表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みんなを幸せにする武士になりたいだけなのに!(権力闘争がひどい)  作者: ワタツミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/45

第12話「大和の山里」

心機一転、沢山のストックを携えて書き始めました。

引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。

 


 ――永暦元年(1160年)二月頃 大和国宇陀郡 常盤御前――



 大和国宇陀郡の山里に、私たちがたどり着いてから、既に半月が過ぎようとしていた。

 生まれ故郷とはいえ、私にとっても、これほど長く身を潜めるような暮らしは初めてのことだ。


 里の外れにある、朽ちかけた庵を借り受け、私は幼い三人の子らと息を潜めるようにして日々を過ごしている。

 都での華やかな女房勤めの記憶は、もはや遠い夢のようだった。

 薪を割り、水を汲み、乏しい食料をやりくりする毎日。

 かつて九条院に仕えていた頃の私からは、想像もつかない暮らしぶりだった。


 庵の周りには、里人たちの畑が広がっていた。

 冬枯れた田畑の向こうに見える山並みは、都の華やかさとは無縁の、素朴で厳しい景色である。

 その景色を眺めるたび、自分がどれほど遠くまで流れ着いてしまったのかを、改めて思い知らされた。

 それでも、都に留まっていれば、子らともども、平家の追及の手に捕らえられていたかもしれない。

 そう思えば、この不便な暮らしにも、感謝すべき理由があった。


「ははうえ、また同じ粥ですか」


 今若丸が、無邪気にそう漏らした時、私は思わず苦笑いを浮かべた。


「贅沢を申すものではありませぬ。……今は、これだけでも、ありがたいと思わねば」


 私の声には、疲労の色が滲んでいたが、それでも子らの前では、努めて明るく振る舞う。

 弱さを、子らの前では、決して見せるわけにはいかなかった。

 母である私が崩れれば、この幼い子らを支えるものが、何もなくなってしまう。

 私は、その一念だけを支えに、日々の暮らしを、なんとか立て直し続けていた。



 ――同日 乙若丸――



 そんな母の様子を、俺は傍らでじっと見つめていた。


 庵の隅には、都から持ち出したわずかな家財道具が、寂しく置かれていた。

 かつての栄華を偲ばせるその品々は、今となっては、この暮らしにはあまりに不釣り合いなものに見える。

 母は時折、それらを手に取っては、遠い目をすることがあった。

 俺は、そんな母の姿を見るたび、胸の奥が締め付けられる思いがする。


(母上は、俺たちの前で弱音を吐かない。

 ……それがどれほどの負担か、この人は誰にも見せようとしない)


 俺はせめてもの手伝いをしようと、小さな手で薪を運んだり、水桶を運んでいる。

 だが、その力はあまりに乏しく、かえって母の手間を増やすだけのことも多かった。

 ある日など、水桶を運ぼうとして転び、着物をびしょ濡れにしてしまったこともあった。

 それでも母は、俺のその健気さに、時折微笑みを浮かべてくれた。


「乙若丸は、優しい子ですね」


 その言葉に、俺は面映ゆさを覚えながらも、密かに誓いを新たにしていた。


(今はこれくらいのことしかできない。

 ……でも、いつか、母上にこんな苦労をさせずに済む力を、俺は手に入れる)


 この小さな体で運べる水の量など、たかが知れている。

 それでも、その僅かな労苦にすら、俺は前世にはなかった充実感を覚えていた。


(誰かのために本気で動くというのは、こういう感覚なのか。……悪くない)


 その気づきは、俺にとって、この乱世を生きる上での、ささやかだが確かな支えになっていった。


 夜、眠れぬまま、庵の隙間から漏れる月明かりを見つめていた。

 傍らでは、今若丸と、乳飲み子の牛若丸が、静かな寝息を立てている。


(牛若丸……。お前が、あの源義経になるんだよな)


 まだ首も据わらぬ乳飲み子の顔を見つめながら、いつか来る未来を思った。

 この赤子が、やがて一ノ谷で、屋島で、壇ノ浦で、目を見張るような武功を立てる。

 だが同時に、その武功ゆえに、頼朝との間に深い溝を作り、悲劇的な最期を迎えることになる。


(お前がそうならないように、俺に何かできることはあるんだろうか)


