魂の旅
鳳雁が別荘の人族の治療をしている頃、龍栄が妻を連れて本家に戻ってきた。
~本家 シュグの医務室~
「やれやれ。私、後継候補なんですけど、紫竜はこき使いすぎではありません?」
治療が終わるなり呼び戻された鳳雁は不機嫌だが、龍栄の依頼には応じるらしい。
「妻の魂を連れ戻すのは私には出来ません。できる獣人を紫竜の責任で連れてきて下さい。」
「いや、誰だよ?てか獣人にできるのか?」
「獣人にしかできません。ですが、妻が嫌いな相手では連れ戻しはできないでしょうな。」
「・・・」
龍希は困って龍栄を見た。
「竜紗、どうだ?」
龍栄にも心当たりはないようだ。
「えっと、奥様の家族は亡くなっておりますし、象の子もいませんし・・・象の侍女も、奥様が心を許されてる感じは・・・」
竜紗も困っている。
「鳳雁、その獣人はいつまでに見つけてくればいいんだ?」
「妻の肉体はもって半日ですな。」
「はあ!?半日したら死ぬってことか?」
「はい。肉体が死んだらもう魂は連れ戻せません。しかし魂が戻らないと、私は肉体の治療ができない。」
「・・・竜紗、俺の妻を呼んでこい。ワニのところで仲良くしてたみたいだから、何か知恵を出してくれるかもしれない。」
龍希の命令に龍栄と竜紗は驚いた顔になったが、竜紗はリュウカの部屋に走って行った。
芙蓉はかなり象妻を心配していて、治療のためにできることがあるなら何でもしたいと訴えていたのだ。
「失礼します。」
竜紗に呼ばれて芙蓉は夫たちのいる医務室にやって来た。
ベットには意識のないカモミールが寝ており、そのそばに夫、龍栄、鳳雁がいる。
「奥様、ご機嫌よう。」
「鳳雁様、先日はありがとうございました。」
ワニの地下道?で何度も芙蓉を助けてくれたのは鳳雁の部下のタンチョウだったので、芙蓉は頭を下げた。
「いえいえ、ご丁寧にどうも。さて、私からご説明してよろしいか?」
鳳雁の問いに夫は無言で頷いた。
「龍栄殿の妻は肉体から魂が離れて死ぬ寸前に夫竜たちがストールを使って魂がかろうじて肉体に繋がっている状態です。肉体にはもう魂を呼び戻す力は残っていませんので、誰かが妻の魂を肉体まで連れ戻す必要がございます。
妻の魂を連れ戻せそうな、仲のよい獣人をご存知ですか?
肉体に魂が戻ってこないと私は治療ができないのです。」
鳳雁の説明に芙蓉は驚いた。
人の世界では、人は死ぬと肉体から魂が離れてあの世に行くという信仰があるけど、鳳雁の説明はよく似ている。
「その誰かはカモミールさんのご家族とか、親しい方ということですか?」
「私には獣人のことは分かりかねます。紫竜も同じようですので、奥様のお考えがそうなら、おそらくそれが正しいのでしょう。」
鳳雁は歯切れが悪いけど、とりあえずは信じるしかない。
「カモミール様のご両親は?」
芙蓉は夫たちに尋ねてみた。
「すでに亡くなっております。」
竜紗が答える。
「お父様も?カモミールさんは、象族長は本当の父ではないと・・・」
芙蓉の問いに夫だけでなく竜紗も驚いている。
「え?奥様がそんなことを?先代象族長が実父です。奥様は長らく隠し子として、象族長とは交流もなくお育ちでしたが、血筋は確かです。」
「え?そうなのですか?」
芙蓉は驚いた。
カモミールは嘘をついているようには見えなかったけど、カモミールの勘違い?
