第34話「都の激震」
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承4年(1180年)四月 上総国 義円――
上総介の勢力が坂東にて確かな存在感を示すようになった頃、都から周囲に激震が走る報せが届いた。
「義円様……!平清盛が、後白河院様を鳥羽殿に幽閉されたとの由にございます!」
(治承三年の政変……。年数も史実にある通りだ。ついにこの時が来た)
報せが遠く坂東に届いたのは、事が起こり半年が経過した頃であった。
乱世の激動がいよいよ、目の前にその姿を現し始めている。
数日後、さらなる報せがもたらされる。
「京にて、以仁王様が平家追討の令旨を諸国に発せられたとのこと」
重なる報せに、顔色を変えずに頷く。
同様は見せず、この報せはすぐさま広常のもとへと届けた。
「広常様……。
以仁王様が、平家追討の令旨を発せられたとのこと!」
さしもの広常も、この知らせに言葉を失った。
しばらく考え込む広常の傍ら、俺は諸国の源氏の動向を洗い出す。
「この令旨は、既に諸国の源氏のもとへ密かに届けられているはずです。
……その中でも、動く可能性が高いのは三つの勢力かと存じます。」
「三つ、とは」
地図を広げ、この乱世を動かすことになるであろう源氏の各勢力を、一つ一つ指し示していった。
「まず、伊豆国の頼朝殿。
……父義朝の嫡男にして、清和源氏の嫡流。
今は流人の身といえど血筋の正統性は、諸国の武士たちにとっても確かな重みを持ちましょう」
ですが兄は、これまで伊豆の一流人として過ごしてこられました。
先立って聞いたところによれば、その手勢は未だ決して多くはございませぬ。」
「なるほど。して他には」
「次に信濃は木曾の義仲殿。
我らとは従兄弟筋にあたる御方にございます。武芸に秀でておられると聞き及んでおりますな。」
「ほう……。信濃にも源氏の血筋がおったか」
「はい。……ですが義仲殿は幼き頃に。我らの兄である悪源太に父を討たれ...
養育も信濃の豪族の手で行われたと聞いておりますので、軍を率いる力は未知数。」
そして、甲斐国の武田信義殿。
……甲斐源氏の当主にして、自らを源氏の棟梁と言って憚らぬと。」
「源氏の棟梁、とは大きく出たものよな」
「……信義殿が我らに劣らぬ、確かな血筋をお持ちなのは確かゆえ。
ですが、その所領は山がちな甲斐国にとどまり、坂東ほどの広さと豊かさは持ち合わせておりませぬ。」
その三者の名を並べ終えると、俺はこの乱世における、上総家の立ち位置を、改めて広常に示した。
「広常様……。ここで、それがしが申し上げたいのは当家が既に、これら三者に決して劣らぬ
――実兵力においては、これらを上回るだけの力を蓄えているという事実にございます。」
話の展開を切り替えた俺の言葉に、広常は深く息を呑んだ。
「……儂らが頼朝殿や、義仲殿、信義殿にも劣らぬ力を持つと申すか」
「はい。
……時をかけた試みによる統一装備の兵は一万をこえ、豊かな実りと交易に支えられた確かな兵站。
有事のため各地の勢力とも親交を結んでまいりました。
この令旨に呼応するだけの力があることは、もはや疑いようがなく。」
「……義円。
其方は、我らが独力で、この令旨に応じるべきだと申しておるのか」
「その答えを、断言することはできませぬ。
他家の後塵を拝するは惜しい反面、当家が担ぐ御仁は間違いなく平家を打倒しうるものかと。
独力にて、坂東の平家勢力を討ち以仁王様の元へ駆けつけるのか、源氏の貴種を担ぐのか
お心のままになされませ。」
「……儂は、これまで其方を我が子のように育ててきた。
しかし其方が義朝様の御子であるという事実、其方が口にする源氏の貴種であるということも片時も忘れたことはない。
旧主へのご恩と、其方への親心を思えばすぐさま立つべきであろうが...
以仁王様が敗れれば、呼応した者に平家の手が伸びるは必定。」
「……それゆえに、それがしはこの場で軽々しく答えを出すことはいたしませぬ」
「して、義円……。お前はこれからどうしたいと思っておるのだ」
その問いに、俺は慎重に言葉を選んだ。。
「それがしの心は、まだ完全には定まってはおりませぬ。
……正直に申し上げれば、いかなる答えは出したとしても、譲れぬ願いはございます。
当家が積み重ねてきた力を、他家の風下に置くことだけは避けたいと。
我らの取り組みも、どなたかを主と仰げばこのまま続けることも叶いますまい。
付き従う豪族や民が豊かになりつつあるいま、理を変えられては全て水泡に帰しまする。」
「……相分かった。この一件、じっくりと話し合おうではないか。
……だが義円、一つだけ言っておく」
「何なりとも」
「儂はこれまで、お前の見立てを一度たりとも疑ったことはない。
そして其方の献策を取り入れた結果、こうしてこの国は豊かになりつつある。
己の才覚を疑うことなく、想いを述べよ」
その言葉に、俺は深く頭を下げた。
こうして、絶対の信頼を寄せてくれる男が一人いるだけで
この先の動乱を戦い抜くことができる気がした。
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