表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/46

第5話「今若丸」

心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――保元3年(1158年)頃 都・源義朝屋敷 乙若丸――



 保元の乱から二年が過ぎた。俺は三つになっていた。


 三つの体というのは、思いのほか不自由だ。

 頭では大人の理屈を組み立てられても、舌はまだ思うように回らず、脚もすぐに縺れる。

 この二年の間に、俺はそのことを嫌というほど思い知らされていた。


(喋れない、走れない、力もない。

 ……できることといえば、せいぜい"見て、聞いて、覚える"ことくらいだな)


 だがそれは、悲観すべきことではないと、次第に思うようになっていた。

 前世の俺は、動かなかったのだ。自由と安全が確保されていたのに動かない。

 今は、どうしても動けないから動かない。

 その違いを、自分なりの言い訳にはせず、むしろ好機として捉え直していた。

 喋れないなら喋れないなりに、この時代の作法を、大人たちの間合いを

 じっと観察して吸収すればいい。焦る理由はどこにもなかった。


 目下のところ観察対象の筆頭は、二つ年上の兄――今若丸である。


 今若丸は、俺とは同母の兄で、常盤が最初に生した子だった。

 まだ五つだというのに、妙に大人びた目をした子で、俺に対しても、赤子扱いをせず、対等な相手として接してくれる。


「乙若丸、お前はよく人の顔を感じ取っているなぁ」


 ある日、庭先で共に遊ばされていた時、今若丸がふと呟いた。

 俺は、まだ片言にもならない声で「あー」と応じることしかできなかったが、今若丸は気にする様子もなく続ける。


「母上を見る目も、乳母を見る目も、それぞれまるで違う。まるで、値踏みしているような目なんだ」


 その言葉に、俺は内心で冷や汗をかいた。

 兄はまだ数えで5つである。

 大人びた言葉遣いもそうだが、自分の心持ちをそこまで見抜かれるとは、思っていなかった。

 だが同時に、この兄の観察眼の鋭さに、素直な感心も覚えた。


(今若丸……阿野全成。史実じゃ、頼朝挙兵に真っ先に馳せ参じて、最後は甥に殺される。

 ……いや、まだそんな先の話をしても仕方ないか)


 俺は、今若丸の顔をじっと見つめ返した。

 今若丸は、それをどう受け取ったのか、小さく笑った。


「変な奴だなぁ、お前は。」


 その一言と可笑しそうな表情で、この兄との間に、言葉にできない繋がりのようなものを感じることが出来た。

 前世では、こんな風に誰かとまっすぐ向き合ったことが、あっただろうか。

 損得も見栄も抜きにして、真っすぐ誰か理解したいと考えたこともなかっただろう。


(この兄とは、うまくやっていきたいな)


