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第46話 お主も何か考えよ!

 マリと連れ立って歩いてみて、分かった事は少ない。

 1つは本棚にはそれぞれその棚に収められている本のジャンルがわかるように、ジャンルを記載したプレートが貼られている事。

 そのジャンルは4つ、『偉人伝』『物語』『悲劇』『終わり』という4つのジャンルである。

 個人的には『終わり』というジャンルに収められている本の内容が非常に気になる所ではあるが、ともあれ、この4つのジャンルはそれぞれ南京錠のダイヤルの数字に関するヒントがあるのだと推察された。

 南京錠に触れた時に浮かび上がった文字の感じから言って、偉人伝が1つ目のダイヤル、物語が2つ目のダイヤルという具合だろう。

 もう1つ分かった事は、棚の並びには全く規則性が無いという事。

 同じジャンルの棚がまとまっている訳でもなく、かといって、決まった順番に並んでいる訳でもない。

 そして更にもう1つわかった事は、かなりの本が存在するという事だ。

 マリによると、聞いた事のない人物や、聞いた事のない物語がタイトルになっており、このダンジョン独自の本ではないかという事だが、問題はそこではない。

 何万冊あるのだろうと思われるその本の数に問題がある。


 何故問題かというと、恐らく配置にヒントがある訳ではなさそうだと歩き回って結論付けたのだが、そうすると、後は各ジャンルに属している本の総数。もしくはタイトルにヒントがある。もしくは書かれている内容にヒントがあるなど、調べるのに途方もない時間がかかりそうな内容となってくるからである。


 これにはマリも我も、肺の奥の方から溜息を吐くしかなかった。

 読書は嫌いではない。寧ろ好きな方である。かなり長い時間を洞窟で過ごした我にとって、本を読む事は一種の旅行に近いものがあった。

 いや、ある意味、この世界そのものからの解放に近いものがあるかもしれない。

 思考は肉体を用いずともどこへでも行け、何でもでき、その癖、現実世界には何の影響も及ぼさない。

 だからこそ普段できない空想に耽る事も出来るし、出来もしない技術を夢想する事だって可能だ。本の中であれば、世界を破滅させたっていいし、自分ではない誰かになる事だってできる。

 現実世界の果てしない地平線、どこまでも続く空、しかしてそれには結局果てがある。すべてが有限である現実。

 ところが本の世界はどうだ。その世界は無限なのだ。どこまでも自由で、無秩序でありながら、書き手の思考が一種の枷となりそれが文字という楔となって現実に留めている。

 我はそれが好きだった。

 ドラゴンとして変わった性格だとは思う。何故なら、ドラゴンは読書に意味を見出せない者が多いからだ。

 圧倒的な力を持ち、そして何より永い時間を生きるドラゴンにとって、知識は体験で得れば良いものである。誰かの失敗から学ばずとも、自分が体験して問題点を確認すればよい。

 また、個人主義のドラゴンは誰かと競うという感覚が少ない。だから、何者かが発明をしたからといって、その知識を得てもっといい物を作ろうという気持ちはないのだ。

 世間がどうなっているかなど知った事ではない、自分が思いついた時に1から試行錯誤していけばいい、それだけの時間があるからだ。

 まあ、競う感覚が少ない事には、自分たちが最強の種族であるという自信が生きていく上で培われているという部分が大きいのかもしれないが。

 そして、本を読むという行為自体に現実への影響がない事も、ドラゴンが読書を好まない原因になっている。

 トレーニングをすれば現実的な筋力や魔力の消費、または増強がある。何かを破壊すれば物の形状が変わる。何かを食えば物質の変化が起こる。

 こういった現実世界への影響が読書にはなく、あくまで知識として読者の記憶に追加されるだけという所が、ドラゴンに言わせれば、無意味な行為となるのだ。

 では知識を得るにはどうすればいいか。最初の話に戻るが、体験すればよい。その方が、より深い知識を得る事が出来るのだ。


 ドラゴンのような考えを人間社会ではどう言うか、それは読書の優位性もわからぬ馬鹿と呼ぶであろう。ただ、ドラゴンから見た読書をする存在に対して思う事があるとすれば、1から自分で考え、自分で結果を出せない愚か者という事になる。


 生きる時間も含めて、身体が違うという事実は、考え方に違いを生む事を我は知っている。

 だからこそ、である。


 目の前で本を数冊手にとってパラパラ開いてみたり、いやいやとつぶやきながら本を閉じて歩き回って見たり、指をさして「1、2、3」と恐らく本を数えだしたと思ったら、また「いやいや」と否定して「もう一回ヒントの文字を見に行くべきか」などとつぶやいて意味もなくうろうろと歩き回るマリを見ても、我にとってマリの行動に意味を感じないだけで、考え方が違うだけだと納得する事が出来るのだ。

