Day3 合理的判断
今日も、不気味なチャイムの音で目が覚める。
眠った感覚はない。昨日と同じ。
暗い天井。見慣れない教室。硬い布団。
時計を見る。
05:51:32
隣では桐谷が静かに座っている。
目は開いているが、焦点が合っていない。反対側では岩倉が天井を見つめていた。
「……おはよう」
岩倉が、いつも通りの声色で言う。いつも通り。
それが逆に、不自然だった。
誰も、昨日のことには触れない。空気は重くない。
冷たい。
昨日までは恐怖があった。
今日は――覚悟の匂いがする。
◇◇◇◇◇◇
06:00:00
瞬き。視界が歪む。次の瞬間、教室の自席に固定されている。
そして、いつも通りの声。
〔――Day3。朝になりました。本日は『DOOMSDAY』です。〕
ざわめき。その言葉だけで、空気が張り詰める。
(ドゥームズデイ……投票で1グループが処刑される日)
声は続く。
〔本日、執行官は存在しません。夜にて、グループ単位での投票を行います。そして、最多票を獲得したグループを消去します。〕
教室にはどよめきが広がる。
〔守護者に守られた人、免罪者、殺人により無敵期間を保有している人物が、被指名グループに1人でもいる場合、投票は無効となり、再投票を行います。〕
黒板の表示に目が止まる。
【Day3/DOOMSDAY:朝】(06:00:00〜06:59:59)
静寂。空席が、目に入る。
水嶋。佐伯。長谷川。
昨日までは"個人"が消えた。
だが、今日は単位が違う。
桐谷が小さく呟く。
「……最大3人、確実にいなくなるのね」
誰かが震える声で言う。
「執行官いないなら、安全じゃないのか?」
違う。安全ではない。責任が分散されただけだ。
僕は端末を開く。
〖役職:一般人〗
小さく息を吐く。
岩倉を見る。
「"また"一般人だよ」
「私も一般人だったわ」
3人とも、一般人。今回は、どうやら本当らしい。
岩倉の目が一瞬だけこちらを見て、微笑む。
昨日の深夜の会話がよぎる。
今日は執行官はいない。いないからこそ、しなければならない。
――合理的判断を。
僕はタスクを確認する。
〖第三グループ:タスク〗
・音楽室よりベビーハープの回収。
・美術室の天使の像にベビーハープを持たせる。
・下駄箱より旗を回収し、中庭に掲揚。
軽い。昨日より明らかに。
だが、今日は昼が本番ではない。夜だ。
教室の空気が変わっている。
昨日までは、「誰が執行官か」。
今日は、「どのグループを切るか」。
視線が、人から"塊"へと変わっている。
岩倉が小さく笑う。
「今日は平和だな」
「昼はね」
僕が返す。
桐谷は唇を噛んでいる。
「……誰かを選ばなきゃいけないのよね」
否定はしない。できない。
全ては他人の評価次第。対策も警戒もほぼ無意味。
僕はここに来て、久しぶりの緊張が走った。
◇◇◇◇◇◇
【Day3/DOOMSDAY:昼】(07:00:00〜11:59:59)
〔昼になりました。行動を開始してください。〕
みんなは動き出す。
だが、誰も急がない。誰も笑わない。
それぞれが、静かに歩き出す。 音楽室は、2階南側にある渡り廊下を渡った先の第二校舎にあるため、僕たちは階段を下りる。
今日は、執行官はいない。だからこそ、全員が執行官になる。
(投票は他人の評価次第……完全に運任せ……)
音楽室へ向かう廊下で、ふと足が止まる。
運。それは合理とは対極にある。
ここまで生き残ってきたのは、運じゃない。観察と選択の積み重ねだ。
なのに今日は、最後が他人の気分で決まる。
(3人まとめて消える可能性がある)
対策はほぼ無意味。
――いや。一つだけある。確実に"安全圏"に入る方法。
胸の奥が、妙に静かになる。
(無敵期間)
このゲームには、殺人による短時間の保護がある。
倫理。感情。罪悪感。
そんな言葉が頭をよぎるより先に、計算が終わる。
僕は振り返る。岩倉と目が合う。
「……ひとつだけ、提案がある」
岩倉は数秒黙った後、わずかに笑った。
「ああ。俺も同じこと考えてた」
迷いがない。
桐谷だけが、立ち止まる。
