取引の全貌
~紫竜本家~
龍希が妻を連れて本家に戻った晩、朱鳳たちがやって来た。
龍海の予想どおり、遅れている龍栄を待つつもりはないらしい。
本家には龍栄以外の一族は集まっており、先に戻った龍算が事情は説明してくれているが、一族で考えなどまとまっていない。
「やれやれ、困りましたなぁ。」
朱鳳族長は渋い顔だ。
てっきり後継候補を族長代理にして送り込んでくると思っていたのに、朱鳳族長自ら出向いてくるとは、こちらに相当な制裁を求めるつもりなのだろう。
「こちらのセリフだ。発端はおたくの後継候補だぞ。」
答えたのは龍海だ。
いつにもまして威圧感がすごいが、隣の龍賢も黄虎に対峙した時と遜色ないほど怖い顔だ。
朱鳳との話はこの二人に任せて龍希は余計なことはしゃべるなというのが一族の総意のようで、龍希は族長なのに後の席に追いやられていた。
「事情は鳳雁から聞いておりますが、紫竜族長との対等な取引でしょう?」
「対等!?妻の命を交換条件にされては族長に選択肢などないだろう。」
「そんなことを言われたら今後は紫竜の妻の治療はできなくなりますな。」
「話をすり替えるな。妻の治療の対価は払う。こちらが問題にしているのは、紫竜と朱鳳の取引に妻を無理矢理巻き込んだことだ。
わが一族の妻に対する不当干渉だぞ。」
「言いがかりも甚だしい。夫竜の判断ですよ。」
「妻の治療を条件にされたら夫に選択肢などないと分かっているだろう。」
朱鳳の言い分は予想通りだが、龍賢と龍海は一歩も引かない。
しかし、龍希に何の責任もないとするのはさすがに無理筋だ。
龍希としては朱鳳との約束違反の責任をとって族長引退でも、ちっ居でも構わないのだが、紫竜一族からそんな提案をするわけにはいかない。
朱鳳に足元を見られるに決まっている。
「こちらは族長妻を治療する義理はなかったのですけどね。かけた恩を仇で返されるとはこのことだ。」
鳳雁が参戦してきた。
「恩!?族長妻も龍栄様の妻も死にかけたんだぞ!?」
龍海がキレた。
「妻たちが誘拐されたのは夫竜の責任だろう。そのせいで私は紫竜の妻に過分な保護まで与えるはめになったのですよ。」
鳳雁が眷属のタンチョウを使って地下で妻たちを何度も助けたことは妻から聞いている。
悔しいが、タンチョウが居なければ、龍希の妻はワニに殺されていたかもしれないのだ。
「恩着せがましいな。族長妻に情けをかけるはずがない。そちらにメリットがあるからやったことだろう?」
龍海と龍賢は間髪いれずに反論している。
やはり口喧嘩ではこいつらに敵わない。
「こちらに何のメリットがあるんです?」
「朱鳳の考えなど知るか!今の問題は、一族の妻を巻き込んだことだ!それも族長妻と龍栄様の妻を!」
「龍栄殿の妻は知りません。夫竜が巻き込んだんだ。」
「はあ!?お前が妻を唆しただろ!」
「やれやれ。鳳雁、下がりなさい。龍海殿はうるさくてかなわん。」
朱鳳族長が再び出てきたので、鳳雁は黙って一歩下がった。
「このままでは埒があかないでしょう?紫竜族長?」
朱鳳族長は龍希に直接問いかけてきた。
「こちらは構わん。龍海はまだまだ言いたいことがあるようなんでな。」
「そんな気の長い性格でもあるまいに。で、この件、どう解決します?
結論まで部下任せにはしませんよね?」
「ああ。一族の意見を聞いて俺が決める。お前らの要求はなんだ?」
龍海と龍賢は喋るなとアイコンタクトを送ってくるが、龍希はもう茶番に飽きていた。
約束違反は龍希に非がある。
だけど、朱鳳族長たちの態度を見ると、朱鳳側にもなにやら弱みがあるようだ。
「約束違反はそちらだ。紫竜族長から提案するのが筋だろう?」
「俺の妻を巻き込むな。俺の望みはそれだけだ。」
「ちょ!族長!?」
龍海が抗議の声をあげるが、龍希は睨んで黙らせた。
一族になんと言われようと、龍希はこれだけは譲れない。
妻を守るのが龍希の責務だ。
「・・・だ、そうだ。どうする、鳳雁?」
なぜか朱鳳族長は笑い出した。
「何が可笑しい?」
龍海たちも怪訝な顔になっている。
「族長、笑うところではないです。」
鳳雁は渋い顔で朱鳳族長と龍希を交互に見てきた。
「なんだ?もう妻には関わるなよ。」
「取引をお忘れですか?紫竜族長?」
「ワニの武器なんてなかったぞ。」
「やれやれ。賢い奥様たちが持ち出してくれたでしょう?」
「は?」
龍希は訳が分からないが、鳳雁はふざけている訳ではなさそうだ。
「妻はワニの武器なんて持ってないぞ。・・・まさかあのファイルか?」
「そうです。」
「まさかハクトウワシがあんな紙切れで撃ち落とされたとでも?」
「はあ!?まさかまだ分かってないのか?」
鳳雁は呆れている。
「ハクトウワシが飛ぶ前に飲まされた毒のファイルだったのか?」
龍算が口を挟む。
