第10話:私たちの新しい定時
大日奈商事、営業事務二課。
かつての「絶望の工場」は今、全社で最も離職率が低く、生産性が高い「モデル部署」へと生まれ変わっていた。
「佐藤課長、この後の定例会議、アジェンダ共有済みです。……あ、もちろん効率化済みなので、三十分で終わりますよ」
部下からの頼もしい声に、私は笑顔で頷く。
私のデスクにはもう、山のような書類はない。代わりに、一之瀬くんが内緒で置いていった、一輪のガーベラが飾られている。
(……信じられない。半年前まで、死んだ魚の目でエナジードリンクを飲んでいた私が、今はこうして部下と笑ってる。一之瀬くん、あなた本当に……私の人生を『再起動』してくれたのね)
風の噂では、更迭された加藤元課長は、再就職先でもアナログに固執して周囲に愛想を尽かされ、今は閑職で山のような手書き伝票と格闘しているらしい。
(……ふん、自業自得ね。マヨネーズはもう、自分で絞ってなさい!)
十七時のチャイムが鳴る。
誰一人として「帰りにくい空気」を感じることなく、笑顔で「お疲れ様です!」と席を立つ。
「凛さん。……片付きましたか?」
一之瀬くんが、私の隣で当然のように荷物を持つ。
最近の彼は、社内でも「凛さんの騎士」を隠そうともしない。
「ええ、完璧よ。……一之瀬くん、今日の夕食、何にする?」
「そうですね。……家でゆっくり、僕が作ります。凛さんはソファで僕を眺めてるだけでいいですよ」
オフィスを出て、夕日に染まる街を二人で歩く。
ふと、一之瀬くんが私の手をぎゅっと握り直した。
「凛さん。僕、転職して初日に、あなたの格闘してる姿を見て『三秒』で決めたんです」
「……え? 何を?」
「この人を幸せにするのは、僕しかいないって」
(…………ぎゃあああ! また『三秒』! 最後の最後まで、その殺し文句で私をパニックにさせる気ね!? でも……)
私は繋いだ手に力を込める。
四十歳。人生の折り返し地点だなんて思っていたけれど。
彼と歩くこの道は、新しい定時――。
私たちの、本当の幸せの始まりだった。
「……一之瀬くん。私も、三秒で返事していい?」
「ええ、何ですか?」
「大好き。……一生、定時までについていくわ!」
私の脳内絶叫は、ついに幸せな愛の告白へと、完全に書き換えられたのだった。
お読みいただきありがとうございました!
「三秒」という言葉をキーワードに、仕事と恋のスピード感を意識して書いてきました。
ボロボロだった凛さんが、最後には自分の足で(そして一之瀬くんの手を握って)幸せを掴む姿を描けて、作者としても感無量です。
もし「二人のその後が読みたい!」や「番外編が見たい!」などの感想があれば、ぜひお寄せください!
評価やブックマークも、最後の一押しとしていただけると泣いて喜びます。
また次の物語でお会いしましょう!




