アオイの推理(1)
「最も重要なポイントは、剣聖セキウンがどうやって殺されたのか、ということです」
全員の視線を集めたアオイは、全員の目を自信に満ちた顔で見渡し、特に俺を見る時に挑戦的な目をする。
「剣聖が殺されたこと、それ自体は実は不可解なことではありません。密室だったわけでもないし、全員にアリバイがあったわけでもない。それなのに、どうしてそれが最重要ポイントなのか? それは、剣聖が剣聖であるがゆえに、です」
一度言葉を切って、またアオイは見回す。
なかなか、演出がうまい。おまけに、話のもっていき方も堂に入っているし、俺だったら同じようにするはずだ。論理的かつ人をひきつける。
「あいつの愛読書、お前とレオの共著のあれだよ」
耳元でマサカドが囁いてくる。
なるほど、俺の思考法、推理法は既に取り込み済みか。
「あの剣聖が、最強の剣士が殺されるなんてありえない。皆さんが例外なくそう思っているからこそ、この事件は不可解なものになっているわけです。逆に言えば、剣聖セキウンを殺した方法こそが、事件の犯人を特定する大きなヒントになりえます」
確かに、セキウンが被害者だからこそ、この事件は不可解なわけだ。そこを除けば、この事件はかなり単純で、誰かがこっそりと部屋を訪ねていって殺した、ただそれだけで済む話だ。
「ここで、皆さんにお聞きしたいのですが、特にセキウンさんと親しかった人達は、セキウンさんが殺されたのを、一体どのように考えていますか?」
その質問に全員が顔を見合わせて、そして代表するようにスライスが一歩前に出る。
「端的に言えば、信じられない」
「何故ですか?」
「殺気を持った人間が近づけば、部屋の外であろうと気付き、かすかな物音や体重移動による足音の違いで誰なのかを判別し、心眼をもって力量まで見抜く。それが俺達の師匠だ。化け物だ」
「たとえ、どんなにうまく殺気を隠しても、いざ殺そうとした一瞬前に勘付かれ、先手を取られる。ええ、一時期、一太刀入れてやろうと不意打ちの機会を伺っていたこともある身からすれば、はっきり言って殺す方法が見つかりません」
トウコが言い添える。
「なるほど、いきなり扉を開けて斬りつけたとしても、不意打ちは難しいわけですね。では、不意打ちではなくて、普通に斬りかかって剣聖を倒した、というのは?」
「そんなわけないでしょ」
やれやれ、とライカが呆れる。
「それができる人間がまず想像できないし、それができるならこんな方法で殺す必要がない。立ち合いを希望すれば、剣聖なら周りに人がいないタイミングと場所で、いくらでも受けたはずよ」
「なるほど。それでは、真っ当ではない技で攻撃されたというのはどうです? たとえば、そこにいるヴァンさんのような」
するり、と目と手をこちらに向ける。
「魔術の達人に、部屋を開けざま、魔術で攻撃されたのだとしたら」
「それは問題じゃあない」
面倒臭そうにヘンヤが言い捨てる。
「いいか、俺達が言っているのは、そもそも部屋に近づいた時点で、師匠はそれに気付くって言ってるんだ。そして、攻撃する意思があるなら、その一瞬前には絶対にそれに気付く。使うものが魔術だろうが武器だろうが関係なく。そして、その時には、既に師匠の刀がはしってる。そんなもんだ」
「相手が、ヴァンさんほどの魔術師でも?」
「あの人は力量を見抜き、それに対応する。相手が強ければ強いほど、それに合わせて油断せず、勝つための手を打つ。そういう方です。いえ、でした」
感情の篭っていない声を出すヒエイ。
そうだ、剣聖自身が言っていた。
もしも、俺が相手ならば、最初から全力でいくと。一太刀目から秘剣でいくと。魔術についてはよく分かっていないから、よく分からないものに対しては全力でぶつかる。予想外のことなど起こらないうちに。
「実際に、剣聖は刀を手にしていました。つまり、犯人の殺意に対して対応していたと推測されます。にも関わらず、その刀には血の一滴もついておらず、剣聖は一太刀で致命傷を負っている。これこそが事件の不可解な点であり、一番の手がかりです」
誰も反論する者はいない。
彼らにとって、あの剣聖がむざむざと殺されたことこそが、最大の謎であることは同感なのだろう。
「アルルさん、剣聖が毒を盛られていたということはありえますか?」