「……待って。それって……」
僕は、できるだけ平坦な声で言う。
「これは感情とか倫理とか、そんな問題じゃないんだよ」
自分に言い聞かせるように、口を開く。
「ここは、最も合理的な判断をしないといけないんだ」
桐谷の目が揺れる。
沈黙。
やがて、彼女は小さくうなずいた。
「……生き残るため、よね」
「ああ」
それ以上は言わない。やがて、僕たちは再び廊下を歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇
タスクへ向かっている時。第二校舎3階、音楽室へ行く途中の人気のない空き教室。
教卓の後ろに、何やら光っているものが見えた。
――ガラガラ
扉を開ける。
「……これで次の段階に進めるね」
そこには、1つの銃がゲームのように光って浮いていた。
「サイレンサー付きのグロック17か」
僕はそれを手に取る。現実感が、指先に宿る。
そして、ウィンドウが表示される。
〖GLOCK17/サイレンサー〗
・サイレンサー付きの銃。
・急所などにクリティカルヒットすれば100ダメージ与えられる(他の場所は50ダメージ)。
「ダメージ?」
僕は端末を弄ってみる。すると、「状態」という項目に目が止まった。
開いてみる。
〖状態:越宮 零〗
HP:100/100
精神状態:かなり安定
「銃を見て実感が湧いてきたとこなのに、急にゲーム見たいに……調子狂うなぁ」
岩倉はそうため息をつく。
「ゲーム……」
桐谷が目を逸らす。
「とにかく、タスクを早く終わらせよう」
感情を削る。これは選択肢の一つ。ただそれだけだ。
僕たちは残りのタスクを機械的に終わらせた。
同じく別校舎にある美術室の像にベビーハープを持たせ、中庭で旗を掲げる。
中庭を去る際、別のグループと目が合う。
誰も、僕らを疑っていない。まだ。
◇◇◇◇◇◇
「狙いやすいのは頭。確実に頭を撃ち抜くなら、上からだ」
僕たちは4階の南階段にいた。3階から4階に上がって来る人を、狙い撃ちする。
ここなら、一瞬で終わる。
「作戦通り行くよ。桐谷は無理しないでね」
心拍は上がっていない。妙に静かだ。
下から、足音。誰かが階段を上がってくる。
姿が見える。同じクラスの男子。
名前が一瞬浮かぶ。だが、すぐに消す。
あれは人じゃない。"条件"だ。
指が引き金にかかる。躊躇は――ない。
――ボンッ!
小さく、空気が弾けるような音。
その瞬間、相手の体が崩れる。
時間が止まる。血が出るよりも先に、岩倉が端末を操作する。
――ピリリリリ……
アラームが鳴り響き、空間が歪み、視界が白く弾ける。
次の瞬間、全員が自席に固定される。
証拠も、騒ぎも、途中で切り取られる。
【緊急会議】
教室にざわめきが広がる。
「強制招集!?」「今、音しなかった?」「なんか聞こえ……」
そんな中、1人の女子の声が響いた。
「板橋くんが……板橋くんがいない!!」
遅れて、メンバーの男も話し出す。
「今、どっかで銃声がなった瞬間……板橋が……!」
そんな中、スピーカーから声が響く。
〔死亡者が確認されました。第十一グループ:板橋 直斗。〕
初めての殺人。ついに誰かが、一線を越えた事実にどよめきが止まらない。
〔強制招集が発動されました。発議者は議論を開始するか、殺人犯を指名してください。
追放に成功した場合、発議者は2日間の安全が保証されます。失敗した場合、発議者が処刑されます。制限時間は10分です。〕
【00:10:00】
カウントダウンが始まる。
僕はゆっくり息を吐く。心臓が、ようやく強く打ち始めた。
桐谷は俯いている。
「俺たちはタスクが終わったから、情報収集のため招集をかけたんだ。夜になれば1グループ全員死ぬ。だから投票の前に、全員で話し合いたかったんだ」
岩倉の言葉に、みんなは沈黙する。
「だが、今は殺人の犯人探しだ。沙友理たちはどこにいたんだ?」
少し間を置いて、板橋のグループメンバーの1人――櫻木 沙友理が話し始める。
「私たちは、図書館に向かってる階段の途中で……」
「なるほど……」
冷静な議論。だがそんな中、ある声が上がる。