 その素朴な願いは、まだこの時、政治的な思惑を一切含んでいなかった。

 ただ純粋に、この乱世で最初に自分に手を差し伸べてくれた存在への、幼い親愛だった。



 ――同月 都・源義朝屋敷 源義朝――



 久方ぶりに、幼い息子たちの顔を見に、奥の間へと足を運んでいる。

 都での政の疲れを、束の間でも忘れられる時間。

 乙若丸は、乳母に抱かれながら、木彫りの玩具をじっと見つめている。

 まだ三つの、あどけない顔である。


「乙若丸、儂が分かるか」


 儂がそう声をかけると、乙若丸は、玩具から顔を上げ、儂をまっすぐに見つめてきた。

 その目に、儂は一瞬、妙な既視感を覚えた。

 年に似合わぬ静かな眼差しなのである。


「ちちうえ」


 舌足らずな声で、乙若丸はそう応じた。

 儂は、その素朴な響きに、思わず頬を緩めた。

 だが、次の瞬間だった。


「ちちうえ。……ちかいうちに、おおきな、おさそいが、まいりましょう。

 ……うけるにしても、すぐには、うごかれませぬよう」


 儂は、束の間、言葉を失った。

 三つの子供の口から出たとは思えぬ、はっきりとした言い回しだった。

 舌足らずな幼児言葉の中に、妙にくっきりとした理が通っている。


「……今、何と申した」


 儂が問い返すと、乙若丸は、きょとんとした顔に戻り、また玩具に手を伸ばした。


「あー」


 もう、先ほどの言葉を繰り返す気配はなかった。

 まるで、あの一言だけが、どこか別の場所から紛れ込んできたかのようだった。

 儂は、しばし乙若丸の顔を見つめた後、傍らの乳母に問うた。


「この子は、近頃、他にもこのような物言いをすることがあるか」


「……いえ、殿。乙若丸様は、まだ『ちちうえ』『ははうえ』と申し上げるくらいで……」


 乳母は、心当たりがない様子だった。

 それ以上を問い質すこともせず、自らに言い聞かせた。

 おおかた、女房たちの立ち話でも、幼い耳が拾って、意味も分からず口にしただけのことだろう、と。

 だがその夜、儂は床に就いてからも、乙若丸のあの静かな目と、あの一言とが、なぜか頭から離れなかった。



 ――数日後 都・源義朝屋敷 源義朝――



 その数日後、信西との縁組みについて、郎党の一人と、廊下で言葉を交わしていた。

 乙若丸が、乳母に抱かれたまま、その傍らを通りかかったのは、まさにその時だった。


「信西殿の御子息に、娘御の一人を、と考えておる。

 ……上手くいけば、この不遇にも道が開けよう」


 儂がそう漏らした時、通りすがりの乙若丸が、ふと乳母の腕の中で身をよじり、はっきりとした声で告げた。


「そのご縁組み、お急ぎになりませぬよう。

 ……いえがら、が、つりあわぬと、そでにされるだけにございます」


 その場に、束の間、沈黙が落ちた。

 郎党は、目を丸くして幼子を見つめている。儂もまた、我が耳を疑った。


「……乙若丸。今の言葉は、誰かから聞いたのか」


 乙若丸は、儂の問いに、ただ小さく首を傾げるだけだった。

 まるで、自分が何を口にしたのかも、分かっていないかのように。乳母が、慌てて取り繕った。


「申し訳ございませぬ、殿。

 ……この子は、時折、大人の言葉を、意味も分からず真似ることがございまして」


「……そうか」


 儂は、そう返しながらも、内心では拭いきれない違和感を覚えていた。

 真似にしては、あまりに的を射ている。

 だが、まさか三つの子供の言葉に、政の判断を左右されるわけにもいかない。

 その違和感を胸の奥に押し込め、縁組みの話を進めることにした。

 その結末が、乙若丸の言葉通りになることを、この時はまだ知らなかった。



 ――同月 都・源義朝屋敷 源義朝――



 三度目にそれが起きたのは、東国に残してきた郎党たちへの文をしたためている、静かな夜のことだ。

 乙若丸は、いつものように乳母に連れられ、儂の部屋の隅で、大人しく座っていた。

 筆を置き、灯明の炎を眺めていた儂に、乙若丸が、ふと声をかけてきた。


「ちちうえ」


「どうした、乙若丸」


「もしもの時のため、あずまのくにに、こころをゆるせるおかたを、おひとり、つくっておかれませ。

 ……かまくらには、みかたが、おおいはずです」


 儂は、筆を持つ手を止めた。

 今度は、聞き間違いようのない、はっきりとした言葉だった。

 乙若丸は、それだけ言うと、また元の、あどけない三つの子供の顔に戻り、乳母の袖を弄び始めた。


 儂は、しばし乙若丸の横顔を見つめていた。

 背筋に、微かな寒気が走る。

 目の前の我が子は、物の怪にでも憑かれているのだろうか。

 大人びた口調も、その口から漏れる憂いも、ただの偶然にしてはあまりに度重なっている。


「……乙若の様子を、これからも、よく見ておいてくれ」


「はい、殿……」


 普段から世話を焼いている乳母もまた、戸惑いを隠せない様子だった。

 灯明の炎を見つめながら、乙若丸のあの三つの言葉を、胸の奥に一つずつ仕舞い込んだ。

 この時はまだ、それが何を意味するのか分からなかった。

 だが、いずれこの言葉の一つ一つが、驚くほど正確に己の行く末を言い当てていたのだと、思い知らされる日は、そう遠くなかった。



 ――同日 屋敷の廊下 常盤御前――



 私は、そんな二人の様子を、少し離れた場所から眺めていた。侍女の一人が、私に耳打ちする。


「今若丸様も乙若丸様も、賢しいご様子で。将来が楽しみにございますね」


「ええ、本当に」


 私は微笑んだが、その笑みの奥には、隠しきれない不安が滲みでてしまう。

 都では近頃、不穏な噂が絶えない。後白河上皇の側近である信西と、藤原信頼という公家との間に、深い確執が生まれつつあるという。

 信頼は、殿と誼を通じ、共に信西を除こうとしているとも囁かれていた。


「殿は、また信頼様のもとへ?」


「はい。近頃は、足繁くお通いのようで……」


 侍女の声には、微かな懸念の響きがある。

 私自身、政の細かい話は分からない。

 だが、夫がまた何か大きな流れの中に身を投じようとしていることだけは、肌で感じ取っていた。


(また、あの時のようなことが起きるのだろうか)


