捜査(3)
まんじりともせずに全員で全員を見張るような緊張感の中、ようやく朝日が昇る。
「そろそろ始めるか」
一睡もしていないにも関わらず疲れた様子を見せないマサカドの号令で、それが始まる。
刀狩りだ。
まず、全員の身体検査。
女性陣は女性同士で、それ以外も互いに身体検査をして、刀、剣といった武器類と見つけては遊戯室の中央に置いていく。
「おいおい」
通常は、剣や刀を一本、それに短刀といったいわゆるサブウェポンが一つくらいが関の山だ。
だが、その中で異彩を放っていたのはウーヘイで、身体検査をしたマサカドも呆れている。
「仕方ないだろう。こういうスタイルなんだ」
悪びれもしないウーヘイのマントの中からは、長刀が二本、小太刀が八本、ボウガンと矢が数本、鉤爪、鞭、そして錐。
薄々勘付いてはいたが、どうやらウーヘイは暗器使いらしい。
「逆に、お前から刀が一本だけ、というのが嘘くさいけどなあ」
ヘンヤがにやつく先には、枯れ木のようにスライスが立っている。
「あくまでも、元、影だ。そもそも、元より武器を多用するスタイルではない。影の時代も、道具は現地調達が基本だったからな」
誇るのでもなく、ぼそぼそと解説するスライスの言葉は妙に迫力がある。
「ということは、刀狩りをしてもスライスにとっては無駄なわけか」
窺うように、マサカドが目を細めると、
「無論だ。小石一つあれば、砥いで切り裂ける」
スライスも同じように目を細め、見返す。
「つまり刀狩りをした後で更に殺人が起きれば、有力容疑者はスライスとヴァンってわけね」
「えっ」
身体検査を終えたライカの言葉に驚く。
どうして俺?
「魔術が使えるんだからさ」
「おい、それを言うなら、全員そうだろう。魔術がどの程度使えるかどうかなんて、外から見たら分からないんだから」
俺の必死の反論も、
「魔術だけで人を殺すなんてのは簡単なことじゃあない。ましてや、ここに集まっているレベルの剣士相手じゃあな。お前も分かっているだろう」
「天才、あるいは魔術に打ち込んだ人間ぐらいだよなあ」
ヘンヤとダイゼンに正論で封じられる。
その通りだ。というか。
「俺でも、魔術でここにいる人達を殺すのは無理だと思いますけどね」
相手が素手でも、返り討ちにあうのが関の山だ。
「剣を極めた相手に対抗するなら、俺みたいなタイプよりも、逆に魔術の一つの分野を極めた専門家の方がいい気がします」
炎術師がいい例だ。
俺の炎の魔術は決して一流の剣士に通用しないだろうが、炎術師ならばあるいはという気がする。
「魔術なんて使えませんって顔をしておいて、裏で必死に一つの魔術を極めている剣士がこの中にいても、私としては何の不思議もないです」
トウコの言葉に、場の空気が凍る。
「剣士なんて、所詮、人の裏をかいて打ち倒すことしか考えていないのですから」
そう言ってから笑うのは、自嘲の笑みなのだろうか。
「確かにな、予断は禁物か。誰も彼も、信用できない奴ばかりだ」
マサカドが言って、大きく伸びをする。
「さて、これでようやく俺達の武器は全部取り上げたわけだ」
「やっぱり、血の付いた刃物なんかはないっすね」
アオイががっかりする。
「当然でしょうな。わしでしたら、とっくの昔に遠くに放り投げておりますわ」
疲れたため息をもらすヒエイ。やはり、高齢に徹夜はきつかったのだろうか。
「まあ、いい。それじゃあ、今度は屋敷を回るぞ。武器になりそうなものを回収して、遊戯室に集めよう」
マサカドの号令に、アオイが顔をしかめる。
「もし犯人が他にいて、出会ってしまったらどうするんすか? 危ないですよっ」
「そのための団体行動だ。とはいえ、全員で動いて、武器を集めた遊戯室を空にするのも怖いな。二人か三人、見張りとして残ってもらえるか?」
「歳ですから、わしは残らせてもらえますか」
真っ先にヒエイが言う。顔色も悪い。やはり、疲れているらしい。
「俺も残りたいな」
ぼそりとスライスが続くが、
「駄目だ。武器の現地調達の専門家だろう。武器探しに協力してもらわなければな、兄弟子殿」
すげなくマサカドに断られる。
「じゃあ、俺が残るぜ、ひひ」
どっかとその場に座り、ヘンヤが胡坐をかく。
「実はな、剣から離れるのが不安なんだ。物心ついた時から、ずっと剣と一緒だったからよ」
「三人目は俺だ」
ウーヘイもその場に座る。
「ここにある武器のうち、半数以上が俺のものだ。心配だからな」
こうして、三人を残して、屋敷の武器類を探すために俺達は部屋を出る。
「アオイ、ヴァン」
部屋を出る際になって、マサカドが声をかけてくる。
「はい?」
「何っすか?」
「俺達は危険なものの回収をしておくが、同行するお前達二人はそれには集中するな。この機会に、捜査をしておけ。どうせ、現場にも向かう」
「了解です」
「はいっ」
俺とアオイは返事をする。
意外にも、気遣いのできる男だ。
「本当に、鏡がないな」
よりはっきりと調べられるように、廊下に火を灯しながら進んだ俺は、ヒエイの部屋の向かいにあの大きな鏡がないのを確認して呟く。
「まあ、大きいし多少重いかもしれないけど、動かすのにそこまで手間がかかるわけでもないですからねー」
きょろきょろと辺りの様子を伺いながらアオイが進む。
「……ん」
俺は、漆喰の壁を撫でる。
ずっと鏡がかかっていたからか、その部分の壁が変色している。
何か違和感があるな。何だろう?
