Day4 快楽
明け方。今日はチャイムが響く前に起きていた。
天井は昨日と違う。少し高い。
体感時間は2倍になっているとは言え、ものすごく眠い。睡魔は判断力を鈍らせる。
時計を見る。
05:42:21
隣で桐谷が膝を抱えている。目は開いているが、遠くを見ている。
昨日より、口数が少ない。
反対側では岩倉が、机に肘をつきながら言った。
「おはよう」
いつも通りの声。
だが昨日までと決定的に違うのは――誰も、罪悪感の話をしないことだ。
僕もしない。昨日、僕は撃った。そして生き残った。
その事実は、もう議論の対象じゃない。
空気は重くない。ただただ、冷たかった。
◇◇◇◇◇◇
【Day4:朝】(06:00:00〜06:59:59)
〔――Day4。朝になりました。本日より、新エリアを解放します。渡り廊下を通じて、総合体育館への移動が可能です。〕
いつもの合成音声。僕は反射的に窓の外を見る。
中庭を挟んで、屋上の上に見える『ARENA』の文字。総合体育館。
存在していなかった建物が、そこにある。
誰かが呟く。
「……昨日まで、なかったよな?」
ざわめき。
世界が広がったわけじゃない。盤面が、拡張された。
そして黒板の表示が反転する。赤が、より濃くなる。
〔続いて本日より、新システム『デスマッチ』を解禁します。〕
一瞬、空気が凍る。
〔デスマッチは、グループが他グループに挑む決闘です。〕
黒板にルールが並ぶ。
【新システム:デスマッチ】
・発動は昼のみ可能(ただし殺人犯、強制招集を発動中のグループ、無敵期間保有者は発動不可)。
・緊急会議に被せて発動可。
・デスマッチ中は強制招集、能力使用不可。
・対戦形式はランダム(1vs1 or 2vs2 or 3vs3)。
・競技内容はランダム。
・敗北グループからランダムで1名を処刑。
教室に、どよめきが広がる。だが、まだ終わらない。
・勝利グループには、その日を含む3日間の無敵期間を付与。
・一方または両方のグループが全員無敵の場合は発動不可。
沈黙。誰かが小さく息を呑む音がした。
3日間の無敵。個人ではなく、グループ全員。
つまり、勝てば神。
岩倉が苦く笑う。
「これは……極端だな」
桐谷は黒板から目を離さない。
「負けたら1人死ぬ。勝ったら3日無敵……」
僕は静かに計算する。
グループ投票は運に近い。だが、デスマッチは能動。
勝てば確定で安全圏。
無敵グループには投票が通らない。無敵中はデスマッチも発動不可。
つまり、一度勝てば盤面の外に出られる。
それは、あまりにも強い。
教室には昨日とは違い、焦燥が見える。"挑むか挑まれるか"が新たに加わった。
昨日までは、誰が疑われるか。今日は、誰が仕掛けるかだ。
タスクを確認する。
〖第三グループ:タスク〗
・職員室から蛍光灯を12本回収。
・1-2の教室の蛍光灯を全て取り替える。
・サブアリーナでスリーポイントシュートを5回決める。
・下駄箱にある来客用スリッパの数を数える。
・来客用スリッパを職員室まで運ぶ。
今までより明らかに多い。そして大変だ。
(これは大変だな……)
僕は心の中でそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇
〔昼になりました。行動を開始してください。〕
【Day4:昼】(07:00:00〜11:59:59)
今日も全員一般人だ。僕は無敵。
教室を出て、中庭に架かる渡り廊下を進んでいると、岩倉がこちらを向く。
「越宮くん。どう見る?」
桐谷も、静かにこちらを見る。
僕は渡り廊下を渡り終えると、一度、窓の外の体育館を見た。
3階から架かる、開放感のある階段と柵、屋根だけの渡り階段と4階から繋がる渡り廊下。白い虚無の中に浮かぶ箱。
(勝てば天国。負ければ地獄)
単純で残酷。そして合理的。
(……これは処刑じゃない。競技化された淘汰だ)
僕は心の中で呟く。
「とにかくやることは変わらない。執行官に警戒しつつ、急いでタスクをこなそう」
それから僕たちは、タスクへ急いだ。
◇◇◇◇◇◇
職員室から蛍光灯を12本回収し、4階へ登る。