 だからといって、マリの行動がどういう考え方に基づいて行われているのかはさっぱりわからないのだが。


 しかし、人間側は異なる考えに納得しないらしい。落ち着き払ってマリの様子を眺めているこちらの様子に思う所があるようだった。


「お主も何か考えよ!」


 そう言われても、考える必要を感じないのだからしょうがないと思う。

 思うに、マリは何か考えれば答えなり先に進む一歩なりが創出されると思っているのかもしれない。

 けれど、我はそうは思わない。というか、そうなるはずがない。

 なぜなら、現時点のデータでいくら考えても南京錠の答えは出ない。であれば、新たなデータを得なければ先に進めないのである。

 つまりヒントがあるであろう本を読むなり、それぞれの本の数を数えるなり、それらの行動をするべきであって、考えても何も生まれない。

 あるとすれば、どの順番でデータを取得していくかであるが、順当に行けば各棚に何冊あるかを数える方が全冊を読むよりも最終的な時間は短い事から、数える方を試して、そこで答えがなければ読むという事になるだろうか。

 しかし、我は本の数に答えはないのではなかろうかと予測している。いや、もしかすると何千冊、もしくは何万冊あるかという事がダイヤルの答えなのかもしれないが、なんとなく、そうではないような気がするのだ。

 まあ、これは勘なのだが、あのような文章で、答えが道にあるというような事を書く者が、何冊あるかを答えとするだろうかと思うのだ。


 しかし、本当におかしなもので、我の視点からは、マリは考えているのではなく、悩んでいるように映るのである。

 考える事と悩む事は違う。悩むというのは、懊悩しているその状態の事であって、何かの答えを導き出す行為ではないのだ。

 無意味な事をしているのはそっちだろう、という言葉を飲み込んで、我は『偉人伝』の棚から適当に一冊手に取って読み始めた。


 その態度が気に入らなかったのか、マリは鼻息荒くつっかかってくる。


「無視するのはやめるのじゃ! せめて何か言わんか!」


「とりあえず落ち着け。我は本の内容にヒントがある気がする」


「……それならそう言ってくれればいいのじゃ。しかしこれだけの本を読むつもりなのだから、座って読んだ方がよいじゃろ」


 言って、彼女も『終わり』の棚から本を一冊手に取り、近くにあった会議などで使いそうな、いや、それこそ図書館に設置されてそうな長机に備えられた椅子に腰を下ろした。


「なるほど、それもそうだな」


 我はそう言って、マリの隣の席に腰掛ける。

 何かが気に入らなかったのか、マリは大きな声を出した。


「こら! なんで隣なんじゃ!」


「離れた場所よりここに居た方が、情報の交換が早いだろう」


「それにしても向かいとか……他にもあるじゃろう」


「何が気に入らないのかわからんが、そんな事よりも急ぎたいならば早く読むといい」


「……くっ!」


 何故か悔しそうなマリは、表紙に『会話を終わらせるたった4つの方法』という、そこに鍵のヒントがあるとはとても思えない本を読み始める。

 我も我とて、『ヤギュウ・ジュウベエ伝記』という、どこの国の誰かもわからない者の本を読んでいる。

 だが、といって読み飛ばすわけにはいかない。しっかりと内容を理解しながらパラ、パラと紙を擦る音だけが空間に響いた。

 しかし、その時間も僅か。早くもそれ以外の音が耳に入る。


「お主、読むの早すぎはせんか?」


 マリの声である。

 確かに、マリが1ページを読み終える間に、我は数十ページ進んでいる状況だ。そう思うのも仕方ない。

 我は目線を本から離さず、マリに向かって口を開いた。


「もしかすると、心の中で声に出して読んでいるのではないか?」


「うむ、そうじゃが、そういうものではないのか?」


「それだと脳の処理に制限をかけている状態になる。先ほど本を数える時に、数字を声に出しながら読んでいたが、そうしなければもっと早く数えられるぞ」


「そうなのか? だが、そうすると見落としがでるのではないか?」


「声に出しても出さなくても、見落とす時は見落とすし、見落とさない時は見落とさない。つまり、そんな気がするというだけであまり関係がない。勿論、脳の処理速度を超えると話は別だが」


 ふうむ、という声がマリから聞こえる。我は本を読みながら話しているが、彼女はこの話に集中してしまっているようだ。

 人間というのは、勝手だし、よくわからない。考えろだのなんだのと急かしてきたくせに、やる事が決まって心に余裕が出てくるとこうして手を止めたりする。

 我は心が広いからいいものの、きっと他の同族であればこの人間を直ちに焼き尽くしたかもしれない。

 まあ、こういう話も嫌いではないので続けるのだが。


「認識する範囲の問題だ。心で読み上げると1文字ずつ認識してしまうことになる。だからこれを、1単語ずつ認識するように変えていけ。そして慣れたら1行ずつ認識する、更に慣れたら2行、3行と一度に認識する文字数を増やしていけば、自ずと読むのが早くなる」