「お前が殺したんだろ! 健! タイミングが良すぎるぞ!」
岩倉はすぐに反論する。
「いや、俺たちは1階の中庭付近にいる。絶対に関与できないよ。多分、第七グループが見てくれてるんじゃないか?」
岩倉は第七グループに視線を向ける。
「え、う、うん。見たよ。岩倉くんたちじゃない」
第七グループの女子の1人が岩倉を擁護する。
中庭から実行までおよそ5分。
だが、極度の緊張の中、正確に時間を把握、情報を整理し、判断を下すのは不可能に近かった。
「で、でもタイミング良すぎだろ! しかも、なんでそんなに冷静なんだよ! 人が死んでるんだぞ! お前が殺ったんだろ!」
案の定の罵声。しかし、岩倉は冷静に返す。
「追放したけりゃすればいい。だが、感情だけで判断したらダメだよ。今まで、何人がそれで死んだと思ってるの?」
それを聞いて、罵声を浴びせた男子は黙った。だが、怒りを顕にしている。
「岩倉くんの言う通りだよ。少し落ち着けって」
その男子のメンバーは、優しくなだめている。
〔これで、緊急会議を終了します。〕
そうして時間が過ぎ、緊急会議は終わりを迎えた。
【緊急会議終了】
転移が完了し視界が開けると、そこは他クラスの教室だった。
「……3階?」
どうやら殺人があった後の転送は、ランダムになるらしい。
警戒はしていたが、僕は少しホッとした。
そして、おもむろに僕は自分の手を見る。
震えてはいない。だが、確実に何かが削れた。
合理的判断。それは正しかったのか。
だが僕にとって、疑問を持つことすら非合理的だった。
◇◇◇◇◇◇
〔夜になりました。グループ投票を開始します。〕
【Day3/DOOMSDAY:夜】(00:00:00〜00:59:59)
昼のざわめきが、まだ微かに残っている。
だが、容赦なく時間は進む。
黒板が、ゆっくりと赤く染まる。
【グループ投票】
〔最多票を獲得したグループを処刑します。投票は匿名です。制限時間は5分。〕
教室のあちこちで、視線が動く。
僕は端末を起動する。
〖暗殺成功により無敵効果が付与されました〗
〖無敵時間:29:58:41〗
次に僕は周囲を見渡す。人ではなく、"塊"を見る目。
昼の件。銃声。強制招集。
疑いは、消えていない。
桐谷が小さく呟く。
「……来るかもしれないね」
「多分ね。まぁ、僕たちは昼の件がなくても、おそらく狙われてたよ。桐谷がいるから強いと思われてそうだし」
「どうだろうね。人気者の桐谷さんが抑止力になってたんじゃない? まっ、逆に女子が私怨で入れるか……」
岩倉は、いつも通りの声で言う。
僕は再び端末を握る。
画面に、投票画面が表示される。
【投票先を選択してください】
指先が、わずかに冷たい。
理屈の上では、僕たちは消えない。問題は、それを誰も知らないことだ。
教室が静まり返る。タップ音すら聞こえない。共有フェーズのように、声が遮断されている。
たった5分が、やけに長い。
〔投票を終了します。〕
黒板に、集計が表示される。
――第一グループ:2票
――第五グループ:3票
――第三グループ:7票
どよめき。最大票。やはりだ。
「……7グループも……」
桐谷の肩が小さく震える。
だが僕は冷静だった。
声が続く。
〔投票の結果、第三グループの処刑が決定しました。〕
一瞬、間が空く。そして――
〔被指名グループ内に、無敵期間保有者を確認。投票を無効とし、再投票を行います。〕
ざわめきが爆発する。
「は!? 無敵って何だよ!」「守護者!?」「ふざけんな!」
岩倉は、静かに目を伏せている。
再投票。今度は、迷いが混じる。
第三グループは無効。ならば、次に危険な塊はどこか。
感情が混ざる。昼に声を荒げたグループ。情報が曖昧だったグループ。
責任の押し付け合いが、目に見えない形で始まる。
〔投票を終了します。〕
表示。
――第一グループ:1票
――第五グループ:6票
――第七グループ:4票
黒板が、赤く点滅する。
〔投票の結果、第五グループの処刑が決定しました。これより、被指名グループである第五グループ:辰島 雅人/野口 佳奈の処刑を執行します。〕
