第37話「旗の下に集う者たち」
拠点を岩井にするか、小弓にするかすごく悩みました。
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承4年(1180年)八月 上総国 義円――
広常の決断は、瞬く間に上総家の重臣たち
――天羽秀常、時田為常、匝瑳常成、印東頼常に正式に伝達がなされた。
急遽集められ、解せぬ表情を見せていた一同も、本来は上総介の脇に控える義円が上座に座し
傍らに居住まいを正した広常が控える、姿を見て緊張の面持ちを見せる。
重たい空気のを切り裂くように、広常は言葉を発し始めた。
「これなるは亡き源義朝様の御子――乙若丸様である。
先の平治の乱の折に大和へ逃れ、心ある郎党が密かにこの地に送り届けた。
儂はこの上総義円改め、源義円様と共に
以仁王様の令旨にしたがい、平家追討の兵を挙げる。皆、異論はあるか!」
あまりの告白に一同は目を見張る。
俺は自分の言葉で、彼らに想いを伝えようと口を開いた。
「まずはこれまで出自を偽って参りましたこと、心よりお詫び申し上げます。
改めて源義朝が一子、義円。
父の無念を晴らさんがため、皆様のお力をお借りしたく存ずる。」
すかさず広常が口を添える。
「儂はこの地を訪れてより、知っておった。
出自を偽らせたのは、亡き義朝様のご恩に報い、義円様を無用な危険から遠ざけんがため。
しかし、その器量は其方たちも目にしてきた通り。都に蔓延る平家など取るに足らず。
我らのように富栄える者を増やすことが世のためよ。」
最初に口を開いたのは、印東であった。
「話は理解しましたが……。伊豆におられる頼朝様はいかがなさるおつもりか。
……同じ源氏の血を引く御方同士が対立することになれば、この坂東はさらなる混乱に陥りかねませぬ
また、平家追討とは名ばかりのお家騒動に付き合うつもりもございませぬ。」
「その懸念はごもっとも。
……それがしは、兄と争うつもりは毛頭ございませぬ。
共に宿願を果たす所存。」
「兄君は先立って兵を挙げられたのであろう。
それではなぜ、馳せ参じ申さぬ?」
「何故、兄の挙兵に呼応せなんだか……
広常殿には許しをいただいていたことだが、兄を訪ねたことがある。
兄には平家追討の宿願はあれど、その後の"国づくり"の構想がない。
それがしは平家と取って代わり源氏が武家の棟梁となることが目的ではないのだ。
――土地を豊かにし、その実りを、下は民から、武家や公家まで正しく分かち合う仕組み。
源氏が武家の棟梁となれば、それがしがこの国を普く治めることが出来れば、それが出来る。」
時田為常は深く頷く。
「義円様のこれまでの御差配を、この目で見て参りました。
……その道こそが、この乱世に真に必要なものだと、それがしは確信しておりまする。」
匝瑳常成も力強く賛意を示した。
「それがしも義円様に、しかとお供いたします」
その言葉を皮切りに、居並ぶ者たちは次々と頭を垂れていった。
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上総介広常が義朝の八男、源義円を擁して挙兵。
この報は、その日のうちに上総国内の隅々にまで伝わり、坂東各地にも即座にもたらされた。
民の反応は様々であったものの、数年前から急に広常の名代として各地を回り
暮らしを豊かにしてくれた若者が、源氏の貴種であったことは
無条件で、源義円という存在に畏敬の念を抱かせるには充分であった。
かつて親交のあった諸将は、盟を結ぶ書状を寄越してくれた。
主だったところでは、北常陸の佐竹、南下野の足利である。
この二人は直筆で、機を見て馳せ参じる旨を記載している。
そして最も早く軍勢を率いてきたのが、隣国下総を治める千葉常胤親子である。
「我ら親子共々、義円殿を坂東武者の旗頭としてお仕えする所存にございます。
幼き頃にお会いしてより、その聡明さを感じて参ったところ。
この坂東も平家に与する者どもは信用ならず...
亡き義朝様のご恩に報いんがため、義円様をお支えして参る。」
こうして挙兵後、僅か数日でその勢力圏は上総、下総の二国に跨るもの版図を描くことになった。
南常陸を治める平家方の常陸大掾氏を打ち払うことが出来れば、佐竹、足利の勢力圏とは地続きになる。
事ここにおよび、本拠地を前線に置くため、上総から下総の小弓に拠点を移すことにした。
小弓は房総半島の付け根にあり、海が近く、関東平野の端ではあるが周囲に平地も多い。
後に、足利基氏の鎌倉公方家の傍流・足利義明が、この地を拠点に一代で勢力を拡大。
本家である鎌倉公方家と関東の覇権を賭けて争うことになる。
交通の要所であるため、各地の豪族も馳せ参じやすいことを計算してのものであった。
天然の要害ではないが、発想は鎌倉に拠点を構えた頼朝に近い。
千葉常胤の参陣により動員兵力は誇張を無くしても一万を超えるだろう。
千葉家にも、直轄軍と同様の兵装と訓練を施している。
あとはいち早く戦果を挙げ、坂東諸将に「頼みうるは義円である」との印象を抱かせる必要がある。
「兵を集めよ!我らに賛同する佐竹と合流せんがため、平家方の常陸大掾吉田を討つ。
まずは周辺諸国の諸将と、その地に生きる民に、当家を頼めば豊かなれることを教えてやる」
直轄軍は初の大規模実戦ではあるが、始動は早かった。
こうして俺、源義円は自ら乱世の中に馬を進めた。
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