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みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


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第15話「上総介広常」

心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――永暦元年(1160年)三月末 上総国 乙若丸――



 大和国を発ってから、既に半月あまりが過ぎていた。

 時に馬に揺られながら、幾つもの国境を越えている。

 道中、人目を避けるため男の遠縁の子供だと偽って旅を続けた。

 関所を通る時、宿を求める時、そのたびに素性を巧みに隠しながら、東国への道を急いだ。

 五つの体にとって、その道のりは過酷なものだったが、弱音を吐かずに耐え続けた。


 夜になると、男は野宿の合間に、東国の様子を語って聞かせてくれた。


「坂東は、都とは違う場所にございます。

 あそこでは、誰もが己の力で、己の土地を守っております。

 ……若君も、その気風に慣れねばなりませぬ」


 その言葉を、寝物語のように聞きながら、これから向かう土地への期待と不安とを同時に抱いていた。


(この時代は都の暮らししか知らないからな。

 ……坂東の武士団というのは、実際にはどんな集団なのか)


 その問いへの答えは、まだ想像の域を出なかったが

 史実の記録にある、坂東武者たちの逞しさと残忍さを同時に思い描いていた。


(ここで音を上げるわけにはいかない。

 ……母を欺いてまで、生き延びる道を選んだんだ)


 上総国に入った頃には、既に春の気配が濃くなっていた。

 田畑には、農夫たちが忙しく立ち働く姿があり、都や大和の山里とはまた違う活気が満ちていた。

 その光景を、興味深く眺める。


(これが、坂東の武士団が根を張る土地か……)


 都では貴族たちの権謀術数が渦巻き、寺では静かな信仰の営みがある。

 だが、この坂東には、また違う理屈で動く世界が広がっているようだった。

 土地を耕し、武を練り、一族郎党で結束する

 ――そんな在地領主たちの気風が、雰囲気でじわじわと伝わってきた。


 上総介広常の館は想像していたよりも、遥かに大きく、活気に満ちていた。

 多くの郎党が出入りし、馬の嘶きや、木材を運ぶ人足の声が、絶えず響いている。

 都の貴族の屋敷のような雅な佇まいとは違うが、そこには、生きた人間の営みが持つ、力強い活気があった。


(これが、史書でこの時代に二万騎を率いたとも書かれていた男の館か……)


