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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第24章 豊編
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リンゴジュース 

10月のある日、龍景は妻子を連れて鶴族の宿に来ていた。


族長たちはワシ領やワニ族領で何やらアクシデントがあったらしく、まだワニ族の公式訪問中らしいけど、本家は平和そのものだ。

 これまで仕事に追われていた龍景にもようやく余裕ができたので、初めての家族旅行に行くことにした。


妻は結婚早々に妊娠が分かったので夫婦で旅行に行く機会はなかった。

妻は気にしてないみたいだけど、龍景は一度も旅行に連れていっていないことを負い目に感じていたのだ。

象族領に行ったのは仕事だからノーカンだ。



妻はリンゴが好きなので、当初は有名なフルーツタルトの店がある白鳥領かカラス領にしようかと思ったけど、妻は解放軍時代に白鳥族で派手に活動していたせいで、龍灯の妻の侍女に狙われたことがあったので、白鳥は避けることにした。

 カラスは、解放軍とハヤブサとの戦争に妻は直接は関与してないらしいけど、妻が解放軍出身であることは知られているようなので念のため。

狼族とタンチョウ族は龍景の事情でNGだ。


ということで旅行先をどうしようかと、龍景が頭を抱えていたところに、父と兄が鶴族を勧めてくれたのだ。


取引先としては小さいが、解放軍とのトラブルは聞いていないし、鶴族領には果樹園が多いのでフルーツは美味しいし、 着物も有名なので、妻は楽しめるだろうと。



妻に相談したら快諾してくれたので、早速宿をとり、シューセと執事を連れて鶴族領にやってきた。




~果樹園~


「わ~すごい」


実のなった木が生い茂る果樹園に来て、妻は楽しそうだけど龍景は落ち着かない。

妻との旅行先で果樹園なんて聞いたことがない。

普通はフルーツが食べられるおしゃれなカフェとか、着物や宝飾品の店じゃないだろうか?



「ユリ、近くにフルーツケーキが食べられるカフェもあるよ。」


「そう?今はお腹すいてないからいいわ。あ~リンゴのいい香り。」


妻はカフェに興味はなさそうだ。

息子は木の間を走り回って楽しそうなので、妻子が不満じゃないならいいけど・・・

龍希様は妻子のために有名なカフェを貸し切りにしているし、龍緑はこの間、龍空に付き合わされたとはいえ人族町の宝石店を貸しきりにして妻のためにでかい買い物をしたらしい。

 あの2人に張り合えるほどの甲斐性はないけど、龍景だって鶴の店を4~5貸し切りにするくらいはできるのに。



「旦那様、不満が顔に出ておられます。」

妻の侍女であるシューセに小声で怒られた。


「妻は俺に遠慮してるのか?」


「いいえ。奥様はカフェよりも果樹園の中を歩くことを好まれる方ですわ。あと30分ほどしたらしぼりたてのリンゴジュースを飲める店がありますので、奥様をお誘い下さい。」


「え?ジュース?タルトやケーキとかじゃなくて?」

龍景は驚いたのだが、


「しぼりたてのリンゴジュースです。」

シューセが断言するので、龍景は従うことにした。



30分ほどして、龍景が妻に声をかけると、妻は今度は喜んでくれて、近くの店に入った。

 メニューには、リンゴのアイスや焼き菓子もあったけど、妻は迷わずしぼりたてのリンゴジュースを注文していたので、妻の侍女はたいしたものだ。

 息子はリンゴジャムののったクッキーを美味しそうに食べている。



「気に入った?」


「うん。このジュースはここでしか飲めないもの。ありがとう、龍景」


妻は本当に嬉しそうだけど、ジュースだけでいいのだろうか?


と思っていたらシューセが何かを運んできたけど、


「奥様、今朝収穫したばかりのリンゴを剥いて参りました。」


「わぁ!?ありがとう」


妻はまた嬉しそうだけど、ただリンゴを剥いただけって!?

