侍女見習いのテン
「じゃ~次は私の番。黄虎のことは知ってる?」
竜礼が前に出てきてユタカに問いかける。
「ほぼ何も知りません。見たこともありませんし、解放軍からはオウコとは関わるなと言われています。」
ユタカの言葉に嘘はないが、こいつは黄虎の眷属の情報をネタに龍緑に取引を持ちかけてきたのだから、解放軍の指示とは別に動いている。
「なんで関わっちゃダメなの?」
「危険だから、と聞いております。解放軍の獣人はオウコの眷属を前にしても震え上がっておりました。」
「ふーん。ねえ、黄虎族長が人族との間に子どもを作ったことは知ってる?」
「・・・」
営業スマイルを浮かべていたユタカは無表情になった。
「その人族に心当たりない?」
竜礼は気にせず問いかける。
「ございません。」
ユタカは即答したけど、わずかに悪意が出たので
「竜礼殿」
龍緑は仕方なく声をかけた。
「ユタカ、今、嘘ついた?」
「・・・その相手がどこの誰かは知りません。」
今度は悪意は出なかったけど、
「心当たりを教えてよ。」
竜礼はなおも迫る。
「・・・オウコは人とは似ても似つかない姿をしていると聞いています。普通の方法では人と子作りなど無理でしょう。となれば、人工授精・・・」
ユタカは意外なことを言い出したけど、
「それはないわね。」
竜礼が食いぎみに否定した。
「なぜですか?」
ユタカは怪訝な顔をしている。
「黄虎族長は、子作りの相手を務められない雄と子どもなんか作らないわ。」
竜礼は言い切ったが、龍緑も同感だ。
族長に限らず黄虎がそんな子作りをするはずがない。
「・・・ならば、私に心当たりはありません。」
この言葉も嘘ではないけど、手がかりはなくなってしまった。
「獣人同士ならどうなの?雌の人族から生まれた混血獣人は知ってるでしょ?」
竜礼はなおも問いかける。
「知っておりますが、男の人族から生まれた話は聞いたことがありません。」
「そうなのよね~それはなんでなの?」
「なんで!?私の知る限り、女の人族は自ら望んで混血獣人の子ができた訳ではありません。生物的な違いと言いますか・・・男の人族とは無理やり子どもを作る手段がないから、かと。」
龍緑と話している時は生意気だったユタカは、竜礼の意図が分からないのか警戒した様子で答えている。まあ、龍緑も竜礼が何でこんな話をしてるのか全く分かっていないけど。
「・・・私もユタカと同じように思ってたんだけどね~それだと黄虎が子どもを作れた理由が説明できないのよ。」
竜礼は珍しく困った顔だ。
「申し訳ないですが、その件について私にお手伝いできることはないです。」
ユタカはこの話題から離れたいようだ。
「・・・雌の黄虎にできて、私たちにはできないことなんてないと思わない?」
『竜礼は何を言ってるんだ!?』
龍緑はツッコミそうになったが、なんとか飲み込んだ。深入りしてはいけない。
ユタカも察したのか青い顔になって黙り込んでいる。
「そんな警戒しないでよ。族長の客人に乱暴なことなんてしないわ。」
竜礼の作り笑顔が怖い。
「・・・人探しこそ、貴族にご依頼されてはいかがです?」
こんな竜礼を前にしても、会話を続けられるとはユタカはなかなかに肝が据わっている。
「無理なのよ~うちの族長は人族を警戒しててね。公式の取引すらさせてくれないから、縁談なんてもってのほか。」
「解放軍はもっと族長から警戒されていますよね?」
「過去の話よ~最近の族長は解放軍の人族には目をかけてるみたいでね。ユタカを生きて帰そうとしているのも、今後も解放軍を利用したいからよ。」
「今回はたまたまお役にたてましたが、リュウレイ様がお探しの人間は見当もつきません。」
「そう~?残念。
あ!そうそう~族長が今回のユタカの働きの褒美と、今の状況の補償金を払うって。何が欲しいか考えておいてね。」
竜礼は意外にも引き下がった。
「・・・ありがとうございます。考えておきます。」
ユタカはまだ警戒している顔だが、何はともあれ竜礼の会話は終わったようだ。
「さてと、では次は口封じの呪いだ。もうすぐ藍亀が来る。」
龍緑はようやく二つ目の本題に入れた。
~紫竜本家~
11月のある日、侍女見習いのスミレはいつものように制服を着て、厨房でお皿を拭いていた。
今日は茶犬の侍女が指導役だ。パンチという名前らしい。パンチはスミレに厨房の仕事を言いつけるとどこかに行ってしまった。
パンチが戻るまでにお皿拭きを終えなければならない。
スミレは孤児で混血獣人だけど、ほかの混血獣人ほど虐められはしない。
スミレの見た目が族長妻と同じ人族に似ていることと、象族領でスミレを拾ってくれた族長の若様が時々様子を見にきてくれるからだ。
「終わった?」
皿拭きが終わって調理台の掃除をしている頃、パンチが戻ってきた。