「カモミールさんの幼なじみとか仲のよい象は?」
「象族に調べさせるしかありませんが、時間が・・・」
芙蓉が思い付くことは竜紗がすでに検討済みのようだ。
「・・・鳳雁様、その魂の連れ戻しは私にもできますか?」
「え?」
「え!?」
「え!?芙蓉!?」
夫たちは驚いているが、鳳雁は営業スマイルをはり付けたままで微動だにせず答えた。
「可能ですよ。ですが、奥様の命に関わりますので、夫竜が許すならですが。私は紫竜族長に殺されたくありませんので。」
「芙蓉!?何言ってんだ!?」
案の定、夫は狼狽えている。
「どんなことをすればよいのか、もう少し詳しく教えて下さいますか?」
「もちろんです、奥様。私の術で奥様の肉体から魂を取り出しますので、龍栄殿の妻の魂を追いかけて連れ戻して下さい。成功すれば、お二人とも魂が肉体に戻ります。
仮に龍栄殿の妻の魂は戻らなくとも、奥様の魂が肉体に戻って来られれば奥様は大丈夫です。
しかし、奥様の魂も迷子になり肉体に戻れなければ、奥様も死にます。」
鳳雁の話はまるで夢物語だ。
だけど、芙蓉は夫との長い婚姻生活で、神獣たちは芙蓉の想像を遥かに越える力をもっていることを知っている。
「そんな危険なことしなくていいんだ!」
夫は青い顔で止めてきたけど、
「私にはカモミールさんを連れ戻せるか分からない。カモミールさんは懇意にしてくれたけど、私が族長妻だから気を使っていただけかもしれない。
でも、ここで何もせずに見殺しにしたら私は私を許せないの。あなたが反対しても私はやるわ。」
「え!?芙蓉・・・」
夫は呆然としているけど、芙蓉は譲れない。
カモミールは芙蓉を庇って死にかけているのだ。
それにもう芙蓉は他の妻を見殺しにして後悔したくない。
「ぞ、族長!?」
竜紗は困った顔で夫と龍栄を交互に見ている。
龍栄が反対することはないはずだ。
だけど、夫を説得してくれるだろうか?
「俺の妻が死ぬ危険はどのくらいあるんだ?」
夫は鳳雁に尋ねる。
「奥様が自ら死を望むことでもなければ大丈夫なはずです。ちゃんと魂が肉体に戻ってこられるようできる限りの加護はつけます。」
「妻の魂が攻撃される危険はないのか?」
「肉体から離れた魂は、同じく肉体を離れた魂にしか見えず、干渉できないと言われています。龍栄殿の妻が奥様を道づれにでもしない限り、奥様の魂は安全ですよ。」
「・・・お前の術は獣人にしかきかないのか?俺や龍栄には?」
「紫竜に使ったことはありませんが、竜が追いかけてきたら妻はあの世に逃げたくなるのでは?」
鳳雁はとんでもない口撃をしてきたけど、夫も龍栄も反論しない。
龍栄の前だから言えないけど、芙蓉から見ても仲のよい夫婦には見えなかった。
かつて紫竜の妻を辞めるために死を選んだ妻もいたくらいだ。
「ぞ、族長。これは一族の会議で決めるべきです。族長の奥様と龍栄様の奥様の命がかかっていますので、ここで結論が出せることでは・・・」
竜紗が余計なことを言い出したけど、たぶん時間稼ぎだ。
夫の一族はおそらくカモミールを切り捨てるだろう。
「私が死ぬリスクはないわ。カモミールさんは私を道づれにしたりしない。命懸けで私を助けてくれたんだもの。鳳雁様は夫竜が許すなら術をかけると仰っているのです。あなた、いいですよね?」
「奥様!?いけません。奥様に万一があれば族長が・・・どれほどの損害が我が一族に生じることか!?考え直してくださいませ!」
竜紗は顔色を変えて止めてきた。
「でも会議をしている間に、カモミールさんの治療が間に合わなくなったら竜紗様が責任をとるの?」
「え?え?私ですか?いえいえ、会議は族長が招集されるものなので・・・」
竜紗の反応は予想どおりだった。
竜紗とも長い付き合いなので、彼女の性格は知っている。
長年、竜湖のそばにいたせいだろう。竜紗は自分で決められない。必ず誰かの判断に委ねるのだ。
「・・・芙蓉は帰ってきてくれるよな?」
夫はまだ悩んでいるけど、昔に比べれば大きな進歩だ。
「もしも私の魂が迷子になったら、今度こそ迎えにきてね。」
芙蓉は夫に微笑んだ。
「も、もちろんさ!今度は絶対に追い付くからな!」
夫はようやく応じてくれた。
「立派なご覚悟ですな。」
鳳雁は営業スマイルから関心した顔になって芙蓉を見てくるけど、彼の心のうちは分からない。
「では奥様、私の羽を一度お返し下さい。」
「はい。」
芙蓉は鳳雁の羽を取り出して夫に渡し、夫が鳳雁に手渡した。
鳳雁が羽に息を吹き掛けると、羽が深紅に光り始めた。
「こちらを左手で持ち、決して離さないで下さい。この羽があるかぎり、奥様の魂が肉体を見失うことはありません。」
鳳雁はそう言って芙蓉に羽を手渡した。
「カモミールさんの魂はどうやって探せばいいのでしょうか?」
「まだ魂は肉体とわずかに繋がっていますので、奥様の魂が肉体から離れたら、きっとその繋がりが見えるはずです。」
芙蓉は想像できないけど、鳳雁の言葉を信じる他ない。
芙蓉はカモミールの隣のベットに横たわり、鳳雁の術を受けた。




