内通者
~豊の隠れ家~
11月のある日、ジーロに護衛されて、ツツジが豊のいる隠れ家までやって来た。
「お久しぶりです、隊長」
ツツジは相変わらず魅力的な笑顔を作る。
「今はもう隊長じゃない。豊でいいよ。」
「私にとっては恩人で偉大な隊長ですから、呼び捨てになんてできませんよ。」
「おだてないでよ。ツツジはこれから俺よりも危険な任務をするんだから。」
豊は苦笑いしながら答えた。
「私は詳しく知らされてないんですよね。囮役の訓練のために豊さんのところに行けとしか言われてないんです。」
「ああ。俺はジュウゴの狙う女の家にしばらく潜伏して観察してきたんだ。俺には今、その女のそばにいる獣人の匂いもついてるから、ツツジが俺のそばに居れば匂いが移るよ。
あとはその女の仕草とかしゃべり方を教えるよ。」
「・・・ジュウゴが特定の女を追いかけるとは思えないですけど?」
「司令官も懐疑的だったから、俺を潜伏させたんだ。ジュウゴは女を追って鷺領からワニ領に来た。女のふりが成功すればジュウゴを誘い出せるかもしれない。いや、もう水連町にいて、女の行方を探ってるかもな。
司令官によれば内通者によって俺が女のところに潜伏していた極秘任務はもうバレているらしい。」
「え!?そうなんですか!?まあ、私は司令官の命令に従うだけですけど、ちゃんと守ってくださいね。前任者はサクラだったらしいじゃないですか?」
「ああ。サクラも襲われたらしいな。だから司令官はツツジをこっちに避難させたんだ。水連町は危ない。」
「ここに来るのも危険でしたよ。ジーロさんにおんぶしてもらわなきゃ雪に埋もれて死んでました。」
ジーロとツツジは全身雪まみれで震えながら隠れ家にたどり着いたので、これは大袈裟ではないのだろう。
12月が近づき水連町の雪は次第に激しさを増している。
ジーロは体力のある若い雄狸だが、狸領にここまで雪は降らないのでジーロが出歩ける限界も来ているかもしれない。
「ジーロは疲れてあっちの部屋で寝ちゃいましたね。でも、私は寒くて眠れそうにないです。」
「隣の部屋の暖炉で湯を沸かしてあるよ。タオルもおいてる。ここにお風呂はないんだ。」
「ふふ。相変わらず準備がいいですね。」
ツツジは魅力的に微笑むと、隣の部屋に消えていった。
ツツジに会ってようやく豊は解放軍での日常に戻った実感が沸いた。
ツツジとは長い付き合いになったからか、ツツジの前では肩の力が抜けてしまう。
「ツツジ、ありがとうな。」
豊はベッドに腰かけて一人呟いた。
「ふふ。お待たせしました。」
30分近く後、戻ってきたツツジは身体にバスタオルを巻いているだけだ。
身体は濡れタオルで拭くことしかできなかったろうに、いつものいい香りがする。
「大胆だね?さすがにその格好は寒いだろ?」
「ふふ。すぐに温かくしてもらえますよね?今回は随分溜まってるでしょ?」
ツツジは微笑んで豊の隣に密着して座ると、豊のズボンに手を伸ばしたので、
豊はツツジの腕を掴んだ。
「あれ?自分で脱ぎます?」
ツツジは不思議そうに問いかけてきた。
「今日はすごくいい匂いがするね。」
「いつもの香水ですよ。忘れちゃいました?」
「どこの香水?」
「も~私寒いんですよ。そんな話はベッドの中でいいでしょ?」
ツツジは今度は可愛らしくむっとした顔を作った。
「この匂いはシリュウ香だろ?」
豊の問いにツツジは一瞬だけ顔を強ばらせた。
「なんですか?それ?」
「昔、俺とユリで盗んだんだ。策士の依頼でね。」
「そうでしたっけ?」
「お前はどこで手にいれた?」
「・・・ちょっと、顔怖いですよ。知らないふりしたこと怒ってます?
