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事件の終わり(2)

 事件が完全に俺の手を離れてから半月、お互いに忙しい身ではあったが、久しぶりに俺とキリオの休みが重なったので、食事に行くことになった。


「お疲れ様」


 キリオが選んだ店は、王都の隅にある静かで小さな料理屋だ。

 店内は薄暗く、テーブルとテーブルの間には衝立が立っていて他の客の様子は絶対に分からないようになっている。


「疲れたのはそっちもだろう。かつての師匠筋が亡くなったわけだし」


「ああ、アルルさん?」


 気だるげにキリオは琥珀色の液体を口に流し込む。


「残念ではあるわね。優秀な医師だったし」


「この半月、ずっと考えるともなしに事件について考えてたんだけど」


 かりかりに焼いた肉にフォークを突き刺す。


「へえ?」


「アルルさんじゃなくて、お前なら、展開が変わっていたかもなって気がするんだ」


 こくり、と白い喉を動かして嚥下してからキリオは、


「その心は?」


「検死能力だよ。アルルさんは、ずっと違和感があった。セキウンの死体にな。でも、それがはっきりとは分からなかった。まあ、無理もないっていうか、むしろ違和感を抱けたことを褒めるべきなんだろう。データを蓄積して死体を調べる。そんなこと、ごく最近始まったばかりだ。検死技術なんて普通の医師は持っていない」


 というか、目の前のこいつの提言で始まったんだけど。


「第一人者のお前なら、一目見てセキウンの死体のおかしなところを正確に言い当てた可能性がある」


「そうなれば、犯人も一発で分かったって?」


「どうだろうな」


 肉を口に放り込み、噛みながら考えてみる。


 剣聖の死体に、犯人が特定できるような証拠が残っていた、か。あまり、考えられないな。あるとしたら、どんな証拠だろうか。


「ああ、悪い」


 ふと我に返る。


「せっかくの休日なのに、余計な話ばっかりしてるな」


「いいよ、ヴァンらしいし。一度関わった事件が未解決なんて、気持ち悪いんでしょ?」


「未解決か。いや、一応は解決してる」


 そう、あの事件は解決した。

 既に死罪が決定的な青い狼のメンバーに、新たに剣聖とアルルの殺害の罪が加わったと聞いた。

 人質をとった上に毒を盛って更に複数で襲って殺した、とか。

 かなり無理があるが、そうでもしなければセキウン流が、ひいてはイスウ国が嘲笑われるとなって必死なのだろう。


「そうそう、これ」


「あん?」


 いきなり、キリオが白い紙の束を俺に渡してくる。


「何これ?」


「例の事件資料。監視がついててヴァンに直接渡すのは難しいから、私経由で渡してくれって」


「誰が?」


「誰だろ、この前、うちに検死の基本知識の研修に来てた、ちょっと敬語がうっとおしい感じの」


「アオイさんか」


 それで分かってしまうアオイも可哀想だな。


「けど、どうして俺に?」


「さあ? そう言えば、そのアオイだっけ、出世したらしいわよ」


「どうせあれだろ、事件に口をつぐむ代わりにってパターンだろ」


 ありがちだ。


「あ、マサカドさんは?」


「ああ、それもそのアオイが言ってたわ。謹慎中だって。どっちの団長職も取り上げられるんじゃないかって話よ」


「そうか」


 大人しく謹慎されるようなタマじゃないと思うけど。


「で、これをどうしろって?」


「さあ」


 肩をすくめるキリオ。


 仕方なく、俺は紙をぱらぱらとめくる。


 あの事件についての詳細だ。が、知っている事実ばかり。どうやらイスウ国内の色々な調査資料をまとめたアオイの手作りらしく、ところどころアオイのコメントが書いてあったり、重要と思われる部分に線が引かれている。


「ん?」


 だが、アルルの殺害についての情報になって、俺は手を止める。

 そうか。アルルの死からは、そのまま取り調べになったから、俺はいまいち分かっていない。


 死因は首にあった深い刺し傷。凶器は不明。どうやら、あまり鋭くはないもので穿たれたようだが、遊戯室に集めてあった武器類によるものではない。どの武器にも血液は付着していないし、また事件後になくなっていた武器もないということだ。


 アオイはコメントで「石?」と書いている。

 なかなかいいところだと思う。あの刀狩を隠し持つことで免れた、その武器で殺したというよりも、落ちていた石、あるいは木片なんかを尖らせてそれで突き刺したと考えた方が自然だ。

 だが、そうなると、少し不自然な点が出てくる。


「まあ、いいか」


 次に進もう。


 とはいえ、全員が混乱していたため、アルルがどのタイミングでいなくなって、そしてその時に誰がアリバイがあるのかは誰も把握していなかったらしい。

 だが、ライカが騎士団探偵団の到着を知らせてから、全員が集合するまでの五分足らずの間にその殺人が起こったのは確実だ。

 犯人にとっては、綱渡りだったはずだ。

 長い緊張状態から解き放たれ、外から探偵団騎士団が来て、状況が一気に動く瞬間。確かに騒然としてはいたが、誰かがアルルがいなくなるタイミングを覚えていても、いや下手をすれば犯人がアルルを連れて行くなり殺すなりした場面を目撃される可能性すらあった。

