり、犯人の可能性がある三人の中で、夜に犯行が可能な人間こそが真犯人です」
びしりと指を天に向かって指し示すアオイに、誰もがざわめく。
さて、スライス、ライカ、ウーヘイの中で、日が沈んでからのアリバイがない人間か。
そうなると。
「ライカさんは、ほとんど俺と一緒にいたから、ひとまず除外しても大丈夫ですかね」
おずおずと俺が聞いてみると、我が意を得たりとばかりにアオイが満足そうに頷く。
「そうです。一応、犬を見た後で一人きりになる時間はあったみたいですけど、その後、すぐに離れに戻っていたわけですからね。全員が集まって、就寝する時には既に離れにいました。壁に穴を開け、更に地下道で横穴を掘り進み、剣聖たるセキウンさんを殺害してからまた戻り……どう考えても時間的に足りません」
「安心したわ」
感情の入っていない棒読み口調でライカが言う。
「更に、ウーヘイさんも、ヴァンさんとすれ違わなかったという不審な点があったものの、結局すぐに離れに着いてお皿を返しているわけですから、時間的に犯行は無理です。日が沈んでから、まとまった時間一人でいたのは」
指が、死人に似た男を向く。
「あなただけです、スライスさん」
「いや、証拠は?」
思わず、スライスよりも先に突っ込んでしまう。
「もちろん、これからスライスさんを徹底的に身体検査すればいいんです。凶器はなくとも、新しく壁を作ったり、あるいは穴を掘ったりするためには魔術だけではなく併せて使う道具が必要です。その痕跡くらいは見つかるでしょう」
「身体検査か。ぞっとしないが、いいだろう」
あっさりとスライスが認めて、
「えっ」
逆にアオイが追い詰められたような顔になる。
「というか、さっきまでの話、どこまで本気なんだ?」
そうして、ついにマサカドが誰もが言いたかったけど怖くて言えなかったセリフを言う。
「いくらなんでも、仮説の上に仮説を重ねすぎだ。それも、大した根拠もなく。ただの妄想と変わりない。それよりも、何よりも」
「地面下からの攻撃程度で、あの男は殺せない」
ウーヘイが続きを引き取る。
「そうだな。先に床板ごと斬られるのがオチだ。俺みたいにな」
するり、とスライスが肩を見せる。
肩には、くっきりと切傷が浮き上がっている。
「それって」
その傷を見て、忌まわしいものを見たかのようにアオイが息を呑む。
「知っているだろう、俺が昔、影だったことは。返り討ちにあって、このザマだ。半月ほど、生と死の狭間を彷徨った。床板を隔てた下からの攻撃と同じくらいに、床板を隔てた上からの攻撃も厄介なものだ。まともに一撃を喰らったよ」
一度咳をしてからスライスは自分の傷を撫でて、
「逆に、その一撃をかわしてから攻撃をすれば、殺せたとは思う。あの時もな。だが、それは別にわざわざ下から攻撃する必要はない。攻撃しようとした時が一番の隙なのは、何時何処でだろうと同じ話だ。別に攻撃の隙を突けるなら、それこそ普通に立ち合えばいいだけの話だ」
そして、陰気に笑う。
「それができないから剣聖。必ず先をとられ、攻撃は常に必殺だからこそ、剣聖だ」
まあ、それを抜きにしていてもさっきの推理はぼろぼろだけどな。
入り方はよかったんだけど、どうしてあそこまで妙なことになってしまうのか。俺とレオの本だって読んだらしいのに。
いや、しかし気持ちは分かるな。
俺はいつしかアオイに同調し始めている。
この事件、どうも調子が狂う。剣士の中でしか通じない人生観、世界観、そして剣士達の超人的な能力を土台に、事件ができていると言えばいいのか。
不可能犯罪でも何でもない殺人が、不可能犯罪に類するものになっているわけだ。ただただ、被害者の強さそのものによって。
だからその不可能性を崩そうとしても、そもそもの不可能性がどうにもあやふやだ。どこからどこまでがありえて、どこからどこまでがありえないのか、どうにもイメージしにくい。
だからこそ、アオイはあんなありそうにもない解答にぶつかってしまったんだろう。
事件に、呑まれているのだ。
じゃあ、俺はどうする?
事件に呑まれないように、どういうスタンスで考えていくべきだ?
