表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/46

第43話「相模」

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――治承4年(1180年)九月 安房国 源頼朝――



 頬の痣に指が触れる。

 敗走の折、木々に擦った傷だ。

 幸い膿んではいない。それだけがこの半月の唯一の収穫と言えた。


 文机には書状が積まれている。

 安達盛長が、一通ずつ開いては差し出してくる。


「義円殿が動きましてございます」


 聞き返さなかった。聞き返す必要がなかった。


「千葉、佐竹、足利、新田。……いずれも義円殿に応じたとの由」


 書状を持つ盛長の手がわずかに止まる。

 続きを口にするのを、躊躇っているらしい。


「続けよ」


「合わせて義円殿に従う兵は、二五〇〇〇を越えるとのこと。」


 数を聞いても驚きは湧かなかった。

 ただ、腹の底が冷えるだけだ。


 坂東で儂を担いで大きく動くはずだった駒が丸ごと攫われている。

 しかも攫った相手は他でもない、同じ源氏の弟である。


「殿。……いかがなさいます。」


 盛長の問いに答えは発さない。


 窓の外には安房に通じる海が見える。

 波の音だけが部屋の中を満たしていた。


 義円は独自に動いている。

 たった一度の邂逅で、目指すべきものが違うことは見てとった。

 しかし、奴の元に集った力が儂に牙を向くかは未だ測りかねる。


「詮索は後だ。」


「は……。」


「我らも事を進めねばならん。」


「北条をはじめ、三浦、土肥の両家はなお殿への忠節を違えておりませぬ。

 両家を核に兵を集めましょう」


 頷いた。


 坂東の全てを、失ったわけではない。

 三浦義澄、土肥実平は石橋山の敗戦を経てなお、儂を見限らなかった。


 今は儂に元へ集う者どもを支えにするしかない。



 ――同時期 相模国 大庭館 大庭景親――



 腕を組む。

 郎党の言葉を二度嚙み締めるように聞き直した。


「源義円が挙兵、周辺の豪族が義円のもとに参集しております由。

 千葉、佐竹、足利、新田……先の戦にて多気も降りました。」


 数えるほどの間、沈黙を貫く。


 福原からの後詰めはいまだ届かない。

 平家に与する豪族の糾合にのための指示もない。

 石橋山で頼朝を討ち漏らした痛手を、京の連中は分かっていない。

 機を同じくして、各地に反平家の勢力が立ち上がっているというのに。


「殿。福原へいま一度使者を。」


「無駄だ」


 答えながら文机の上、坂東の絵図に目を落とす。


 安房、上総、下総。

 この三国でも厄介なものを、常陸に下野とは。


「義円とは、いかなる男にございましょうや」


「知らぬ」


 短く答えた。

 知らぬ、というのが正直なところだった。


「梶原殿は、いかがなさる」


 家中の一人が問う。

 梶原景時。石橋山の折には、共に頼朝を追い詰めた豪族である。


「使いをやれ。……館まで来るよう伝えよ」


「はっ」


 指図しながら絵図から目を離さなかった。



 ――同日 相模国 梶原景時――



 砥石に刃を当てる。

 研ぐ手を途中で止めた。


 景親からの使いは、まだ館の外で返答を待っている。


 太刀を鞘に納め、立ち上がった。

 石橋山の山中、源頼朝を前に手を下すことはなかった。

 一隊を率いての捜索であったため、自軍にも知る者は僅かであろう。


 なぜそうしたのか、問われても答えは持たぬ。

 あの男の目だけが今も瞼の裏に焼き付いている。死を前にして一切の怯えは無かった。


(ここで朽ちる者の目ではない)


 その勘は外れなかった。

 頼朝は生き延び、安房の地にて坂東の勢力を次々に取り込んでいる。


 もう一人の源氏、義円という男も独自に力を蓄えつつあるという。


「大葉様の使いには、何と」


 大庭の家に留まり、このまま勢力を拡大する源氏と争うべきなのか。

 その天秤は、まだ揺れたままだった。




 ――数日後 相模国 頼朝方軍勢――



 馬上、旗の数を数える。

 進発した時より確実に増えていた。


 北条、土肥の兵を核に道中で坂東の郎党たちが次々と加わってくる。

 酒匂川の水も引き、遅れていた三浦一党も本隊に追いついた。


「殿。大庭の館まで、あと一日の行程にございます」


 土肥実平の報せに頷く。


 大庭景親を討つ。

 一度は敗れた相手を討たねば、坂東の武士たちの信は取り戻せぬ。

 大庭を破り、その首を挙げて父祖伝来の土地である鎌倉に拠点を置く。

 目指す坂東の統治はそこから始まるはずであった。


(義円は多気と戦をした上で、降したというではないか)