1年2組の教室の扉を開けると、何やら久しぶりな光景が広がっていた。
「……やはり、昨夜の就寝スペースか」
僕たちは軽く深呼吸すると、蛍光灯を取り付ける準備を始める。
「零が1番身長高いんだからよろしくね」
桐谷の身長は162cm。岩倉は173。僕の身長は178。3人の中でいちばん高い。
「わかってるよ」
案の定、取り付け役は僕に決まった。
職員室からついでに持ってきた脚立にまたがると、蛍光灯を一本ずつ差し込んでいく。
カチッ、と乾いた音が響く。
「昨日ここで寝てたんだよね」
桐谷がぽつりと呟く。
「一体、どんな意図があるんだろうね。ただの遊び心かな」
岩倉は少し冗談交じりに言う。
僕は最後の一本をはめ込む。
パチン、と通電。
教室が均一な光に満たされる。
〖タスク進行:2/5完了〗
端末に表示が出る。
「残りは体育館とスリッパだな」
岩倉が言う。
「先にスリッパのタスクからやろう。スリーポイントは運が絡むから、無駄に時間を吸われる可能性がある。だから、確実なものから潰す」
僕の意見に2人とも賛成し、1階の下駄箱へ向かう。
◇◇◇◇◇◇
来客用の下駄箱。その中には、異様なほど整然と並ぶ来客用スリッパ。
静まり返った空間に、3人分の足音だけが響く。
「数えるよ」
桐谷の声は淡々としている。
「「「1、2、3、4――」」」
下駄箱からスリッパを取り出し、そこにあったコンテナに入れていく。
単純作業だが、こういう時が一番思考が回る。
デスマッチ。無敵。
焦って勝ちに行くやつから死んでいく。
(全容がわからない今は、動くべきじゃないな)
僕はそんなことを考えながら、スリッパを数えていく。
「――76、77、78――」
◇◇◇◇◇◇
「256足ね」
最終的に合計を出す。
〖来客用スリッパ:合計 256足〗
端末に入力。
〖タスク完了:3/5〗
次は運搬。3つのコンテナをそれぞれ抱え、再び職員室へ向かおうとした。
その時だった。
――ピリリリリ……
端末からの鋭いアラーム。空気が震える。
岩倉が舌打ちする。
「……こんな時に強制招集か」
視界が歪む。転送。白く弾ける視界。次の瞬間、全員が自席に固定されている。
「ま、またかよ!?」
「今度は何!?」
教室は相変わらずザワザワしている。
〔強制招集が発動されました。発議者は議論を開始するか、執行官、または殺人犯を指名してください。
追放に成功した場合、発議者は2日間の安全が保証されます。失敗した場合、発議者が処刑されます。制限時間は10分です。〕
そんな中、スピーカーの説明が終わるや否や、1人の男子が立ち上がった。第九グループの永谷 翔吾だ。
「こいつだ……こいつが執行官だ! 今、俺を指さしてた!」
そう言って、永谷が指名したのは、第六グループの北村 志穂だった。
丸メガネをしている、大人しい子だ。
「ち、違う……違うよ」
「いいや、こいつだ」
北村が弱々しく反論するも、永谷は確信した眼差しで北村を見つめる。
「み、見間違いじゃないのか?」
「そうだ! 2日目の佐伯くんを見てただろ? 早とちりだ!」
北村のグループメンバーは、必死に北村を庇う。しかし、それは苦しいものだった。
〔最終確認。北村 志穂を追放しますか?〕
永谷はゆっくりとうなずく。
「……あぁ」
それを聞いて、北村は泣き崩れる。
「もう、やだよ……気付かれずに5秒なんて……無理だよぉ……」
教室は一瞬静寂する。
そして、
〔第六グループ:北村 志穂は執行官でした。よって、執行官:北村 志穂の処刑を執行します。〕
と、スピーカーの声が響く。
誰もが息を飲んだその瞬間、北村はなにかに気づいたように口を開いた。
「デスマッチ……!? デスマッチは緊急会議に被せて発動できる!」
その言葉に、みんなはハッとする。
北村は何やら端末を操作している。
「なッ!? そ、そんなこと――」
永谷は驚いたように声を出すが、それに被せるよう北村が叫ぶ。
「対象第九グループ! デスマッチ発動!」
その瞬間、アラーム音と共に視界が白飛びした。
〔デスマッチが発動されました。発動:第六グループ。対象:第九グループ。〕
