北の貴族との取引 後編
~狼族軍基地~
司令官が戻った翌日、司令官は早速水連町に来ていた狼族長補佐官と協定を結び、豊を連れて狼族の乗り物に乗って北都を目指した。
雪になれた狼族の乗り物はすごい。
雪の積もった道を難なく走り抜け、わずか2日で北都近くの狼族軍基地まで来てしまった。
「まもなく北都の門が閉まる。今夜はここに泊まってもらうわよ。」
狼補佐官はそう言って乗り物から降りたので、司令官に続いて豊も降りた。
「補佐官!おかえりなさいませ!」
すぐに狼軍人が駆け寄ってきて、豊たちを睨む。
「この人族たちは?」
「紫竜族長の奥様から依頼を請けた人族よ。北の貴族とのトラブルの調査のためにわが一族も協力するわよ」
補佐官の返答に狼軍人の顔が変わり、豊たちに深々と頭を下げた。
「大変失礼いたしました。どうかお許しください。」
「気にしませんわ。お世話になります。」
司令官が答えた。
「北都で何か動きがあった?この人族たちに隠し事は不要よ。」
「は!それが昨日、北の貴族の親族だという人族が亡命を希望してやって来ました。」
「なんですって!?」
狼補佐官だけでなく豊も驚いた。
北の貴族の関係者から話を聞くには狼族長に橋渡しを頼む他ないと思っていたのに、まさか向こうから来てくれるとは。
「早速、話を聞きに行きますか?」
狼補佐官は司令官に尋ねる。
あくまでも狼族は手伝いとの立場を守るようだ。
「そうしましょう。」
司令官が返事すると、狼たちはすぐに準備を始めた。
~基地内の部屋~
狼に案内されたのは応接室のような部屋だった。
奥の椅子には白髪交じりの初老の女性が一人腰かけている。
高価な着物に宝飾品を身につけているので、北の貴族内でも地位は高そうだ。
さすがに北才ではなかったようだが、狼族に亡命してくるくらいなので、有益な情報を持っていると期待したい。
「・・・え!?人!?」
初老女は狼よりも豊たちに怯えている。
「北の貴族とは関係ないわ。彼女たちは紫竜族長の奥様から今回の騒動の調査を依頼された人族よ。
私はここの責任者である狼族長補佐官です。話に同席させてもらいますね。」
「し、紫竜族長の奥様の!?ああ!?ありがとうございます!
私は北の貴族の妹である北清と申します。」
初老女は大袈裟なほど喜んでいる。
「早速ですが、何があったのか教えて頂けますか?」
「はい。ことの発端は北才が紫竜族長の奥様から北の貴族宛の依頼を請けたと報告にきたことです。
これまでも紫竜からの依頼料はけた違いで、北の貴族も他の兄弟たちも北才に任せきりにすることに難色を示しておりましたが、今回は奥様からの依頼である上、報酬額が過去最高だったので、北の貴族は、この依頼をきっかけに今度こそ奥様に接触したいと言って、担当者を北学に変更したのです。」
初老女の説明に狼補佐官が露骨に眉をひそめたのを、豊は見逃さなかった。
「北学は北才から奥様の依頼を引き継ぎ、研究所に指揮を取りに行きました。
ところが、その翌日の晩に突然紫竜が研究所にやって来て、北学をはじめ研究所にいた人間を皆殺しにしたのです。
その理由は分かりません。ただ、北学が死ぬ前に使いに寄越した人間は無事で、北学は北才を呼び寄せようとしていたらしいのです。」
「北才は今どこに?」
「それが・・・北才は自分の屋敷に軟禁されていたのですが、事件が起き、北の貴族が呼び出した時には屋敷から姿を消していました。
今も行方不明です。」
豊は司令官と顔を見合わせた。
司令官は無表情だが、この女の話に違和感を抱いていることは分かる。
狼補佐官はもっと困惑していることだろう。じっと豊たちを見てくる。
「僕からも質問をよろしいですか?」
「はい。」
「北才はなぜ軟禁されたのですか?」
「担当者の交代に反抗したので、北の貴族が軟禁を命じたのです。」
「北学は紫竜と何らかの接点が?」
「いいえ。紫竜からの接触はいつも北才宛てでした。」
「・・・紫竜が依頼日の翌日に来ることを知らなかったのですか?」
「知りません。北才は、熊族の香水瓶の調査を依頼された、明日の晩までに調査を終える必要がある、と北の貴族に報告しておりました。」
「・・・狼補佐官殿にも質問をよろしいですか?」
豊は狼補佐官に問いかけた。
豊は紫竜の取引や考え方をほとんど知らないので、まだ自信がない。
「どうぞ。私に分かることでしたら。」
「紫竜との取引中に、人族側の事情で担当者を変更すると、紫竜の怒りにふれますか?」
「いいえ。紫竜は気にしないはずです。」
「紫竜が前触れもなく獣人の町に来ることはありますか?」
「買い物程度なら事前に知らせないことはありますが・・・」
狼補佐官はこの先は言いにくそうなので、
「これは僕の推測なのですが、紫竜は北才に調査を急がせ、北才が調査を完了するタイミングに合わせて、夜中に調査結果を聞きに来た、というのはありえますか?」
豊が質問を変えると、狼補佐官は頷いた。
「え!?待って下さい!香水瓶の調査は終わっていたはずです。なのに、なぜ北学は殺されたのですか?」
北清だけが驚いている。
「紫竜は北の貴族が取引を破棄したと言っていますから、北学は調査結果を紫竜に伝えなかったのでしょう。」
「そんなバカな!?」
北清と狼補佐官は同時に驚いている。
豊だって信じられないが、ようやく事件の中身が見えてきた。
「もしそうなら、北学が北才を呼ばせに使者を送った理由は何かしら?」
「北才が香水瓶の調査結果を持ち去ったから、が一番シンプルですね。調査員たちは北才の部下でしょうから、持ち出しは簡単だったでしょう。」
「ありえないでしょ!?紫竜との取引を妨害したら北才の命だけじゃすまないわよ!?」
狼補佐官が大声で否定した。
「狼補佐官は北才をご存知で?」
「ええ。この辺で北才の研究所を知らない種族は居ないし、私が北才に依頼をしに行ったこともあるわ。人族の考えなんて分からないけど、北才は愚か者ではなかったはずよ。」
「・・・狼族に信頼され、紫竜からも一目置かれていた男なら、僕の仮説が間違っている可能性が高いですね。
じゃあ、北学は調査結果を知りながら紫竜に隠そうとした?