初めて見るワニの子を連れている。ワニの子はスミレと同じ侍女見習いの制服を着ている。
「じゃ、ついてきて。」
パンチについていくと、客間のエリアを抜けて風呂に着いた。
パンチは2人に掃除を言いつけると、またどこかに行ってしまった。
「・・・おえ」
ワニの子は風呂に残った雄竜の匂いに吐きそうになっているけど、客間に比べたらましだ。
特に妻との子作りに使われた客間は匂いがヤバく、鼻の悪いスミレですら吐いてしまった。
一緒にいた犬の混血獣人の侍女見習いは気絶していた。
「まど開けて」
スミレはワニの子に声をかけて風呂の栓を抜いた。
換気して、風呂の湯がなくなると匂いはもう気にならなくなったけど、ワニの子はまだ気持ち悪そうだ。
匂いに慣れずにこの仕事を辞めていく獣人は多い。逆に匂いへの適応が早いと上司に目をかけてもらえ、執事や竜付き侍女への昇進の道が見えてくるらしい。
「私はお風呂のそうじするから、あんたはモップでそっちの床をそうじして。」
「あんたじゃない、テンだよ。」
「私はスミレ。よろしくね、テン」
スミレの回答がよかったらしく、テンはモップを持って風呂場の床を掃除し始めた。
スミレは空になった浴槽の中に入り、スポンジで擦った。
「ね~スミレはなんでここではたらいてるの?」
テンが話しかけてきたので、スミレは手を動かしながら答えた。
「行き倒れていたところをここの族長の若様に拾ってもらったの。」
もう侍女見習いの中では有名な話かと思っていたけど、テンは驚いている。
「そうなの!?私はここの族長の奥様に拾われたらしいよ。」
「え!?そうなの!?」
今度はスミレが驚いた。
「うん。でも私は覚えてないんだ。目をさましたらここのイムシツ?でねてて。ワニ族領で行きだおれてたところを拾われたらしいんだけど、記おくソウシツ?とかいうやつらしいの。」
「何にも覚えてないの?」
「うん。自分の名前も分からなくて、持ち物もこのペンダントだけだったらしいし。」
テンはそう言って首にかけた古びたペンダントを見せてくれた。
飾りもなく粗末な金属でできているようで価値はなさそうだ。
「テンには大きすぎない?」
「うん。このペンダントはね、たぶん私のお兄ちゃんのなの。この中にお兄ちゃんの写真と、写真の裏に名前が書いてあったの。
私、ここでお金をためて、大人になったらお兄ちゃんを探しにいくんだ。」
「・・・生きてるの?そのお兄ちゃん?」
「分かんない。でもワニ族領に行けば写真と名前が分かるから見つかるかも。」
テンは嬉しそうに話すけど、スミレは冷めていた。
ワニ族領に行ったところで混血獣人のテンは迫害されるに決まっているのに。
兄が混血獣人ならもう死んでるだろうし、純血のワニなら混血獣人のテンを歓迎するわけもない。
でも、まあそれをテンに教える義理もない。
むしろ恨みを買うと面倒くさい。
「ね~スミレはお金ためたら何するの?」
「おかし買う」
「ちがうよーここを出られるくらいのお金をためたら、だよ!」
「私は出ないよ。」
スミレは外の世界にいい思い出なんてない。帰る場所も、探したい家族もいない。
「え!?ずっとここにいるの?」
テンは驚いている。
「そうだよ。ここはご飯おいしいし、お風呂にも入れるし、お金もらえておかし買えるし。」
「でも・・・仕事大変じゃん?」
「私は匂いには強いの。本家よりもオスリュウの巣の方がもっとお金もらえるらしいし。」
スミレの目標は本家を離れて、雄竜の巣勤めになることだ。
できれば、スミレを拾ってくれた族長の若様のところがいい。
本家の使用人たちには嫌われてるけど、こんなスミレを時々気にかけて見にきてくれるし、象族領にいた時にこっそりお菓子をくれたりした。
「変なの」
テンはほかの侍女見習いたちと同じ顔になっている。
「気前のいい主だとおこぼれくれるらしいよ。とってもおいしいおかしとか果物とか。高いものほどおいしいんだって。」
「・・・ちょっといいな。」
「ちなみにここのそうじ終わらないとお昼ごはんもらえない。」
「わ!やるやる!」
おしゃべりに夢中になって手が止まっていたテンは慌てて掃除を再開した。
スミレは掃除しながら喋っていたのでもうすぐ終わる。
でもまだやることはある。
シャンプーの補充の確認とか棚の掃除とか。
見習いはとにかく掃除ばかりだ。
指導役に認められると、今度は調理や配膳とか、妻が使用する部屋の掃除や荷物の運搬もできるようになるらしい。
族長妻には限られた侍女しか寄り付けないらしいけど、同じく象族領でスミレに優しくしてくれたユリにはまた会えるかもしれない。
ユリは時々、夫に連れられてこの本家に泊まっているらしいのだ。
スミレには家族はいないけど、会いたい相手はいる。
それはスミレにとって幸せなことだった。




