第29話「続・軍事整備」
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承2年(1178年)夏 上総国 義円――
長槍隊の成功を受け、この軍制改革をさらに一歩進める。
如何に一個小隊の統率が取れようとも、この時代の主力は弓隊に他ならない。
また騎乗できる事実は、力を持つ豪族の自尊心を保つためには必要なことであった。
「広常様……。
次は、弓兵と騎馬武者の部隊も、同じように統一の訓練体系のもとで、鍛え直したく存じます」
「槍隊の成果を見た後では、もはや疑う余地もあるまい。
……して、弓と馬はいかに変えるつもりだ」
「弓兵については、これまで各郷ごとに腕の立つ者を、都度集めて戦に臨んでおりました。
……ですが、それでは統率の取れた一斉射撃ができませぬ」
「弓兵を常備の部隊として、当家が直に組織し日々の訓練を積ませます。
……的の間合い、矢の速さ、何より号令一つで一斉に矢を放つ。
その呼吸を合わせる訓練にございます」
弓隊の編成にあたり、坂東各地から弓の腕に秀でた者たちを広く募ることにした。
「義円様……。思いのほか多くの者が応じて参りましたが」
この弓隊の指南役には、坂東でも特に弓の腕に定評のある
匝瑳常成を抜擢することにした。
総領たる上総介広常の実兄にあたるこの男は、分を弁えるほどに弁えた男であった。
「それがしは総領たる広常に従ってはいるが、この弓だけは、誰にも負けぬという自負がある。」
「そのお力は、存分に発揮していただきます。
……当家の弓隊を、坂東随一の部隊に育て上げることは、惣領の責と比較しても遜色はございませぬ」
その言葉に、匝瑳は目に見えて高揚を見せる。
「この命に代えても、必ずや期待に応えてみせようではないか」
弓隊の訓練は、有力豪族たる匝瑳の協力のもと順調に進んだ。
だが、騎馬武者の部隊化には、これまでとは違う困難が待ち受けていた。
側に置いている郎党はこれまで通り報告をあげるが、どこか力無く呟く。
「義円様……。馬を扱う武士たちは、それぞれ代々受け継いできた独自の乗り方、戦い方を持っております。
それを一つの型に統一するとなれば、大きな反発が予想されまする」
その懸念は、この時代に最もモノであった。
「馬術そのものを無理に統一する必要はない。
……ただ戦場での動き方――誰が、いつ、どの方向へ突撃するか。
その連携だけは、統一しておきたいのだ。」
影響下にある豪族が率いる騎馬武者たちを集め、一つの提案をする。
「皆様それぞれのこれまでの馬術と武勇は、決して変えていただく必要はございませぬ。
……ですが、戦場では幾つかの小隊に分かれ、それぞれの小隊の中で誰が先陣を切り、誰が側面を固めるか、あらかじめ、取り決めておいていただきたいのです」
その提案に、しばし顔を見合わせた後、一人が代表して答えた。
進みでたのは――印東頼常という古参の騎馬武者である。
下総国印旛郡の印東庄を領している力ある豪族であった。
「義円様……。先陣の名乗りは武士の誉なれど、仰せは最も。
されどこれまでの試みを見れば、何故我らの戦法をそのまま活かそうとお考えになったのかな」
「馬術というものは、幼き頃から長い年月をかけて、体に染み込ませてきたものにございましょう。
無理に一つの型に押し込めれば、かえってその本来の力を削ぐことになりかねませぬ」
打てば響くように答えたその言葉に、印東は深く感じ入った様子だった。
「義円様は、幼き頃よりの坂東武者の誇りを蔑ろにするわけではないのだな。
……それであれば此度の話、出来うる限りお力添えいたしましょう」
印東は領国が別れたといえど、上総介の一門である。
その言葉に敬意を込めて深く頭を下げた。
(この乱世の武士たちは、個々の武勇に深い誇りを持っている。
……それを無理に押し潰すのではなく、活かしながら全体の力に変えていく。
豪族の力は無視できず、気付かぬうちに主家たる上総介の力に変える。これが最善の手ではある。)
数ヶ月後、上総介広常率いる直属軍は
統一装備の長槍隊一〇〇〇、訓練された弓兵一〇〇〇。
そして、豪族間の連携の取れた騎馬武者二〇〇〇という、
これまでにない、確かな軍事力を手にすることになった。
「義円……。其方の指揮で動く一軍は、これまでとは比べ物にならぬ力を感じるぞ。
まさに。お前の知恵と皆の汗があってこその成果である、」
「お褒めの言葉は過ぎたるもの。、この軍勢を如何に活かしていくか。
次なる当家の方針を決めねばなりますまい。」
義円が主導した一連の改革によって、上総家は坂東でも、確かな存在感を放つ勢力へと着実に育ちつつあった。
その力をどのように使っていくべきか。
――その問いへの答えを、義円は確かな形では、見出せずにいた。
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