第五グループ――佐伯のいたグループだ。
「ちょ、待てよ……」
席から立ち上がろうとする辰島。
拘束がかかる。隣の野口が泣き出す。
「なんでよ……私たち、何もしてないじゃん……!」
辰島が叫ぶ。
「無敵とか意味わかんねぇよ! じゃあ最初から言えよ!」
だが、処刑は止まらない。光が第五グループを包む。
消える直前。
辰島が、こちらを睨んだ。
「くそっ! お前らのせいだー!!」
教室に響く、最後の叫び。
ふと、黒板の端の小さな表示を見る。
【生存者:30/36】
静寂。今日は合計で、3つの席が空になった。
◇◇◇◇◇◇
〔深夜になりました。明日も06:00:00にDay4が開始されます。生存者は、楽しみにしていてください。〕
【Day3/DOOMSDAY:深夜】(01:00:00〜05:59:59)
「ッ!? 楽しみに――」
桐谷がそう口を開いた瞬間、転送される。
今日はどっかの教室。広い。
「いま、セリフが変わって……」
「おそらく、ドゥームズデイの山場を超えるごとに、難易度も上がっていくんだろう。もう覚悟の段階じゃないんだよ」
僕はそういうと、ため息をつく。
それから少し間を置いて、再び口を開いた。
「……思ったんだけど、Day1の時は化学室が就寝スペースで、次の日化学室のタスクがあった。昨日――Day2は美術室で、今日美術室のタスクがあった……これって偶然かな?」
「確かに……でもどうだろうね。タスクの先取りみたいな、隠し要素があるのかな?」
岩倉は、教室の天井を見上げたまま答える。
「偶然じゃないなら……"慣らしてる"ってことだろうね」
「慣らす?」
桐谷が聞き返す。
「自分たちが寝てる場所に、意味を持たせる。翌日のタスクと繋げる。つまり――」
岩倉はゆっくりこちらを見る。
「この時間も全て、"ゲームの一部"ってこと。ただの休憩時間や準備時間じゃない。朝、昼、夜同様に」
静かに、言葉が落ちる。
僕は周囲を見渡す。薄暗い空き教室。
机の配置。窓の位置。黒板の端のヒビ。
(ここが、明日の盤面になる可能性がある)
偶然なら考えるだけ無駄だ。
だが、もし必然なら――差がつくのは、"気づいた側"だ。
僕は窓際まで歩く。外は相変わらず、真っ黒だ。
空でもない。夜でもない。ただの、塗りつぶし。
(盤面は、毎晩リセットされていない。中庭の祭壇は未だにあった。昨日も、屋上に旗が残ってた)
人が減る。疑念が増える。ルールが開示される。
そして僕たちは、少しずつ適応していく。それが一番、恐ろしい。
桐谷が、ぽつりと言う。
「……今日のこと、後悔してる?」
問いは軽い。だが重い。
少しだけ考える。
撃った瞬間。崩れる身体。無敵の表示。
心は揺れなかった。今も、揺れていない。
「後悔は、合理的じゃない」
それが答えだった。
桐谷は何も言わない。岩倉が小さく笑う。
「越宮くんは、ほんとブレないな」
違う。ブレないんじゃない。ブレないようにしているだけだ。
静寂が落ちる。
遠くで、どこかの壁が軋む音がした気がする。まるで、校舎が生きているみたいだ。
36人で始まったゲーム。今は30人。
明日は、もっと減る。やがて――最後のひとつになるまで。
僕は横になる。天井を見つめる。
(合理的に。冷静に。最短距離で)
それだけを考える。
意識が薄れていく直前、関係ないはずの空き教室の黒板に、淡い文字が浮かんだ気がした。
もう、精神がゲームにのめり込んでいる。
それと同時に、自分のものかわからない感情が込み上げて来た。ほんの少しだけ。
殺しを経て、リミッターが外れたのか。こんな感情、持っていては行けないのに。
(――楽しい)
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
【生存者:30/36】
【脱落者】
〈Day1〉
第二グループ:水嶋 恒一
〈Day2〉
第五グループ:佐伯健人
第一グループ:長谷川 莉乃
〈Day3〉
第十一グループ:板橋 直斗
第五グループ:辰島 雅人/野口 佳奈(全滅)




