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みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


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第22話「鹿ケ谷」

心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――治承元年(1177年)六月 上総国 義円――



 二十二になった年の初夏、都から届いた報せは、これまでとは明らかに質の異なる緊張感を孕んでいた。

 この数年、平家の栄華を告げる報せばかりが続いていたが、初めて平家の足元が揺らぎかねない様相がもたらされたのである。


「後白河院の御近臣たちが、平家打倒の謀議を巡らせていたとの由にございます」


 その報せをもたらしたのは、都との商いを通じて情報を得ている一人の商人だった。

 広常はその話を聞くなり、眉間に深い皺を刻んだ。


「平家打倒の謀議……。して、その企ては」


「事を起こす前に露見。多田行綱なる者の密告により、清盛自らいち早く動き、関わった者たちは軒並み捕らえられたとか」


(鹿ケ谷の陰謀……。史実通りだ。ついに、平家の栄華に、最初のひびが入り始める)


 治承元年六月。都の東山、鹿ケ谷の山荘で密かに謀られた、後白河法皇の近臣たちによる平家打倒の企て。

 藤原成親、西光、そして俊寛らが謀議を交わしたその企ては

 摂津源氏・多田行綱の密告によって、事前に清盛の知るところとなる。

 俺の記憶にある史実は、この後に続く凄惨な顛末をも、正確に告げていた。


「して、謀議に関わった者たちは、どうなったのでございますか」


 商人は、声を潜めて続けた。

 声色には、都で見聞きした顛末への、隠しきれない怯えが滲んでいた。


「西光と申す僧は、清盛様の御前で罵り立てたとかで、無残な拷問の末に斬首されたと聞き及びます。

 ……口を切り裂かれ、それでもなお罵り続けたとか。まことに凄まじいことにございますな」


 居並ぶ郎党たちの間にも、重い沈黙が落ちた。


「藤原成親殿は、備前国への配流と決まったものの、道中で命を落とされたとも……。

 真偽は定かではございませぬが、殺されたとの噂も専らにございます」


 俺は、拳を握りしめた。もちろんその先の顛末も、既に知っている。

 俊寛、藤原成経、平康頼の三人は、絶海の孤島・鬼界ヶ島へと配流。

 そして翌年、徳子の御産に伴う恩赦で、成経と康頼だけが赦免されるが

 俊寛ただ一人が、赦免の名簿から漏れたままその島に置き去りにされ

 やがて衰弱の末に果てることになる。


「後白河院様御自身は、お咎めなしとのことにございます。

 ですが、これにより、御信任の厚かった近臣を、一挙に失われたとのこと。

 ……院の御力も、これで随分と削がれましょうな」


「平家と院の間に、いよいよ大きな亀裂が入ったということか。

 ……都は、これから随分と荒れそうだな」


 史実の記憶にある限り、この鹿ケ谷の一件を境に、後白河院と平家との溝は、修復しようのないところまで深まっていく。

 そして二年後には、清盛が、後白河院を鳥羽殿に幽閉するという、決定的な暴挙にまで発展することになる。


(この一件が、平家没落への、確かな第一歩になる。

 ……まだ数年はかかるが、確実に、その日は近づいている)


 商人が館を辞した後、広常は、俺を自室に呼び寄せた。


「義円、お前はどう見る。この鹿ケ谷の一件を」


「平家の権勢が、これで陰りを見せ始めるとは思いませぬ。

 むしろ清盛はこの一件を機に、より一層力での支配を強めるのではないかと」


「ほう。……何故そう思う」


「敵を摘み取ったことで、清盛は己の力を過信されるやもしれませぬ。

 ですが、力で押さえつけた恨みは、消えるわけではなく、水面下に沈むだけにございます。

 いずれ、その恨みが噴き出す時が来ましょう」


「……お前の言うことは、いつも一歩先を見ているようだな。

 まるで、この先に何が起きるか、既に知っているかのようだ」


 内心でどきりとしながらも、平静を装って答えた。


「ただの推測にございます。

 ……この乱世の理を、少しずつ学んでいるだけのことです」


 広常は、それ以上深くは追及せず、独り言のように呟いた。


「儂ら坂東の武士も、いつまでも都の政と無縁ではいられまい。

 ……お前の言う通りだとすれば、いずれ、この上総にも、大きな波が及んでくるということか」


「その時が来れば、広常様には、慎重な見極めが求められることになりましょう」


「うむ……。肝に銘じておこう」


 この先訪れる坂東動乱の萌芽が、この短い遣り取りの中に確かに感じられた。


 その日の夕刻、将家と共に、館の裏庭で顔を合わせた。

 将家もまた、都の報せを耳にしていたらしく、珍しく神妙な顔をしていた。


「義円、都では随分と物騒なことになってるらしいな」


「ああ。……鹿ケ谷とかいう場所で、平家打倒の企てがあったそうだ」


「儂には、都の込み入った話はよく分からんが……。

 企てに加わった者たちは、皆、酷い目に遭ったんだろう」


「一人は拷問の末に斬首され、一人は流罪の道中で命を落とし、残る者たちは絶海の孤島へ流されたらしい」


「平家の処置も徹底しているな」


 将家は顔をしかめてそう呟く。


 鹿ケ谷の陰謀という、史実の一頁が確かにこの世界でも起きた。

 それは、自分の記憶が、この世界の未来と大きく乖離していないという確認でもある。


(あと二年で、治承三年の政変が起きる。清盛が、後白河院を幽閉し、院政を停止する。

 ……そして、平家の専横は、頂点に達する)


 その先に待つ以仁王の令旨、そして源頼朝の挙兵。

 これから訪れる激動の時代への心構えを固めていた。


(力を持つ者が、力を持たぬ者を、いくらでも切り捨てられる。

 ……それが、この乱世の理だ。清盛率いる平家もいずれ同じ理によって、栄華を奪われることになる)



 庭先の虫の声が、夜の静寂に響いていた。

 都で起きたこの一つの事件が、遠く離れたこの坂東の地にまで、確かな波紋を広げつつある。

 乱世はもう誰にとっても、他人事ではいられなくなるだろう。

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