第24話「検地と禄」
心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承元年(1177年)冬 上総国 義円――
広常の許しを得た俺は、まず、この上総国全体の正確な検地から始めることにした。
「これより、上総国内、全ての郷において田畑の実測を行う。
……その広さ、等級、収穫高の正確な把握に着手せよ」
俺のその宣言に、実務を担う郎党たちは困惑の色を隠せなかった。
「義円殿……。これまでも、年貢の取り立てのために、田畑の広さは大まかに把握して参りました。
……何故、今更そこまで厳密に」
「大まかな把握では、この土地が持つ本当の力は見えてこない。
……単なる年貢の取り立てのためではなく、この土地の"伸びしろ"を、正確に測るための作業にしたいのです」
その説明に、郎党たちは尚も半信半疑の様子だったが
広常の後ろ盾もあり、しぶしぶながら、この作業に取り掛かることになった。
実務を担う者たちには、まず、統一された測り方
――一段の広さ、一反の広さを誰が測っても同じ結果になるよう、竿や縄の長さを細かく定め直させた。
「これまでは、郷ごとに、測り方が、微妙に違っておりました」
「それでは、正確な比較ができない。
……まずは、この上総国全体で、同じ物差しを使うことから始めよう」
その地道な統一作業だけでも、幾日もの時を要することになる。
検地は、思いのほか、困難を極めた。
「義円様……。名主の中には、実際の田の広さより少なく申告する者が、少なからずおるようです」
その報告は当然想定の範囲内である。
この時代、年貢を少しでも軽くするため、田の広さを実際より少なく申告することは珍しいことではない。
「隠し田か。……それも、当然予想の内だ。そうした隠し田も、全て明らかにする」
密偵と実務役人を、各郷に派遣し田の畦道の実際の長さ、水路の流れ
そして周辺の地形から、隠された田の広さを、丹念に割り出していく。
この作業の中で、一つの郷では大きな反発が起きた。
「先祖代々、この土地を守ってきたのは我らである。
……好きなように荒らされては堪ったものではないわ!」
その郷の名主であり豪族でもある――天羽秀常が憤然と進み出る。
上総氏の始祖・常澄の子の一人であり、広常にとっては実の兄弟にあたる上総一族の重鎮だった。
「天羽殿……。
それがしは此度の試みで、あなた方の土地を奪おうとしているわけではございませぬ。
……むしろ、逆にございます」
「逆とは、どういうことだ」
「これまで隠していた田を正直に申告していただいたとて
年貢は課しますが特段重いものにはいたしませぬ。
さらに開墾する新田については、当面の間、年貢を大幅に軽くいたします」
その提案に、天羽は怪訝な顔をした。
俺は続けて、この改革の核心――禄制度の導入について天羽に語る。
「これまで、この上総国の郎党たちは
それぞれが持つ土地から、直に年貢を取り立てて、暮らしを立てて参りました。
……ですが、それがしはこの仕組みを、少しずつ変えていきたいと考えております」
「変える、とは」
「土地からの実入りを、一旦、上総家が取りまとめる。
その上で働きに応じた"禄"を、それぞれの郎党に米や反物の形で支給する仕組みに切り替えていくのです」
その提案に、天羽はしばし考え込んだ後、鋭く問い返した。
「それでは……。
我らが、代々受け継いできた土地を、上総家に全て取り上げられるということではないか」
その懸念に、俺は、慎重に言葉を選びながら答えた。
「取り上げるのではございませぬ。
……土地の"開発"そのものを上総家が主導することで、その土地が生み出す実りをこれまでよりも遥かに大きくする。
大きくなった実りの中から、これまでと同じか、それ以上の見入りを、天羽殿をはじめ家中の方々にお約束いたします」
その言葉に、俺は、具体的な数字を示した。
「今、天羽殿の郷が上げている年貢はおよそ二〇〇〇石。そのうち半分は当家に納めておりましょう。
……此度の試みと新田開発が進めば、三年のうちにこの郷の実収は、四〇〇〇石にまで届くはずです。
その禄として、天羽殿には二〇〇〇石を差し上げる。実質は見入りは倍になります」
その具体的な数字に、天羽は、大きく目を見開いた。
「まことに、そのようなことが」
「可能でございます。
……ただしこれは、天羽殿が、これからもこの土地の開発に
共に力を尽くしてくださることが、前提にございます」
その条件に、天羽は、しばし黙り込んだ。
「……もしその約束が、果たされなんだらいかがする」
「その時は、それがし自身がこの身命を賭して責めを負いましょう」
その決意に、天羽は深く息を吐いた。
「……分かった。義円殿の仰ることを信じてみよう。
だが、もしこの話が絵空事に終わるようなら、儂は決して黙ってはおらぬぞ」
「その覚悟、しかと受け止めまする」
その遣り取りを、騒ぎを聞きつけ駆けつけた広常が、少し離れた場所から静かに見守っていた。
(実の兄弟であり一族の重鎮たる秀常殿にまで、この改革の手を伸ばす。
……広常にとっても、決して、心穏やかならぬことのはずだ)
その夜、広常は、俺の部屋を、密かに訪ねてきた。
「広常様……。差し出がましき真似、ご一族への無礼な物言いをご容赦ください」
「なんの。……秀常とは幼き日々、共に育った仲だ。
あやつの気骨もよう分かっておる。
……正面から向き合ってくれたことが、儂には何より有難い」
(史実にある通りのこの時代の武士団の在り方を根本から変えようとしている。
……この試みが実を結べば、上総家はこれまでとは比較にならない力を手にすることになる。
だが、しくじれば……)
その先を、俺はあえて考えないようにした。
もはや後戻りの道はない。
その夜、今回の検地と禄制度の全体像を、覚書に丹念に書き記していった。
田畑の実測、隠し田の摘発、そして、働きに応じた禄の配分。
一つ一つの仕組みが、これから上総国全体に着実に広がっていくことになる。
(天羽殿の郷だけではない。
……この国のあちこちに、同じような"眠った土地"が、まだ数多くあるはずだ)
その一つ一つを、これから地道に掘り起こしていく。
その途方もない作業の全貌を思うと、少しげんなりもしてくる。
だが、一歩を踏み出したは間違いない。
これまでとは違う確かな手応えが芽生えている。
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