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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第6章 望郷編
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三輪の里帰り

 2月末、龍雲は新・雲雀亭に妻を迎えた。

現カバ族長はかなり焦って娘のチリリを嫁がせたようで、嫁入り道具も侍女も不備が多すぎると竜紗は激怒していた。

クーデターで強引に族長になった上、前族長派を抑えるために結婚を計画したカバの元妻キララがワシにさらわれて、カバ族はまだ落ち着いていないそうだ。

竜紗によれば、カバ族長は孔雀族と同様に紫竜の介入を期待しているらしいが、孔雀は例外だ。俺たちは妻の種族の紛争に介入したりはしない。別に前族長派はうちに悪意を持っているわけでもないしな。

むしろ現カバ族長が俺たちを騙そうとしたことは忘れねぇぞ!



~清水町跡地~

 3月、龍緑は妻と一緒に、雪の融けたマムシ領に来ていた。

ようやく守番も仕事もひと段落ついてやっと妻を旅行に連れてくることができたのだが・・・


妻が望んだ旅行先は妻の故郷跡地だった。


マムシ族とは取引関係にあるし、人族との戦争も終わって落ち着いているそうだから、危険はないだろうが・・・

それでもさすがに悩んだ。

 妻の里帰りは許さないというのが一族の方針なのだが、実家どころか町自体がなくなっている場合、もはや里帰りと呼べるのだろうか?

その上、妻から、もう故郷が残っていないことを自分の目で見れば諦めというか実家への未練がなくなるからと言われては・・・

でも、さすがに一人では決められないので族長、守番の竜夢、ついでに父上にも相談したら、3人から行って来いと言われたので、龍緑は覚悟を決めた。

さすがに里心が出ることはないよね!?



「ここ・・・だよね?」妻と一緒に馬車を降りた龍緑はあっけにとられていた。

数日前に雪が融けたばかりで、まだほとんど草の生えていない更地が広がっているだけだ。ただ、崩れたレンガらしきものが地面から出ている。

「うん・・・間違いないわ。ここ。」妻は小さな声でそう言うと歩き出したので、龍緑は慌てて後を追う。


 妻はレンガに沿って無言で歩いていく。5分ほど歩いたところで立ち止まった。

「ここだけレンガがないでしょう。ここが町の入り口。大きな木製の門があったの。2階建てで上は見張り台になってた。馬車が3台並んで通れるくらい大きな門だったの。」妻はそう言って視線を上に向け、何もない空中を見る。

「門を入ると、右手には兵士の詰め所があって、左には商工所があって・・・」妻は独り言のような小さな声で話しながら歩き始めた。

「これがメイン通りで役所とか大きなお店とか・・・ずっと奥には学校があるの・・・で、ここを右に曲がると下級商人たちの自宅兼店舗が続いてて・・・」


 龍緑にはただただ更地が広がっているようにしか見えないのだが、妻はかつてあったのだろう故郷の街並みがまるで見えているかのように視線を左右に移して、更地の中を右に曲がったり、左に曲がったりしている。

 龍緑は妻になんと声をかけていいか分からず、無言で妻の1歩後ろをついて行くしかない。



10分ほど更地を歩いただろうか?

妻はふいに立ち止まった。

「ど、どうしたの?」

「ここに私の家があったの。このレンガが目印。こっちがお店で、こっちに二階建ての自宅があって・・・お店の裏に酒蔵があったの・・・あそこに桜の木があってね、兄が産まれた記念にお父さんが植えたんだって。あっちには柿の木があってお父さんが産まれた記念におじいちゃんが植えたらしいの。木も建物もなーんにも残ってないの、ね。分かっ、てたのに・・・うっうっ・・・」妻は地面に座り込んで泣き始めてしまった。

「え?あ、えっと・・・」龍緑はパニックだ。

なんと声をかけていいのか分からず、妻の数歩後ろで黙って立っていることしかできない。


『やっぱり連れてこないほうが良かったかなぁ・・・』


座り込んで大泣きする妻を見ながら龍緑は後悔していた。

 どのくらい経っただろうか?

少しずつ妻の泣き声が小さくなり、やがて完全に止まった。

それからしばらくして妻はようやく立ち上がった。


と思ったらまた歩き始めた。

「み、三輪、馬車はそっちじゃないよ。」

「分かってる。最後に大鳥池(おおどりいけ)を見たいの。」

「池?ああ、水の匂いがするね。」

龍緑は妻が向かっている方を見ながら言った。



15分ほど歩いただろうか?

大きな池が見えてきた。氷はもう張っていない。

水鳥たちは龍緑の匂いに気づいてとっくに飛び立ってしまっている。

 妻は池のほとりに佇んで、今度はべそをかき始めた。

川とつながっている池なのか水は濁っておらず、変な臭いもしない。

とはいえ、泣いている妻のそばでただ突っ立っていることしかできない。龍緑にとっては地獄のような時間が再び続いた。



「はー!スッキリしました。あなた、ありがとうございました。」日が沈み始める頃、妻がようやく振り向いてそう言った。涙は乾いていつもの作り笑顔に戻っている。

「いいよ。さ、馬車に戻ろうか。寒くないかい?」

「え?あ・・・もうこんな時間?ごめんなさい、随分お待たせしてしまって。」

「そんなの気にしないで。」龍緑は地獄のような時間から解放されて、自然と笑顔になった。


「・・・あなたは本気に優しいですね。結婚できてとっても幸せです。」


妻がそう言って龍緑の左腕に両手を回して身を寄せてくれたので、龍緑は嬉しさのあまり涙が出そうになった。

『来てよかった~』

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