いや、それはメリットがない。」
豊は頭が痛くなってきた。
「視点を変えましょうか。北才はなぜ軟禁先から逃げたのかしら?」
司令官が問いかけてきた。
「・・・北学が取引に失敗して紫竜を怒らせたことを知ったから、ではないですか。」
豊の返答に狼補佐官も頷いている。
「ということは、北才はもう北都には居ないわね。とはいえ、一人で遠くに逃げられるはずもない。」
司令官の言葉で豊ははっとなった。
「北清様はどうして亡命を?」
今の話の流れからでは北清が亡命する理由がない。
「北才は以前から紫竜との取引が失敗したら、北の貴族の血族は皆殺しにされると言っておりましたので、私はすぐに首都の貴族に嫁いだ娘のもとに逃げようとしたのです。
ですが、北の貴族は北都の誰かが北才を匿っていると思い込み、北都の全ての門を閉じ、北才が見つかるまでは誰も都を出るなと・・・愚かなことです。北才が見つかったところでもうどうにもならないのに・・・」
「なっ・・・!?」
豊は言葉を失った。
これでは北都にいる仲間たちを連れ出せないどころか、豊たちが北都に入ることすら出来ないということだ。
「どうやって出てきたの?」
司令官が北清に問いかけた。
「門を閉じても空飛ぶ獣人には意味がありません。」
「狼族は?北都には何人もいるのよ!?」
狼補佐官は険しい顔になっている。
「北才は獣人たちとの取引も多数担当して顔が利きますから、北の貴族は獣人の出入りも禁じました。」
「はあ!?冗談じゃないわ!?」
「北才はどこに!?まだ北都か?」
豊も落ち着かない。
どうすればいいんだ!?
「北才を見つければ閉門は解除できそうね。教えて下さる?」
司令官は冷静に北清に問いかけた。
「・・・私は知りません。見てのとおり、他人を庇う余力はありません。」
「あなた一人で亡命できるはずがないわ。狼族にメリットがない。北才が一緒だから鳥は町の外に運んでくれたのでしょう?」
「鳥にはかなりの宝石を渡しました。それに首都に行けば娘がおります。狼族に報酬は渡せます。」
北清は毅然として言い返しているが、司令官が正しい気がしてきた。
こんな老婆が一人で北都の外に亡命しに来たなんて、無理がありすぎる。
だが、北才側にこんな老婆を巻き込むメリットがあるとも・・・
「あなたは北才の母親ですか?」
豊はピンときた。
「私は北の貴族の妹です。」
「答えになっていません。北の貴族の妹なのに他の貴族に嫁ぎもせず、そんな歳になるまで北都にいるということはそういうことでしょう?」
「うえ!?」
狼補佐官は嫌悪感を顕にしているけど、狼族でもない話ではないだろうに。
北清は北の貴族より10歳近く年下のようなので、おそらく異母兄妹だろう。見た目から若い頃にはかなりの美貌だったに違いない。
貴族内では異母兄妹や叔母甥間でも婚姻はなくはないのだ。
「狼族が北才を隠してるってこと?」
司令官は気にせず狼補佐官に問いかけた。
「保護したのはこの人族だけよ。北才を隠すメリットなんてないわ。」
「こんな雪の中、鳥に捕まって飛ぶのは母親では無理だから、母親は狼族に託し、北才は鳥ともっと遠くに逃げたんですね。」
豊は今度の推測には自信があるけど、
「ならなんでこの人族は母親だと名乗らないのよ?」
狼補佐官はまだ疑っている。
「狼が北の貴族につけば北才も危ないから、狼の出方を見極めようとした、というところでしょう。」
「・・・お見事ね。」
北清は観念したようだ。
「北才はどこですか?」
「私は行き先を聞かなかったの。こんな老母は置いて早く逃げればよいのに、あの子は無理をして連れ出すから・・・狼族のつてを頼って別ルートで逃げるからと説得して、私だけ降ろしてもらったの。」
「つて?」
「北才を逃がす嘘よ。私は北都に連れ戻されて殺されても構わない。どうせ皆死ぬのだから。」
北清は冷ややかに笑う。
「悪いけど、北の貴族には引き渡さないわよ。北才の人質になりそうだし。」
狼補佐官の反応は豊の予想どおりだ。
「・・・狼族の目的は北都の開門でしょう?北才を探すより北の貴族を始末する方が早いのでは?」
司令官が大胆な提案を始めた。
「無理よ。さすがに人族の長を私の独断で殺せないわ。」
「私たちが紫竜族長の奥様の使者と名乗れば、北の貴族は迎え入れるはずです。
その時に、人族の間でトラブルが起きても狼族には関係ない。」
「・・・初めからそう言いなさい。北の貴族は私からの要求は拒否したけど、お二人の護衛としてなら入り込めそうね。」
狼補佐官はニヤリと笑った。




