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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第24章 豊編
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カラス族の訪問

~水連町~

巴衛が豊の隠れ家から水連町に戻ると、ショウが町門で待っていた。


ショウから巴衛に近寄っては来ず、巴衛に合図を送ると歩き始めたので、巴衛は距離を保ちながらショウの後を追う。



ショウは大通りをまっすぐ進み、病院の裏口に回ったので、巴衛は病院の正面玄関横の守衛室に向かった。


守衛室にも解放軍の仲間がいるので、巴衛は正面玄関から病院の中に入れた。


開業前なのに、今日の病院は騒がしい。

理由は病院に入る際に守衛に聞いた。つい先ほどカラス族長の補佐官が水人に会いに来たらしい。



巴衛は無人のトイレに入って、個室で着替えをし、顔も変装すると、水人の医務室に向かった。

水人は龍希のもとから町に戻った後、高額寄付者である芙蓉の父ということで、病院内に専用の医務室を与えられるとともに、病院の経営者の一人となっている。



~水人の医務室~

巴衛が水人の医務室に入ると、水人とショウ、それにアーストもいた。



「司令官、お帰り早々すみません。」


ショウと水人は変装後の巴衛の姿を知っているので、ショウはすぐに話しかけてきた。


「カラスの訪問者のこと?」


「そうです。族長補佐官が水人さんに会いに来たというので、先ほど水人さんが対応してくれたのですが、カラスは、司令官とアーストも同席させろと要求してきたそうです。」


カラス族は象族領から水人を救助する際に解放軍に協力したので、司令官と水人の関係は知っているが、象族の時にはアーストには言及してこなかった。



「今回の目的はアースト?」


「分かりませんが、カラスの補佐官は取引材料として火傷の治療薬を持ってきました。」


ショウが意外なことを言い出した。


「火傷の治療薬?」


「はい。私が先ほど見せてもらいました。かなり高価な薬です。これがあれば危篤のカエデさんは助かるかもしれません。」


水人はそう言いながら、心配そうにアーストをチラリと見る。



アーストがカエデに並々ならぬ感情を抱いていることを、カラス族も把握しているはずなので、カエデの治療薬を提示してきたとなると、やはりカラス族の目的はアーストのようだ。



「アーストはどうしたいの?」

巴衛は尋ねてみた。



「カエデが助かるなら僕はどうなっても構わないよ。カラス族を裏切った時点で覚悟の上さ。」



アーストは即答した。

正直、巴衛にはアーストがなぜここまでカエデに思い入れがあるのか分からない。

カエデ自身もアーストの本音は分からないと困っていた。



「司令官、俺は反対です。薬があってもカエデが確実に助かる保障はないそうです。戦力にならない隊員は切り捨てるのが解放軍のルール・・・」


「はあ!?ふざけんな!カエデを見殺しにするなら、僕はもう解放軍に協力しないぞ!」


アーストは怒ってショウに掴みかかった。



「アースト、ショウを離しなさい。私の指示に従うならカラスとの取引の場に同席させるわ。」



巴衛の言葉に従ってアーストはショウから離れたが、ショウは不満そうだ。



「ショウ、あなたは護衛として同席しなさい。アーストは隊員ではなく協力者、解放軍のルールを押し付けることはできないわ。

だけど、カラスが私と水人さんも名指しにしてきた以上、アーストとカラスの問題として終わる訳でもなさそうだから。まずはカラスの要求をききましょう。」


「承知しました。」

ショウは素直に従った。


「水人さんもすみませんが・・・」


「私にお気遣いは無用ですよ、司令官。病院内でトラブルが起きては困りますしね。」


「ありがとう」


巴衛は三人を連れて、カラスたちの待つ応接室に向かった。



~応接室~


「失礼します。」


巴衛を先頭に応接室に入ると、カラスは6人いた。2人は族長補佐官の制服を着た雌カラス、ほかはカラス軍人だ。


カラス補佐官の一人は、象族領で接触してきたサヤだけど、もう一人のサヤより年配の補佐官は初対面だ。



「嘘だろ!?なんでここに?」



声をあげたのはアーストだ。


「アースト?どうした?」


ショウが警戒した様子で問いかける。



「久しぶりね。」


アーストに話しかけたのはサヤでない方のカラス補佐官だ。

巴衛の記憶ではカラス補佐官の筆頭は雄だったはずだけど、この雌カラスは次席補佐官であるサヤよりも立場が上に見える。



「・・・先にお名前をお伺いしても?」


巴衛は2人の補佐官に向けて話しかけた。



「紫竜族長夫人のお父様には先ほど挨拶致しましたけど、ごめんなさい。改めて私からご挨拶いたします。」


答えたのはサヤでない方の補佐官だ。

彼女がサヤより上の立場ということになるが・・・なぜ謝るのだろうか?



