アーストの説得
「・・・なら、俺たちがしてきたことは?仲間たちは何のために死んでいったんだ?」
最初に声を出したのは陶矢だった。
「こんな話を聞かされても、お前も、俺も、司令官も、誰も納得できなかったよ。
誰も悪くない。仲間たちも無駄死にした訳じゃない。解放軍がヨウコを追っていたから、司令官はヨウコ・・・芙蓉と接触できた。
芙蓉は司令官と接触しなきゃ、解放軍のことも、父親のことも何も知れないままだったと思う。」
豊は言葉を選びながらゆっくり話してくれる。
「ヨウ・・・芙蓉はなんで水連町に来ないんだ?監禁されている訳じゃないなら、象族領にだって父親を助けに来れたんじゃないか?」
ショウは話を受け入れたのか、まだ半信半疑なのかは分からないけど、豊に問いかけた。
「妻は里帰りできない、妻に会いたいなら、親族といえども妻に会いに行く、妻は実家のトラブルに直接関与できない・・・紫竜の妻にもルールがあるらしい。
不自由はあるんだろうけど、芙蓉はうまくやってるみたいだよ。龍希はルール違反にならない限り、芙蓉の望みを叶えるようだし、頼りになる子どもたちもいるみたいだからね。」
「子ども!?あの象族領にいた孫か!?
ケープが異様に怯えてたが、あの子が紫竜の子なのか!?」
「ああ。芙蓉と龍希の子らしいよ。人でも混血獣人でもなく、父親と同じ紫竜族になるらしい。」
「人の子にしか見えなかったぞ!?この町の、寒の店に来てる娘だって、そうなのか!?」
ショウは驚いているけど、カエデも同じだ。
カエデは象族領の孫は見たことがないけど、水人の孫娘は見たことがある。
どう見ても人の子だったし、町民は皆、母親の芙蓉の子どもの頃にそっくりだと言っていた。
「ああ。芙蓉の子に限らず紫竜の見た目は人そっくりだよ。龍希は怒ると、目だけは獣みたいな赤い眼になってたけどね。」
「人のふりをしてる訳じゃないの?」
「芙蓉の子どもたちは人として見られるように振る舞ってるんだと思うよ。人の子じゃないとバレたら、水人さんがこの町で暮らしにくくなるだろう?」
「水人さんは紫竜本家まで娘に会いに行ったのか?」
陶矢が問いかける。
「はい。娘の夫が迎えに来てくれました。娘が望むなら、いつでも会わせてもらえるようですが、私はもう嫁いだ娘に干渉はしたくないのです。
ただ、昨日のカラスの話からすると、獣人たちは私を放っておいてはくれないようですね。」
水人は顔を曇らせる。
先程のショウの話では、カラス族は水人の警固を口実に芙蓉に取り入ろうとしているようだ。
「私は理解が遅いから、ちょっと整理させてもらってもいい?」
カグラが声をあげた。
「水人さんの娘の芙蓉が、私たちが探していたヨウコなのね。芙蓉は紫竜に拐われたのではなく、自分で望んで結婚した。
で、その相手が紫竜の族長ってことなのよね?」
「そうだよ。結婚当初は族長ではなかったらしいけど、芙蓉の夫は、芙蓉が子どもを三人生んだおかげで族長になれたらしい。」
カグラの疑問に豊が答えた。
「水人さんが10数年、カラスに拐われたのは紫竜と関係があるんですか?」
「それは関係ないと思います。その時は娘は未婚で実家に居ました。」
水人が答えた。
「じゃあ、その後、水人さんが解放軍に助け出されるまで獣人に点々と売られたことも?」
「関係ないと思います。娘は私が死んだと思っていたようですから。私が解放軍のおかげで水連町に戻ってきてから、娘も娘の夫も私の生存を知ったそうです。」
「では、桃は?桃は芙蓉の夫のことを分かった上で拐ったのですか?豊の話では獣人たちは紫竜が怖いから水人さんに何もできないって?」
「桃は私を助けようとしてくれたのです。理由は分かりませんが、ジュウゴは私の命も狙っていると、桃は言っていました。」
「象はどうなんだ?水人さんが芙蓉の父親だから殺そうとしたのか?」
今度はショウが尋ねた。
「たぶんそうだろうな。あの事件の後、象族長一族は全員処刑されたらしい。理由は公表されてないが、獣人たちは竜の逆鱗に触れたとか言ってたな。」
陶矢が答えた。
「芙蓉の希望ってこと?」
カグラは驚いているけど、
「たぶん違うと思う。芙蓉はそういうタイプではなさそうだった。たぶん龍希じゃないかな。自分の息子も殺されかけたみたいだから。」
豊が否定した。
「あの孫か?死にかけには見えなかったぞ!?」
「紫竜も水に溺れることはあるみたいだよ。あの孫が扉を壊して脱出したんですよね?」
豊が問いかけると、水人は無言で頷いた。
「芙蓉は、水人さんの警固を司令官に頼んだの?」
「いや、頼まれてはないよ。水人さんは解放軍の協力者だから司令官は守るつもりだ。
だけど、これから、他の獣人たちもカラス族みたいに解放軍に接触してくるかもしれないから、司令官は芙蓉夫婦に相談に行ったんだ。」
「カラスが言ってた、アサガオの息子とは誰だ?まさか芙蓉の別の息子か?」
ショウが豊に尋ねる。
