第19話「太政大臣」
心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――仁安2年(1167年)頃 上総国 千代丸――
都から届く報せは、年を追うごとに、平家の栄華を告げるものばかりになっている。
坂東という都から遠く離れた地にいても、その繁栄の波は、様々な形で伝わってきた。
商人たちの噂話、都から流れてきた僧侶の説法、あるいは広常のもとに届く公的な文書
――そのどれもが、平家の権勢の大きさを、如実に物語っている。
かくいう俺は、まだ元服前の童形ではあったが
広常のもとでの鍛錬と実務を学びは、背丈も伸び知識もはっきりしている感覚がある。
ある日、広常の館にも、都の様子を伝えるものが現れた。
「上総介様、大事にございます!清盛様が、太政大臣に任じられたとの由。」
その報せに、広間の郎党たちがどよめいた。
太政大臣といえば、朝廷における最高位の官職。
摂関家をはじめとする名門貴族が、代々受け継いできた地位である。
武士の身でありながら、その頂に上り詰めた者は清盛が初めてだったはずだ。
興奮を隠せぬ様子で、都の様子を、なおも語り続ける。
「都では、この報せを聞き、公家衆の間にも、驚きと戸惑いが広がっているとか。
……武士風情が、朝廷の頂に立つなど、あってはならぬことだと、陰口を叩く者も少なくないそうにございます」
その言葉に内心で頷く。
清盛の栄達は、武士の地位を大きく押し上げる一方で、旧来の貴族社会からの反発を確実に招いている。
その反発の芽が、いずれ、平家一門への大きな包囲網へと育っていくことを、俺は既に知っている。
「武士が、太政大臣か……。この世も変わったものよ」
広常は、腕を組みながら、感慨深げにそう呟いた。
俺は、その言葉を、静かに噛みしめていた。
(史実通りだ。清盛は、これから絶頂を迎える。
……だが、その絶頂の先には)
俺の記憶にある未来では、この栄華が長くは続かない。
平家の驕りは、やがて多くの者の反感を買い、鹿ケ谷の陰謀、そして治承の政変へと繋がっていく。
だが、それはまだ先の話である。
広常は複雑な表情をしている。
「広常様は、清盛のような道を、羨ましいと思われますか」
俺の問いに、広常は、豪快に笑って首を振った。
「まさか。儂は、この上総の土地さえ守れれば、それで十分よ。都の権勢争いになどに興味はない」
「ですが、清盛のように朝廷の頂に立てば、坂東の武士の立場も変わるのではございませぬか」
俺の問いに、少し考え込むような顔をして続ける。
「……分からんではない。だが、都に近づけば近づくほど、都のやり方に呑まれる。
碌なものではないな」
広常の危機意識は至極真っ当である。
この時代に上方と明確に線を引いていたことは、坂東の武士たちの強さの源泉なのかもしれない。
同時にその素朴さは、調略や仕組み立てた攻勢に対する脆さにも繋がっているだろう。
(広常殿は、都の政には関わらないつもりでいる。
……でも、いずれ頼朝兄上の挙兵で、坂東の武士たちは、否応なく政に巻き込まれることになる)
その未来を、俺はまだ、広常に語ることができていない。
ただ、静かに、その日が来た時に備えて、自分にできることを積み重ねていくしかない。
数日後、隣国からの文使いとして訪れた千葉家の郎党から、下総での受け止められ方も耳にした。
「常胤様は、この報せをお聞きになっても、顔色一つお変えにならなかったとか。
……ただ、『平家の栄華も永くなかろう』と、ぽつりと呟かれたそうにございます」
その言葉に、俺は、内心で深く頷いていた。
(常胤殿も、薄々感じ取っているのか。……この栄華が、永遠には続かないことを)
俺は、その千葉家の郎党に、さらに尋ねた。
「常胤様は、他に何か仰っておられましたか」
「はい。……『頂に立つということは、それだけ妬み嫉みを招く。四方から狙われる的になるということでもある』と、そう仰っておられました」
(力を得れば得るほど、それだけ多くの敵を作る。……常胤の言う通り清盛も、その理からは逃れられない)
その夜、一人書物を紐解く。広常の館には、都から流れてきた僧が書き残した、
簡単な仏典や、歌集の写しなどが、僅かながら置かれていた。
それらを読み漁ることで、都の文化や、貴族たちの考え方を、坂東にいながらにして学ぼうとしている。
その夜手に取ったのは、『法華経』の一節を写した経文だった。
因果応報、諸行無常――そこに説かれる哲学は、単なる信仰の教えを超えてこの世の理としても読み解けるものである。
(栄えるものは、必ず衰える。)
武骨な郎党たちの中には、そうした書物に見向きもしない者も多かったが
俺にとっては、それらの一冊一冊が、貴重な情報源である。
歌集に詠まれた恋の駆け引きや、公家の日記
――どれもが、都の人々がどのような価値観で動いているかを、上洛を見据える俺に教えてくれる。
(武だけでは足りない。政だけでも足りない。
……この乱世を生き抜くには、侮られない教養も必ず必要なんだ。
仮に源氏が平氏を追い落としたとしても、同じ轍を踏まないようにしなければ)
脳裏はこれから清盛が辿るであろう道筋が、ぼんやりと浮かび上がっている。
太政大臣という頂を極めた後、清盛は、後白河法皇との対立を深めていく。
そして鹿ケ谷の陰謀、治承の政変へと続く。
経文を閉じ、しばし目を閉じて考え込む。
自分がいつか、大きな力を手にする日が来たとして
清盛と同じ道を辿らないという保証は、どこにもない。
自戒を胸に、書物を静かにめくり続ける。
窓の外では、上総の夜空に、変わらぬ星々が輝いている。
都の栄華も、坂東の静けさも、同じ空の下で、それぞれの時を刻んでいた。
面白いと感じていただけましたら
評価、ブックマーク、リアクション、コメント。
更新の励みになりますので、どんな内容でもいただけると嬉しいです。
特に日間ランキングに載っていると、ブクマいただけていない皆様にも
更新が知っていただきやすいんじゃないかと思ってます。
少しでも次話を読んで良いかなと思っていただけましたら
他の方にも届けるため、次回見つけやすくしていただくために、ぜひ「評価☆」をいただけますと幸いです。