白が剥がれ落ちるように消え、次の瞬間、僕たちはメインアリーナのギャラリーにいた。
床は磨かれた木目。天井は高く、証明が規則的に並んでいる。
中央には一面だけ、ネットが張られていた。
【デスマッチ】
・競技内容:バドミントンダブルス
・形式:15点先取、デュースなし
・参加者以外の介入は禁止
舞台のスクリーンに文字が浮かぶ。
「バドミントンって……運動神経ゲーじゃない?」
「いや、素人なら運だろ……」
全員未経験者。ざわめきが広がる。
「ご、ごめんなさい。つい……怖くて……」
そんな中、北村はメンバーに謝っている。
これで負けたら関係の無いメンバーが死ぬかもしれないため、当然と言えば当然だ。
「大丈夫だって! 俺たちチームなんだろ? なら、1人も死なせられないよ!」
そんな北村に、メンバーは優しく声をかけている。
そして、代表が決まり、4人が中央に集まる。
【第六グループ代表】
池田 茂人/大森 秋
【第九グループ代表】
永谷 翔吾/佐藤 愛楽
スクリーンには名前が映し出される。比較的運動ができるメンバーだ。
「これは、面白そうな組み合わせだな」
隣にいる岩倉は、ちょっと楽しそうだ。
「くそっ、これで負けたら……」
しかし、当人である永谷たちは、気が気でない様子。
そんな中、ついにスピーカーの声が空間に響き渡る。
〔それではこれより、デスマッチを開始します。サーブは第六グループから。〕
そうして、運命のデスマッチが幕を開けた。
◇◇◇◇◇
代表はラケットを持ち、構える。
シャトルを持った池田が深く息を吸う。
体育館は異様に静かだった。ギャラリーにいる30人近い視線が、コート中央の4人に突き刺さっている。
床板が軋む音すら、大きく聞こえる。
〔サーブ。第六グループ。〕
ピッ、という電子音。池田が軽くシャトルを上げ、打つ。
高いロブ。緊張からか、やや甘い。
永谷が前に出る。
――パシン!
強いスマッシュ。
「うわっ……!」
大森が反応できず、床に白い羽が落ちる。
【0-1】
スクリーンにスコアが表示される。
ざわめき。
「やっぱ永谷のほうが動けるな」
「第九有利じゃね?」
永谷は歯を食いしばる。
「このまま押し切る……!」
だが、2点目。
永谷のレシーブがネットにかかる。
【1-1】
緊張で距離感が狂っている。
大森が小さく息を整える。
「……力まなくていい。拾えばいい」
北村がコートの横で両手を握りしめている。
北村の処刑が、まだ保留状態であることを誰も忘れていない。
長いラリー。素人同士故に、スマッシュよりも"落ちない"勝負。
シャトルが高く上がるたび、天井の蛍光灯がちらつく。
池田が体勢を崩しながらも返す。
永谷の強打。アウト。
【2-1】
徐々に、流れが第六へ傾く。
永谷は焦っている。負けたら自分のグループから誰かが死ぬ。それは俺かもしれない。その重圧が、プレーを荒らす。
対して池田は、口数が減り、呼吸だけに集中している。
点差は、
【5-3】
【8-5】
【11-7】
と、差が開く。
観客席がどよめく。
「第六、安定してるな……」
「永谷、打ち急いでる」
零は腕を組んだまま、静かに見る。
(技術差じゃない。完全に精神差だな)
このゲームは、能力の優劣ではない。
恐怖への耐性。それが勝敗を分ける。
終盤。
【14-11】
マッチポイント。
永谷の顔は真っ青だ。永谷は歯を食いしばる。
「まだだ……!」
サーブは第九。佐藤が打つ。
ネット際に落ちる良いコース。
大森が滑り込み、ギリギリで拾う。
高く上がる。甘い。
永谷が跳ぶ。渾身のスマッシュ。
――しかし。
わずかに、ラケットの芯を外す。
シャトルはネット上部に当たり、ふわり、と失速し、第九側のコートに落ちた。
静寂。そして、
〔終了。15-11で第六グループの勝利。〕
と言う音声と共に、ビーっと電子音が、無情に鳴り響く。
永谷がその場に膝をつく。
「……くそ……」
佐藤が唇を噛む。スクリーンが赤く変わる。
〔敗北グループより、ランダムで1名を処刑します。〕
ギャラリーが凍る。名前が高速で回る。