 どうしても、そこで殺さなければならなかったわけか。


 食卓のある部屋のクローゼットからアルルの死体は発見され、そしてそのクローゼット内部に大量の出血があった。とはいえ、それでイコール殺害現場がクローゼットの中というわけではない。出血が一番多くなるのは凶器が抜かれた時だ。


「ん?」


 アルルの目尻の辺りから頬にかけて、引っかき傷があったと書いている。

 他にも、手足に軽い擦り傷が多少あり、そして右手の人差し指の指と爪の間に血が付着、か。


「傷……か」


 大した調査をしていないのか、それともしようもなかったのか、アルルについてはそこで終わっている。残りは、俺を含めた関係者についての調査表だ。

 どうやら、イスウ国を挙げてかなり詳細に調査しているらしい。

 俺に関しては、出身の村や家族のことまで書かれている。


 魔術に関しても書かれている。

 どうも、それぞれの幼少の頃から調べ上げて魔術能力のあるなしについて確認しているようだ。


 俺は当然ながら土の魔術を使用できる。

 ウーヘイは不明。これは孤立主義のナムトの出身だから仕方ないか。

 アオイも土の魔術は使用できると書いてある。

 意外なことに、ライカとヒエイも、土の魔術がどの程度使用できるかどうかは不明ながら、魔術の素養自体はあるらしい。

 その他の人物については、肉体強化以外の魔術の能力は皆無か、あっても一般人を下回る程度だそうだ。


「ふうむ」


 唸る。

 隠れて魔術の修行をしていたとも考えられなくもないが、元々魔術の能力のある人間が隠し技として密かにある魔術を修めていたというならともかく、魔術能力自体を隠して独学で学ぶというのは考えにくいか。

 俺の元の世界で言うなら、誰にも秘密で本やネットだけの知識だけで格闘技のトップを目指すようなものだ。現実的じゃあない。


 更に、それぞれの個人情報の中には、魔術能力以外のことも書いてある。

 ヒエイは技術はともかく、体力は歳相応に落ちてきていること。

 スライスも古傷のせいで持久力には難があること。

 ダイゼンの片脚が自由に動かないのは間違いがないこと。


 さて、そして道場の周辺を探偵団が徹底的に調べた結果、血痕のついた短刀が見つかったらしい。どこにでもある、既製品の短刀だったそうだ。これでアルルが突き殺されたとは考えにくい。鋭すぎる。となると、剣聖の首を斬った凶器がこれと考えて良さそうだ。この短刀から持ち主を探ることはできなかったと書いてある。それはそうだろうな。


 それはいい、が。

 むしろ気になるのは、アルルが殺害された凶器が発見されなかったことだ。すぐに全員取り調べを受けて身体検査をされた。更に、道場もその周辺も徹底的に捜索された。

 なのに、アルルの首を貫いた凶器がない。


「まあ、発見したところで、それが犯人の決め手になるかっていうと、微妙なところだけどなあ」


 呟いて、また一口肉を放り込む。


 最後のページを見て、固まる。

 そこには、マサカドとの秘密裏の連絡の取り方が小さく書かれている。


「これ、どうしろっていうんだよ」


「どうかした?」


 呟きを聞かれて、キリオが怪訝な顔をする。


「いや、別に」


 ひらひらと手を振って、それから考え込む。


 ふうむ。

 何となく、マサカドがしたいことは予想がつく、が。


「問題は俺の方に準備がないんだよな」


「ねえ」


 気付けば、キリオがじっと俺を見ている。


「何だよ?」


「お困りみたいね」


「まあな」


 困っている。


「何を困っているわけ?」


「どうも期待されているみたいなんだけど、それに応える方法が思いつかなくてな」


「犯人が分からないってこと?」


 どうやら、キリオは大体の事情を察しているようだ。


「いや、多分、目星はついている。この半月、ずっと考えていたし」


 そう。本当は、アルルが殺された瞬間に気付くべきだったのかもしれないくらいだ。


 ぽんと紙の束でテーブルを叩く。


「この資料を見て、確信した。犯人はあいつだってな。けど、証拠がない」


「もう、事件が終わっちゃってるから?」


「いや、あの時点でも、証拠という証拠は見つからなかったんじゃないかな。犯人を犯人だと確定する証拠なんて。死体にだって」


 そこで、俺はびたりと動きを止める。


 待て、よ。


「確認、してみる価値はあるか」


 呟いて、俺はキリオを真っ直ぐ見つめる。


「な、何? どうしたのよ?」


 頬を赤らめて照れるキリオに、


「ちょっとお願いがあるんだ。本当にちょっとしたお願いがさ」


 そう言って俺は笑いかける。


 終わってしまった事件を、蘇らせることにしよう。

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