解放軍の誤解
~???~
「カエデ姉さん、よかった!」
目を覚ましたカエデが水人の治療を受けていると、病院に潜入している解放軍のサクが泣きながらカエデの顔を覗き込んできた。
カエデはまだ言葉が出ない。
顔も身体も痛く、頭もボーとしている。
「峠は越えました。でも・・・」
水人が何か言っているけど、カエデは耳鳴りがしてきて、意識を失った。
「・・・」
次にカエデが目を覚ました時には、カーテンが開いて窓からは日が差し込んでいた。
身体は痛いけど、意識ははっきりしている。
身体は起こせないけど、首を動かして周囲を見回すと病室のようだ。
水人とサクが居たので水連町病院だろう。
しばらくすると、水人がやって来た。
「お目覚めでしたか。」
水人はほっとした顔になり、カエデの上体を起こしてゆっくり白湯を飲ませてくれた。
「私は・・・」
ひどいかすれ声だけど、カエデはようやく声を出せた。
「火災に遭ったんですよ。火傷で危ないところでしたが、司令官とアーストがカラス族から薬をもらってきて助かりましたよ。」
「なんで?アーストは?」
カエデは驚きを隠せない。
「アーストは無事ですよ。カラスの目的は別にあるようです。」
水人の返事にカエデはほっとした。
何か複雑な事情があるようだけど、カエデはもう知るべきではないかもしれない。
「私は・・・動けるように、なり、ますか?」
「動けるようになってもらいますよ。春にはリハビリの医師も来る予定ですから。」
水人は穏やかに告げるけど、
「そんなお金は・・・私はもう、役にはたて、ない・・・かも・・・」
カエデは涙が出てきた。
元々、犬たちに拐われた時に死ぬべきだったのに、アーストが豊を巻き込み、シリュウが偶然犬たちを探しに来たことで助かったけど、今度は火災でさらに重傷を負い・・・もうカエデは死んだ方が迷惑をかけなくてすむのでは?と思ってします。
「私からこんなことは言いづらいですが、お金の心配は不要のようですよ。司令官も、隊員たちもアーストもカエデさんを必要としています。
元気になってもらいますよ。」
「私に、何が・・・でき、る、かしら?」
「とりあえずはアーストを安心させてやって下さい。あなたの薬を得るためにカラス族に命を差し出そうとしたくらいですから。」
水人は治療を終えて病室から出ていき、しばらくするとアーストがやって来た。
「なんて・・・顔、してるの?」
カエデは笑いかけようとしたけど、顔が痛くて無理だった。
「よかった・・・ごめん。僕がそばに居なかったから」
アーストは大泣きしている。
「いいのよ。あなたは・・・私の、警固、なんてしなくて。貴重な、戦力・・・なんだから。」
「僕が解放軍に協力してるのはカエデのためだよ。」
「もう、自由になって、いいって、言ってるのに・・・」
このやり取りも何度目だろう。
アーストとはハヤブサ戦限りのギブアンドテイクの関係で終わる予定だったのに、なぜだかこのカラスはその後もずっと解放軍に協力している。
「僕は自由だよ。カエデが自由を教えてくれた時からずっと。」
「ふふ。あなたの言う自由は、私には分からないわ・・・」
カエデは笑うと胸が痛い。
「豊が帰って来たよ。作戦会議をするってさ。カエデはここで休んでる?」
「私が、まだ、何か役にたてると思う?」
「カエデがここにいるなら僕もそうする。」
アーストの返事は答えになってない。
「豊たちを、呼んできて。私も聞くわ。」
カエデがアーストを見ると、アーストは部屋を出ていった。
待っている間にカエデは眠ってしまったようで、物音で目を覚ました時には夜になっていた。
病室の明かりがついて、何人も病室に入ってくる音が聞こえた。
「カエデ姉さん!」
最初に駆け寄ってきたのは豊だ。
「おかえり」
カエデは寝たまま声をかけた。
昼間よりも声が出しやすい。
「起こしても大丈夫ですか?」
ショウが背中に置くクッションを持ってきてくれ、水人の指導を聞きながら、豊がカエデの上体を起こしてくれた。
病室に来たのは、ショウ、豊、陶矢、カグラと水連町にいる幹部が勢揃いしている。
アーストとサン、ジーロの協力獣人たちもいる。
サンの首には包帯が巻かれているようだ。
「司令官は?」
この面子での作戦会議なら司令官もいるはずなのに、姿が見えない。
「司令官は出掛けています。お伺いをたてに。」
豊の返事に眉をひそめたのはカエデだけではなかった。
「どこにだ?」
ショウすら知らないらしい。
「解放軍を守るために今の段階では限定的なことしか話せない。
情報漏洩の心配じゃなく、解放軍の存続自体がかかってる。」
「どういう意味だ?司令官はどこに行ったんだ?」
「紫竜本家だよ。」
豊の返事に驚いているのは人間だけだ。
「どういうことだ?何が・・・」
「お伺いが終わるまで、私たちは何も聞かないわ。」
陶矢を遮ったのはサンだ。
サンは返事を待たずジーロを連れて病室を出ていった。
「アーストはどうする?」
豊が問いかける。
