捜査(2)
最後に、アオイとマサカドの後を追うようにして遊戯室に入ると、灯りのともされた遊戯室に、全員が集まっていた。
誰もが、興奮と戸惑い、恐怖と緊張、そして殺気をまとって、目をぎょろつかせている。
「皆さんっ」
遊戯室に入ってそうそう、アオイが大声を張り上げる。
凄い。
俺だったら、こんな雰囲気の中じゃあ声をかけることを躊躇してしまうだろうに、気合が入っているな。
「もうお分かりでしょうが、事件が起こりましたっ。これから、私、アオイ・エンドウが事情聴取をさせていただきますっ」
自分の名を言うタイミングでちらちらと俺の方を見ながら、アオイが宣言する。
マサカドという後ろ盾があるとはいえ、よくここまでこの面子相手に堂々とできるものだ。
だが、殺気立っている剣士の面々は、意外にも素直にアオイに従う。
「それで、事情聴取とやらは、どう進める? 一人一人呼んで、隣の狭い食卓だけみたいな部屋に行って一対一で順番に事情聴取するのか?」
ヘンヤが質問すると、
「うっ、それは」
と一気にアオイの顔色が悪くなる。
そうした方がいいんだろうが、嫌なんだろう。俺だって嫌だ。一対一になった瞬間、殺されてもおかしくない気がする。
「兄弟子殿、俺の部下をいじめるなよ」
苦笑するマサカドが、
「問題はあるだろうが、とりあえずこの場で全員で情報を整理することにしよう。犯人かもしれない一流の剣士と一対一になるのは、俺だって御免こうむりたいくらいだからな。それに、もしも犯人が俺達以外にいた場合、絶好のカモになりかねない」
「犯人、犯人か。未だ信じれないな」
まだ夢を見ているような顔をしてウーヘイが呟く。
「剣聖を殺せる人間がいるとは。手の込んだ自殺ではないのか?」
「それも含めて、これから情報を整理しますっ」
さっき動揺した失点を取り戻すかのように、アオイが大声を出す。
「いいですよね?」
そして、挑戦的な目で俺を見てくる。
「もちろん」
勝手にしてくれ。俺が楽できるんだから、大歓迎だ。
「ええと、ではまず、最後にセキウンさんを目撃したのはどなたですか?」
「それは、わしらだ」
沈んだ様子のヒエイが手を挙げる。
「わしと、ダイゼン、それにヴァン殿ですな」
「そうだなぁ」
「はい」
特に文句があるわけでもないので、ダイゼンも俺も同意する。ダイゼンはのほほんとしたいつもの調子を取り戻しつつある。
「それは何時ごろですか?」
その質問に俺達は顔を見合わせる。
「何時ごろ、でしたかのお」
「おいら達が戻ってから、すぐに離れに向かって夕食の準備って話になったから、えーっと」
「四時ごろだ」
スライスがあっさりと答える。
「三人が戻ってきたのは、四時ごろだった」
「ああ、そうだな。離れに移動して、喋っているうちに日が沈んできたんだから、それくらいの時間だ」
空中に目をやって思い出しながらヘンヤが喋る。
「ということは、廊下で腰を抜かしたヴァンさんが何とか遊戯室に戻るまで三十分くらいかかったから、最後に会ったのは三時半くらいになるなぁ」
「ダイゼンさん、前半の情報要りましたか?」
いらぬ恥をかかされた。
「三時半。それ以降にセキウンさんに会った、あるいは見かけた方はいらっしゃいますか?」
誰も名乗り出ない。
「ということはセキウンさんが殺害、いえ、亡くなったのは三時半から発見されるまで、ええと」
「九時です」
ヒエイが厳かに言う。
「九時。つまり、三時半から九時までの五時間半にセキウンさんは亡くなったわけです」
とアオイが全員を見回す。
当然ながら、反論するものは誰もいない。
「さて、それでは、まずは第一発見者のヒエイさん、あなたの話を聞かせてもらえますか?」
「……ええ」
びしっとアオイに指を突きつけられて、ヒエイは一瞬の沈黙の後、低い声を出す。
「わしは、道場の灯りを消してから、自分の部屋に戻ろうとしておりました。それが九時ぐらいです。そこで、鏡を見ました」
鏡?