龍景は困惑したけど、妻は嬉しそうに食べているし、息子も食べかけのクッキーを置いて生のリンゴに興味津々だ。



『同じ人族でも好みは全然違うんだなぁ。』


龍景はいまだに妻のことが分からない。




~鶴の宿~

初めての家族旅行に大はしゃぎで昼寝をしなかった息子は夕飯の途中で眠ってしまい、おそらく朝まで起きないだろう。


風呂に入った龍景は、客間専用のテラスで妻を待つことにした。

紫竜領よりも北にある鶴族領の夜は寒いので、テラスはガラスで囲まれて外気が入らないつくりになっており、ソファーには大きめの膝掛けや肩掛けが置いてある。

 ストーブも置いてあるけど、風呂上がりの龍景には不要なのでとりあえずはスイッチを切ったままにした。



「わ~すごい。何ここ!?」


10分ほどすると風呂上がりの妻が来てくれた。


「テラスだよ。寒かったらストーブつけるよ。」


「ううん。今はいらない。これがテラス!?星空がよく見えるのね!?」


妻は気に入ったようで、テラスを一周した後、龍景の隣に座ってくれた。



「何飲む?好きなのがなかったら持って来させるよ。」


龍景は机の上に用意させた酒瓶を指差した。


「ん~」


妻は机に並んだ瓶を手に取って見比べた後、白ワインを選んだ。

リンゴ酒も用意させていたけど、やはり甘い酒を好まない妻には選ばれなかった。



「龍景は何がいい?」


「同じのにするよ。」


龍景は妻からワインボトルを受け取ると、封を開けて2つのワイングラスに注いだ。



「んーおいし。」


妻はあっという間にワインを飲み干したので、龍景も飲み干しておかわりを注いだ。



「明日は龍景の行きたいところに付き合うわ。」


妻はそう言って龍景の肩にもたれかかってきたけど、


「え?旅行なんだからユリの行きたいところでいいよ。」


龍景には行きたい場所なんてない。

旅行は妻を喜ばせるためのものなのだから。



「カフェでフルーツケーキ食べたいんじゃないの?」


「俺は別に。ユリが興味あるかと思ってきいただけだよ。」


「あ~やっぱりね。私はケーキはあんまり・・・龍結が喜ぶなら連れていってあげたいけど、あの子もケーキより生のフルーツの方が好きなのよね。」


「みたいだね。2人が満足してるならいいんだ。」



「・・・龍景の好きな食べ物って何なの?」



妻は意外な質問をしてきた。


「え?好きな食べ物・・・ん~嫌いな物はあるけど、好きな物は別にないかな。」


「食事は私と同じものにしてるけど、結婚する前は違う物食べてたじゃない?たまにはあれが食べたい!とか思うものないの?」


「え?ないなあ。子どもの頃は母の種族の食べ物が多いし、結婚したら妻と同じ食べ物になるからなあ。」


「それもルールなの?」


妻は不思議そうだ。


「え?まあ、ルールというかみんなそうだからなあ。龍希様は一度、奥様の前でカエルの丸焼きを食べたら奥様がすごく嫌そうな顔したから、同じものしか食べないことにしたらしいよ。」


「カエル!?」


妻も嫌そうな顔になった。



「ん~?じゃあ龍景の好きな物ってなに?食べ物以外でいいから、この匂いが好きとか、これの触り心地が好きとか・・・なんでもいいの。」


「好きなのはユリだね。」


龍景の好きな者なんて決まっている。



「・・・」


妻は困った顔になったかと思えば顔を背けてしまった。


「あれ!?ごめん。違った!?」


妻に嫌われたのだろうか?

龍景は焦った。



「いや、不意打ちだったから・・・」



妻は怒ってる声ではないけど、龍景の返事は不正解だったらしい。


「ごめん。もう言わない。」


「いや、謝ることじゃないけど・・・なんか恥ずかしくなっちゃって・・・男の口説き文句なんて聞き飽きてるのに。」


「その話は俺がいや。」

龍景は反射的に声に出していた。


「あ~ごめん。そうよね。」


妻は龍景の方をちらりと見ると、正面を向いてお酒を飲み始めた。



折角久々に妻と2人きりで晩酌できるのに、気まずい沈黙になってしまった。

結婚前の方が気兼ねなく話せていた気がするけど、どんな話をしてたっけ?



