第42話「帰順」
本来の構想とはどんどんかけ離れていっており...
ストックが意味をなくしていっているので、更新が不定期で申し訳ありません。
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承4年(1180年)九月 常陸国 多気義幹――
館に退いてから、既に二日が過ぎていた。
各所に兵を配置し、広間に一人、座り続けていた。
父・直幹は敗報を聞いてから一言も発していない。
一連の仕置きも含めて、全て俺自身で決断せよとの意思であると受け取っていた。
「義幹様……。上総勢より使者が参っております」
郎党の報せに、太刀を傍らに引き寄せる。
「上総介、千葉あたりが参ったか」
「いえ……。源義円殿御自身が、上総介殿、千葉殿を連れ立ってお見えでございます。」
耳を疑う。
敵方は勝ちを収めた将である。
危険を冒してまで、自ら出向く必要はないと思われた。
半信半疑ながら門まで、自ら出向く。
そこに立っていたのは、両脇に上総介、千葉を伴だった義円その人だった。
大将の身を心配してか、見渡せる程度の後方に兵は控えている。
「刃を交えた敵の館に、ご自身で乗り込むとは。正気かな。」
「兵こそ詰めておりますが、争いに来たのではございませぬ。……多気殿と話をしに参りました」
瞬間、目の前の男を睨みつける。
明確に領土を侵してきた侵略者は向こうであり、争う気がないなど今更なのだ。
「……自ら参られたものを、追い返しては無礼かな。入られよ。」
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広間で義円と向かい合う。
「多気殿……。
此度の戦、まことに見事な差配にございました。
こちらの策や崩れ口の中でも、兵を最後まで乱さなかった。
それがし初陣ではございましたが、侮り難き将と向かい合ってしまったと肝を冷やしました。」
「……俺は敗将である。打ち負かされた敵に褒められたとて、嬉しくはない。」
「お世辞ではございませぬ。それがし、本気でそう思っております」
およそ本心であるかのような語り口に、負け惜しみ混じりに鼻を鳴らす。
「して何用だ。我らに降れと、そう申しに来たのか」
「左様。……兵を差し向けておいて、信用は得難いでしょうが。
多気殿の一族を根絶やしにすることは、それがしの本意ではございませぬ。」
「当家を如何様にでも出来るという語り口ではないか!
侮られるのも大概にされよ!」
力が入ることを意識しながら言葉を投げると、目の前の若者は頭を下げた。
「この乱世、坂東の武士たちが互いに血を流し合うことに、それがし理不尽を感じております。
……佐竹殿も、多気殿も、共にこの常陸に根を張ってきた御方々。
争うより共に、この地を豊かにしていくため、いかに治むるのか知恵を絞ってまいりたく。」
「争いをしておるのはその方ではないか。
確かに我らは平家に与しておる。元を辿れば平氏の血筋ゆえな。
されど、従わねば兵を差し向ける其方に、武士が争うことの理不尽など説かれたくもないわ。」
「お言葉はごもっとも。
それがしも自らの言葉に矛盾は感じておりもうす。その上で申し上げましょう。
平氏に虐げられる坂東の武士を救うならば、いや坂東に生きる民を豊かにするのであれば
たとえ、兵を差し向けた上であっても当家に従うのが、最も良いのです。
傲慢という誹りは百も承知。当家の試みをあまねく日の本に広げることが出来れば
武士も、民も今より豊かに暮らすことができましょう。
そのためであれば、従わぬ者どもには兵も差し向ける所存。」
「底が知れたわ。
長々と詭弁を論じておるが、要は其方に従えとそう申しておるだけではないか。」
――治承4年(1180年)九月 常陸国 源義円――
目の前の男は、俺の話を聞いて苛立たしげに膝を叩いている。
先ほどから義幹の言うことには理があり、おそらく俺に従う背後の二人も
いかに自分の賭けた源氏の貴種とはいえ、何を言い出すのかと心の中で、首を傾げているだろう。
いい機会だ、言いたいことは言ってやろう。
「従えと言えば、その通り。
だが、私欲のために申しているわけではない。
繰り返そう、当家に従えば其方も民も豊かに暮らせると言っておるのだ。」
「ほう、当家は既に常陸の南半国を領している。それよりも広い領地でも与えていただけるのか。」
「領しているだと。笑わせるな。
そこに住まう民に田を耕させ、半ば野盗まがいに米を徴収しているだけではないか。」
「先ほどから口がすぎるぞ!無礼であろうが!」
「では、其方が民に何をした。田を整える知恵を授けたか
民の生活に目を向け、豊かにするためにここを砕いたのか。
何もしておるまい。それで治めるとは片腹痛い。
それだしが民を豊かにする知恵を授けよう。
当家から田を整え、道を整備し河川の氾濫を抑える人夫を出そう。
そうすれば、土地は肥える。
当家の定める方に従えば、民の無駄な争いもなくなる。」
「我らの所領を、そなたに差し出せと申すか」
「差し出すのではない。預けられよ。
……多気家の皆様は小弓に屋敷を構えられればよろしい。
領地の収穫はそのまま差し出そう。当家の試みに従えば、米の収穫は二倍にも、三倍にもなる。
土地が栄えれば、民の暮らしも豊かになる。
多気家は小弓にて郎党を雇い、兵を鍛え、都に蔓延る平家を討つ。
そして日の本を豊かにする当家の統治に力を貸していただきたい。」
――治承4年(1180年)九月 常陸国 多気義幹――
一気に捲し立てる男の話を聞き、しばし考え込む。
己が僅かな土地に命をかける、それが武士の理である。
幼い頃からそう教わり、そのせいで起こる諍いも山のように目にしてきた。
しかし、目の前のこの男は、その理とはまるで違う道を示しているように思う。
「其方に預ければ、この地は真に豊かになるのか」
左後ろに控える、年嵩の武将が口を開く。
上総介で間違いない。
「それがしが、上総にてこの目で確かめて参りました。
義円殿の試みはことごとく成果を上げておられる。」
「左様か.....。」
長い沈黙の後、口を開いた。
「……父上に、諮らねばならぬ」
「もとより、そのおつもりで参りました」
義円の顔を、改めて見つめた。
「義円殿……。一つ聞かせてくれ。……那珂川の折、何故儂を討たなかった」
「多気殿のような御方を失うことは、あまりにも惜しい。その一点ゆえ。」
束の間、目を閉じた。
その姿に話は終わりだと感じたのか、義円は広間をあとにした。
数日後、父・直幹と共にこの申し出を、正式に受け入れた。
父は俺の決断に首を縦に振ることしかしなかった。
言葉少なに語ったのは、僅かである。
「……これからは、お前がこの一族の行く末を担うのだ」
その言葉に、深く頭を垂れた。
翌日、義円のもとへと赴いた。
「義円殿……。
多気の家、これより貴殿の下で、共にこの常陸を治めていく所存。」
「ご決心、かたじけなく。」
「だが、義円殿。
……儂はまだ、そなたを全て信じ切ったわけではない。
……其方の語った言葉に偽りがないことを、この目で確かめさせていただこう。」
「望むところにございます」
その遣り取りに、俺は新たな主君に対して、心からの笑みを浮かべることができた。
那珂川の向こうには常陸の空が広がっていた。
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