と、俺が別のことで考え込んでいる間、アオイも困った顔をしてあわあわと視線を彷徨わせている。
「マサカド、結局、どうするつもりだ?」
ため息と共に、ヘンヤがそう切り出す。
全員の視線がマサカドに集中する。
「騎士団団長であり探偵団団長のお前が、正直なところ、この場の主導権を握っているのは間違いない。で、どうする? お前の部下はこの調子だし、そっちのヴァンも今すぐ名推理をして事件解決とはならなそうだ」
話を振られたので、俺も無言で頭を振っておく。
「分かった、分かったよ」
諦めたように、マサカドは肩をすくめる。
「師匠の敵討ちといきたかったが、仕方ない。これ以上は俺の立場上、腹を切らされかねないしな。国がどうオチをつけるのかは分からないが、報告すべきだな。というか、もうしている」
「何?」
スライスが疑問の目を向けると、
「そこのアルルを呼んだ時に、探偵団の方にも一応連絡をやったんだよ。ただ、少々遅れて連絡がつくようにはしたがな。騎士団と探偵団の団長権限をフルに使って、とにかく上の意見がまとまらないでもいいから大至急人をよこすようにしてあるから、昼飯時くらいには部下が来ると思うぜ。ただ、来て何をするかまでは命令系統が滅茶苦茶になってるだろうがな」
にやりと不敵に笑って、
「ただ、来さえすればその場で俺が陣頭指揮をとればいいだけの話だ。何とでもなる」
何となく、それで場の雰囲気が変わる。
安堵と、それから無念。同量ずつのそれが入り混じった気配が渦巻く。
「ううん、じゃあ、まあいっかあ」
ただ一人、その雰囲気とは無関係に能天気な声をあげるアルルに、
「いいって、何がです?」
と訊くと、
「いや、ほら、妙な違和感のこと。何だか、どうもひっかかるのよねー。まあ、でも、事件自体有耶無耶になってもおかしくなさそうだし、別にこだわることないかーと思って」
恐るべき職業意識の低さだ。
そう思った俺の視線に気づいたのか、
「そもそも、あたしは生きてる人の治療専門だしー。死んでる人については、キリオちゃんの方が専門なんだからさー、分からないよ」
正論と言えば正論だ。
検死なんてものに興味を持っているのはキリオのような例外くらいであって、本来は医師も医術師も生きている人間を治すことこそが仕事だもんな。
「さて、じゃあ、どうする? このまま、マサカドの部下が来るまで遊戯室で全員待つか?」
ヒエイがそう質問した時には、既にウーヘイとスライスの姿がない。
「困った奴らだなあ、本当に」
呆れるダイゼンが、
「まあ、あいつらならそうそう簡単に殺されはしないだろうから、いいけどよお。ああ、でも、アオイ、ヴァン、アルル先生はなるべく一緒にいた方がいいかもなあ」
言われなくとも、そうする。別に腕に自信がそこまであるわけじゃあない。そりゃあ、ちょっとした暴漢くらいなら、魔術で何とでもできるとは思うが、相手が剣聖を殺した化け物となると話は全く別だ。
「じゃあ、ちょうどいい。アオイ、ヴァン、アルルがここに積んである武器類の見張りをしてもらうか。部下が到着するまで」
名案とばかりにマサカドが手を叩くが、冗談じゃあない。
「万が一、遊戯室に犯人が入って俺達を皆殺しにしたらどうするんですか。戦闘力で言えば、俺達三人を合わせても他の人の一人分にもならないでしょう」
「ご謙遜を。私の刀を斬った実力の持ち主が、何を」
とトウコが冗談なのか本気なのか分からない反論をしてくるが、無視だ。こっちはそれどころじゃあない。命がかかっているんだ。
「分かった分かった。じゃあ、ダイゼンとヒエイも付けよう、それでどうだ? 二人とも引退はしているが、二人で一人分くらいの働きはするだろ」
「勝手に決めた上におまけ扱いかよお」
うんざりしながらも、ダイゼンは特に反論しない。
「わしもいいですが、その代わり、皆さん全員のお世話はできませんぞ」
「別にいいよ。どうせ昼飯までの間だ」
「というか、不思議なんですが、そこまでして皆さん、どこに行きたいんですか?」
俺が疑問を口にすると、
「そんなの、決まってるじゃない」
部屋を出て行こうとしていたライカが振り向く。
「素振りをしたり、鍛錬したりよ。目指していた最強の象徴が殺されたのよ? 誰も彼もさ、犯人探しよりも、悲しみよりも、何よりも先に、本当は臓腑を煮えたぎらせるような欲求に身もだえしてたんじゃない? 少なくとも、あたしはそうよ」
「こんな状況で?」
信じられない。
「むしろ、こんな状況で、大人しく今まで雁首揃えていたのができすぎなくらいよ。ねえ、お二人なら、元とはいえ剣士なんだから分からないでもないでしょう?」
ライカの言葉に、ダイゼンもヒエイも黙って頷く。
マジかよ。
「自分が最強というのを、証明したい。それも、世界にではなくて、自分自身にさえ証明できればいい。そんな欠陥人間ばっかりよ。自分が自分を最強だと思えるために、人生を賭け続けている。あたしもね」
そう言って、ライカは出て行く。
気付けば、遊戯室にいるのは、俺、アオイ、アルル、ダイゼン、そしてヒエイだけになっていた。