「ここはすごいわね。外とガラス一枚隔ててるだけなのに寒くない。」


妻が話題を変えてくれた。


「ああ!朝顔亭にも作る?」


「え!?いらない・・・かな。こういうのはたまに使えるから楽しいのよ。」


妻にあっさり拒否された。


「・・・遠慮してる?テラスを作るくらいの甲斐性はあるよ。」


「別に甲斐性の心配はしてないのよ。遠慮というか・・・そこまでじゃないというか・・・ん~?ここは欲しがるのが正解なの?」


「いや、正解とかないけど、ユリのための改修工事も特にしてないから気になってて・・・」


「え!?四阿を作り替えて、リュウカの部屋も作ってくれたじゃない!?いつの間にか庭に桜の木とリンゴの木も何本もたってたし。」


妻はなぜか驚いている。



「四阿はユリの希望をきいて作り直したものじゃないし、リュウカの部屋も家具を入れただけで、工事はしてないよ。桜やリンゴなんて大した額じゃない。」


「十分すぎるわよ。私は今の生活に不満はないの。」


妻の言葉に嘘はないみたいだけど、龍景は落ち着かないのだ。



「・・・あ!欲しいものあったかも。」


「え!?何!?」

龍景は食いぎみに尋ねてしまった。



「龍景と龍結とお揃いの着物」



「え!?ドレスじゃなくていいの?」


妻は着物が好きではないのだ。宴会でもドレスを着ていることが圧倒的に多い。


「うん。お揃いなら着物がいいの。芙蓉たちは宴会の時にはいつもお揃いの着物じゃない?ちょっと羨ましいと思ってたのよね。あれって族長夫婦しかダメとかじゃないわよね?」


「うん。あの紫色は族長の特権だけど、着るものをお揃いにするのは別に。じゃあ明日は反物屋に行こう。今からなら新年会に間に合うと思う。」


龍景は嬉しくなってきた。

龍希様は、人族にとって着るものを揃えるのは夫婦仲のよい証だと言っていたからだ。



「着物だけでいいの?ドレスも作らせるよ。」


「着物がいいの。ドレスはもう沢山買ってもらってるし。」


「そう?族長の奥様はお揃いのドレスもお持ちだと思うよ。」



「別に何でも芙蓉の真似をしたい訳じゃないのよ。お揃いの着物だったら気持ちよく着れるかなって思って。」



「え!?どういうこと?」


龍景には妻の言いたいことが分からない。


「・・・ごめん。私の気持ちの問題というか、また龍景の嫌な話になるからこれ以上は言わない。」


妻はまた()()()()()()()になった。



「その話は聞きたい。嫌って言わないから。」


「いや、そんな大層な話じゃないの。」


妻は嫌そうだ。


「俺は信用ならない?」


「え?そんな大した話じゃないのよ。私は前の仕事では綺麗な着物を着せられてたから、嫌な思い出と結びついてるというか・・・高価な着物が苦手になったの。

でも、夫と子どもとお揃いなら嫌な思い出と着物を切り離せるかな?とか変なこと考えただけ。」



妻は気まずそうに教えてくれた。

嫌な前の仕事というのは人族の遊廓のことだろう。

妻は龍景が求婚した時にも泣きながら遊廓のことを話していた。


龍希様の妻もかつて遊廓で出会ったことを隠してほしいと言っていたらしいので、人族にとっては嫌な場所なのだろう。



「そっか。でも着物が嫌なら無理しなくていいからね。ユリはドレスも似合うんだから。」



龍景には慰め方の正解は分からないけど、泣きそうになっていた妻はほっとした顔になった。


「ありがと。」


「何が?」


なぜ妻にお礼を言われるのだろう?



「ううん。」


妻はまた龍景にもたれかかって、龍景の左手に妻の右手を重ねた。


龍景は妻を抱いて寝室に行こうとしたのだが・・・



「し、失礼します、旦那様、奥様」


最悪のタイミングで執事がやって来た。



「明日にしろ。」


龍景はキレそうだ。


「申し訳ございません。本家から赤手紙が・・・」


執事は怯えた顔で手紙を差し出したので、龍景はさすがに無視できなかった。


本家からの緊急連絡だ。

龍景が手紙を開くと


【旅行を中止して直ちに本家に戻れ。】


族長代理の龍海の字でこの一言だけ書いてあった。

よほどの緊急事態らしい。


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