Day2 疑心暗鬼
明け方。今日は不気味なチャイムの音で目を覚ます。
眠った感覚はない。ただ、時間が切り取られて、次の瞬間に朝が来る。
05:50:08
Day2開始10分前。桐谷は眠れなかったのか、既に起きていた。
そして、6時になると、当たり前のように教室へ転送された。
瞬きの間に、景色が切り替わる。
〔――Day2。朝になりました。役職を配布します。〕
合成音声が、教室に響く。
席に座らされる。そして目に入る。ひとつ、空いた椅子。
昨日までそこにあった体温は、跡形もなく消えている。
まるで、最初から存在しなかったみたいに。
全員が、そこを見ないようにしている。
【Day2:朝】(06:00:00〜06:59:59)
黒板に、新しい文字が浮かび上がった。
(今日の役職はなんだろう……)
僕はそう考える。
執行官が固定とは限らない。昨日の犯人が、今日も犯人とは限らない。
誰もが、誰にでもなれる。
黒板に昨日と同じ、役職とルールが続く。
ざわめきが大きくなる。
昨日はまだ、理解が追いついていなかった。
でも今日は違う。「死ぬ」という結果を、全員が知っている。
端末が震える。小さな黒い端末。昨日と同じ感触。
画面を開く。
〖役職:一般人〗
小さく、息を吐く。安堵か、落胆か、自分でも分からない。
周囲の表情を盗み見る。ほっとしている者。顔をこわばらせる者。無表情を装う者。
今日も、執行官はこの中にいる。
桐谷が小さく囁く。
「……何だった?」
「一般人」
「俺も」
岩倉も答える。
3人とも一般人。昨日と同じ。
タスクを確認する。
〖第三グループ:タスク〗
・化学準備室より試験管5本を回収。
・化学室の試験管立てに試験管5本を並べ、それぞれ特定の溶液で満たす。
・職員室金庫を開錠。
・屋上信号灯を10分間点灯維持。
金庫。準備室。移動距離。
時間は7時から12時まで。5時間。
「タスクが増えてるな。タスクの順序的に、おそらく信号灯は金庫の中だ。上から順番にこなしていこう」
僕の意見に、2人とも同意する。
◇◇◇◇◇◇
【Day2:昼】(07:00:00〜11:59:59)
〔昼になりました。行動を開始してください。〕
黒板が暗転。扉のロックが解除され、開かれる音が鳴る。
みんな椅子から立ち上がる。しかし、誰もが、誰とも目を合わせない。
「ふわぁ〜〜」
岩倉は、眠たそうにあくびをしながら立ち上がると、頭をポリポリと掻く。
そして、
「……雰囲気が、すごいな」
と、呟いた。
昨日までは"クラスメイト"だった。今は、"潜在的な殺人者"。
空気が、昨日より重い。恐怖は、形を持ち始めている。
そしてその中心には――疑いがある。
「……急ごう」
僕たちはすぐさまタスクへと向かった。
廊下を駆ける足音が、やけに大きく響く。
周りを見渡すと、廊下のあちこちで、ぎこちない距離感が生まれていた。
曲がり角では、互いに譲り合いながら死角を避ける。
「……みんな、壁を背にしてるわね」
桐谷が小さく言う。確かにそうだった。無意識に、背後を守っている。
5秒間、指を向けられるだけで終わる。たったそれだけで。
◇◇◇◇◇◇
3階西側。化学準備室。
室内は薄暗く、棚に並ぶガラス器具が不気味に光る。
「まずは試験管を5本回収……」
僕たちは早速試験管を探しす。
しかし、見つからない。
フラスコ、メスシリンダー、コニカルビーカー。全てが試験管に見えてくるほど、ギッシリと置かれている。
「やばいな、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ」
僕たちは必死に探し出す。
「試験管、これだ」
岩倉がケースを引き出す。
僕は周囲を確認する。
