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みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


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第32話「流人の館」

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――治承4年(1180年)正月 伊豆国 義円――



 坂東各地の豪族と交流に一通りの手応えを得た俺は、あえて先延ばしにしてきた事象に向き合う覚悟を決めた。


 これまでの献策とは違う、決意を込めて言葉を絞り出す。

「広常様……。伊豆国に配流されている兄、頼朝に訪いを入れたく。

 兄は父である義朝の嫡子にして、我が源氏の嫡流。

 生きながらえていることを世に伏せている身とはいえ……

 これまで、文のやり取りすらしてこなかったこと心苦しく思っておりました。」


 この申し出には、流石の広常もすぐには言葉を出せないようであった。

 間をおき、考えた末で返答の言葉を発する。


「良かろう。……だが、あくまで、内密にな。

 其方が源氏の貴種であることを表沙汰にする時ではない」


 -----


 伊豆国、蛭ヶ小島――流人としての頼朝が二十年もの間過ごしてきたという地は

 想像していたよりも、遥かに粗野な場所であった。


 道中、転生してよりの二十四年間を、改めて思い返さずにはいられなかった。

 乳飲み子として、源氏の総領の子として目覚めたあの日から、上総での雌伏の日々。

 史実を知る俺が、これまでの日々に耐えることができたのは

 伊豆で同じように雌伏の時を過ごしているはずの異母兄の存在があってのことである。。


 反面、歴史的偉人に出会える感慨もある。

 複雑な胸中な中、蛭ヶ小島の質素な館へと馬を進めた。


「上総介殿の御一族の方が、このような場所まで何用にございますか」


 案内に出た郎党は、身なりをつま先から頭まで値踏みをするように長め、そう問うた。


「頼朝殿に、折り入ってお目通り願いたく参りました。

 ……お父上義朝様の御縁についてお話がございます」


 義朝という名に、郎党は気色ばむ。

 その後、すぐに通された一室では、しばし待たされることになった。

 やがて、その男は静かに部屋へと入ってきた。


「これは、これは……。遠路はるばるようこそお越しくだされた」


 その第一声は、拍子抜けするほど朗らかなものだった。


「近頃、勢い盛んな上総家の御方が、この蛭ヶ小島のような辺鄙な地まで御足労とは。

 ……何か、儂に面白い話でもお持ちかな?」


 その物腰は、まるで旧知の友を迎え入れるかのような気安さに満ちていた。

 威厳のない、ともすれば力ある豪族への卑屈さにも取れるその対応に内心で、微かな戸惑いを覚えた。


(これが、源頼朝……。史上初の武家政権を打ち立てる男か)


「頼朝様……。

 それがしは上総義円と申します。上総介広常のもとで、坂東の民を豊かにするため心を砕いておりまする」


「義円殿、か。

 ……その名、儂の耳にも僅かながら届いておるぞ。坂東で、何やら新しい試みを進められておられるとか」


ここまでの頼朝の口調と振る舞いから、掴めぬ男であると感じ取った俺は

この場で、伝えるつもりの本題を投げかけてみることにした。


「頼朝様……。それがしが此度参りましたのは、坂東の世間話のためではございませぬ。

 ……それがしの口からお伝えせねばならぬことがございます。」


 急に改まった様子に、頼朝の目に微かな警戒の色が浮かんだ。

 初めて掴み得た変化である。


「……聞かせてくれ」


「それがしは、亡き義朝の一子にございます。

 名を乙若丸。母は常盤。

 先の戦の敗戦の折、大和に逃れ、上総の地へと密かに送り届けられました」


 頼朝は、一瞬動きを止めた。

 だが、それも束の間のことだった。


「……乙若丸。

 ……なは聞き及んだことがある。

 しかし病で息絶えたと聞いておったが」


「はい。

 心ある郎党の一人により、私を偽装し上総にて養育を受けました。

 ……それゆえ、これまで事実を公にすることは叶いませなんだ。」


 しばしの沈黙の後、頼朝は豪快に笑い出した。


「これは、これは……!

 誠かどうかは確かめようのないことである。しかし肉親であるというなら、あえて疑うこともあるまい。

 父も、叔父も、兄も。儂よりも年長の肉親は命を落としておるがな。」


 取り繕うような笑い声は、喜びが滲んでいるようにも、疑いを含んでいるようにも感じられた。

 喜びの奥に微かな――決して見逃すことのできない疑いが向けられているのである。


源氏の貴種である。贔屓目に見ても血統としては悪くない。

こうした申し出は過去、多々あったのかもしれない。

しかし、仮に坂東の情勢を正しく掴んでいるのであれば

俺を利用する価値はあるはずである。


「頼朝様はこの伊豆の地にて、どなたと誼を結んでおられるのですか」


 その率直な問いに、頼朝は少し苦笑した。


「正直に申せば多くはない。

 ……北条時政殿。

 それ以外には、これといって、確かな縁はまだ築けておらぬ」


 この時点であれば史実の記憶にある通りだった。

 後年に名のある武将であれば、安達泰盛、乳母を務めた比企程度のはずである。

 この時点での頼朝はまだ、坂東の武士団を率いる神輿としては足場すら十分に固まっていない。


「時政殿は、頼りになる御方にございますか」


「うむ。……あの御仁はこの乱世を冷静に見極める目を持っておる。

 だが……」


 頼朝は、言葉を濁す。


「だが?」


「北条一族だけではあまりに心許ない。

 ……もっと多くの者たちの、確かな支えが要る。」


 その言葉に、さらに核心へと踏み込むことを決めた。


「兄上……。もしこれから、多くの武士たちを御自身のもとに集められるとしたら。

 ……平家打倒への決起をされるお心算でしょうか。」


 兄は、無表情のまま問い返す。


「決起とは」


「都に蔓延る父の仇敵、平家を打倒し。

 武士の棟梁として、今一度源氏の旗を立てるお心算かとお尋ねしております。

 そうであるならば、豪族たちにいかに接し、いかにその暮らしを、豊なものにしていくのか。

 ……それがしは、その具体の在り方をお伺いしたいのです」


「……平家打倒は本懐である。

 父義朝に恩ある坂東武士を率い、機を見て決起する心算である。」


 言葉少なに断言するその答えに、頼もしさを覚えつつ違和感を覚える。

 この返答には、問いの半分の答えしか示されていない。

 豪族の、ひいては民の暮らしへの言及は兄の口から語られていないのである。

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