第31話「下野」
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承3年(1179年)冬 下野国 義円――
佐竹との一件を落ち着けた俺は常陸からの帰路、下野国にも密かに足を延ばすことにした。
この地には、清和源氏の血を引く一つの家系――足利氏の地盤がある。
足利氏はこの源平の争いが行われていた当時、その勢力は決して大きくない。
源氏の名門でありながら、この時代の足利家の知識を持つ人間は少ないであろう。
陽の目を浴びるのは、八代目尊氏が倒幕を成し遂げた以降であろう。
実態は頼朝挙兵にも付き従い、源氏と御家人の橋渡しをしていた貴重な存在でもある。
有能な人材と知己を得ていて損はない。
「足利家は、義兼という御方が当主にあられるとのことにございます」
同伴していた郎党が、そう教えてくれた。
いかんせん、現代知識としても断片的である。
この時代の噂を踏まえて頭の中を整理する。
義兼は、幼き折に足利家の始祖である父の義康を亡くしているはずである。
叔父の新田義重の庇護下にあったはずだ。
来たる源平合戦の折は兄が木曽義仲に馳せ参じ、当人はいち早く頼朝に合流する。
鎌倉幕府でも草創期は一族の重要人物として扱われているが
身の振り方もわかる通り、独立勢力として、旗頭になる力はこの時代にはない。
(庇護を受ける勢力が、木曽でも頼朝でもいいとなれば
家格は、義朝系を第一と考えているとみて間違いない。
誼を通じておくことは、頼朝に合流することを考えても好都合だ。)
-----
思考を巡らせながら足利荘へと馬を進めた。
冬枯れの下野は上総とはまた違う、静かな厳しさを湛えていた。
足利義兼は、まだ二十代半ばの若い武将であった。
その館は決して豪壮なものではなく、むしろ質素な佇まいをしていた。
「上総介殿の御一族の方が、このような下野の田舎まで何用にございましょうか」
当然ながら義兼は警戒を隠さない。
「義兼殿……。
突然の訪い、ご容赦くださいませ。
当家は、坂東の武者を強くするため新たな試みを始めておりましてな。
その過程で、坂東の各地の武家との繋がりを築きたいと考えております」
「……上総介殿の御一族の噂はそれがしの耳にも届いております。
なんでも豪族から若者を集い、常に武稽古にも励んでおられるとか」
(かなり断片的な情報しか得ていないな。それに農地への言及はない。
まあ、この時代に民を豊かにするなんて考える者はいない。
あえて触れてはいない価値観であるし、こんなものか)
「恐れ多いことにございます。
……それがしどもの噂を、義兼殿が既にご存じとは意外ではございましたな」
「この足利の地とて、坂東の噂には決して疎くはございませぬ。
……ただ、当家に取り入れるまでに至らず、恩恵にはあまり与れておりませぬがな」
その言葉には、微かな苦さが滲んでいた。
俺その様子に、この若き当主が置かれている複雑な立場を感じ取った。
「義兼殿……。差し出がましいことをお伺いいたしますが
足利家の今の御所領は、いかほどにございますか」
「……お恥ずかしながら、決して広いものではございませぬ。
父・義康が身罷った折、所領の多くは異母兄の義清が継ぎ
それがしには、この足利荘の一部が残されたに過ぎませぬ」
(家督を継げなかった、あるいは、限られた所領しか得られなかった者たちは少なくないだろう。
……それは器量とは無関係のことも多い。
義兼はまだ若く、視野も狭いが、上総の噂を聞きつけ自領に取り入れようとする気持ちもある。
応対も丁寧であるし、悪くはないか。)
「義兼殿……。当家では土地の広さではなく、その土地をいかに豊かにするかという
知恵と工夫で、確かな力を蓄えて参りました。
……もし、義兼殿が御望みとあらば、その知恵の一端を
この足利の地にも分かち合いたいと存ずるが、如何か?」
その申し出に、大きく目を見開く。
「お心遣いをいただけるのか」
「平家の世も久しからずと、それがしは考えておりまする。
……世は再び乱世となりましょう。
その折、義兼殿のような志を持つ御方が、力を発揮できずにいるのは忍びないと思うておりますれば」
「……義円殿の御言葉、まことに身に染みまする。
お心遣いありがたくお受けいたそう」
-----
そこからは地図を広げ、足利荘の地形と周辺の産業について、意見を交わす。
「この地は、絹の産地として評判があると聞き及んでおりますが」
「左様。
……足利の地は古くより、良質な絹を産することで知られております。
ですが、その都へ届ける道筋は、まだ十分には整えられておりませなんだ」
「当家は、都へ荷を運ぶ商人とも付き合いがございましてな。
市が盛んに立ちもすれば、人の出入りも多い。
一度、絹を上総へ運び当家を介して、都への道をつけましょう。
当家が買い上げる分に関しては、貴家にとって即座の身入りになりましょう。」
具体的な提案には、唸っていた義兼も深く感じ入った様子だった。
「まことに、具体的な策を思いつかれるのも早うございますな。」
「まだ、これから詰めていくべきことも多うございます。
……ですが、足利の絹が良きものであれば、都でも高く評価されるはずです。
上総の鉄や甘味と共に、都へ運べば確かな富をもたらすでしょう」
義兼は、館の蔵から幾反かの絹織物を引き出し、見せてくれた。
その光沢と、織りの細やかさに素直に感嘆する。
「……これならば、都の公家たちも、こぞって買い求めるやもしれませぬな」
率直な称賛に義兼は、少し誇らしげな表情を見せた。
「義円殿……。僅かな時間ではあったが、上総介殿と誼を通じられることはそれがしにとって
足利家にとってこれほど心強いことはない。
ご助力できることがあれば、当家にもお声がけいただきたい。」
一定の手応えを感じ、上総への帰路に就く。
この足利氏との縁が、これからどのような形に育っていくのか。
シビアな言い方をすると、どう利用していくのか
――その答えは、まだ見通せてはいないが
改革の成功と、豪族との連携が実現しつつある中で
あの歴史的ターニングポイントの際に、どう身を振るのか。
自分の中で、意思は固まりつつあった。
面白いと感じていただけましたら
評価、ブックマーク、リアクション、コメント。
更新の励みになりますので、どんな内容でもいただけると嬉しいです。
特に日間ランキングに載っていると、ブクマいただけていない皆様にも
更新が知っていただきやすいんじゃないかと思ってます。
少しでも次話を読んで良いかなと思っていただけましたら
他の方にも届けるため、次回見つけやすくしていただくために、ぜひ「評価☆」をいただけますと幸いです。




