精一杯の誠意
~紫竜の別荘~
12月の終わり、巴衛は報告のために紫竜の別荘に再び来ていた。
狼族軍の基地から芙蓉宛に手紙を送ったところ、今朝、リョクと名乗る龍希の補佐官が迎えにきたのだ。
案内された部屋で待っていると、龍希とリョクがやって来た。
芙蓉はいない。
やはり、龍希が先に巴衛の報告を確認するようだ。
「北の貴族を同行してきた理由はなんだ?」
龍希は席につくなり、問いかけてきた。
巴衛の隣に立つ北清は青い顔で黙り込んでいる。
「私の本日の説明にご納得頂けましたら、新しい北の貴族自ら謝罪のうえ、遅ればせながら香水瓶の調査結果を報告したいと申されましたので、同行が可能かそちらの補佐官殿にお尋ねしましたら、族長に諮るので一緒にこいと申されましたので。」
「新しい北の貴族?」
「はい。5日前に先代が亡くなりました。ただ、死ぬ前に豊が面会しています。」
「なんでお前は面会してない?」
「北の貴族の出方を探るために先に豊を行かせました。北の貴族に敵意がないと分かりましたが、私が訪ねる少し前に急死したそうです。」
「・・・まあいい。報告を聞こう。」
龍希は怪訝な顔をしながらも、巴衛の話に嘘がないと分かったからかこのまま報告を聞いてくれるようだ。
「結論から申します。この度の担当者変更による取引の破棄ですが、先代の北の貴族は、担当者変更を知らず、取引が破棄されたことも知りませんでした。」
「はあ!?」
「間違いありません。」
「どういうことだ?龍算は、新しい担当者から北の貴族が担当者を変更させたと聞いてるぞ。嘘はなかったそうだ。」
「私の推測になりますが、その担当者、北学は担当者が変更になったとしか言わなかったのではないですか?
普通は北の貴族の命令によるものだと聞き手側は思いますので。」
「ホクガクは龍算を騙そうとしたのか?」
「事情を聞く前に北学は殺されましたので、私には分かりません。」
無表情だった龍希は段々怖い顔になるが、巴衛が怖じ気付く訳にはいかない。
北学のしたことはどうやっても庇えないので仕方ない。
「つまり担当者の変更はホクガクの独断だったと?」
「そのようです。」
「なんでそんなことをした?」
「私には分かりません。そちらの補佐官殿が殺す前にきいていないのですか?」
巴衛の問いかけに龍希は一層険しい顔になった。
補佐官が聞いているはずはないのだ。
もし聞いていれば、とっくに北都は滅ぼされている。
「俺の妻から北の貴族への依頼だったんだぞ!?知りませんでした、で済むと思ってるのか?」
「今の北の貴族は済むと思っておりません。先代の急死は、此度の責任をとってのことではありませんので、北学の妻子の処刑含め、奥様のお望みどおりの償いをすると申しております。」
「俺の妻からの依頼だから、北の貴族は監督を怠ったんじゃないのか?」
「先代の北の貴族にそんな考えはなかったそうです。」
「なんで分かる?」
「面会した豊の報告です。ここにおります今の北の貴族にご確認頂いても結構です。」
「ならば、そっちの人族に問おう。これまでのこいつの説明に間違いはあるか?」
「・・・ご、ございません。」
北清は俯いたまま小さな声で答えた。
「お前は北学が独断で担当者を変更したことを知っていたのか?」
「はい。」
「なのに、なぜ先代の北の貴族が知らないんだ?」
龍希は踏み込んだ質問をしてきた。
やはり簡単には誤魔化せない。
「当時、先代は病に伏せておりましたゆえ。」
「病でも報告を聞くくらいはできるだろ?」
「北の貴族の看病は北学の妻子が独占しており、私は近づけませんでした。」
「北学とその家族は俺の妻に敵意を持っているのか?」
「北学の妻子にそんな思いはございません。北学の考えは私には分かりません。」
打合せにはない龍希からの質問だったが、北清は嘘をつかず切り抜けてくれた。
さすがは北の貴族の一族に生まれ、長年の政争を生き抜いてきただけはある。
「分かりませんじゃあ報告になってない。」
龍希は巴衛を睨んできたが、
「奥様のご依頼は、北の貴族がなぜ担当者の変更をしたのか?でした。北学から事情を聞けなかったのはこちらの落ち度ではありません。」
巴衛は言い返した。
龍希との付き合いは短いが、彼は無理難題を押し付ける性格ではないはずだ。
芙蓉が選んだ男が性格が悪いとは思いたくない。
「・・・」
龍希は目をつむってなにやら考えこんでいる。
巴衛たちの説明に嘘はない。だけど、すんなり受け入れてくれるほどバカでもないようだ。
「おい、妻を連れてこい。」
しばらくの沈黙の後、龍希がリョクに命じた。
「よろしいのですか?明らかに不自然な報告です。」
リョクも疑問を持っているようだ。
「嘘はねえ。だが、何か隠してるかもしれない。賢い俺の妻なら気付くかもな。」
「畏まりました。」
リョクは部屋を出て行った。
それから20分もしない内に芙蓉がやって来た。
おそらく別荘の別の部屋で待っていたのだろう。
「さっきと同じ説明を妻にもしろ。」
「はい。」
龍希に言われたとおり、巴衛は芙蓉にも同じ説明をした。
芙蓉は北清が新しい北の貴族だと聞いて驚いていたが、口を挟まず最後まで巴衛の報告を聞いてくれた。
きっと芙蓉は巴衛の説明の不自然な点に気付いているに違いない。
話をあわせてくれるだろうか?