「お忍びで参りましたので、先ほどは身分を偽りました。改めまして、カラス族長のアヤです。」



「は!?」

巴衛の背後でショウが声をあげた。


アーストが驚いていた訳だ。

まさかカラス族長自らがこんな形で出向いてくるとは・・・巴衛は表情にこそ出さなかったが、内心は驚いていた。



「私は先ほどご挨拶したとおり、族長補佐官のサヤでございます。後ろのカラス軍は護衛ですのでご挨拶は控えさせていただきます。」


カラス族長もサヤも巴衛ではなく水人に向けて挨拶している。

カラスたちは、巴衛よりも芙蓉の父である水人を格上と扱うということだろうけど、水人をこの場の責任者にする訳にはいかない。



「私が解放軍の責任者です。真名は捨てましたので司令官とお呼び下さい。」



「貴様!?カラス族長に名乗らぬとは何事か!?」


カラス軍人の一人が怒りの声をあげたが、カラス族長は振り返りもせず、片手を上げて黙らせた。



「許しましょう。ところで私が指名したのは3人のはずですけど?」


カラス族長は今度は巴衛に話しかけてきた。

ハヤブサ戦での敗戦を乗り切った族長だけあって切り替えが早い。



「護衛です。アーストとは協力関係であって私の支配下にあるわけではありませんので。奥様のお父様の安全のために同席をお許し下さい。」



「お父様のためとあらば、許しましょう。」


カラス族長はあっさり応じて丸テーブルの席についた。隣にサヤが座り、カラス軍人たちは2人の背後の壁際に控えている。


「水人さんは隣に。アーストは護衛と一緒に後ろね。」


巴衛がそう言ってカラス族長の向かいに座ると、水人が隣に座り、アーストはショウと並んで後ろの壁際に立った。



「先ほどお父様にはお伝えしましたけど、火傷の治療薬を持参してますの。解放軍の幹部の一人が火傷で危篤状態とお聞きしましてね。」


カラス族長はやはりカエデの負傷を把握しているらしい。



「失礼ながら、カラス族長が私の部下に情けをかけて下さる理由はなんでしょう?」


巴衛は単刀直入に尋ねることにした。

このカラスを目の前にして腹の探りあいは時間の無駄だ。



「愚問ね。解放軍は、族長夫人のお父様と、朝顔亭の妻の人族息子の警備をしているのでしょう?」


アサガオ亭の妻が誰なのか巴衛には分からないけど、先ほどの豊の話からするとおそらくは・・・人族息子とは洗濯屋に預けた結太のことだろう。



「奥様方から依頼を頂いたわけではありません。私どもが勝手にしていることです。」


巴衛が下手に芙蓉たちとの関係を仄めかせば、龍希やアサガオ亭の紫竜の怒りを買う危険がある。



「そう?まあ、いいわ。私の要求はシンプルよ。その勝手にまた便乗させてもらうわ。」



カラス族長は不敵に笑うが、巴衛はさすがに鵜呑みにできない。


カラス族がまた芙蓉に恩を売りたい気持ちは分かるが、その協力申し出のためだけにカラス族長自らがやってくるほどのメリットはないはずだ。



「私どもにとっては願ってもない申し出でございますが、治療薬までお譲りくださるのですか?」



「薬はおまけよ。そこのカラスをこの場に引っ張り出すためのね。」



やはりカラス族長自ら出向いて来た目的はアーストのようだ。


アースト自らが望んでいるなら、巴衛が止められることではないけど、同族の隊員を救うためにアーストを犠牲にしたなどと噂されては他の獣人たちとの協力関係にヒビが入りかねない。



「まずは司令官に質問するわ。ハヤブサ族と手を組んでうちと戦争したのはあんたの指揮?」


「はい。」

巴衛は誤魔化すつもりはない。

カラスと手を組む以上は避けて通れない過去だ。



「解放軍はカラス族を全滅させるつもりだったの?」


「いいえ。我らの目的はカラス族に囚われた奴隷の解放です。カラス族本家での毒殺はハヤブサ族の要望でした。」


「ハヤブサからそこまでの恨みを買った覚えはないのよね。」


「もうハヤブサ族とは関係を解消しましたので、庇うつもりはありませんが、私はカラス族の全滅とは聞いていません。ハヤブサ族の要望はカラス族長を暗殺してカラス族との戦争に勝つことでした。」


