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みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


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第2話「白河北殿の夜討ち」

心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。



――保元元年(1156年)七月十一日未明 後白河方本陣 源義朝――



 保元元年七月十一日、未明。


源義朝は、鎧の紐を締めながら、東の空がまだ暗いことを確かめた。

夏の夜は短い。この闇が明けきる前に、決着をつけねばならない。


自分の指先が、いつもより冷たいことに義朝は気づいていた。

戦の前に体が強張るのは、今に始まったことではない。

だが今回のそれは、いつもとは質が違った。

恐怖ではない。もっと厄介な、名付けようのない何かだ。


(父上は、崇徳院様につかれた)


その事実を、義朝はこの数日、何度も何度も自分の中で反芻していた。

反芻するたびに、答えは同じところに行き着く。

自分は後白河方につく。それ以外の道はない。

頭ではとうに結論が出ている。

出ているはずなのに、体のどこかが、まだその結論を受け入れきれずにいる。


武門の棟梁というのは、そういうものだ。

私情を挟めば、家そのものが潰える。

義朝は、その理屈を、これまで幾度となく自分に言い聞かせてきた。

だが理屈で塗り固めた場所の下には、いつも小さな穴が空いている。

今夜、その穴から何かが噴き出しそうな予感が、義朝にはあった。


「義朝殿」


声をかけてきたのは、軍評定の場に居合わせた武士の一人だった。

崇徳上皇方の陣営では、義朝の弟である源為朝が、夜討ちを進言したという噂が流れてきている。


「為朝が、夜討ちを献策したそうにございます。しかし藤原頼長様がこれを退けられたとか」


義朝は、口の端をわずかに歪めた。


「愚かなことだ。……いや、頼長様が愚かというより、あれで良い」


「と、申しますと」


「為朝は弓の腕こそ一騎当千だが、戦の理を知らぬ。

 九州で暴れ回っていた頃と同じ調子で、思いつきのままに兵を動かそうとしたのだろう。

 奇襲は、仕掛ける側に徹底した規律がなければ、味方同士で崩れる。

 頼長様がそれを見抜いて退けたのなら、あの陣営にもまだ正気の者がいるということだ」


言いながら、義朝はふと思う。

自分は今、敵陣にいる弟の采配の甘さを、これほど冷静に把握できている。

父と兄弟が籠る館を、これから焼き討ちにしようとしている男である。

この冷静さこそが、自分がこれから為すことの正しさを裏付けているのか

それとも、自分がとうに何かを失ってしまった証なのか、義朝自身にも判じかねた。


それならばこちらから仕掛けぬ理由はない。

義朝は、後白河方の軍議の場で、自ら進言していた。


「今宵のうちに、白河北殿を夜討ちいたしましょう。

 敵に時を与えれば、諸国から兵が集まり、いたずらに戦を長引かせるだけにございます。

 長引けば長引くほど、都の民も難儀いたします」


この案が容れられた。

参陣をしている武士団の棟梁である平清盛も頷いた。


「相分かった。夜討ちの手筈、義朝殿にお任せしよう」


義朝は馬に跨り、松明の列を睨んだ。

数百の兵が、闇の中で息を潜めている。

頬に当たる夜風はまだ生温かく、どこかで梟の鳴く声がした。


(父上。……このように袂を分つことになろうとは)