そういえば、鳳雁がそんなことを言っていた。
「賢い奥様方が見つけ出してくれたようですね。」
「わざわざ来たのはファイルを回収するためか?」
「違いますよ。私の依頼は武器の破壊です。」
「破壊?あのファイルは燃やせないぞ。妻は解毒剤を・・・」
龍希ははっとなった。
ようやく鳳雁の依頼が分かった。
「・・・お前、俺の妻に解毒剤を作らせるつもりだったのか?」
「え?今、分かったんですか?最初からそう申し上げているでしょう。」
「分かるか!」
「族長、落ち着いて下さい。なぜ族長妻にそんなことを?」
龍賢が割って入ってきた。
「すでにそちらの族長に説明しましたけどね。ワニは武器の在りかを隠していた。族長妻を狙って出てくるのを待つしかなかったんですよ。」
「ワニの恨みとやらか?なぜそこまで朱鳳が首を突っ込む?」
「わが一族ではない、鳳雁だ。」
朱鳳族長が否定した。
「ええ。私個人の取引です。解放軍の毒と呼ばれる改良ワニ毒は獣人の領分を超えたものだからですよ。」
「獣人の領分?ワニの毒なんて昔からあったろう?」
「ええ。別に獣人の毒が悪い訳ではない。昔からありました。ですが、今回は話が違う。紫竜一族のせいですよ。」
「は?ワニに不当干渉なんてしてないぞ。」
龍希の返事に龍賢たちも頷いている。
「とぼけられては困る。妻が作った解毒剤を紫竜一族が売りさばいたでしょう。」
「それの何が悪い?」
「何が?ワニがなぜ族長妻を恨み、あんな毒の開発に走ったのか分かってないのか?」
鳳雁はなぜか怒り出した。
「ワニの考えなんて知るか!解毒剤開発なんて珍しい話じゃないだろう?」
「族長妻が作った解毒剤を人族なり獣人が売りさばいたなら何も問題はなかった。ワニは獣人に報復できたのだから。
だが、紫竜に対しては獣人は何もできない。解毒剤の製法を売りさばくことを止めることも、戦争を仕掛けることも。
ワニは異常なほどの恨みを溜め込み、解毒剤が作れないほど危険な毒の開発を始めたのですよ。」
「・・・」
龍希は言葉を失った。
ワニの恨みは、ワニ毒が売れなくなったという単純なものではなかったらしい。
「あれはわが一族で作ったものだ。族長の奥様には多少お知恵をお借りしただけだ。」
龍海が反論したのだが、
「は!紫竜に作れるものか。使用人獣人に作らせようとして失敗したから族長妻に協力させたのだろう。解毒剤は族長妻なくしてはできなかった。」
鳳雁の言葉に嘘はない。
どうやって紫竜本家での内情を知ったのやら。
「しかし、それなら族長妻が解毒剤を作ればまた同じことが繰り返されるだろう?」
龍賢の指摘するとおりだ。
「だから知らせに来たのだよ。何度も言わせるな。妻が解毒剤を作ることは問題ではないのだ。紫竜が関わるな!」
「そんなことまで妻にさせるとは聞いてない。取引の対価と見合わないだろう!」
龍希は反論したのだが、
「妻はその気だろう?私は初めから紫竜族長に求めている。今さらなんだ?」
「ちっ!」
妻の考えはタンチョウを通じて鳳雁に筒抜けらしい。
「・・・取引の全貌は分かった。だが、その取引に龍栄様の妻まで巻き込まれたのは族長の想定外だ。」
龍賢が反論する。
「それは紫竜の問題だ。私は龍栄殿とも妻とも取引はしていない。」
「とぼけるな。龍栄様夫妻を大樹からワニ族領に連れていったのはそちらだろう?」
「補佐官殿を族長の元に送り届けただけですよ。それの何が悪い?」
「すっとぼけるな!」
「・・・鳳雁、もうよい。紫竜の望みは龍栄殿の妻の治療だろう?残念ながら無理だ。」
朱鳳族長が割って入った。
「なぜだ?ストールの件は妻には責任はない。」
「ええ。ストールは関係ない。単純にもう手遅れなのですよ。我らとて万能ではない。」
「象妻はまだ生きてるだろ?」
龍希が怒鳴ると、朱鳳族長は龍希の方を見てきた。
「ええ。ストールの力で辛うじてね。しかし魂はもうあちらにいった。」
「タマシイ?あちら?何のことだ?」
「獣人は肉体と魂で出来ている。我らは肉体を癒すことはできても、肉体から離れた魂を治すことはできない。」
「そんな・・・」
朱鳳族長は嘘をついていない。
龍希は絶望した。
「お待ち下さい!獣人はタマシイが肉体から離れれば肉体も死ぬのではないのですか?」
なんと竜紗が声をあげた。
龍灯の背中に隠れながら。
「・・・竜紗、発言するなら出てこい。」
「いえ、族長、私はもう口を挟みませんので・・・」
竜紗は龍灯の背中に隠れたままだ。
朱鳳の前では堂々としてろと言いたいが、竜紗の性格的にこの場で朱鳳族長相手に声をあげただけでも驚きだ。
「ほう。お詳しいですな。細かい話をしますと、龍栄殿の妻の魂は完全には肉体を離れていない。だからまだ肉体は生きている。しかし、我らでは魂を肉体に戻せない。」
朱鳳族長は龍希を見ながら答えた。