豊さんは私の仕事を知ってるでしょ?仕事のために司令官からもらったんですよ。」
ツツジは豊から逃れようと腕をひくけど、豊は強い力で腕を締め付けた。
「俺の相手も司令官の命令か?」
「痛!違いますよ。仕事で余ったから豊さんにも使ってあげようと思って・・・知ってるでしょ?これ以上の媚薬はないんですよ。」
「仕事で使ったなら知ってるだろ?シリュウ香は焚いて使うんだ、夜伽の最中にな。」
豊の言葉にツツジは驚いている。
これは演技じゃないようだ。
「なんで豊さんがそこまで知ってるの!?
・・・もしかして悪い女に使われちゃった?」
「今、まさにだよ。俺についた紫竜の匂いに怯えて獣人は使えない。だからジュウゴは人間の刺客を送り込んでくると思った。」
「え!?ちょっと!ちょっと待ってよ!?まさか私を疑ってるの?」
「いや、もう確信に変わったよ。お前がそこのドアの陰に置いたシリュウ香はジーロが消したよ。」
ツツジは驚いて扉を振り返ったが、そこにジーロはいない。
代わりに立っているのは
「し、司令官!?」
ツツジは大口を開けて驚いている。
シリュウ香の匂いに敏感に反応してしまうジーロはとっくに隠れ家外に避難済みなのだ。
「ツツジ、残念だわ。」
司令官は火を消したシリュウ香を手にしたまま無表情で告げる。
「ちょっ!ま、待って下さい!なんでここに!?違いますよ。私は司令官の命令でここに来たんじゃないですか!!」
「そうね。だけど、シリュウ香を使って豊を襲えとは命じてないわ。」
「違いますって!私たちがこういう関係なのは司令官もご存知でしょ?
久々に会ったからシリュウ香でいい思いさせてあげたいなって!」
「なら、あなたの鞄に入ってるワニの毒つきナイフは何?どこで手に入れたの?」
「・・・ご、護身用ですよ。」
ツツジはよく口が回る。
男を手玉にとりながら生き抜いてきただけある。
この才能を解放軍のためにだけ使うならいい女だったのに。残念だ。
「シリュウ香はどこで手に入れたんだ?」
豊は同じ質問をした。
司令官を前にツツジは同じ嘘はつけないだろう。
「仕事で相手した男から・・・盗んだことは言えないからさっきはとっさに・・・」
「お前、まさかジュウゴとも寝てんのか?」
豊は嫌悪感でいっぱいになった。
「違うわよ!誰があんなやつと寝るか!私は裏切り者のジュウゴと繋がってなんかない!」
ツツジはもう必死な様子だ。
作り上げた魅力的な女の仮面は剥がれ落ちている。
「これは龍希のシリュウ香ね。人間が簡単に手にできるものじゃないわよ。」
「リュウキ?誰ですか?私がどれほどの男を相手にしてるか知ってるでしょ?いちいち覚えてませんよ!」
「豊がシリュウ香に気づいた理由が分からない?私たちは紫竜と手を組んだの。ジュウゴの内通者は紫竜に差し出す約束なのよ。私たちよりよほど拷問に長けているから。」
司令官はずっと無表情だけど、それが逆に司令官の怒りの大きさを物語っている。
「ち、違いますって!私を疑うんですか!?私はずっと解放軍に尽くしてきて、今回だって危険な仕事を引き受けて・・・」
「ジュウゴはどこにいるの?」
司令官は銃を取り出してツツジに向けた。
豊が腕をつかんでいるので、ツツジは暴れても逃げられない。
「知りません。私が知ってるのは連絡係だけ」
ツツジはようやく白状した。
「誰?」
「カチカチ橋の肉屋にいる番頭です。」
「カエデが蕎麦屋にいることはどうやって知ったの?」
「監視役の獣人が尾行して突き止めたらしいです。」
「洗濯屋の火事はカグラが狙い?」
「いいえ。あそこには紫竜の間者がいるのでしょう?」
「豊を狙ったのはなぜ?」
「ワニ族領で桃を始末したんでしょ?