「えっ、えーっと、そうねえ、絶対にない、とは言い切れないけど、強い薬の影響を受けていたってことはないと思うわあ。弱い薬だったら、あるいは」
「つまり、薬物の影響で前後不覚になっていたということもありえないわけですね」
「そう考えてもらっていいわー。でも、何か、死体を調べた時に違和感があったのよねー」
最後の方は独り言のようになっている。
「そうなると、どうやって返り討ちにしようとしてきた剣聖相手に、一太刀も浴びず、逆に一太刀で葬ることができたのか、これこそが最大の問題になるわけです。当然、真っ当な方法で攻撃を当てたとは思えません」
そこで、アオイは声を落とす。全員に自分の次の言葉を注目させるためだろう。
「予想外の方向からの攻撃、というのはどうでしょうか?」
「師匠が察知した位置と、実際の犯人のいる位置が違っていたって話か?」
固いものでも飲み込んだようにヒエイは顔をしかめて、
「悪いけどそりゃあ、あんまり賛同できないな。師匠が殺されたことより、そっちの方が信じられないくらいだ。ひひ。あの人は、両目を使わずに世界を把握して、気配で人を認識してきた。そして、剣術世界一の称号を得た化け物なんだぜ。今更、相手の位置を捉え損ねるかよ」
他の剣士連中も、それに同意して頷く。
だが、アオイの落ち着きは崩れない。
「確かに、通常ならばそうかもしれません。しかし、その時の相手の位置が尋常ではなかったら。これまで、剣聖が経験したことのない位置関係だったとしたらどうでしょうか?」
「経験したことのない、位置関係?」
眉を寄せたマサカドが、ちらりと俺を見てくる。
分かるか? と目線で聞いてきたが、俺にも見当が付かない。
「つまり」
すっとアオイは指を床に向ける。
「下です」
地面の、下?
ああ、つまり、そういうことか。あの地下道をそう使うわけか?
「いや、でも、あの地下道、セキウンさんの部屋の下なんて通ってたっけ?」
そもそも、それが怪しいはずだ。
思わず口に出してしまった。
「通ってないでしょうね。通っていたとしても、部屋の床とあの地下道の天井との間には、それなりに厚い土の層があるはずです」
「だったら」
「いいですか、そもそもあの鏡の裏の壁、あの壁を作ったのだとしたら、それをしたのはかなりの土の魔術の遣い手です。であれば、その土の魔術を使用して、あの地下道に横穴を掘っていったとしても驚くようなことですか?」
横穴、か。
「ああー、なるほど。セキウンさんの部屋に近づくように、緩やかに斜め上に伸びるように穴を掘っていったってことねえ」
アルルがぽんと手を叩く。
「もちろん、無音で掘れるわけもありません。かの剣聖は、地の底から自分の部屋の床下まで魔術で掘り進んでくる音を聞いたはずです。問題は」
「その音を、どう判断していいか分からなかった。地面から敵が近づいてくる、それも魔術を使ってなんて、経験にない。だから、ともかく刀を構えたところを」
俺は呟きながら情景を想像する。
異様な音と殺気。だが、これまでに聞いたことのない音の伝わり方。瞑想から立ち上がった剣聖は刀を抜いて構える。どこからどう来ても対処できるように。だが。
「次の瞬間、床板ごしの一撃で剣聖は首を切られる。この時、下からの斬撃で傷が付いたために、長い髭は斬られることなく、首に傷が出来て、吹き出た血を髭が受けるという形になりました」
まるで見てきたかのようにアオイは言う、が。
「ちょっと待て。床板にそんな怪しい傷なんてなかったぞ」
床板ごと斬ったりしたなら、絶対に傷がつくはずだ。
「当然ですけど、床板は一枚の大きな板でできているわけではありません。床板と床板の間、隙間を縫うようにして刃を通したんですよ」
「ええっ」
ありえるのか、そんなの。
しかし、今までの関係者の剣士の超人ぶりを見てきた後では、それくらいの芸当できそうにも思えてくるから不思議だ。
「しかし、刃を通したとして、ですよ。そうすると太刀筋はかなり限定されますよね。ちょうどいい位置にセキウンさんがいないと、致命傷を与えられないと思いますけど」
というか、そんな方法で攻撃したなら、あんな風に首に綺麗に一太刀入った方が不思議だ。
「普通の刀でやったならば、そうでしょうね」
アオイはそこで初めて、にやりと笑う。
普通の刀、なら?