 その報せは既に耳に入っている。

 敵を根絶やしにせず、己の麾下に組み込んだのだと。


 甘いとは、断じられなかった。

 あまりに整然とした手管だ。

 感嘆がある一方で、両手を挙げての讃えることもできなかった。


 儂のやり方は違う。

 一度でも敵に回った者を生かせば、それは甘さとして坂東の武士たちに伝わる。

 甘さは隙になり、隙はいずれ己の首を絞める。


 父・義朝、祖父・為義。

 二人がなぜ滅びたか、忘れたことは一度もない。

 朝廷の権勢争いの中で、武士は常に駒として使い捨てられてきた。

 その理不尽を終わらせるには、武士自らが揺るがぬ規律を持たねばならぬ。


 背く者には報いを。従う者には恩賞を。

 簡素であるが、誰にでも分かる理が武家の府を支える礎になる。


「大庭勢、館の南に布陣。」


 静かに前方を見据えた。



 ――同日 大庭館外 大庭景親――



 物見の報せに太刀を取る。

 頼朝の軍勢は、思いのほか膨らんでいた。

 北条、三浦、土肥に加え、名も無き郎党たちが次々とその麾下に集っているという。


 潮目が変わったか。

 平家からの後詰めは、なおも届かない。

 このまま相対すれば、勝ち目は薄かった。


 だがここで退けば、大庭の家に残るのは敗北の汚名だけだ。


「梶原は」


「……未だ、参陣なさっておりませぬ」


「臆したか。」


-----


 戦端は、昼過ぎに開いた。


 三浦の兵が正面より押し寄せる。

 構える陣の際で太刀を振るった。数では既に劣勢なのだ。


 それでも退かない。

 退けば、大庭の名はこの坂東で二度と浮かび上がれぬ。


 南の一角に、新たな旗が立つのが見えた。

 紛れもなく梶原の旗だ。


 乱戦で見間違えたわけでなければ、頼朝の軍勢の側に翻っている。


「梶原……!」


 己の叫び声は、戦場の喧騒に呑まれた。

 新手の景時の兵が、自軍の側面を突く。

 一撃で、大庭勢の陣は瞬く間に崩れた。


「退け……!退けい……!」


 号令を発しながら、太刀を杖のように地面に突く。

 荒い息を吐いた。



 ――同日夕刻 大庭館内 源頼朝――



 広間には、縄を打たれた大庭景親が引き据えられていた。

 疲労が色濃いが、遜るような素振りはない。


「頼朝殿……。見事な差配であった。」


「褒め言葉として受け取ろう」


 景親は儂を見上げ、口の端を歪めた。


「一つ、聞かせてはもらえぬか。……儂を生かすつもりはおありかな。」


「ない」


「……左様か。ならば是非もなし」


「大庭景親。其方は一度、儂の首をその手中に収めておった。

 その機を逃したことが、不運であったな」


「あの夜、儂は確かに其方を討ち漏らした。

 ……だが後悔はせぬ。戦とはそういうものだ」


「介錯は、然るべき者に申し付けよ」


-----


 館を出て、宵闇に立つ。

  景親の首は、明日梟首されるだろう。

 坂東の武士たちに、儂の意志を示すためだ。

 一度でも刃を向けた者を、赦すつもりはない。

 早いうちにその姿勢を示す必要があった。


「殿。梶原殿が拝謁を願い出ておりまする。」


 盛長の声に頷く。

 広間に通された梶原景時は、深く頭を垂れていた。


「梶原景時。此度の働きしかと見届けた。」


「身命を賭して、頼朝殿にお仕えいたす所存。」


 迷いのない声だった。


-----


 相模は、これで平らいだが、胸に巣食う翳りは消えない。

 坂東の東には、儂の与り知らぬところで力を蓄える弟がいる。


 源氏が武家の棟梁となるならば、いずれ二つの道は交わらざるを得ぬだろう。

 その時、坂東という器に両者は共に収まるのか。

 答えの出ぬ問いを、闇の中に沈めた。

面白いと感じていただけましたら

評価、ブックマーク、リアクション、コメント。

更新の励みになりますので、どんな内容でもいただけると嬉しいです。


特に日間ランキングに載っていると、ブクマいただけていない皆様にも

更新が知っていただきやすいんじゃないかと思ってます。


少しでも次話を読んで良いかなと思っていただけましたら

他の方にも届けるため、次回見つけやすくしていただくために、ぜひ「評価☆」をいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