Day1 絶望の幕開け
明け方。聞きなれない電子音で、みんなは目を覚ます。
06:00:00
昨日のタイマーは、いつの間にか時計に変わっていた。
あんなことがあって眠れるはずもなく、僕は目を擦りながら、ふと窓の外に目をやる。
そこには、日常の内から見える、非日常が広がっていた。
淡い光が、窓から差し込んでいる。外はうっすらと明け始めたような色。
しかし、外は色だけが存在する虚無空間のような、何も無い空間が広がっているだけだった。
やがて、スピーカーの音声が教室の静けさを切り裂いた。微かなノイズの後、合成音声が流れる。
〔――Day1。朝になりました。役職を配布します。〕
黒板の文字が静かに光を帯びる。
【Day1:朝】(06:00:00〜06:59:59)
その表示の下に、役職の一覧と説明が次々に現れる。
【役職】
〈〈執行官〉〉:その日処刑する1名を指名する。ただし、被指名者に正体を暴かれると、逆に処刑される。指名は絶対。夜までに指名しないと処刑。昼に対象を5秒間、直接指差すことで指名完了。
〈〈探偵〉〉:殺人が起きた場合、死亡推定時刻や証拠の解析、鑑定が可能。特定範囲内にいる人を移すマップを開ける。
〈〈免罪者〉〉:その日1日は絶対に死なない。
〈〈守護者〉〉:1人を守れる。
〈〈一般人〉〉:特別な能力なし。
そして最低限のルールと詳細も書かれていた。
【ルール】
・夜までにグループごとに与えられた『タスク』をこなさなければならない。できなければ、グループ内の1人処刑。
・殺人を犯した際、バレなければ、その日を含め3日間絶対に死なない。バレれば即処刑。
・全員に1日1回の強制招集の権限が与えられ、そこで殺人犯などを追放することができる。間違えたらその人が処刑。成功すれば、その日を含め2日間絶対に死なない。
【その他】
・能力者(執行官や探偵などの特殊役職)は1名ずつ。
・武器はランダムにスポーンする。
・グループのメンバー同士は一定以上離れられない。
役職、執行官、タスク、殺人――処刑。
淡々とした言葉の羅列が、妙な不気味さを放っている。
「じ、冗談だろ……」
みんなの絶望的な声。
そんな中、グリッチと共に、腕に何やら電子腕時計のような端末が出現した。
起動して見ると、目の前におそらく自分にだけ見えるウィンドウが表示される。
〖役職:一般人〗
ホッとしたような、してないような、変な感情。
だがそれと同時に、新たに合成音声響いた。
〔――それでは、共有を始めてください。〕
その瞬間、音が消えた。いや、正確には人の声だけが聞こえなくなった。
(共有……グループメンバーでの話し合いか?)
とりあえず僕は、メンバーの桐谷の元へ向かった。
周囲はざわついているようだが、声は届かない。教室の空気は同じだが、他グループの声は壁に吸い込まれたように聞こえない。
まるで、この教室の中で別々の空間にいるみたいだ。
「昨日、寝れた?」
桐谷の元へ行くと、僕はそう話しかける。
「そんなわけないでしょう……」
桐谷は眠そうな目をしながら、ダルそうに答えた。
「……昨日のこと、まだ信じられないな」
続けて、桐谷は小さな声で呟く。
「そうだね」と僕は答え、そっと黒板の光を見上げる。
文字はもう目に馴染んでいた。
役職、ルール、タスク、処刑――淡々と並ぶ言葉が、胸の奥にじわじわと重くのしかかる。
そんな話をしていると、もう1人のメンバーがやってきた。
「なんだか、とんでもない事になっちゃったね」
そう口にしながら、近くの椅子に座る。
岩倉 健。昨日の夜、多少の人となりはわかったが、まだまだわからないことが多い。
「で、役職は? 私は……一般人ね」
桐谷が少し肩をすくめる。安心していいのか、緊張すべきなのか、微妙な空気だ。
「俺も一般人だよ」
岩倉もそう言う。
「みんな一般人のようだね。今日は執行官に警戒しつつ、タスクをこなさなきゃならないな」
僕は冷静に言いながらも、視線は教室全体に走らせる。
他のグループは、どんな反応をしているのか。聞こえないが、感じるものはある。
「他のグループの声は聞こえないのね」
桐谷が視線を前方に泳がせる。僕はうなずく。
「同じ教室にいるのに、まるで別の部屋みたい。声も届かないし、聞かれない」
僕は、ふと窓の外を見る。外は虚無。何もない。
窓の外に広がる虚無を眺めながら、そっと息を吐いた。
淡い光は差しているが、世界はどこまでも空白だった。色だけの存在。
「さて、タスクを確認しようか」
気を取り直して、僕がそう言うと、桐谷と岩倉はうなずいた。
端末の項目からタスク確認を選択する。
〖第三グループ:タスク〗
・屋上のポールに旗を1枚揚げる。
・図書館で指定の本を探す。
・中庭の祭壇に指定の本を設置する。
タスクは軽めといっても、中々大変なものだった。
校舎は広く、4階まであり、屋上や中庭までの移動にも時間がかかる。
ちなみに、僕たちの教室は3階の南側だ。
「行動に制約があるから、分担する訳にも行かないし、3人で協力するしかないわね」
桐谷が小さく呟く。岩倉もうなずいた。
「まずは順序を決めよう。屋上の旗がどこにあるか不確定だから、まずは図書館と中庭のタスクを済ませ、旗を探すというのはどう?」
「いいと思うわ」
桐谷が答える。岩倉も同意する。
「昼になったらすぐ行動開始だ。時間に余裕はない」
岩倉が時計をちらりと見た。
黒板の表示は、6時15分を示していた。