「例えば大きく横に曲がっている刃を持つ刀。あるいは鋭いけれど同時に薄く、紙のように自在に動く刃を持つ刀。そんな刀を持っていさえいれば、そしてうまく扱う修練さえしていれば、そんな状況から剣聖の首を掻き切ることは可能です」
「いや、可能ですって、そんな常識外れな」
俺の反論に、
「常識外れだからこそ、です。そんな手でなければ、剣聖を一太刀で一方的に殺せると思いますか?」
更に反論してくるアオイ。
そう言われると妙に納得してしまう。
「さて、ここまで考えれば、犯人は誰なのかは簡単です」
「ほう」
ダイゼンが目を丸くする。
「誰? 誰だぁ?」
「条件としては、まず土の魔術がかなり得意であること。これにより、ヘンヤさんとダイゼンさんは除外されます」
「ああ、よかったぁ」
「俺もかよ、ひひ、嬉しいような、残念なようなだな」
「次に、そういった特殊な武器を持っていてもおかしくないこと、少なくともそれが意外だとは思われないことです。もしもそんな妙な武器を持っていることが事前にばれてしまえば、一体何に使うつもりかと疑われてしまいます。兵法者ばかりですから、事前にそれぞれの武器の話になったり試合をすることになったりして、その武器のことがばれる可能性は低くありません。犯人は万が一事前にばれたとしてもそこまで妙に思われない人物。持っていてもおかしくないと周囲が思うような人物です」
「そうなると」
ライカが顎を撫でて少し考えて、
「トウコは無理ね。というか、刀以外を持っている時点で妙だもの。そもそも武器術の印象がない、ヴァンやアオイも無理ね」
「あと、マサカドもだろ」
ヘンヤが付け加える。
「ほう、兄弟子殿、俺もいいのか?」
「お前はそういう姑息なイメージがないからな。そんな妙なものを持っていたらかなり違和感がある」
「実は、マサカドさんは他の理由からも犯人ではありません」
アオイが指を立てる。
「もしもマサカドさんが犯人なら、間違いなく探偵団を即座に呼ぶはずです。そうすれば、イスウ国の意向として、本件は隠蔽、剣聖は病死といった偽装がなされる可能性が高い。そう動かなくとも、探偵団長はマサカドさん自身です。最後の一押しを自分でされて、そういう方向に動かすことだって可能です。だから、マサカドさんは犯人ではありません。そして、ヒエイさんも犯人ではありません」
「わしもですか」
「ええ。もしも管理人のヒエイさんが犯人ならば、今回のこんなタイミングで殺す必要がありません。もっと、他の人がいない時にひっそりと殺してしまえばいいんです。今回ほどの大イベントじゃなければ剣聖がこの道場にくることはない、というわけでもないんでしょう?」
「それは……そうですな」
何か言いかけてからやめて、ヒエイが同意する。
「こんな妙なタイミング、他に一流の腕前の剣士が揃っているという、ある意味で暗殺を非常にしづらいタイミングで事を起こしたのは、逆に言うとこんな時でないと被害者に近づけないからです」
つまり、とアオイは順番に指を差していく。
「犯人の可能性があるのは、あなた、あなた、そしてあなたです」
指が順番に指し示したのは、スライス、ライカ、そしてウーヘイだった。




