ヌーの使者
~紫竜本家 大広間~
3月が半分過ぎた頃、龍希は緊急会議を開いていた。
「龍緑から時系列に沿って報告してくれ。」龍希がそう言うと、龍緑は立ち上がって報告を始めた。
「はい。5日前、妻と旅行に行ったのですが、雨でやむなくジャガー領に宿泊せざるを得なくなりまして、夜、宿の裏山を散歩していたら・・・り、竜色殿の匂いがついた子熊の獣人の死体らしきものを見つけ、族長に報告すべく夜明けとともに執事を本家に行かせました。」
「ああ、んで俺のところに龍緑の執事がきたから、急きょ龍海、竜色、竜波、龍兎を龍緑のいる宿に向かわせたんだ。」
龍希はそう言って龍海を見ると、龍海は立ち上がって報告を引き継ぐ。
「はい、龍緑と宿で合流し、龍緑の妻の護衛に竜波を残して、龍緑に案内された場所の地面を龍兎の執事が掘り返したところ、まだ新しい子熊の死体が出てきて・・・竜色が娘だと確認しました。ジャガーの宿に確認したところ、その裏山は2月末までは雪が積もってとても土を掘り返すことのできる状態ではなかったそうで、死体は3月以降に埋められたようです。シュアと熊族の医者が共同で解剖したところ、死後3~4日以内とのことでした。
なお、死体を発見してすぐに私と龍兎でジャガー本家に向かいましたが、ジャガー族長は何も知らないと驚いておりました。悪意は感じませんでしたので、おそらく嘘ではないと思います。」
「竜色の娘といえばワシに拐われたのでは?」
「ええ、その娘です。ただ、死体にはワシの匂いは残っていませんでした。というよりも・・・」龍海は顔を曇らせる。
「子熊の死体には拷問された跡が無数に残っており、獣人の血の臭いが強すぎて他の獣人の匂いは全く・・・」
「は、はあ!?まだ子どもなのに!?」会場中から驚きと怒りの声があがる。
「ええ・・・死体を見た竜色は・・・しばらく復帰できそうにありません。」龍海はそう言って空席を見る。
「し、しかし、なぜ熊領から拐われた娘がジャガー領に?全然場所が違います・・・」
「分かりませんが、カバの元妻を拐ったワシはマムシ領に逃げたそうですから、同じワシなら・・・ジャガーの宿はマムシ族との境界から馬車で30分ほどの場所です。」龍緑が答える。
「あの・・・龍緑殿はなぜ深夜に裏山なんかに?」
「・・・仕方なかったとはいえ、現在縁談のないジャガー領ですから。しかも急きょジャガー族長が手配した宿でしたので、妻が寝た後、念のため宿の周りを見回っていました。そしたらかすかに竜色殿の匂いを感じて、不審に思って匂いを辿って山の奥に入ったのです。」
「な、なるほど。用心深い龍緑殿らしいですな。」
「しかし、犯獣人の手掛かりは全くないのですか?」
「この件は熊族の案件になるからな。熊族がジャガー族と話をして調査中だ。竜色の頼みで解剖にシュアを貸してやったが、現時点ではこれ以上介入するつもりはない。」龍希は断言した。
~熊族本家 族長室~
熊族長レイラは頭を抱えていた。
カリナ兄の逃走だけでも頭が痛いのに、ワシに誘拐された熊の子の死体がジャガー領で見つかったって何?
てっきり身代金目的の誘拐だと思っていたのに、誘拐犯から一切連絡がなく、ワシ族は知らぬ存ぜぬで驚くほど非協力的で・・・
カラス族長の妹の誘拐事件でもワシ族は何一つ情報を出さなかったらしい。
それよりも、我が領地から誘拐された子どもが殺されたなんて一大事だ。熊族の威信にかけて犯獣人を八つ裂きにしなければ。
それも早急に!まさか紫竜が死体を発見して連絡してくるなんて・・・情報代をふんだくられた!くそ!
紫竜族長は積極的に関与する気はないとか言ってたが、今度は紫竜が犯獣人を捉えたなんてことになったら、身柄の引渡しにいくら金を積まされるやら。考えたくもない。
あの強欲竜の顔を思いだすだけでイライラする~
カリナは、私が兄を暗殺して隠してるとかぬかして何の役にもたたないし、んなわけあるか!
殺す価値もないわよ!あんな雄熊!