「隊長がこれから話すことは、紫竜の逆鱗に触れることはないんだよね?」
「僕にそんなことが分かると思う?」
「・・・動けないカエデを危険に晒されるのは困るよ。」
アーストは怖い顔だ。
「おい!アーストは知ってるのか!?どういうことだ?」
「落ち着け、陶矢。」
ショウが制止した。
「ショウ、お前も知ってるのか?」
「俺は何も知らないに等しいよ。ただ解放軍は今、カラス族も警戒する何かと繋がってるみたいだ。まずは豊の話を聞こう。
カエデ姉さんはどうしますか?」
「私が聞きたいわ。こんな姿で作戦会議にお邪魔してもいいかしら?」
「姉さんのお知恵も貸してください。司令官もカエデ姉さんを必要としています。」
答えたのは豊だけど、誰も反論しなかった。
「カエデがここにいるなら、僕もそうするよ。ただ、僕からは何も明かせないからね。」
アーストはカエデの枕元に立った。
「水人さんは?」
問いかけたのはカグラだ。
水人は幹部ではなく協力者なのだ。本来なら作戦会議には参加させられないけど・・・
「私は知っている側ですので、お邪魔にはならないかと・・・ただ、申し訳ない。私は何も話せないのです。」
水人も意味深なことを言う。
誰もそれ以上は追及せず、豊を見た。
「司令官が警戒しているのは紫竜だよ。紫竜の花嫁に干渉してはならない。これは人を含めた絶対のルールだ。破れば解放軍は皆殺しにされかねない。」
「何を今さら!?俺たちの目的の一つは紫竜に囚われた娘の解放だろ?」
「そんな娘は居なかったよ。俺が出会ったのは自分の意思で紫竜の隣にいる強い娘だった。」
「ヨウコに会ったのか!?」
これには豊以外の全員が驚いている。
「ああ。ジュウゴが狙っているのがヨウコだ。紫竜はジュウゴを探してる。俺たちもジュウゴを探してる。紫竜と利害が一致したんだ。」
「待て!待て!なんでジュウゴがヨウコを?いや、それ以前にヨウコが囚われてないって言う根拠はなんだ?」
「俺はそう思ったよ。ヨウコが紫竜・・・夫竜と一緒にいる姿を見て、ヨウコと話してみて。
司令官ももうヨウコの意思に反して人の世界に連れ戻そうとはしていない。
だから、紫竜は司令官がヨウコと繋がりを持つのを許した。
・・・俺が紫竜の元から生きて帰してもらえたのも、司令官と同じ思いを持ったからだと、俺は思ってる。」
「・・・それが今回の極秘任務か?」
「司令官の当初の想定は違ったよ。ジュウゴ捜索のために、極秘裏に紫竜と協力する、俺はその連絡係の予定だった。他の隊員には協力関係は知らせない。
そのつもりだったけど、カラスの訪問で事情が変わったよ。」
「昨日の、カラス補佐官が病院に来た件か?」
「そうさ。ショウ、昨日の出来事をここで共有してくれ。」
「分かった。・・・」
ショウが昨日の出来事を話してくれたが、カエデはにわかには信じられない。
カラス族長がお忍びで訪ねてきた!?
カラス軍はアーストを前にして大人しく帰って行った!?
「・・・ありえないだろ!?」
陶矢はショウと水人を交互に見ている。
「カラスの理屈ではありうることなんだろう。カラスも紫竜が怖いのさ。でも利用もしたい。だから、カラス族長自ら水人さんの顔色を伺いに来たんでしょうね」
豊は確信している顔だ。
水人は困った顔で黙っている。
「カラスはシリュウ族長夫人のお父様と呼んでいたな・・・」
「そう。獣人たちは水人さんをそう見てる。ジュウゴに協力している獣人もたぶん同じだから、獣人たちはもう水人さんを直接攻撃できないのさ。」
豊の言っていることが、カエデの中で段々繋がってきた。
だけど、それは・・・それを受け入れたら、カエデたちは、死んでいった隊員たちは一体何のためにこれまで・・・
「なんでだ?」
「紫竜族長夫人の逆鱗に触れたら怖いからだよ。最悪、カモメの二の舞になる。」
「カモメ!?豊は何の話をしてるんだ!?」
「カモメは族滅させられたんだよ、紫竜に。理由はカモメの一人がヨウコを殺そうとしたから。」
「カモメが!?なんでヨウコを?」
「さあ。もう知りようがないけど、大事なのはこの教訓だよ。
紫竜は一つの種族を全滅させるだけの力がある。その力は最近、ヨウコが殺されかけたことの報復に使われた。
ならば、ヨウコの家族が殺されかけたら、紫竜は動くのか?獣人たちは怖いんだよ。」
「・・・やっぱりあんたの娘さんか?」
ショウは薄々気付いていたようだ。
カエデも知っている。水人の娘は遠くの町の商人に嫁いだと言われている。
娘の息子は象族領まで水人を助けに行き、地下室で監禁されていたところを豊たちが救助したらしいけど、娘の娘は度々水連町に買い物にきているけど、肝心の娘は誰も見たことがないのだ。
「・・・娘は元気にしておりますよ。今年ようやく再会できました。娘の選んだ結婚を、私は祝福しております。」
水人は申し訳なさそうに答えたけど、カエデは言葉を失った。
豊と水人の話が事実なら、紫竜に拐われ、囚われている娘なんて最初から存在しなかったのだ。