だが、迷いを表に出すことは許されない。

義朝は手綱を握り直し、静かに号令をかけた。


「かかれ!」


松明の列が、一斉に動き出した。



――同日未明 白河北殿 源為義――



白河北殿の内では、崇徳上皇方の陣が張られている。

源為義は、老いた体に鎧をまとい、息子たちと共に籠城の構えを取っていた。

館の中は、篝火に照らされた武者たちの影で埋まり

皆一様に、これから明ける夜がどう転ぶかを測りかねているようだった。


「為朝はどこにおる」


「弓矢の支度をしております。

 夜討ちなど生ぬるい、日が昇ってから正面よりぶつかれと、まだ息巻いておりまする」


為義は、力なく笑った。


「あれは戦の才には恵まれておるが、政の理には疎い。

 ……皮肉なものよ、義朝はその逆であるというに」


為義の脳裏には、京を離れて別の道を歩んだ嫡男・義朝の姿が浮かんでいた。

あれとは最後まで分かりあうことが出来なかった。

憎いとは思わない。

乱世においてはそれこそが正しい生き方なのだろうと、老いた武将は諦念にも似た感慨を抱いていた。

若い頃、共に馬を並べて狩りに出た日のことを、為義はふと思い出す。

あの頃の義朝は、まだ何も背負っていなかった。父を見上げる目には、ただ純粋な敬慕だけがあった。

あの目が、今どう変わっているのか、為義には想像することしかできない。


そこへ、物見の兵が駆け込んできた。


「申し上げます!

 敵勢、夜討ちにございます!

 東の口より、松明の火が!」


陣内に緊張が走る。為義は立ち上がり、太刀を取った。


「慌てるな。守りを固めよ」


だが、藤原頼長の指揮する軍勢は、夜襲への備えが十分ではなかった。

松明の火が四方から迫り、鬨の声が夜気を裂く。

矢を射かける音、盾を構える怒号、逃げ惑う雑兵の足音が入り混じり、館の内は瞬く間に混乱に包まれていった。


「かかれ、かかれ!」


義朝の号令のもと、後白河方の兵が白河北殿へなだれ込んでいく。

矢が飛び交い、館のあちこちに火の手が上がった。

乾いた夏草に燃え移った炎は、瞬く間に築地塀を舐め上げていく。


 為義の傍らで、息子の一人が叫んだ。


「父上、もはやこれまでにございます!

お逃げください!」


「儂は逃げぬ。……お前たちだけでも落ち延びよ」


だが、多勢に無勢だった。

夜が明ける頃には、白河北殿は炎に包まれ、崇徳上皇方の軍勢は総崩れとなっていた。

崇徳上皇自身は辛くも脱出したが、藤原頼長は流れ矢を受けて深手を負い、後に落命することになる。


源為義もまた、逃げ切れず捕らえられた。

捕らえられた為義は、抵抗する素振りも見せず、ただ静かに縄を受けたという。



――同日明け方 白河北殿外 源義朝――



義朝は、燃え落ちていく白河北殿を、馬上から見つめていた。

勝った。

だが、その勝利の実感は、腹の底に鉛のように重く沈むだけだった。

夜明けの薄明かりの中、崩れ落ちる館の屋根から立ち上る煙が、灰色の空へと溶けていく。


傍らに控えていた郎党が、恐る恐る声をかけた。


「殿。……為義様が、捕らえられたとの由」


義朝は、しばし答えなかった。

ただ、燃え盛る炎を見つめたまま、乾いた声で呟いた。


「そうか」


それ以上、言葉にすべきものは何もなかった。

武門の棟梁として勝ち残るということが、これから何を意味するのか、義朝は既に薄々察していた。

だが察していることと、それを実際に己の手で為すこととの間には、まだ埋めようのない距離がある。

馬の背で、拳を握りしめる。爪が掌に食い込む痛みだけが、今の義朝を現実に繋ぎ止めていた。



――同日夜 乙若丸――



(終わった。……終わってしまった)


乙若丸の中で、史実の続きを思い出していた。

崇徳上皇は讃岐へ配流される。そして――源為義は、囚われの身となり、都へ送られる。


その先に待つものを、乙若丸は知っている。

知っているのに、赤子の体では、都で何が起きているかを見届けることすらできない。

ただ、館の空気がにわかに慌ただしくなり、使いの者が息を切らして駆け込んでくる足音だけが、次に起きることを予感させていた。


「殿より、火急の使いにございます!」


その声に、乳母の腕がまた強張るのを、乙若丸は肌で感じ取っていた。

天井の梁の木目を見つめながら、ただ、この先の展開を止められない

自分の無力さを、噛みしめるしかなかった。

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