(ここは死角が多い。窓越しでもアウトだったら、少し厄介だ)
「急ごう」
そして、1時間以上かけ、ようやく5本を回収し終えた。
〖タスク進行:1/4完了〗
「棚の後ろの隙間に挟まってるのは反則でしょ……」
岩倉は疲弊した声で、そう漏らす。
次は溶液だ。
そのまま化学室に入ると、机の上には5つの穴が空いた試験管立てが置いてあった。
「これね」
桐谷が試験管を1本ずつさしていく。
そして、全てさし終えると、端末が起動した。
〖実験:赤、青、銀、発光、沈殿の溶液を作れ。〗
その瞬間、5本全ての試験管が何かの溶液で満たされ、一つ一つにウィンドウが表示された。
〖水酸化ナトリウム〗〖硫酸銅水溶液〗〖アンモニア性硝酸銀水溶液〗〖過酸化水素水+砂鉄溶液〗〖塩化ナトリウム水溶液〗
「確か桐谷さんって、化学専攻だったよね」
岩倉は桐谷にそう尋ねる。
「えぇ……」
桐谷はそう言って、表示を眺める。
そして、必要なものを言い始めるが、
「フェノールフタレインとアンモニア水……あとは硝酸銀水溶液ね。発行はおそらくルミノールだけど……銀ってあったっけ? まだ習ってないわ」
と、ひとつだけわからない様子。
そんな桐谷に、僕はそっと口を開いた。
「銀鏡反応……アルデヒドがトランス試薬中の銀イオンを還元して起こる反応。どこかにアルデヒドの試薬があるはずだ」
「……あんたって物理専攻よね」
僕の言葉に、桐谷は若干引き気味で反応した。
「まぁ、越宮くんは物知りそうだしね。俺は全然わかんないや」
僕たちはそんなやり取りをしつつ、化学室の薬品棚を開ける。
◇◇◇◇◇◇
「アセトアルデヒド……これでいいのかしら?」
「うん」
僕たちは時間をかけ、ようやく全ての溶液を全て回収した。
そして、一つ一つ丁寧に試験管へ注いでいく。
〖タスク進行:2/4完了〗
「ふぅ、上手くいったようね」
かなりの時間が過ぎたように感じ、ふと腕時計を見る。
08:51:34
体感より速い。しかし、焦りが喉を締める。
僕たちは急いで階段を駆け下りると、2階東にある職員室へ入った。
1~5までのダイヤル式。端末からウィンドウが表示される。
〖暗証番号:溶液の並び順〗
金庫の横には、『銀→青→沈殿→赤→発光』の文字。
「連動か……先に化学室に行って正解だったな」
試験管内の溶液の並び順が暗証番号。
「覚えてる?」
「あぁ」
僕は記憶を頼りに、数字に変換する。
「確か、赤、青、銀、発光、沈殿だったから――3→2→5→1→4だな」
僕がダイヤルを回すと、カチっと小さな解錠音がなった。
扉を開く。
〖タスク進行:3/4完了〗
中には、予想通り信号灯が入っていた。
「行きましょうか」
桐谷の催促で、僕たちは南階段を上がる。
4階。さらに上。
屋上の扉が重い金属音とともに開く。
眩しい。昨日と同じ、白い空間。中央には白い旗。
「……誰もいないんだな」
視界が開けているので、密かに指名される可能性は低い。
それなのに、校舎内の喧騒は遠くで続いている。
誰も来ない。考える余裕がないのか。
恐怖は、合理性を奪う。
「今日もここで待機しよう」
信号灯を設置し、スイッチを入れる。
赤い光が、白の中で点滅する。
「10分か……確定で時間を消費するタスク。時間をかけすぎたら詰みになる、厄介な仕様だな」
僕はそう漏らしながら、時間が経つのを待った。
それからしばらくして、信号灯の灯りが勝手に消える。
〖タスク進行:4/4完了〗
時間を確認する。
09:37:10
まだ余裕がある。僕たちはホッとして、その場に座った。
だが、その時だった。
――ピリリリリ……
突然アラームのような音と共に端末が起動した。次の瞬間、僕たちは教室へ強制転移させられた。
(強制転移……もう殺人が起こったのか?)