背後のカラス軍人たちは怒った顔で巴衛を睨んでくるが、カラス族長とサヤは無表情のままだ。



「アーストは解放軍に協力する見返りに何を望んだの?」



「私は自由と聞いております。カラス族長を殺してカラス族が敗戦すればアーストは自由になれるからと。」


「カラス族は負けたけど、私は生きてるわ。まだアーストの目的は果たされてないのかしら?」


「それは私には分かりかねますが、解放軍の目的は果たされましたので、解放軍にはもうカラス族を攻撃する理由はありません。」



「ならアーストの発言を許すわ。」

そう言ってカラス族長はアーストに視線を向けた。


「僕の回答に意味があるとは思えないけど、僕は離婚して自由になれたから、解放軍に協力した目的は達成したよ。

今はもうカラス族にも族長にも敵意はないし、薬をくれるなら喜んでこの首を差し出しましょう。」


アーストの返事にサヤとカラス軍人たちは驚いているが、カラス族長だけは微動だにしない。



「目的を達成したのに、なんでまだ解放軍に協力してるの?」


「僕に自由を教えてくれた恩人のためだよ。」

 

「その恩人が望めば、あんたはまたカラス族に刃を向けるの?」


「もちろん。」


アーストは死ぬ覚悟を決めているのだろう。

カラス軍人たちに殺気を向けられても、取り繕う気はないらしい。



「自由になりたきゃ一人で死ねばよかったでしょ?」


カラス族長だけは無表情のままアーストに質問を続けているが、巴衛にはカラス族長の意図が分からない。



「僕は恩人のそばで生きたいんだ。彼女のために命がけで働くことが今の僕の自由で幸せなんだ。」



「・・・」

誰も口を挟まないが、きっと巴衛に限らずここにいる全員がドン引きしていることだろう。


カラス族長はもうとっくにアーストをみかぎっているだろうけど、それにしたって、元妻にそんなことを言う!?


それもこんな局面で?

アーストがカラス族長を挑発してるとは思えないけど、こんなことをわざわざ伝えるメリットもないだろう。



「・・・あんたの本音はたぶん初めて聞いたけど、何を言ってるのか理解できないわ。」



カラス族長は初めて表情を変えたが、ドン引きしている顔だ。

隣に座るサヤは嫌悪感を顕にしている。



「誰にも理解できないよ。僕の美学は。」


アーストは気にしていない。



「アーストの恩人とやらはあんたの支配下なの?」

カラス族長は巴衛に問いかけてきた。


「はい。」


「解放軍はもうカラス族を標的にしてないのね?」


「はい。アーストを守るために戦うつもりもありません。」


「紫竜族長がアーストの指名手配権を買い取ったのは解放軍の差し金?」


「いいえ。そんな進言をできる立場にはありませんし、その件は全く関与していません。」


巴衛は全く知らないことなのだ。



「そう。カラス族はお父様と人族息子の警備について解放軍と協力するわ。薬を渡す代わりに奥様方によろしく伝えておいてね。

連絡担当者はサヤよ。」



「カラス族長のご要望はそれだけですか?」

巴衛は思わず尋ねた。


「ええ。そこのバカの首はもう要らないわ。」



「ぞ、族長!?それでは軍部の面子が!見逃す理由はありませんよ!」



背後のカラス軍人たちは顔色を変えて抗議するが当然だろう。

アーストの首を持ち帰れば、カラス軍の不満はかなり押さえられるはずだ。反対にカラス族長にはアーストを生かすメリットがない。



「紫竜族長はアーストの指名手配権を買い取った。それには理由があるはずよ。その理由を突き止めるまでアーストは殺せない。帰るわよ。」


カラス族長は立ち上がり、サヤは薬をテーブルに置いて立ち上がったが、カラス軍人たちの殺気はおさまりそうにない。


背後のショウは銃を手にしている。

病院でカラス軍人が暴れるなら、アーストだって病室のカエデを守るために応戦するだろう。



「畏れながら・・・カラス族長殿に一言よろしいですか?」



殺伐とした空気の中、声をあげたのは水人だ。



「なんでしょう?紫竜族長夫人のお父様?」


カラス族長は立ち止まって水人を見る。



「象族領でも私の救助のためにカラス族にご協力頂いたと伺っております。遅ればせながらお礼申し上げます。

解放軍に警備してもらっているのは娘の意向ではなく私の希望でございます。

ですが、ありがたいことに娘はこんな老父でも気にかけてくれておりまして、時折、孫たちを寄越して様子を尋ねてくれるのです。

貴重なお薬を頂戴しましたこと、私の警備もしてくれているアーストに情けを頂戴しましたことを私は忘れません。」



「・・・」


カラス軍人たちの殺気が消えた。



水人は芙蓉を利用することは好まないけど、この場をおさめるためにはやむなしと判断したのだろう。



「奥様によろしくお伝え下さいませ。」


カラス族長はそれだけ返事して部屋から出ていき、サヤとカラス軍人たちは無言で退室していった。


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