「行くぞ」
マサカドがセキウンの部屋へと進んでいく。
「マサカドさん」
そこで、俺はふと思いついたことがあって声をかける。
「よく、灯りなしで夜中に道場まで進めましたね。普通、灯りをつけると思うんですが」
「夜目が利くんだ」
あっさりと、単純すぎる答えを顔だけを半分振り向いてマサカドが言う。
「夜目、か」
聞こえるか聞こえないかくらいの声で、スライスが呟く。
そのスライスの手には、鋏やちょっとした鉄片などが握られている。これまで、少しでも武器に使えると判断したものを全て回収してきたのだ。
そうして、とうとうセキウンの部屋が近づいてくる。
「ああ」
確かに、鏡が廊下の隅に、斜めに立てかけてある。そして、部屋に入る前から、鏡越しに部屋の中のセキウンの死体が目に入ってきて気が滅入る。
「むっ?」
と、アオイが何かに気付いたように顎を撫でる。
「ふうむ」
マサカド、そしてそれに続いてダイゼンが部屋に入る。
ダイゼンはさすがに神妙な顔をしている。
俺とアオイもその次に続いて中に入る。
一夜明けて、セキウンの髭、そして顔にかかっていた血は乾いてしまっている。瞼から頬にかけて、赤褐色の薄膜がかかったようになっている。
「あまり漁るようなものもない。転がっている刀を回収しておしまいかな」
マサカドはぼやいてから、
「アオイ、ヴァン。今のうちに調査しておけよ」
正直なところ、セキウンの死体に気圧されていた俺はそう促されてはっとなる。アオイもどうやら同様だ。
何度経験しても、人の死、死体というものには慣れない。
無言で、俺とアオイは部屋に入って調査を始める。
「ふう、む」
だが、特に何も見つからない。
刀を回収してしまえば、後はセキウンの死体くらいしかない、本当にただそれだけの部屋だ。いや。
「まだ、薄暗いからか」
俺は窓を覆っている厚い布を取り去る。
朝日が入ってきて、廊下からの灯りだけで照らされていた部屋が白いくらいに明るくなる。
「うっ」
「うわっ」
思わず目が眩む。
それは俺だけじゃあなくて、横にいたアオイもそうだし、
「おい、いきなりやるな」
と後ろから文句を言ってきたマサカド達も同じだったようだ。
「いやあ、すいません」
謝りながら、俺は明るくなった部屋をもう一度見渡す。
だが、特に何も怪しいものは見つからない。
「んん」
唸りながら、首を回した俺の目に、ふと何かが入ってくる。何か、妙なものが。
「ん?」
天井。
板張りの天井に、何か傷がついている。刃物でかすったような傷だ。
「何だ、あれ」
俺の呟きに他の全員も天井を見上げて、
「あれは、刀傷じゃないの?」
即座にライカが答える。
「そうですね。確かに」
トウコは天井を睨みつけるようにして、
「道場ならともかく、この部屋の天井なら、刀を大上段に振りかぶれば剣先がこの天井をかすることはありえます」
「状況から見て、セキウン様があの刀傷をつけたと考えるのが自然のような気がするなあ」
天井までの距離を確かめているのか、ダイゼンは上に手を伸ばしている。
「あの剣聖が、自分の部屋の天井に剣先をかすらせる?」
唸るようにマサカドが不満を示す。
「自分の部屋の寸法なんて、手に取るように分かるはずなのに」
だが、結局誰からもこれといった答えは出ない。
一人、アオイが顎に手をやって、何かを酷く深く考え込んでいる。
ともかく、それで俺達は部屋を出て行くことになる。そうして、離れにまで向かって調理用の包丁その他の武器となりそうなものを回収し、遊戯室に戻る。
「あ」
そして声を出す。
遊戯室に戻った時に、中にいる人間が三人ではなく、四人になっていたからだ。一人多い。
「ああ、ひさしぶりぃー」
間延びした声で、能天気に手を振ってくるその女性を、幻かと疑う。このタイミング、この場にこいつがいる意味が分からない。
だから、とりあえず現実なのかどうかを確かめる意味も込めて、名前を呼びかける。
「あ、アルルさん?」
「うん、ヴァン君、奇遇だねぇ」
にっこりとアルルは笑う。