「俺も司令官も知らない。ただ、司令官は芙蓉が獣人から保護した人の子どもを預かってるらしい。カラスが独自に身元を突き止めたのか、別の誰かと勘違いしているのか、司令官にも分からないんだって。」
「司令官は水人さんとその子の警固の依頼を芙蓉にもらいに行ったの?」
「ちょっと違うね。水人さんの象族での事件後も、芙蓉は司令官に警固を頼まなかった。それには水人さんが拒否していること以外にも理由があるはずだって司令官は思ってる。」
「僕は反対だね。族長妻が解放軍にそんな正式依頼をするとは思えないけど、そんな依頼はリスクの方が大きいよ。」
アーストが久々に喋ったので、
「アースト、リスクって何?」
カエデは尋ねてみた。
「これは紫竜の取引先なら誰でも知ってることだから話すけど、妻の家族の警固は妻の実家とその種族の長の責任さ。妻の実家は紫竜から莫大な結納金を得る代わりに重い責任を負い、妻の種族は紫竜との取引で優遇される代わりに長はその婚姻を維持すべき責任を負う。
紫竜族長の妻なら尚更さ。
ワシに妻の父親が誘拐されて、象に殺されかけたなんて不祥事、本来なら妻の実家だけでなく、その種族の族長まで命をもって償うべき大失態だよ。
解放軍が妻の父親の警固を請け負ったが最後、警固のミスがあれば、司令官の首だけじゃ済まないよ。族長妻が警固を希望するなら、それは人族の長なり、他の種族の族長にさせるべきことだ。」
アーストがこんなにも紫竜について語るのは初めてだ。
ずっと紫竜の話題を避けてきたのに。
「芙蓉が司令官に頼まなかったのは、そういう理由かもな。解放軍はこれ以上深入りしない方がいいのかもしれない。
紫竜は貴族とも繋がりはあるみたいだからね。」
「・・・待って。カラスや熊、狼たちがこの町の復興に異様なほど協力した理由って・・・」
カグラの疑問に、カエデは背筋が冷たくなった。
「芙蓉が頼んだわけではないと思うよ。」
豊は否定するが、
「この町が族長妻の故郷だってことは獣人の世界では有名な話だよ。今年、紫竜族長夫婦は、この町を支援した種族を公式訪問してる。
表向きは紫竜族長の外交ってことになってるけど、実態は人族妻が故郷復興の礼をしに回ってると獣人たちは思ってるよ。
カラス族長は歓喜したはずさ。紫竜族長夫婦の公式訪問は、獣人の族長の権威を高める絶好の機会だからね。
財政難の鹿族では、族長妻が訪問の際に褒めた菓子がばか売れしているらしいよ。
族長妻は強かさ。自分の種族ではなく、他の種族をうまく利用してる。」
アーストが否定した。
「貴族は?芙蓉のために何もしてな・・・あ!秋の、東の貴族軍による大討伐!?」
言いかけたカグラははっとなっている。
水連町周辺では今年の秋、東の貴族軍が犯罪組織の大討伐を行ったのだ。
こんなこと前代未聞だった。
水連町の火災では貴族軍による支援はほぼなかったのに・・・
「待て!待て!おかしいだろ!?族長妻と言ったって、なんで他の種族がそこまで肩入れするんだ!?
熊族はこの辺では大きな力を持ってるけど、族長妻のためにカラスや狼が熊の町に多額の金を出して支援したなんて聞いたことがない。」
ショウの言うとおりだ。
「たかだか獣人の族長と、紫竜族長の妻を比較すること自体がナンセンスだよ。」
アーストは本気で呆れているようだけど、カエデもまだ豊とアーストの話を鵜呑みにはできない。
「は~あんまり紫竜の話はしたくないけど、ここまできたらカエデには分かっててもらわないとね。紫竜の妻にこれ以上かかわるべきじゃないってこと。
龍希には今の妻の前にカラスの妻が居てね、龍希が払った結納金は2000万円ほどだったらしいよ。」
「に、にせ・・・はあ!?」
ショウは叫び、アーストと水人以外の全員が絶句した。
「紫竜の結納金としては最高ランクだね。妻は当時のカラス族長の娘だったし。あいつが龍希と10年連れ添ってくれれば、紫竜からその10倍の取引利益が見込めたんだけどね。水人さんは龍希からカラスの2~3倍の結納金をもらったんじゃないの?」
「私は結納金を受けとる立場にはありませんよ。娘の嫁入りの際、何もしてやれなかった。」
水人は困ったように笑って答えるけど、金額の否定をしないということは、おそらくアーストの予想と近い額の提示をされたのだろう。
「いや、いくらなんでも・・・」
陶矢は首を横にふるが、
「芙蓉からの去年の火災の時の寄付と、今回の病院への寄付を合わせるとおそらく1000万円を超えると、聞いてます。」
カグラが呟いた。
カグラは病院経営者の側近をしているので、詳しいのだ。
「いっせ・・・どこから出してんだ!?」
「族長妻の個人資産か、龍希が結納金代わりに出したのかもね。」
アーストは驚いていない。
「個人資産だあ!?」
「こんな話で驚くのは君らくらいだよ。紫竜の取引先なら誰も驚かない。
近付きすぎるべきじゃないと分かったろ?紫竜の妻の影響力が大きい分、かかわるとそのリスクも大きい。」
アーストの言葉を誰も否定できなかった。




