壁の向こう(3)
「そこに梯子があるでしょう」
ヒエイの声に促されて、アオイがランプをそちらに向けると、朽ちかけた木の梯子が壁に設置されている。
その梯子の先の天井には、人が一人出入りできるくらいの大きさの木枠をはめ込んだようになっている。
出口か?
けど、出口だとしたら、出口の枠しかないぞ。土に枠がめり込んでいるような。
「いや」
違う。これは。
「出入り口があったのを、土で後から埋めたのか」
「ご明察ですな。元々、スミトモ様はあそこから穴を掘り、この地下室を作りました。ただ、それだけの単純な構造だったのです」
「ちなみに、あそこの出入り口は地上で言うところのどこら辺なんですか?」
「犬の入った檻のあるところです。魔術か何かで埋めてある土をどけて、無理にあそこから出ようとしないでください。犬に食い殺されるのがオチですな」
「ああ、そうか。ひょっとして、セキウンさんが犬を飼い始めたのって」
「そうかもしれませんな」
全部言う前に、ヒエイは先読みして頷く。
「あの出入り口を埋めた後に、誰かが掘り返すようなことが万が一にもないように、その上に何かを作るために犬を飼い始めたのかもしれません。まあ、犬がお好きなのに間違いはありませんがな」
「話がよく分からんな」
スライスがぼやく。
「順番に話してくれ。その拷問、いや尋問はどうなった?」
「ああ、そうですな。尋問の結果、元々セキウン様から重傷を受けていたトキタダ様はお亡くなりになりました」
簡単に、しかしぞっとするような乾燥した声色で言う。
「結局、トキタダ様の単独犯ということだったようですのお。どうも焦りがあったようですわ。セキウン様の実力と人望にのお。特に、人望については自分が一番だったはずが、セキウン様の独特な雰囲気によって崇拝者が増えていくことに、危機感を覚えていた。けれど、今なら、今後継者を決めるのならば自分が後を継げる。動機としては、そんなシンプルなものでした」
「残ったのは、トキタダを含めた大量の死体ってわけだ」
その光景を想像したのか、ヘンヤはげんなりとする。
「ええ。先程言ったように、捜査関係者の遺体はこの地下室から移動することになりましたが、トキタダ様の死体はどこに出すわけにもいきませんでした。そもそも、トキタダ様ほどの剣豪が死んだとなれば、どうしたって当時から数千人いたシジマ流の門弟が騒ぎ、死因を知ろうと動きますからな。トキタダ様は行方をくらましたとして、この地下室ごと閉じることになりました。セキウン様は、このような経緯があった後でご自分が後継者となることに悩み、放浪し、そして決心をして秘剣と共に戻ってまいられました」
「親父はこの秘密を盾に、息子の俺を探偵団と騎士団にねじ込むことに成功したわけだ」
自嘲をこめたマサカドの言葉に、
「ご存知だったのですか? やはり、スミトモ様はあなたに?」
「いや、俺は何も聞いていない。けど、執拗に親父が俺にセキウン流を習うよう勧めてきたのも、入ったばかりのガキだった俺に師匠がわざわざ稽古を付けてくれることが何度もあったのも、そして探偵団と騎士団両方に抜擢されたことも、何か裏があると思ってしかるべきだろ」
ごりごりとマサカドは首を回す。
「特に、俺からヒエイの部屋の前に鏡をかけるのをお前のリクエストって話にしてくれって頼みが親父から出てきた時は驚いたぜ。国の仕事の関係だと誤魔化していたが、何か俺の親父に関わる秘密があるだろうとは思っていた。探偵団長と騎士団長になってからは、自分の力でできるだけ調べてみたりもした。だから、薄々はここであったことも、鏡の裏に何があるのかも勘付いていたよ。まあ、俺の話はもういい。話の続きを頼む」
「ふむ。一度は閉じられ、上に犬達が飼われるまでになったわけですが、セキウン様が己の流派を立ち上げてすぐに、もう一度、この地下室は開けられることになりました。その時にスミトモ様が掘ったのがあの地下道です」
「一体、どうしてもう一度、こんな薄気味悪い場所を開ける必要があったんだ?」