と、意味が分からないので混乱した顔をするのは俺とアオイだけで、他の全員はあっさりと納得している。
「あの、鏡、とは?」
おそるおそる、アオイが質問すると、
「気づかなかったの? あの大鏡よ。外されていたでしょ」
とライカが答える。
大鏡。あの廊下の途中にかかっていた大鏡に違いないが。
あれが外されていた?
異様な状況下で、薄暗い中を進んでいた俺には、まるであの鏡がどうなっていたかなど見えていなかった。
むしろ、あの状況下でもしっかりとそれを確認できている他の剣士達こそ異常というべきかもしれない。
「あの大鏡が外されて、廊下の突き当たり、その角に立てかけられておりました。角というのは、わしやセキウン様の部屋があるのとは反対側の角ですな。妙だと思い、瞑想中とは知っていたのもの、セキウン様の部屋の戸を叩き、声をかけましたが」
「返事が返ってこなかったと」
アオイが続ける。
「ええ。普段のセキウン様なら、こちらが戸を叩くよりも早く、手を伸ばしかけた時点で気配に気づいて向こうから声をかけてきますが、それがないので、不審に思って戸を開けたのです」
少なくとも、その時点では戸は閉まっていたわけか。
「なるほど、分かりました。鏡については、日が昇ってからもう一度確認しなければなりませんね」
そこで、アオイは顎に指を添えて、
「さて、それでは、皆さんの三時半以降の動きを教えていただきましょうか」
「と、言われてもな」
ようやく、いつものにやつきをぎこちないながらも取り戻したヘンヤが、
「三人が戻ってくるまで、俺達は全員大人しく遊戯室で待機していた。特に動きはない。それは、お前だって分かってるだろう、アオイ、マサカド」
「そりゃあね」
マサカドは同意して、アオイに目を向ける。
「アオイが聞きたいのは、それ以降の話だろう。四時を過ぎて、夕食の話になった時に、まずトウコ、ウーヘイとそれ以外に別れた。その辺りの話を聞きたい、そうだな?」
「はっ、はいっ、もちろんですっ」
「私達はずっと食卓の部屋で、二人で剣技について語っていました。途中、どちらかが部屋を抜けたりといったことはありませんでした。ダイゼンさんが来るまでは」
顔色を取り戻しつつあるトウコが同意を求めるようにウーヘイを見ると、ウーヘイは無言で頷く。
「そうか、ダイゼンが途中で、二人に料理を持っていったな」
マサカドが首を捻る。
「あれは、離れについてから三十分後くらいだから、五時前といったところか?」
「そんなところでしょうなあ」
多少自信がない様子でヒエイが頷く。
「私達のところにダイゼンさんが来たのが、日が沈む前なのは確かです」
トウコの言葉にウーヘイも、
「ああ。二人で食べているうちに日が沈んできて、灯りをつけたから、それは確かだ。ちなみに、ダイゼンは料理を届けてくれた後、部屋から出たり入ったりして、うろうろしていたな。結局、見なくなったのは日が沈んだ頃だったと思うが」
「そう。こいつ、日が沈むまで戻ってきませんでしたからな」
じろりとヒエイが睨むと、ダイゼンは決まり悪そうにそっぽを向く。
あの量の食事に参加するのが嫌で時間を潰していたんだろう。
「だから、ダイゼンが戻ってきたのが六時前くらいか。そして、それと入れ替わりで俺とアオイが離れから遊戯室に向かった、が」
そいでマサカドは冷ややかな目をトウコに向ける。
「そこで食卓の方を覗くと、確かそこにはウーヘイしかいなかったような気がするがな」
「ダイゼンさんがいなくなったくらいで、私は満腹になったから外を散歩していただけのことです。屋敷の周りを、ゆっくりとぐるり一周」
トウコは動じない。