 後の頼朝挙兵の折、上総介は参陣には遅れるが大軍勢を率いていたと言われている。


 男は、館の前で深々と頭を下げると、案内の者に取り次ぎを頼んだ。


「上総介様に、火急のお目通りを願いたい。

 ……亡き源義朝様の御縁にございます」


 その言葉に、案内の者はしばし驚いた顔をしたが、すぐに奥へと取り次いだ。

 ほどなくして、広常の待つ広間へと通される。


 上総介広常は、想像していた以上に大柄で威圧感のある男だった。

 日に焼けた肌、太い眉、そして何より、坂東武者らしい豪快な佇まい。

 だが、その目には意外なほど柔らかな色があった。


「おお、久しいな。……して、その子は」


「亡き義朝様の八男、乙若丸様にございます。

 仔細あって、この上総介様の御恩を頼りに、はるばる参上仕りました」


 男は、それだけでは足りぬとばかりに、さらに言葉を継いだ。


「上総介殿。……恩義だけを申し上げているのではございませぬ。この若君は、ただ者ではございませぬ。

 まだ舌も回らぬ頃から、大人顔負けの物言いをなさり、亡き殿御自身も、そのことを気にかけておられました。

 この乱世、生かしておいて損はない御方かと存じます」


 広常は、しばし俺をじっと見つめた。

 その視線には、値踏みするような鋭さと、どこか懐かしむような柔らかさとが、同居していた。


「義朝様の……。そうか。あの御方の血を引く子か」


 広常は、そう呟くと、俺の前に膝をつき、その顔をまじまじと覗き込んだ。


「儂は、義朝様に多くの恩がある。

 あの御方がいなければ、儂は今頃、坂東のどこかで野垂れ死んでいたやもしれぬ。

 ……その恩、この子に返させてもらおう」


 広常はそう言うと、俺の顔を、もう一度まじまじと覗き込んだ。


「それに……こやつの言う通りなら、ただ御恩を返すために匿うには惜しい。

 源氏の貴種を手もとに置いておくは儂にとっても得よ」


 その言葉に、男は深々と頭を下げた。


「かたじけのうございます。若君のこと、くれぐれもよろしくお願い申し上げます」


 男はそう言った後、思い出したように広常に向き直った。


「一つご相談がございます。

 ……乙若丸様のお名を、このままお使いになるのは、危のうございましょう。

 万一、都で"乙若丸生存"の噂が立てば、それこそ命取りにございます」


「うむ、それはそうだな」


 広常は、しばし顎に手を当てて考え込んだ後、俺の顔を覗き込んだ。


「よし、坊。これよりお前は、千代丸と名乗れ。

 ……儂の遠縁の子ということにしておく。それなら、誰も怪しむまい」


 その提案に、俺は、静かに頷いた。


「千代丸……。承知いたしました」


 自分の名を失うことに、寂しさがないと言えば嘘になる。

 だが、この名こそが、これから俺が生き延びるための、新たな鎧になるはずだ。



「千代丸、これからは広常が、お前の後ろ盾になる。

 ……とはいえ、都の作法や、坊主の経文など、儂には教えられぬぞ。

 教えられるのは、坂東の武士がどう生きるか、それだけよ」


 広常のその言葉に、思わず小さく笑ってしまった。

 飾らない物言いに、どこか、懐かしいような親しみを覚えたからだ。


「……よろしくお願いいたします」


 俺が、丁寧に頭を下げると、広常は少し驚いたように目を見開いた。


「五つの子供とは思えぬ、しっかりした挨拶よな。

 ……見どころがありそうだ」


 その一言の後、広常は束の間、俺の目をじっと見つめ返した。

 微かな戸惑いが滲んでいるのを、俺は感じ取っていた。

 まるで五つの子供の奥に、もっと年経た何かがいることに、本能で気づきかけているかのような表情だ。



 とはいえ、快く受け入れてくれたのだ。

 広常という男は、豪放磊落な外見の裏に、義理と恩を人一倍重んじる

 律儀な性根を持っているのかもしれない。


 傍らに控えていた郎党の一人が、恐る恐る口を挟んだ。


「殿。……この儀、平家に知れれば、当家にとっても危うきことになりましょう」


「分かっておる。だが、義朝様への恩を返さずして、儂が儂でいられるものか。

 ……この子のことは、身内として扱う。他言無用ぞ」


 広常のその一喝に、郎党たちは一斉に頭を垂れた。

 その光景を見つめながら、口先だけでなく、本気でこの約束を守り抜くつもりであると安堵した。


 男も、安堵の表情を浮かべている。


「では、それがしはこれにて。若君、どうかご壮健で」


 男はそう言い残すと、深々と一礼し、館を後にした。

 その背中を見送りながら、感謝の言葉を投げかけた。


「本当に、行ってしまわれるのですか」


 俺の問いに、束の間足を止め、静かに振り返る。


「若君のお側に、いつまでもお仕えできればと願っております。

 ですが、それがしがこの地に長く留まれば、かえって若君の正体を、周囲に勘繰らせる元にもなりましょう。

 ……それがしは、これより諸国を巡り、亡き殿ゆかりの地を、密かに見守り続けるつもりにございます」


 道理であると思い、深く頷く。


「この御恩、生涯忘れませぬ」


「もったいなきお言葉にございます。

 ……若君が、健やかにお育ちになること。それがしの、何よりの望みにございます」



 男の姿が、館の門の向こうに消えていくのを見届けると、俺は、改めて広常の方へと向き直った。

 これから始まる、坂東での新しい日々。それは荒々しくも活気に満ちた世界となるだろう。


「さて、千代丸。まずは、腹ごしらえだ。

 坂東の飯は、都の細やかな料理とは違うが、力は付くぞ」


 広常の言葉に、俺は、素直に頷いた。

 運ばれてきた食事は、確かに都の繊細な料理とは程遠かったが、粗末ながらも滋味に富んでいた。

 一口食べて、思わず目を見開く。


「美味しゅうございます」


 素直な感想に、広常は、豪快に笑った。


「そうか、そうか。……坂東の味が、口に合うようで何よりよ」


 その笑い声を聞きながら、この館での暮らしが

 決して悪いものにはならないだろうという確かな予感を覚えていた。

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