「それじゃと、内容が深く理解できないのではないのか?」


「声に出して読もうが、複数の文字を同時に認識しようが、どちらもすべての文字を認識しているんだ。差はない」


「なるほどのぅ。そう考えると、本の読み方というか、そういう文字の認識の方法のような事は誰かから学んだ事はないのぅ。して、お主は一度にどのくらい認識しているのじゃ?」


「何行という認識はない。1ページの半分程度を一度に認識している」


「1ページ読むのに1秒かからんという事か!? それはさすがに凄すぎはせんか!?」


 マリは驚愕し目を見開いているようだ。

 ふふん、まあ、悪い気はしない。我の認知能力は人間のそれを遥かに上回るのだ。

 この分であれば、マリが何かのヒントを得るまでもなく、我が全てを解いてしまうかもしれないな。

 思わずにやりと口角が上がった我の肩を、マリが乱暴に叩く。


「ドラゴン氏! これを見よ!」


「あまり乱暴に叩くな」


 言いながらマリの指さす場所に目をやる。

 それは、先程から彼女が読んでいた本の2ページ目にある一節だった。


『簡単な方法は、ヌルから西に1キロ行った場所にあるフィーアに行けば、話は全て終わるのである』


 これは正に、きっとあのダイヤルに入れる必要のある数字という事に違いない。

 しかし、解せぬ事がある。

 我は自分の読んでいる本が、もう半ばまでページが進んでいる事実と、彼女が僅か2ページ目で答えに行きついた事に不公平を感じているのだ。

 いや、我の方が読むのが早いのだから、ある意味公平なのかもしれないが、少なくとも不平等ではあると思う。


 そんなモヤモヤを抱える我をしり目に、彼女は次の本を手に取って読み始める。

 すると、1ページ目でまたも肩を叩かれる事になる。


「ほら! これじゃ! 『これは、ヌルから東に6キロ進んだ先にあるドライで生まれた物語』という文章から始まっておる!」


「……そうか。それは凄いな」


「おお! 次も最初のページに書かれておるぞ! 『むかしむかし、ヌルから東に2キロ進んだ場所にあるツヴァイという町の話です』と書いておる!」


「……」


 ついに閉口してしまった我に何かを感じたのか、マリは眉根を寄せて言う。


「これ、ワシが見つけた方が早そうじゃな」


 そう言って偉人伝の棚へと向かおうとするマリに、我はたまらず声を上げた。


「まて!」


「なんじゃ?」


「……後は我が見つける。マリは休んでいろ」


「いや、別に殆ど読んでおらぬから全然疲れておらぬ。お主こそ沢山読んでおるようじゃから、目も疲れたじゃろ? 休んではどうじゃ?」


「もう一度言う。我が見つける」


「……お主、意外と子供っぽいんじゃな」


「黙っていろ。読書の邪魔だ」


 少しばかり早く答えを見つけたからと言って、調子に乗りおって。

 我ほど優れたドラゴンであれば、この程度の本くらい、すぐに読破してくれる。

 そう思って背後に炎を纏わせる我に、マリは呆れたように笑いながら、声をかけてくる。


「その本は、どういう内容なんじゃ?」


「……ジュウベエという剣士の生きざまを描いているようだな」


「ほう、聞いた事のない人物じゃのう」


「ああ、ヤギュウノ里という場所で厳しい修行を受けて武名を轟かせ、王の様な人物の指南役になるが、怒りを買って謹慎を言い渡され、その後武者修行などで諸国を遍歴したりしていたという話だな」


「ふうん、武に長けた人物とはいえ、処世術はまた別のものという事かのう。いや、それとも武の価値が低い平和な世界や時代の話という事かのう」


「勘がいいな。この話の舞台となる国は、内戦が長く続いていたが、その内戦を終えて平和になった時代だと書かれている」


「ほう、面白い本なのかのぅ?」


「どうだろうな。確かに剣士の生きざまというものには浪漫があるのかもしれない。ただ、我の感性には合わないな。我はもっと突拍子のない、創作の物語の方が好みだ」


「それは意外じゃの」


「そうか?」


「そうじゃよ。今度、ワシの持っている本も見せてやりたいもんじゃ」


「魔女の話だったか? ああ、いつか見てみたいな、それは」


「……約束じゃからな」


 そんな会話を続けながら本を読み、ついにとうとう問題となっている文章を発見した。


『ヌルから西に4キロ進んだ先にいるアインスに、ジュウベエも眠っているかもしれない』


 そう書かれた文章は、この本の最後のページの、最後の一文だった。

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