永谷。佐藤。もう一人のメンバー。停止。
【佐藤 愛楽】
〔これより、第九グループ:佐藤 愛楽を処刑します。〕
「……え?」
佐藤が小さく声を漏らす。永谷が顔を上げる。
「ちょっと待って!! なんであたしが……!!」
「待てよ! 俺が――!」
必死の叫びも虚しく、光が佐藤を包む。
佐藤は一瞬、永谷を見る。何かを言おうとしたが、音は届かない。
次の瞬間、佐藤は消えた。
体育館に、重たい沈黙が落ちる。
「ッ……くそったれがァァ!!」
永谷は拳で床を強く叩く。悲痛の叫び。
北村は安堵からか、その場に崩れ落ちる。
そして次に、
〔第六グループに、3日間の無敵効果を付与します。〕
と、スピーカーの音声と共に、青い光が第六のメンバーを包む。
歓声はない。だが、空気が変わる。"完全安全圏"が誕生した。
観客席にいる生徒たちの視線が、第六グループへと集中する。
羨望。嫉妬。警戒。
零は小さく息を吐く。
(勝者は守られる。だが、目立つ)
岩倉が低く笑う。
「これで第六は触れない……だが、夜の投票材料にはなるな」
桐谷はただ、コートを見つめている。床にはまだ、白い羽が転がっていた。
それはただの道具のはずなのに、誰かの命と等価になった証のように見えた。
そして、その傍らにいる北村の表情は、どこか笑っていた。
(……いい顔だな)
その表情は、絶望や恐怖を乗り越えた先にある――圧倒的快楽。
ギャンブルと同じで、この快感は忘れられない。
〔デスマッチ終了。お疲れ様でした。〕
そして次の瞬間、視界が白く弾ける。
体育館の空気が消え、再び教室へ。
〔緊急会議を再開します。第六グループ:北村 志穂は無敵期間保持者であるため、追放が無効化されました。これで、緊急会議を終了します。〕
「なッ!? そんな風になるのか」
「なんか、ズルくない?」
北村の大逆転劇に教室が騒めく。
【緊急会議終了】
昼はまだ、終わっていない。だが確実に、盤面は動いた。
強者が生まれ、敗者が消えた。
そして、観戦していた全員が理解した。このゲームは、ただ生き残るだけでは足りない。勝たなければ奪われると。
◇◇◇◇◇◇
その後、夜フェーズは誰も処刑されることなく終わった。
〔深夜になりました。明日も06:00:00にDay5が開始されます。生存者は、楽しみにしていてください。〕
【Day4:深夜】(01:00:00〜05:59:59)
深夜。今日は物理室。天井からは、いくつかのリーラーコンセントがぶら下がっている。
「デスマッチ……恐ろしいわね」
桐谷は少し冷静に、そう口にする。
「執行官、殺人、追放、デスマッチ……無敵。ここから加速するぞ」
「そうだね。明日は何人死ぬのやら」
岩倉はいつも通り、余裕そうな表情だ。
どこか達観した口調。でも、その奥には確かな覚悟が感じられた。
「私たちを除いて、残りは26人。あと何日ここに居ればいいんだろう」
僕たちを除き残り26人。数字は減っているのに、圧迫感は増している。
今日、俺たちは何もしていない。ただ観ていただけだ。
だが確実に、このゲームの"形"を理解し始めている。それはみんなも同じ。
最後に見せた北村の表情。みんなの中から、何かの感情が消えようとしている。
それは、みんながゲームに適応し始めているということ。
勝てば守られる。負ければ削られる。そして、観ているだけでも、心は削れる。
桐谷はもう何も言わない。岩倉も目を閉じた。
静寂の中、俺は天井を見上げる。この盤面は、まだ広がる。
ゲームは楽しんだ者勝ちだ。ならば僕は、このデスゲームを楽しむ他ない。
合理的に。冷静に。不要な感情を殺し、最後の1グループになる、その瞬間まで。
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
【生存者:29/36】
【脱落者】
〈Day1〉
第二グループ:水嶋 恒一
〈Day2〉
第五グループ:佐伯健人
第一グループ:長谷川 莉乃
〈Day3〉
第十一グループ:板橋 直斗
第五グループ:辰島 雅人/野口 佳奈(全滅)
〈Day4〉
第九グループ:佐藤 愛楽