僕は辺りを見渡す。
「な、なんなのよ!?」「もうやだ〜」「何が起こったんだ?」
教室は恐怖と不安と疑心で満ちている。
教室に転移した瞬間、椅子に固定される。
黒板が赤く点滅した。
【緊急会議】
ざわめきが止まらない。
「誰がかけたんだよ!」 「もう処刑なのか!?」
そんな中、合成音声が割り込む。
〔強制招集が発動されました。発議者は議論を開始するか、執行官、または殺人犯を指名してください。
追放に成功した場合、発議者は2日間の安全が保証されます。失敗した場合、発議者が処刑されます。制限時間は10分です。〕
【00:10:00】
カウントダウンが始まり、空気が凍る。
教室の一角で、ひとりの男子が立ち上がった。
第五グループの――佐伯。
昨日、水嶋の処刑を真正面で見ていた男。少し小太りの、オタク気質な男だ。
目の下に濃い隈。唇が乾いている。
「こ、こいつだ……こいつが執行官だ……!」
声が震えている。
ざわつく教室。佐伯は荒い呼吸のまま、ある方向を睨んだ。
「神谷! お前だろ!」
指を突きつける。名指しされた、第八グループの神谷が立ち上がる。
「だから違うって言ってるだろ!」
神谷は否定する。
「そうよ佐伯くん。早まってはダメよ」
第五グループのメンバーにも止められている。
「うるさい! お前らも見てただろ! あいつ俺の事ずっと睨んでたぞ!」
「執行官を警戒してただけだろ!」
「黙れ! お前が……お前が死ぬんだ!」
叫び。しかし、その声は確信ではなく、恐怖に支配されている。
(なるほど……恐怖からくる焦りで、正常な判断ができてないな。まぁ、精神的にかなり追い詰められているのも無理はないか。だがこのままでは――)
僕はこの状況に、思考を巡らせた。
教室の空気が揺れる。
「確かに神谷、佐伯のこと苦手だったよな……」「でもそれだけで?」「間違ったらまずいぞ……」
迷いが生まれる。僕は佐伯の様子を見る。
目が泳いでいる。焦点が合っていない。
佐伯は"推理"していない。"逃げたい"だけだ。
2日間の安全。それに縋っている。
〔最終確認。神谷 篤志を追放しますか?〕
佐伯はゆっくりとうなずく。
「……はい」
神谷が叫ぶ。
「違うって言ってんだろ! 死ぬぞ!!」
佐伯の額から汗が落ちる。
沈黙。教室中の呼吸が止まる。
そして――
〔第八グループ:神谷 篤志は執行官ではありませんでした。よって、発議者:佐伯 健人の処刑を執行します。〕
と、告げられた。
「……え?」
佐伯の表情が固まる。
「ま、待ってくれ……! そんなハズはない! 嘘だ……死にたくない!! 誰か助け――」
拘束がかかり、足元から光が噴き上がる。昨日と同じ、容赦のない白。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」
断末魔が教室を裂く。
光が身体を包み、指先から崩れていく。
そして、何も残らない。椅子だけが、空席になる。
「もう、いやぁぁぁぁ!!」「ふざけんなよ!」「こ、こんなのって……」
負の感情がさらに蠢く。
神谷は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……俺じゃないって、言ったのに……」
恐怖が一段階、深くなる。
今のは、執行官の殺しではない。"焦った人間の自爆"だ。
しかも、誰も止められなかった。
僕は、息を吐く。
(これが、このゲームの本質か)
人を殺すのは執行官だけじゃない。疑いが殺す。
〔これで、緊急会議を終了します。〕
黒板がゆっくりと暗転する。
【緊急会議終了】
空席が、2つになった。
それから、僕たちは再び元いた屋上へと戻される。
「これからどうなっちゃうの……」
桐谷は震える声で、そう漏らす。
執行官は死ななかった。つまり、被指名者が免罪者や被守護者の場合を除き、もう1人の犠牲者がでる。
悲劇は、まだ終わりではなかった。
◇◇◇◇◇◇
【Day2:夜】(00:00:00~00:59:59)
〔夜になりました。本日の処刑対象を発表します。〕
夜の教室。窓の外は紺色。
机に固定される感覚。動けない。
空席が2つ。水嶋。佐伯。
誰もそこを見ない。
黒板が淡く光る。
【処刑対象:第一グループ『長谷川 莉乃』】
一瞬、時間が止まる。
「……え?」
長谷川が小さく声を漏らす。
「なんで……あたし?」
女子たちがざわつく。
「ちょ、ちょっと待ってよ……! 誰が指したのよ……!」
長谷川は立ち上がる。
顔色が悪い。けれど、泣いてはいない。
「……執行官、いるんでしょ」
教室を睨む。
「出てきなさいよ!」
沈黙。
〔執行官による指名が確認されました。被指名者は、執行官を特定できます。外れた場合、執行は確定します。〕
空気が張り詰める。長谷川は教室を見渡す。
視線が止まる。
「……あんたでしょ」
