第5話:一生分の定時、一生分の愛
カーテンの隙間から、柔らかな朝の光が差し込む。
かつての私なら、この光は「絶望の始まり」だった。重い体を引きずり、栄養ドリンクを流し込み、戦場へ向かうための合図。
けれど今は。
「……ん、凛さん。あと三秒、このままで」
背後から伸びてきたたくましい腕が、私の腰を抱き寄せる。
首筋に感じる熱い吐息と、心地よい重み。
(……ああ。幸せ。幸せすぎて、脳内が三秒でとろけそう。四十歳を過ぎて、こんなに甘い朝が来るなんて、あの頃の私に教えてあげたいわ)
私たちは今、同じ家から、同じ会社へ向かう。
一之瀬くん……いえ、蓮くんは、私の隣でゆっくりと目を開け、とろけるような微笑みを浮かべた。
「おはようございます、僕の奥様。……今日も、世界で一番綺麗ですね」
「……もう、朝からその語彙力、どこで仕入れてくるのよ」
私たちは並んで朝食をとり、並んで歯を磨く。
出社してデスクに座れば、私たちは再び「最強のパートナー」に戻る。
「課長、本日の業務フローの最適化、終わりました。……三秒あれば確認できますよ」
「ええ、ありがとう、一之瀬さん。私も、午後の会議資料の自動化を三秒で済ませておいたわ」
オフィスに響く、軽やかなタイピング音。
もう、この部署に「終わらない残業」も「理不尽な怒号」もない。
効率化によって生まれた時間は、新しいアイデアを生むため、そして――。
「凛さん。今日の定時後は、三秒で帰りましょう。……予約していたレストラン、楽しみですね」
彼が私の耳元で、私だけに聞こえる声で囁く。
周囲の部下たちは、「またやってる」と笑いながら、自分たちの仕事に誇りを持って向き合っている。
私は、左手の薬指に輝く指輪をそっとなぞった。
三秒で恋に落ち。
三秒で仕事を終わらせ。
三秒で未来を決めた。
社畜だった私の人生は、彼という最高の「魔法使い」によって、永遠のホワイト企業へと生まれ変わったのだ。
「……蓮くん」
「はい、凛」
「私、一生定時で、あなたを愛し続けるわ」
「……。……。……はい。三秒、見惚れました」
重なる視線。止まない鼓動。
私たちの「三秒」の物語は、これからも一生、続いていく。




