スミレの仕事
11月のある日、龍空が新妻白鳥とともに結婚の挨拶に来たので、龍希は妻とともに応じた。
「白鳥族のネリスと申します。奥様、どうぞよろしくお願い致します。」
挨拶する白鳥は緑のドレスを着て、真珠のアクセサリーをつけている。
たぶん三輪が龍空の買い物を手伝った物だろう。
これのせいで三輪は龍灯の白鳥妻から嫌がらせを受けたらしいが、妻の命にかかわる嫌がらせではなかったので、今回は龍希は干渉しないことにした。
龍緑はかなりキレていたが、龍灯は平謝りで三輪に詫びを渡すと言ってたし。
あの2人ならうまく解決するだろう。
赤紫のドレスを着た妻はにこやかに対応してくれているけど、今朝もまだ元気がなかった。
象妻の死にかなりのショックをうけているらしい。
妻は何も悪くないのに、龍希は妻の慰め方が分からない。
「ネリスさん、もうすぐ私主催のお茶会をするの。参加してくれた奥様にはプレゼントがあるから、ぜひ来てね。」
「え!?は、はい!もちろんでございます!新参者の私をお誘い頂けるなんて感激です!」
何も知らない白鳥妻は本当に喜んでいるようだ。
こちらのもくろみ通り、この後、方々で言いふらすだろう。
何とも回りくどい気もするけど、三輪が思い付き、芙蓉とユリの3人で固めた作戦らしいので、龍希は黙って手伝うことにした。
龍空も珍しく協力的だ。芙蓉たちの作戦には興味はないが、芙蓉からのプレゼントは新妻のご機嫌取りになるからと言っていた。
「失礼いたします。」
挨拶を終え、龍空夫婦は応接室を出ていった。
「芙蓉、お疲れさん。ありがとうな。」
「いいえ。これも族長の妻としての務めですから。それよりあなた。まだお時間ありますか?」
「・・・う、うん。」
なんだろう?
妻は作り笑顔のままだけど、怒気が出てきた。
俺なんかした?
「まだ三輪が私たちのところに居た時に、あなたから三輪にボーナスとして桜の香水をあげたこと覚えてる?」
「え?ああ。覚えてるというか今回思い出したよ。」
数日前、龍希も三輪から温室でユリのおくるみを見つけた経緯を聞いたのだ。
「三輪に私と同じ香水をあげたのは、私の身代わりにするつもりだったから?」
「え?芙蓉も気付いてたの?」
龍希は驚いた。
あの当時、妻は気付いていないと思ってたのに。
「・・・私が三輪のことを大切に思ってたのは知ってたわよね?」
「も、もちろん。なんで怒ってるの?」
「はあ!?身代わりにしようとしたからよ!なんでそんな危険なこと!?」
妻は作り笑顔を止めて怖い顔になったので、龍希は焦った。
「え?危険かな!?み、三輪は龍緑に気がありそうだったからいいかなって。ダメだった!?」
「え?龍緑?何の話?」
妻は怪訝な顔になった。
「え?三輪に同じ香水つけて龍緑に引き取らせようとしたことだよね?」
「は?何の話?私が言ってるのは、暗殺者に狙われていた私の身代わりにしようと、三輪に香水を贈ったことよ!?」
「はい!?そんなことしてないけど?」
今度は龍希がキョトンとしてしまった。
「え?待って。三輪が私と同じ香水をつけたら、なんで龍緑様が引き取ることになるの?」
妻は龍希が嘘をついてないと分かったのか、怖い顔はやめてくれた。
代わりにとても困った顔になっている。
「・・・あいつは当時、独身だったのに、何年も縁談拒否でさ。芙蓉に手を出したら困るから、人族の妻が欲しいなら代わりに、と思って。」
「はい!?龍緑様は私に何の興味もないでしょ?」
妻は本当に呆れているようだ。
どうやら気付いていなかったらしい。
まあ、あの当時、龍希がいくら龍緑が芙蓉に興味を持っていると言っても、一族の誰も信じてくれなかったので、仕方ない。
「俺は不安だったの。竜夢をせっついて龍緑を結婚させようとしてもあいつはどの縁談も拒否でさ。
そんな時、三輪が龍緑に好意を抱いてるみたいだったから・・・」
竜湖に相談しても、そんなバカな作戦がうまくいくわけないと大笑いされたけど、龍緑は結局、三輪を選んだのだ。
まあ、その理由は竜湖の嫌がらせから芙蓉と三輪を守るためだったと後から判明したので、龍希の作戦勝ちではなかったけど、龍緑はすっかり妻の三輪に執着しているので結果オーライだ。
「三輪は龍緑様に気があったの?私にはそんな話は一度も・・・確かにイケメンだけど・・・」
「他の雄を褒めるの辞めて」
龍希は反射的に大きな声が出た。
「あ!ごめん。・・・本当に三輪を危険にさらすつもりはなかったの?」
「ないよ。芙蓉のお気に入りにそんなことさせないよ。
う~ごめん。でも竜湖に騙されて、三輪を芙蓉から離して結婚させた俺の言うことなんて信用できないよな?」