「大きな窓がいくつもありますが、何か気がついた点はありましたか?」
アオイが身を乗り出すが、
「いえ、特には。真っ暗でしたし」
「そうだ、スライスさん」
そこで俺は思い出す。
「スライスさんも、そのタイミングで離れを出ましたよね」
「そうそう」
ライカも乗ってくる。
「ん? スライスが遊戯室に来たのは、俺達から遅れて大分たってからだぞ」
「六時半くらいに、私が散歩から戻ってきて、それからすぐにスライスが遊戯室に顔を出しました」
トウコが言う。
「俺も、散歩だ」
言葉少なに、スライスはそれだけ答える。
「なら、トウコとどこかで会いそうなもんだけどな」
マサカドが突っ込むと、
「これでも影だ。闇に紛れれば、誰も気付けない」
「なるほど、分かりました。さて、そうすると、六時半を過ぎた時点で、遊戯室、食卓の方にウーヘイさん、トウコさん、スライスさん、私、マサカドさんがいたわけです。そこから先、ヘンヤさんが来てから、七時半にウーヘイさんがお皿を返しに離れに行くのと、マサカドさんが体を動かすといって道場に向かう以外に特に動きはありませんでしたけど、離れの方はどうでしたか?」
アオイに振られ、俺とライカは顔を見合わせる。
「七時くらいに、私とヴァンは犬に餌をやりにいったわ」
ライカが答え、
「んで、おいらとヒエイとヘンヤだけが残ったけど、ヘンヤはすぐに遊戯室の方に行ったよなあ」
ダイゼンが続ける。
「ああ。俺が遊戯室に行ってから、しばらくしてマサカドが道場に、そしてウーヘイが皿を持って屋敷を出たって流れだなあ」
「俺とライカは犬に餌をやってから離れに戻って、あ、いや、俺だけが戻ったんだった。それで、寝床が出来たからって遊戯室に行った」
言いながら思い出す。
そうだ、そこで。
「そこで、何故か入れ違いになったはずのウーヘイさんとすれ違わなかったんだけど、どうしてでしょう?」
俺の疑問で、全員の視線がウーヘイに集まる。
「俺もすれ違った覚えはない。真っ暗だったからな、お互いに気が付かなくとも不思議はない」
平然とそう返すウーヘイの目を、マサカドが無言で食い入るように見つめている。
「なるほど、まあ、分かりました」
含みのある言い方をして、アオイはとりあえず話を先に進める。
「それで、結局、ヴァンさんが遊戯室に着いたのはいつですか?」
そう言われても、あまり時間を気にしていなかった。何かする度に懐中時計でわざわざ時間確認をしているわけじゃあないからな。
「ああ、八時前ってところだと思う。俺が道場で鍛錬して、戻ってきたらちょうどいたからな」
「そうだな、それくらいの時間だ」
マサカドが言うと、ヘンヤも同意する。
実際、それくらいの時間だと思う。その後寝床に行って、寝る直前に時計を確認したら八時半だったからな。
「というかアオイ、お前もその場にいたんだから自分こそ把握しておけ」
「うっ」
マサカドに叱られたアオイは言葉に一度詰まりながらも、
「と、ともかく、流れは分かりました。それでは」
と勢いよく言ってから、助けを求めるようにマサカドを見る。
「ど、どうしましょう、これから」
確かに、こんな深夜から、捜査をするのは危険すぎるし、俺なら絶対にやりたくない。
「剣聖を殺した相手を追い詰めるための捜査を、少人数で夜にやるってのは自殺行為だ。まずは、全員で集まって、日が昇るまで寝ずの番だ。そして、夜が明けたら」
「探偵団本部に連絡っ、そして捜査開始ですねっ」
マサカドの言葉を引き取り、飛び跳ねんばかりに元気よくアオイが言うと、
「いいや」
にやりとマサカドは笑ってみせる。
「刀狩りだ」