それとも、夫である龍希にバラす?
芙蓉がどちらを選んでも、巴衛は文句を言うつもりはない。
芙蓉には芙蓉の立場があるのだから。
「事情は分かったわ。調べてくれてありがとう。
北の貴族様もご足労頂きありがとうございます。私は誰の死も望みません。香水瓶の調査結果をお聞かせください。」
芙蓉の返事は穏やかなものだった。
巴衛と北清はほっとしたが、龍希は怪訝な顔になっている。
「芙蓉、こいつらの説明におかしなところはないか?」
「お二人とも嘘はついていないのでしょう?」
芙蓉は龍希に問い返した。
「ついてないが、人族は言葉たくみに隠し事をするからな。」
龍希は疑念をダイレクトに言ってきた。
北清は隣でふるえあがっている。
「私に悪意を持って隠し事をすれば、あなたはその悪意は分かるでしょう?」
「まあ、そうだけど・・・」
「お二人は分からないことは、誤魔化さず分からないと報告してくれたわ。これは人の世界では誠意ある対応よ。」
「芙蓉からの依頼だから、ホクガクがこんなことをしたんじゃないのか?」
龍希は確信をついてきた。
だけど、芙蓉に問いかけているので、巴衛は口を挟めない。
「私には貴族の子息の考えは分からないわ。先代の北の貴族が病に倒れたタイミングだったからかもしれないし、北才と何か喧嘩をしたところだったのかもしれないし・・・でも、少なくとも先代の北の貴族が私を憎んでしたことではなかった。
新しい北の貴族は、こうして私への謝罪のためにここまでお越し下さった。
私はそれが分かれば十分なの。」
「・・・」
巴衛のフォローなんて必要なかった。
芙蓉だってきっと北学の真意に察しはついているだろうに、これ以上誰も傷つけさせない言い回しをしてくれた。
きっと芙蓉はこれまでもこうして紫竜と人の衝突を回避してきてくれたのだろう。
そのことを人には誰にも知られることはなくとも、人出身の紫竜の花嫁として、人を守ってきたのだ。
巴衛とユリも芙蓉に守られている。
かつて芙蓉を誘拐したことを龍希が知れば、巴衛もユリも容赦なく殺されるはずだ。
「芙蓉は優しいな。」
龍希は不満顔だけど、どうやら妻である芙蓉の顔をたてるようだ。
巴衛は今度こそほっとした。
これで北都は、無関係な人々は守られた。
隣の北清からも安堵のため息がもれた。
彼女はここで死ぬためだけに北の貴族になったけど、生きて帰れそうだ。
「・・・?」
巴衛が芙蓉の顔を見ると、なぜか芙蓉は怒った顔だ。
怒りの視線を龍希に向けているけど・・・なぜ?
「ふ、芙蓉?」
龍希は妻の怒りに気付いたのか青い顔になっている。
芙蓉がなぜ怒っているのか龍希にも分からないようだ。
「あなた、私たちは結婚してからも言葉が足りなくてたくさんすれ違って・・・心を通わせられるようになるまで何年もかかりましたよね?」
「え?う、うん・・・」
龍希は戸惑った顔になったが、巴衛にも芙蓉が何を言おうとしてるのか分からない。
「それでも、私を見放さなかったのはあなたの優しさですか?」
「え?え?なんの話?なんで怒ってるの?」
「人の私と、紫竜のあなたでは、考えも価値観も、持って生まれた力も違いすぎる。でも、私ができる限り精一杯、妻としての役割を果たそうとしていることをあなたは理解して受け入れてくれた。
彼女たちは人としてできる精一杯の誠意をもってこの場に説明にきてくれたのですよ。
その誠意を私が受けいれることをあなたは、優しさだと軽んじるのですか?」
「・・・」
巴衛は思わず息を吸うのを忘れた。
芙蓉が怒っている理由は分かった。
だけど、龍希に説教する必要はないだろう。
せっかく龍希が折れてくれたのに、せっかく丸く収まりそうなのに・・・
巴衛と北清の前で叱責されては、いくら龍希でも面子が・・・
「ご、こめんよ!俺の言葉が悪かった!」
『いや、謝るんかい!』
巴衛は口先まででかかったツッコミをギリギリ飲み込んだ。
なんとも迷いのないストレートな謝罪だ。
「言葉が?」
芙蓉はまだ怒っている。
素直に謝ったのだから、これくらいの弁解は許してあげてよ、と巴衛は龍希が気の毒になってきた。
「い、いや、俺の理解が足りなかった。こいつ・・・じ、人族たちが芙蓉に精一杯の誠意を尽くしたなら、俺に不満はないよ。」
龍希はきっちり言い直した。
さきほどまでの威圧感はどこへやら。
族長としての威厳に偽りはないけど、素直な性格なようだ。
「もう怒ってないわ。この件はこれで終わりでいいわね?」
芙蓉はようやく龍希に微笑んだ。