ジュウゴはショックだったみたいですよ。なのに、獣人たちはシリュウの匂いに怯えて暗殺を嫌がるからって。殺しは私の仕事じゃないのに、シリュウ香嗅がせて何回かやれば、男は疲れ果てて寝るから簡単だって唆されたんですよ。そのときにこのシリュウ香も渡されたんです!」
「嘘つけ!」
豊はツツジの腕をさらに強い力で握った。
「い、痛!痛い!ほんとよ!」
「お前はもっと前から俺と寝るときにシリュウ香の匂いをつけてたろ?」
「ちっ!違う!あれは豊さんを狙ってた訳じゃない!本当よ!」
「はあ!?じゃあなんで匂いをつけてたんだ?」
「ツツジと一緒に行動してた隊員が朝死体で発見されたことがあったわ。内通者の仕業だと思ってたけど、ツツジが寝首をかけるとは思ってなかった。シリュウ香は盲点だったわ。」
「テメエ!?」
司令官の指摘に豊は思わずツツジを怒鳴り付けた。
その事件は知っている。イグアナの神林や象族領の作戦の時に仲間の不審死が何件かあった。
「何よ!?生き残るためよ!どいつもこいつも私の身体しか興味なくて、誰も私を守ってくれないじゃない!」
「お前は解放軍を裏切った。同情なんかしねえよ。司令官、銃貸して下さい。」
ツツジの泣き顔を前にしても、豊の心は動かなかった。
怒りに任せて殴り付けたいところだが、仲間だった女相手だ、ぐっと我慢した。
「紫竜に引き渡さなくていいの?」
「紫竜の拷問にかけるのは肉屋にいる連絡係だけで十分かと。せめてもの情けですよ。」
「・・・豊の判断に任せるわ。」
司令官はそう言って豊たちに近づいてきた。
「ま、待って!ジュウゴの居場所を知りたいんでしょ!?連絡係だって知らないかも!私なら探れます!解放軍のためにスパイになります!」
ツツジは必死で訴えるが、司令官は無視して豊に銃を手渡し、ツツジと反対側に移動した。
「ま、待って!豊さん!おねが・・・」
パン
豊は無言で引き金を引いた。
「・・・終わりました?」
ジーロが扉を少し開いて覗き込んできた。
「終わったよ。悪かったな、外で待たせて。」
豊はジーロを招き入れようとしたが、ジーロは入ってこない。
「そんなに臭いか?」
「はい。こんな狭い部屋で一緒に居るのは無理です。おえ・・・」
ジーロは口を押さえて外に逃げて行った。
「大丈夫なんですか?俺も一緒に水連町に行っても?」
「ええ。それだけ匂いが強いなら、ジュウゴの部下達は紫竜の関係者だと思って探りに来るわ。囮役をよろしくね。」
司令官の考えは変わらないようだ。
「分かりました。この隠れ家はどうしますか?」
豊はコートを着て、まとめておいた荷物を背負った。
「燃やしていくわ。死体を辱しめる獣人もいるから。」
「せめてもの弔いですね。」
豊は棚から灯油の瓶を持ち出して、ツツジの死体の上にベットシーツをかけ、その上に灯油を全てまいた。
ガソリンほど燃えないが、ここにガソリンはないので仕方ない。
「このシリュウ香は持って行くわ。豊が使う?」
「ご遠慮します。」
豊はもうごめんだ。
シリュウ香の効力はヤバすぎる。
「冗談よ。龍希に返すわ。たぶん孔雀族から盗んだ物よね?」
「おそらく。紫竜は転売先を突き止めていないらしいので、策士が部下に使わせていたんでしょうね。」
「スゴいわね!?龍希はそんなことまで教えてくれたの?」
司令官は珍しく驚いている。
「いえ、見張り役の紫竜が・・・」
さすがに竜礼の名前は出せない。
「同じよ。龍希の部下でしょ?」
「・・・そうですね。龍希は同族の嘘も見抜けるらしいです。」
「羨ましいわ。私にもそんな能力があれば部下達を死なせずに済んだのに・・・」
「そんな化け物に仕えるのはごめんですよ。司令官は人のままでいて下さい。」
「ふふ。豊の言葉にはいつも励まされるわ。」
司令官は久々に笑ってくれた。