ウーヘイはうんざりしたように見回す。
「シジマ様の死の真相とトキタダ様の末路を知っておったのは、わしとセキウン様、スミトモ様、あとはイスウ国のごくごく限られた上層部の人間だけでした。わしらは沈黙を守る代わりに、見返りを得る。スミトモ様にとっての見返りは将来のマサカド様のご栄達だったのでしょう。そして、わしらにとっての見返りとは、自分達の流派、セキウン流の興隆に他なりませぬ。しかし、それがうまく動きませんでしての」
「まさか、急かすために脅迫したのかよ?」
ヘンヤの声は非難というよりも呆れているようだった。
「別に、不当にセキウン流を持ち上げてもらうつもりは元よりありませんでした。ただ、機会が欲しかった。それが、御前試合ですじゃ。あれは、わしらがイスウ国の上層部に向かって頼んだからこそあんな短期間で実現したのです」
「頼んだ、か」
スライスが薄笑いを浮かべている。
「この地下室に残してあった拷問道具か何か、それとも探偵や影の残っていた遺品か? それを使って頼んだんだろうな、この上なく丁寧に」
「ご想像にお任せします」
「その時にこの地下室を開けた、あの壁の間からの地下通路を作ったのも、そのマサカドさんのお父さんなんですか?」
質問するアオイの顔はかなり青ざめている。そろそろ、こんな異常な場所にいるのも限界なのかもしれない。
「そうです。あの一件以来、わしら三人はいわば一蓮托生ですからな。手伝ってもらいました」
「その見返りとして、俺は師匠から目をかけてもらっていたわけだ。ふん、下らん」
鼻を鳴らすマサカド。
何かに失望しているかのような顔。この流れならば、失望しているのは、自分自身にか。
「マサカド様。これは、わしが言っても説得力がないかもしれませんが」
「ん?」
「セキウン様は、マサカド様の実力を、才気を、誰よりも認めておいででしたぞ。きっと、あなたのお父様もそうです。セキウン様も、スミトモ様も、優れた人間を世に出すために一押ししたかった。きっと、それだけです」
「別に救われんさ」
肩をすくめて、
「さて、そろそろここを出よう。うちの可愛い部下が限界みたいだからな」
遊戯室に戻った誰もが、大きく息を吐いたり、服を叩いたりしている。体の中や服に染み付いた死臭を落とそうとしているのかもしれない。
「かつては出入り口を塞いだ上を檻で囲んで犬を入れた。そして、二度目は出入り口を壁で塞いで鏡で隠したわけか」
マサカドも例外ではなく、喋りながらも纏った鎧を手で払っている。
「ああ、今更、念を押すまでもないとは思うけど、お前ら、さっきのことは他言無用だぞ。言ったら俺が殺すからな」
「マサカド、それはどうでもいい」
物騒な念押しを一言で切り捨てて、
「今、問題なのは、あの地下室が今回の件にどう関わっているか、だ」
とウーヘイが話を進める。
「確かに、そうですね」
小首を傾げたアオイの顔色は随分よくなっている。
「ヒエイさん、あの鏡の裏の壁は、元々は他の部分と同じような状態だったんですか?」
「もちろんです。一度埋めた後、その部分だけではなく全体的に壁を塗りなおしていますからな」
「ふむふむ、そうなると、やはり」
ぶつぶつと呟いてアオイはそれ以降自分の思考に沈んでいく。
「あの壁の異常は、この事件において地下道が使用されたことを担保する、と考えていいのか?」
不審そうにスライスが疑問を口にする。
「どうですかね」
俺としては、あまりすんなり賛成できない。
「肝心の、利用方法が思いつきませんからね」
「確かに、通路として使っても、ヒエイの部屋の前から犬のところに抜けるだけだもんなあ。何の意味もないよなあ」
うんうんと頷いて、ダイゼンはアルルに水を向ける。
「アルルは、何か分からないのかぁ?」
「さあ、ちっとも。でもねー、単純な考え方をすれば、もしもあの壁を一度壊してまた元に戻したのが犯人なら、犯人は少なくとも土の魔術に関しては一流の腕を持っていることになるわよねー」
その単純だが説得力のある意見に場が凍る。