 その問いにはまだ答えを持っていなかった。

 この乳飲み子が、後にどれほどの天賦の才を発揮するのか、実際に目にしたことはない。

 史実として知っている限りではその才は、政治への無関心と、表裏一体のものだった。

 武才があるだけでは、この乱世では生き残れない。

 それを、この幼い弟に、いつかどうにかして伝えられないものか。


(いや、まだ早い。この子はまだ、言葉すら話せない。……焦るな)


 自分自身にそう言い聞かせた。

 この乱世で本当に大切なのは、性急に事を変えようとすることではなく

 機が熟すのを見極める忍耐なのかもしれない。

 前世では、その忍耐を持てないまま、何もかもを先延ばしにしてきた。

 だがここに及んでの忍耐は、逃げるためのものではなく、いつか動くための、力を蓄える時間だった。


 眠る牛若丸の小さな寝顔を見つめながら

 いつかこの弟と、腹を割って語り合える日が来ることを、漠然と願っていた。



 まだ乳飲み子のこの弟に、何かしら伝えられる日が来るのは、まだ随分と先のことだろう。

 だが、その日のために、俺自身が、まず確かな力と知恵とを、身につけておかなければならない。


 母は、そんな俺が起きていることに気づき、静かに声をかけてきた。


「眠れませぬか、乙若丸」


「……はい」


「案ずることはありませぬ。ここには、まだ追っ手は来ておりませぬ」


 母の言葉は、俺を安心させるためのものだった。

 だが、その言葉の裏にある不安を、正確に感じ取っていた。

 母の声には、微かな震えが混じっていた。それは、寒さのせいだけではないだろう。


(母上自身も、本当は分かっている。この平穏が、いつまでも続くわけじゃないことを)


 史実の記憶が告げている。

 都に残った母の母――俺にとっての祖母が、やがて平家方に捕らえられる。

 その報せが届いた時、母は、子らを守るため、自ら都へ出頭することを選ぶ。

 その日は、もうそう遠くないはずだった。


(母上は、その時、俺たちを守るために、自分の身を投げ出すつもりでいる。

 ……それを、俺は止めるべきなのか、それとも)


 答えの出ない問いを抱えたまま、俺は、母の温もりに包まれながら、静かに目を閉じた。

 庵の外では、山里特有の静けさが、どこまでも続いていた。

 この静けさの向こうで、都の平家方は着々と追及の手を伸ばしている。





 束の間の平穏を楽しむように、今若丸は里の子供達と遊んでいる

 里の子供たちは、今若丸に、都の暮らしについて、あれこれと無邪気な質問を投げかけていた。


「都では、どんな遊びをするんだ?」


「牛車に乗ったことはあるのか?」


 今若丸は、その一つ一つに、精一杯答えようとしていた。

 だが、その受け答えの端々に、都での記憶を懐かしむような

 寂しげな色が滲んでいるのを、俺は見逃さなかった。


(今若丸兄さんも、本当は都に帰りたいはずだ。……でも、それはもう叶わない)


 俺は、少し離れた場所から、その光景をじっと見つめ続けていた。

 里の子供の一人が、ふと俺の方に気づき、声をかけてきた。


「乙若丸様は、遊ばないの?」


「……うん、みてるだけでいいよ」


 そう答えながら、子供たちと無邪気に遊ぶことに、素直に没頭できない自分が、時折もどかしくもある。


 その夜、母は、久方ぶりに笑顔を見せていた。今若丸が、里の子供たちと楽しそうに遊んでいた様子を、嬉しそうに語っていたからだ。


「今若丸も、少しは笑えるようになったようで、安心しました」


 その言葉に、俺は小さく頷いた。

 母のこの笑顔が、いつまで続くのか。


 母の横顔を見つめながら、この山里での暮らしの一日一日を、改めて大切にしようと心に決めていた。

 史実の記憶にある限り、この平穏は、そう長くは続かない。

 母が自ら出頭を決意する日は、確実に近づいている。


(この日々を、俺は忘れない。母上と、今若丸と、牛若丸と過ごした、この短い時間を)


 このささやかかで、短い穏やかな日々の裏で

 都では既に、俺たちの行方を探る平家方の網が、静かに、しかし確実に、絞られ始めている。

面白いと感じていただけましたら

評価、ブックマーク、リアクション、コメント。

更新の励みになりますので、どんな内容でもいただけると嬉しいです。


特に日間ランキングに載っていると、ブクマいただけていない皆様にも

更新が知っていただきやすいんじゃないかと思ってます。


少しでも次話を読んで良いかなと思っていただけましたら

他の方にも届けるため、次回見つけやすくしていただくために、ぜひ「評価☆」をいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