 その不安を、私は誰にも打ち明けなかった。

 幼い息子たちの無邪気な笑い声を聞きながら、私はその平穏がいつまで続くのかを、静かに測りかねていた。


 ふと、乙若丸が、私の袖をそっと引いた。

 振り返ると、その幼い顔が、まっすぐに私を見つめていた。

 まるで、私の胸中の不安を、既に見透かしているかのような、静かな眼差しだった。


「ははうえ」


 その一言だけを、乙若丸は口にした。

 私は、その声に、なぜか胸の奥が温かくなるのを感じた。

 この子の傍にいるだけで、言葉にできない安堵を覚えることが、近頃、幾度となくあった。


「なあに、乙若丸」


 私がそう問い返すと、乙若丸は、ただ小さく笑うだけだった。

 その笑顔に、私は、この乱世の不安を、束の間、忘れることができた。



 ――同夜 屋敷の寝所 乙若丸――



 夜、館の隅で、乳母たちがひそひそと交わす話を、寝たふりをしながら聞いていた。


「近頃、都では信西様と信頼様の間で、何やらきな臭いことになっているとか」


「殿は信頼様とお親しいご様子。もしまた戦になれば……」


「滅多なことを口にするでない」


 その会話に、記憶の断片がざわめいた。


(信西と信頼……。これ、平治の乱の前触れじゃないか)


 平治元年。

 父・義朝は、藤原信頼と共に挙兵し、信西を討つ。

 だが最後には、平清盛の反撃を受けて敗走し、東国へ落ち延びる途中で命を落とす。

 俺自身の運命も、そこから大きく動き出すはずだ。


(父上が死ぬ。母上は俺たちを連れて逃げる。そして最後には……)


 その先の記憶を、俺は静かに反芻した。

 恐怖はあった。だが、それ以上に強かったのは、奇妙な焦燥だった。

 あと何年で、その日が来るのか。今の俺に、それを止める力はあるのか。

 いや、そもそも止めるべきなのか。


 父の死が、やがて出家することに。

 そして生き延びて後の道に繋がることに、必要な一歩なのだとしたら――。


 この数日、自分でも抑えきれずに、父に三度、言葉を漏らしてしまっていた。

 三つの体の舌では、本来もっと言葉を選び、もっと慎重に匂わせるだけに留めるべきだった。

 だが、あの縁組みの話を耳にした時、あの東国の話をする父の背中を見た時、腹の底から、言葉が勝手に溢れ出てしまった。


(我慢できなかった。……いや、これでいい。父上の耳に、少しでも残ってくれるなら)


 その代償として、父や乳母が、自分に向ける目に、微かな警戒の色が混じり始めていることも感じ取っていた。

 だが、それを恐れている場合ではなかった。


(考えるのは、まだ早い。今は、ただ強くなること。

 喋れるようになること、歩けるようになること。それだけを、今はやるしかない)


 闇の中で小さな拳を握りしめた。今若丸の寝息が、隣の褥から静かに聞こえてくる。

 この兄とも、いずれ運命の分かれ道が来る。

 史実では、今若丸――阿野全成は、頼朝の挙兵に真っ先に駆けつけ、最後には甥の頼家に討たれる。

 それを知っている俺が、その運命に、何かできることがあるのだろうか。


 答えの出ない問いを抱えたまま、静かに目を閉じた。

 都の空の下で、まだ見えぬ嵐が、少しずつその輪郭を濃くし始めていた。

面白いと感じていただけましたら

評価、ブックマーク、リアクション、コメント。

更新の励みになりますので、どんな内容でもいただけると嬉しいです。


特に日間ランキングに載っていると、ブクマいただけていない皆様にも

更新が知っていただきやすいんじゃないかと思ってます。


少しでも次話を読んで良いかなと思っていただけましたら

他の方にも届けるため、次回見つけやすくしていただくために、ぜひ「評価☆」をいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