視線が一瞬で絡み合う。
「魔術か、そうなれば、第一容疑者はヴァンだな、ひひ」
笑うのはヘンヤだ。
うまい反論の仕方が見つからず、黙る。
「父親が元ディガーなことから考えれば、マサカド様も充分に疑わしいかと」
トウコが鋭い目をマサカドに向けるが、
「悪いが土の魔術の才も技術も受け取っていない。俺は炎が得意なんだ」
当のマサカドはにやりとして手のひらに炎を出現させる。
「悪いけど、この話には何の発展性もないように思えるのよ」
高まる緊張の中、自然体のライカが一歩後ろに下がる。
「誰がどの程度魔術を使えるのか、それをどうやって判断するの? しかも、ここの連中のほとんどは兵法者。それも、骨の髄からの。魔術を使えることを隠し通して、殺し合いでの隠し技にすることくらい平気でする連中よ」
その言葉に一同のざわつきは収まりかけるが、
「ふむ、だが、それでも土の魔術で壁を作ることのできる可能性が限りなく低い人物は、この中に何人かはいらっしゃいますな」
と、ヒエイが言って再び場がざわつく。
「どういうことだ?」
マサカドが代表するように質問すると、
「土の魔術を利用して壁を作るならば、才だけでなく相当の修練がいるはずです。どれほどの才があろうとも、一年か二年の修練は必要ですな、ヴァン様?」
「ああ、それはそうですね」
何も間違っていない。
「ならば、わしの見たところ、アルル様、ダイゼン、そしてヘンヤ様は土の魔術の手練ということはありますまい」
「へえ、まあ、確かにおいらは土の魔術なんか使えないけどよ、どうしてそう思うんだ?」
興味深そうにダイゼンが目を丸くする。
「単純な話じゃ。ダイゼン、わしはお前が田舎の腕自慢でセキウン様に挑んで返り討ちにされ、付き人になってからずっとの付き合いじゃ。もしもお前が、その期間のどこかで必死で魔術を極めるまで修練したなら、気付かぬはずがない。かといって、田舎で剣術自慢をしていた頃から土の魔術を極めていたとも考えにくかろう。ヘンヤ様についても同じですじゃ。元々、ヘンヤ様はわしの縁戚ですしの」
「そうなんですか?」
初耳だ。
「ああ、元々、ヒエイさんの伝手でこのセキウン流を習い始めたんだしな、俺は。ひひ、そういうわけで、確かにガキの頃からの知り合いと言っても嘘じゃあない」
「そういうわけで、ヘンヤ様については幼い頃から知っております。無論、成長されてからは毎日顔を合わせるようなことはなくなりましたが、それは既に剣術を、セキウン流を免許皆伝に近い腕前まで極められた後のことです。そこまで剣一筋のスタイルでやってきたのを、突然魔術の修行を始めてスタイルを変えようとするとは考えにくいですな」
「なるほどー、じゃあ、わたしは?」
「アルル様は、もっと単純なお話です。確か、アルル様は代々続いて医師の家系のはず。その家系に生まれ、宮廷医師にまで上り詰めるには、ずっと人体に関する魔法や薬学に打ち込まれたはずです。土の魔術など学ぶ暇があれば、まだまだ他に学ぶことがおありでしょう。わしらと違い他人の意表を突く必要もないのに、わざわざ必要のない分野の魔術を学ぶほど暇人ではありますまい」
なるほど。一応、全て筋道が通っている気がする、が。
「分かった!」
突然、大声が響く。
驚いて全員がそちらを向く。
目を見開き、背をピンを伸ばしたアオイを。
「アオイ、何が分かったって?」
怪訝そうなマサカドに、
「マサカドさん、もう、全て謎は解けたっすよ」
びしりとアオイは指を突きつける。
「犯人が分かったんですっ、ヴァンさん、すいませんがお先ですっ」
と続いて俺に挑戦的な目まで向けられる。
やれやれだ。
が、ともかくこれで事件が解決してくれるならばこれほど助かることもない。手柄なんかはどうでもいい。さっさとこの状況から抜け出したい。寿命が縮む。
「は、犯人は誰なの?」
さすがに少し慌てた様子のライカが詰め寄る。
「もちろん、これから順を追って説明しますっ」
自慢げにアオイは胸を張る。




