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みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


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第23話「慢心への警鐘」

心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――治承元年(1177年)秋 上総国 義円――



 鹿ケ谷の報せから数ヶ月、上総の所領を、馬で見て回っていた。

 稲刈りを終えたばかりの田畑には、まずまずの実りが見える。

 他領主との所領間を巡る争いもこの数年、大きな諍いには至っていない。

 表向きは、穏やかな秋だった。


 そんな中、俺の胸には拭いがたい違和感が、日に日に膨らみ続けていた。


「義円様、此度の年貢、去年よりも僅かに増えましてございます」


 案内の郎党が、そう誇らしげに報告してくる。

 その言葉に頷きながらも、内心では複雑な思いを抱いていた。


(僅かに増えた、か……)


 東国に移ってより、才覚に期待されてはいる。

 しかし、転生前の現代知識や史実の記憶を頼りに行ったことはほとんどない。

 目の前の出来事に、広常の裁量に多少の示唆を与えている程度である。


 その夜、館の一室で、これまでの覚書を、端から端まで読み返していく。

 用水路の裁定、疫病の郷への年貢減免、村々の紛争解決。

 ――一記録を追ううちに、影響が少ない事象への対処しか行ってこなかったことを改めて自覚する。


 もちろん、あえてそうした側面はある。

 自分は争いに敗れた武士団の棟梁の遺児なのだ。

 あまり目立つわけにはいかないし、そもそも匿われている身だ。

 広常をはじめ、郎党たちは温かく迎え入れてくれているが外様であるという意識は拭えない。


 故に、自分のやってきたことは中途半端であり

 自分がいることにより、上総家がひいては源氏が得することはほとんどない。


 この意識を変えようと決意した。

 すでに元服を済ませており、坂東の暮らしも10年余りに及んでいる。

 上総家の郎党ですら、広常の親類として扱うことが増えているのだ。


 もう我が身の危険のみに思考を囚われる必要もないであろう。

 自分の知識を、記憶をこの家を栄させる。坂東の武士を豊かにするために使おうと思った。



 手始めにこの上総国の郡ごとの石高――正確には段別の収穫高を、改めて丹念に計算し直していった。

 田の等級ごとの収穫量、荒れ地の面積、そして、まだ手つかずのまま放置されている湿地帯の広さ。

 それらを、一つ一つ、地図に書き込んでいく。


(この湿地帯……。排水さえ整えれば、優に、二百町歩は、新たな田になるはずだ)


 関東平野の潜在能力は大いに知るところである。

 この時代の人々は、目の前の年貢を確保することにしか、目を向けていない。

 ……だが、俺には、この土地が、これから数百年をかけて、どう変わっていくかの既に知っているのだ。


 一度覚悟を決めると、己の知識が乱世そのものを

 根本から作り変えるための、確かな武器にもなり得る事を強烈に意識した。



 手付かずの領内でも上総介広常の勢力は、既に坂東随一と言われるまでになっている。

 平家打倒の実質的な狼煙となる「以仁王の令旨」が発せられるまでにどこまで力を蓄えられるか。


(いずれにせよ、後世、上総介が率いたとされる二万騎。

 ……だが、その"二万騎"を支える土地の力は、まだ伸びしろを残している)




 翌朝の起き抜けには広常に、目通りを願い出た。


「広常様……。折り入って、お話がございます」


 珍しく物々しい様子に、広常は、怪訝な顔をした。


「なんだ、改まって。……いつものお前らしくないな」


「広常様……。それがしはこの地にお世話になってよりこの上総の地にて

 広常様が多くの諍いを収めてゆく術を眺めてまいりました。

 ですが、そのやり方には、大きな限界があると思うのです」


「限界、とは」


「今のこの上総家の在り方は"御恩と奉公"

 ――土地を与え、その見返りに、郎党たちが軍役を務めるという古くからの慣習に従っているに過ぎませぬ。

 それ故に武士たちは新たな土地を得ることに力を注ぎ、与えた土地自体を、真剣に豊かにしようとはしておりませぬ」


 その指摘に、広常は、しばし黙り込んだ。


「……お前の言う意味が、今一つ分からぬ。土地を治めるのは、郡司や名主たちの仕事であろう」


「それが、そもそもの間違いにございます」


 俺は、そこで、初めて、はっきりと言い切った。


「郡司も名主も、目先の年貢を確保することしか考えておりませぬ。

 ですが、土地そのものを豊かにすること――治水を整え、新田を拓き、我らのひいては民の暮らしを豊かにする品を育てること。

 それを担うべきは本来、この土地の武力と権威を握る、広常様御自身と我ら郎党の務めのはずにございます」


 その言葉に、居並ぶ古参の郎党たちの間にも、微かなどよめきが広がった。

 一人の老臣が、進み出た。


「義円殿……。それは、あまりに、これまでのやり方を覆すお話にございます。

 この坂東では、土地は、それぞれの名主が、代々受け継ぎ、守り育ててきたもの。

 それを、上総家が直に差配するとなれば、多くの反発を招きましょう」


 その懸念に、俺は、深く頷いた。


「その通りにございます。

 ……ですが、このまま何もしなければ、この上総の地は、いずれ来る大乱の中で

 その持てる力の半分も、発揮できぬまま終わることになりましょう」


「大乱……。義円殿は、何を見ておられるのだ」


 広常の、その鋭い問いに、俺は、一瞬、言葉に詰まった。


「……この乱世が、いつまでも今のような、緩やかな釣り合いを保ち続けるとは、とても思えませぬ。

 先立っては平家に反する企てを立てるものも現れた。

 いつか必ず、坂東の武士団が、その総力を試される日が来ます。

 その時、上総家が、真の力を発揮できるかどうか。

 それが、この一族の命運を、大きく左右することになりましょう」


 その言葉に、広常は、しばし俺の顔を見つめ続けていた。


「……義円。お前が、そこまで言うということは、よほどの確信があるのだろうな」


「はい。

 ……ですが、この改革は、決して容易なものではございませぬ。

 多くの名主たちの反発を招き、時には、血を見ることにもなりかねませぬ」


 その率直な警告に、広常は、深く息を吐いた。


「お前をこの地に受け入れてより、儂に間違った道を示したことは、一度もなかった。

 ……だが、此度ばかりは、儂にも、覚悟が要りそうだな」


「はい。……進言したそれがしにも覚悟がございます。

 もし、この改革が、上総家を傾けることになれば

 その責めは、全て、それがし一人が負う所存。」


 その決意に、広常は、しばし目を閉じた後、静かに頷いた。


「相分かった。……お前の思う通りに、やってみよ。

 だが、黙って見ているだけのつもりはない。儂の命が必要であれば都度申せ。」


 その言葉に深く平伏する俺をよそに、古参の郎党たちの間には

 拭いきれない不安の色が、確かに残っていた。


「義円殿の仰ることは、理には適っております。

 ……ですが、これまでの、この坂東の在り方を根本から変えるとなれば

 必ずや、大きな軋轢を生みましょう」


 そう懸念の声を挙げた声の主に視線を移し、迷いなく頷く。


「承知しております。

 ……まずは二年。この義円をご信じくだされ。

 二年ののち、皆々様も民も貧しくなっておれば、躊躇いなくそれがしを手討ちになされよ。」


 上総の秋空に、澄んだ光が、静かに差し込んでいた。

 その穏やかな陽光を背に、これまでとは違う激動の日々を生きる覚悟を決めた義円は背筋を伸ばした。

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