「う~正体不明のワシなんてどうやって探したらいいのよ~」レイラがイライラしながら蜂蜜紅茶を飲んでいると、扉をノックして補佐官が入ってきた。
「族長、お忙しいところ申し訳ありません。ヌー族から使者が来ているのですが・・・」
「は?ヌー族?何の用かしら?」
レイラは首をかしげる。
ヌーは熊族の取引先のひとつだが、それほど懇意にしている訳でもない。何かトラブルが起きたとも聞いてないけど・・・熊族長の自分にアポもなく使者を送ってくるなんて何事?
「アポもなく突然来たので、私が用件を聞くと言ったのですが、族長にしか話せないと。その・・・どうやら使者はヌー族長の娘のようなのです。」補佐官は小声で報告する。
「はあ!?」レイラは驚いた。
「分かった。すぐに応接室に通しなさい。念のため、あんたは護衛と隣の部屋に控えてて。」
「畏まりました。」
~応接室~
「突然ご訪問したご無礼をどうかご容赦ください。」ヌーの使者は床に頭をつけてレイラに土下座した。
「いえ、頭を上げてくださいな。ヌー族長の使者のご用件をまずお聞きしましょう。」レイラは目の前の椅子を進める。
「寛大な熊の族長様には感謝しかございません。どうしても内密に・・・いえカバ族に悟られることなくお話したいことがございまして・・・」
「カバ?」
「はい。以前、熊族より熊の子を拐った雄ワシについて問合せを頂きましたが、カバ領で紫竜の元妻のカバが雄ワシに誘拐されたことはご存知でございますか?」
「ええ。もちろん。」
「では、それがカバ族の自作自演というお話はいかがです?」
「ほう?この理由は?」
「離婚したばかりで紫竜の臭いが強く残るカバを普通の獣人が拐えるはずがありません。ですが、カバ族は紫竜をクビになった雄ワシを2匹も雇っているのです。当然、ワシたちは紫竜の臭いに慣れております。」
「へえ、それは初耳ですわ。でも根拠はそれだけですか?」
「いえ、カバ妻の離婚はカバ族長から要請したことでカバ族は結納金の返金に加えて多額の賠償金を紫竜に支払いました。さらには現族長の娘との縁談まで約束させられたそうで、カバ族長は我が一族に嫁いでいた娘を返せと言ってきたのです。カバ族長には娘は1人しかいないそうでして。
わが一族としては、カバ族都合の離婚になるので、賠償金を要求しましたところ、カバ族はそのワシを使って我が一族のカバ妻を拐っていったのです。」
「はあ!?」レイラは驚きのあまり大声が出た。
「そ、そんなばかな!?」
いくらなんでもあり得ない。
他族に嫁がせた娘を強引に拐って紫竜に嫁がせた?
カバ族長が?
「嘘のような本当の話でございます。紫竜の臭いがついた雄ワシが、我が一族のカバ妻を拐っていったのでございます。」
「・・・その話が事実ならカバ族と戦争をして然るべき事件では?なぜうちに?」
「恥ずかしながら、我が一族とてカバ妻1人のためにカバ族と戦争をする余力はなく・・・それに万一、紫竜の結婚にけちをつけたと紫竜に睨まれるようなことがあれば・・・」ヌーの使者は震えながら首を横にふる。
「では、私に何をお求めで?」
「あ、前置きが長くなってしまい申し訳ございません。実は・・・こちらを熊族長様にご購入頂けないかと思いまして」ヌーの使者はそう言って、鞄から折り畳まれた一枚の紙を出してレイラに手渡した。
レイラは警戒しながらも紙を受け取って、開いて中身を読んだ。
「・・・」レイラは開いた口がふさがらない。
とんでもない物を持ってきやがった!
「対価として何をお望みです?」
「さすが熊族長様です。我が一族が求めることはただ1つ、これを使ってカバ族に制裁を与えたいのです。ですが、我らには紫竜を利用するつても度胸もなく・・・」
「お安いご用ですわ。そうですね。では、これを紫竜に売り付けてその代金の2割をヌー族にお渡ししましょう。それにカバとは早急に取引を打ち切った方が良さそうですから、カバの代わりに我が一族とヌー族の取引を拡大させて頂きたい。いかがです?」
「ありがとうございます!熊族長様!どうかよろしくお願いいたします」ヌーの使者は感動の涙を流しながら椅子から降りて床に土下座した。
「私におまかせ下さい。」レイラは意地の悪い笑みを浮かべた。