「ううん。あなたの話は信じるわ。
私こそごめんね。あなたの話も聞かず疑って・・・」
今度は妻が落ち込んでしまった。
「いいんだよ。あの当時、芙蓉には何も相談してなかったんだから。」
「相談したら、私が龍緑様に興味を持つかもって心配したんでしょ!?」
「え!?なんで分かるの?」
龍希は驚いた。
「分かるわよ。何年、嫉妬深いあなたと連れ添ってると思ってるの?」
妻は呆れているけど、もう怒気は出していない。
「人族は龍緑みたいな顔が好きなんだろ?」
「否定はしないけど、私の好みとは違うわ。私はあなたの顔の方が好きよ。」
そう言って微笑む妻から悪意は出ていないので本音らしい。
「芙蓉~」
龍希は嬉しくて妻に濃厚なキスをした。
~紫竜本家 使用人向け食堂~
「あ!スミレ~」
スミレが掃除を終えて、食堂でクッキーを食べていると、侍女見習いの服を着たワニの子が駆け寄ってきた。
「お疲れ、テン」
スミレは目の前の椅子を進めた。
ワニの子と居た方がクッキーを守れそうだ。
さっきからずっと食堂にいる使用人たちはスミレのクッキーをジロジロと見てくるのだ。
力ずくで奪われなくてすんでいるのは、クッキーの袋に族長のマークがあるから。
これは特別労働の報酬として紫竜族長から与えられた証なので、力ずくで奪えば族長の怒りを買うと言われているのだ。
とはいえ、一人でいれば危ない。死人に口なしだ。
「わ!おいしそ~いいなぁ。買ったの?」
テンは袋の印に気付いてないらしい。
「ううん。大変な掃除のボーナスとしてもらったの。」
スミレは袋の印を指差した。
「へ~すごいね。」
テンは物欲しそうにクッキーの包みを見ている。
『まあ、こいつでいいか。』
スミレは仕事を始めることにした。
「ここの牛乳おごってくれるなら、クッキー5枚あげるよ。」
「ほんと!?牛にゅうっていくら?」
新参者のテンは食堂での買い物に慣れてないらしい。
「100円だよ。お茶のコーナーで買える。冷たい牛乳にしてね。」
「オッケー」
テンはすぐにお茶のコーナーに走っていき、カップに入った牛乳を持ってきた。
「はい。牛にゅう」
「じゃあクッキー5枚ね。好きなの選んでいいよ。」
「ほんと!?やったー」
テンは包みからクッキーを5枚とると一口で食べてしまった。
「おいし~」
テンはなんとも幸せそうだ。
「運がよければテンももらえるよ。仕事は大変だったけど。」
スミレもクッキーを食べながら会話を続ける。
「どんなお仕事?」
テンは興味津々だ。
食堂は静かになっている。他の使用人たちも聞き耳をたてていることだろう。
「西の倉庫で香水瓶がいくつも割れてすごい臭いでさ。鼻のいい獣人じゃ掃除できないからって私が呼ばれたの。
やばかったよ。倉庫の窓全部開けても臭くて臭くて・・・まだ鼻がおかしいもん。」
「え?それが特別なお仕事なの?」
テンは首をかしげている。
「私はよく分かんないけど、族長からごほうびもらえたってことは族長の奥様の香水だったのかも。高そうなガラス瓶に入って、リボンまでついてたし。同じ香水が1ダースもあったのよ。」
「族長のおく様ってそんなに香水使うの?」
「知らないけど、香水好きなんじゃない?なんか最近、スイレン亭の妻が族長の奥様から香水もらったってよろこんでたらしいよ。」
「へ~でも割れたんでしょ?」
「族長ならすぐに買い足せるんじゃない?それよりも奥様の香水なら落として割った使用人はどんなばつを受けたのか気になるな。」
「食事抜きとかかな?」
テンにとってはこれが嫌な罰らしい。
「さあね。それならかなり軽いね。テンも気をつけなよ。族長の怒りにふれたら怖いらしいから。」
「私なんか会うこともないよ。族長のおく様の荷物になんか近寄らせてももらえないって」
「それもそうね。」
スミレは同意しながらクッキーを食べ終えた。
「スミレはゆっくり食べるね。」
「テンが早すぎるのよ。私の口はちっちゃいの。」
「牙もないの?」
「ないよ。私の身体は匂い以外は人族と同じらしいの。」
「私と同じだ。私も匂い以外はワニと同じなんだよ~フクロウのお医者さんが教えてくれた。」
テンはもう香水の話には興味がなくなったらしいけど、スミレはもう十分仕事を果たしたはずだ。
使用人たちの噂話は広がるのが早い。
それも尾ひれがついて。
きっと明日には族長の妻が他の妻にプレゼントする予定の香水瓶が割れたと噂になるだろう。
『うまくいったら、龍陽様からごほうびもらえるかな?』
スミレは内心期待しながら牛乳を飲み干した。
登場人物紹介も更新しています。




