第9話:残業代よりも欲しいもの
第9話です。
ついに、一之瀬くんが「効率」を無視した愛を叫びます。
社畜として凍りついていた凛さんの心が、完全に溶ける瞬間です。
午後五時三分。
かつては戦場だったオフィスから、もう誰もいなくなった。
夕闇が差し込む窓際で、私はデスクの片付けを終える。……こんなに早く一日が終わるなんて、まだ少し、ふわふわとした心地がする。
「凛さん。……そんなに寂しそうな顔をしないでください」
背後から、聞き慣れた低音が響く。一之瀬くんだ。
彼は私の肩越しに手を伸ばし、私のPCをシャットダウンさせた。
「……一之瀬くん。改めて、ありがとう。あなたがいなかったら、私は今もあの暗い部屋で、一人で数字と格闘していたわ」
「お礼なら、もう十分もらいましたよ」
「え……?」
私が振り向くと、彼は至近距離で私を見つめていた。
いつもの余裕たっぷりな微笑みではない。どこか切実で、焦れているような、男の目。
「僕が欲しかったのは、あなたの実績でも、会社からの評価でもない。……あなたが、自分のために笑える『時間』です」
(えっ、待って。何その聖人君子なセリフ。私のために、会社一丸となってシステム組んだの!? 私の笑顔のためだけに、あんな大掛かりな「ざまぁ」を仕掛けたっていうの!? 規模がデカすぎるわよ、この愛!)
「……凛さん。僕は、三秒あればあなたの仕事を終わらせられます」
彼は一歩、踏み込んでくる。
「でも、あなたを抱きしめるには……一生あっても、足りないんです」
(…………ぎゃあああああああああああ! 脳内絶叫どころか、もう魂が体から三秒でログアウトしそう! 一生!? 一生って言った!? 四十歳の私に、三十二歳の貴公子が、一生分のおねだりしてるの!?)
パニックで呼吸を忘れる私。でも、視界に入る彼の耳が、微かに赤くなっていることに気づいた。
……あ。
彼も、余裕なんてなかったんだ。私と同じように、心臓を爆速で叩かせながら、ここに立っているんだ。
「……一之瀬くん。私の人生、あと半分くらいしかないけれど。……それでもいいの?」
「半分じゃない。これからが、本番ですよ」
彼は私の腰を引き寄せ、深く、静かに唇を重ねた。
それは、どんな業務効率化システムでも計算できない、熱くて甘い「答え」だった。
お読みいただきありがとうございます!
ついに結ばれた二人! 効率化で生み出した時間は、愛を深めるための時間だったのですね。
一之瀬くんの「一生あっても足りない」というセリフに、作者も悶えながら書きました。
二人のその後と、新しくなった会社の姿を描きます。