長谷川は第七グループの女子――三上に向けて指を突きつけた。
「この前、あたしの悪口言ってたらしいじゃない」
三上が立ち上がる。
「は? 何言ってんの?」
「昼もずっとこっち見てたじゃん。」
「見てただけで、執行官になるわけないでしょ!」
声がぶつかり、疑いが広がる。長谷川は三上を指し続ける。
〔最終確認。三上 彩花を追放しますか?〕
「絶対あんたよ」
一瞬の静寂。そして――
〔第七グループ:三上 彩花は執行官ではありませんでした。よって、被指名者:長谷川 莉乃の処刑を執行します。〕
「……は?」
長谷川の声が震える。
「ちょっと待って、違う、今のなし……!」
拘束。足元から白い光が噴き上がる。
「やだ……やだやだやだ!!」
椅子ごと包み込む光。
「誰か――!」
再び悲鳴が教室を裂く。
光が強くなり、身体が崩れていく。
そして、光が消えた。椅子だけが残る。
静寂。
〔処刑が完了しました。深夜まで、今しばらくお待ちください。〕
一拍。そして、
「……あなたがやったんでしょ」
と、誰かが声を上げる。
擦り付けられた女子が顔を上げる。
「違うわよ!」
「だってあんた、この前莉乃の陰口言ってたでしょ!」
「だからって、殺すわけないじゃない!」
声が重なる。
「美香だって、莉乃ちゃんのことバカにしてたじゃない!」
「いや、犯人はあいつよ!」「誰が犯人なのよ!」「知らないわよ!」
女子同士の声がぶつかる。
男子も口を挟む。
「お前、昨日も長谷川と揉めてただろ」「動機あるじゃん」「動機で決めつけるなよ!」
教室が一気に崩れる。
泣き出す者。怒鳴る者。机を叩く音。
執行官は名乗らない。誰も証明できない。ただ、処刑だけが確定している。
3つ目の空席が、並ぶ。疑いの視線は消えないまま、夜が深く沈んでいった。
◇◇◇◇◇◇
〔深夜になりました。明日も06:00:00にDay3が開始されます。生存者は、覚悟してください。〕
【Day2:深夜】(01:00:00〜05:59:59)
そして深夜になり、今日もランダムに転送される。
「……今日は美術室か……」
僕はそう言って、ふと隣を見る。
「莉乃ちゃん……」
桐谷は、長谷川と割と仲良くしていたらしく、酷く落ち込んでいる。そしてその目の奥には、微かな憤りがあった。
「……」
僕は言葉に詰まる。こんな状況に対応できる言葉を、僕は持ち合わせていなかった。
そんな風に、沈黙の中、僕たちは布団に入る。
そして、しばらく経った後、岩倉がおもむろに口を開いた。
「俺……この3人で良かったよ」
「どうしたんだ? 急に」
「なんというか……このメンバーだから冷静でいられる気がするんだ。クラスでトップの成績で、人気者の桐谷さん。
そして、あまり喋ったことはなかったけど、冷静で意外と"気が合う"越宮くん。この3人なら生き延びれそうな気がしたんだよ」
その言葉に、僕は同意する。
みんな思った以上に冷静で、物分りがよく、合理的だ。
桐谷も静かに、
「……そうね」
と、呟いた。
◇◇◇◇◇◇
布団に入って、1時間ほど経った。時計は2時を回っている。
桐谷は寝息を立てている。
「……岩倉くん」
僕は、おそらく起きているであろう岩倉に声をかける。
すると、
「なんだい? 眠れないのかい?」
と、案の定返事が帰ってきた。
「少し聞きたいことがあるんだが――」
俺は上体を起こしながら尋ねる。
「長谷川さんを殺したのは君でしょ」
一瞬の沈黙の後、岩倉がニヤリと笑った。
「……やはり君は、気が合うね。でも、どうして気づいたんだい?」
僕は岩倉の質問に、ゆっくりと答え始める。
「……今日は1日目とは違い、全員が執行官を最大限警戒していた。そんな中、誰にも気づかれない5秒間の指差しは至難の業だ。ならばどうするか? 答えは簡単。"全員がいる場所で、無差別に差す"ことだ」
僕は間を置いて、続ける。
「人間の心理的に、警戒し始めるのはゲーム開始直後ではなく、教室を出てからだ。ゲーム開始直後は視線が分散し、混乱と緊張で頭が回らない。
そしてその作戦のキモは、"差す指は指定されていない"ということだ。君はゲーム開始直後、頭を搔くふりをして、親指で背後の長谷川さんを差した。今日一日、君はどこか余裕そうで、警戒もさほどしていないように感じた」
岩倉は笑みを浮かべ、
「やっぱり、越宮くんってすごいね」
と、言ってきた。
「……意外と無慈悲なんだな」
僕がそう返すと、岩倉はこう続けた。
「無慈悲だなんて、やだなぁ。
――合理的って言ってくれよ」
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
【生存者:33/36】
【脱落者】
〈Day1〉
第二グループ:水嶋 恒一
〈Day2〉
第五グループ:佐伯健人
第一グループ:長谷川 莉乃