「あと45分弱で、昼のフェーズが始まってしまう……」
そして、岩倉はそうぽつりと呟いた。
黒板の文字が微かに光を揺らす。タスクをこなさなければ、夜には処刑対象になる。失敗した場合、誰が処刑されるかはランダムだという。
「……実感湧かないけど……怖いな」
桐谷も小さく呟く。僕も心の中でうなずいた。
僕だって怖いといえば怖い。しかし、感情に飲まれていては何もできない。
故に僕は、合理的で最善な判断を模索することに集中した。
◇◇◇◇◇◇
僕たちは、最後にタスクの持ち物やルートを確認した。
すべての準備を終えると、教室は静まり返る。外の光は少しずつ明るくなっているが、それでも校舎の外には何もない。
「よし、昼になったら移動開始だ。全員で行動する」
僕は静かに告げる。桐谷も岩倉もうなずいた。
教室の時計は、もうすぐ7時を示す。
「昼フェーズ……行動開始か」
僕は小さく息を整え、椅子を立つ。
みんなは物々しい表情で、時計を眺めている。
共有フェーズは終わり、教室に再び不安の声が満ちていた。
「残り、10秒……」
窓の外の虚無と光を最後に眺め、深呼吸する。
そしてついに、
〔昼になりました。それでは行動を開始してください。〕
と、アナウンスが流れると同時に、教室の扉が一気に開放された。
【Day1:昼】(07:00:00〜11:59:59)
黒板の表示も変わる。
「よし、行くぞ」
そして3人で、初めての行動を開始するために歩き出した。
廊下に出た瞬間、空気が変わった。
窓の外は、朝の淡い色ではない。完全な白。
影すら曖昧になるほどの、均一な光。
空も地面も境界がない。ただ"白"という概念だけが広がっている。
「……目が痛いな」
岩倉が目を細める。
その白さは、安心感のある光ではない。逃げ場のない無機質な明るさだった。
僕たちは足並みを揃えて廊下を進む。
グループのメンバー同士は一定以上離れられない――試しに岩倉が少しだけ前に出ると、引き寄せられるように僕たちの元に帰ってきた。
「やっぱりか」
半径はだいたい4、5m程度。
3人は自然と密集する形になる。
まるで見えない鎖で繋がれているようだ。
そんな調子で、まずは3階東側にある図書館へ向かう。
共有は終了しているため、他グループの声が普通に聞こえる。
「執行官、誰なんだよ……」
「今日のうちに指名されるのか……?」
不安と疑心が廊下を満たしている。
誰かがこちらを見る。一瞬だけ目が合う。
(今、この中に執行官がいるかも知れないな……)
昼のフェーズの、5秒間の指差しで処刑対象が決まる。
無防備に立ち止まるのは危険だ。
「立ち止まらずに、急ごう」
僕は小さく言う。3人で足早に図書館へ。
廊下をすぐ左に曲がったところに、図書館はある。扉に手をかけ、カラカラっと開ける。
中は異様に静かだ。白い光が窓から流れ込んでいる。
僕たちが図書館の中へ足を踏み入れると、端末が振動した。
〖指定図書:13番目の証言〗
「良かった、タイトルは出るんだな」
「探そう」
3人で棚を分担する……と言いたいところだが、距離制限があるため大きく広がれない。
3人が横並びになり、ゆっくりと棚を移動する。
「数万冊の中から、1つの本を探すなんて……」
僕は本棚の隅々まで探す。
時間がかかる。端末の時計を見る。
08:13:12
「まだ余裕はあるけど……油断はできない。」
それから数分後。
「あった!」
桐谷が声を上げる。手に取った本の背表紙に、淡い光が走る。
そして、ウィンドウが開き、表示が現れた。
〖タスク進行:1/3 完了〗
3人同時に、小さく息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇
続いて僕たちは、突き当りにある東階段を降り、中庭に向かった。
中庭に出ると、そこだけは校舎の影が落ちている。
中央には石造りの小さな祭壇。
端末が指示を表示する。
〖指定位置に本を設置してください〗
桐谷がゆっくりと本を置く。
その瞬間、淡い光が祭壇を包み、音もなく消えた。
〖タスク進行:2/3 完了〗
「あと1つ……」
岩倉が呟く。
「執行官が見ているかも知れない。急ごう。」
2つ目のタスクは難なくクリアし、僕たちは最後のタスクへ向かった。
◇◇◇◇◇◇
残るは旗。だが問題は、旗がどこにあるか不明なことだ。
屋上へ続く扉を開けると、強烈な白が視界を覆った。眩しい。
空も地平線も存在しない。
「やはり、脱出は不可能っぽいな」
屋上の縁に向かうと、その先は見えないバリアのようなものが張ってあり、向こうには行けなくなっている。
屋上の中央には、ポールが立っている。先の尖ったような独特な見た目に、周りに9本の小さなオブジェが立てられていた。
だが――
「旗がない」
ロープだけが垂れている。
「どこかにあるはずだ」
僕たちは端末を操作してみる。
ウィンドウのタスクの項目をタップすると、新たなウィンドウが表示された。
〖アイテム(旗):屋上〗
「屋上にあるのか……校舎のランダムな場所とかじゃなくて良かった」
岩倉は、ホッと胸を撫で下ろす。
それから探すことおよそ数分。給水タンクの裏に、折り畳まれた白い旗があった。
「急ごう」
ロープを通し、3人で引く。
白い世界の中、白い旗がゆっくりと上がっていく。そして、頂点へ。
風はない。なのに旗は、かすかに揺れている。
〖タスク進行:3/3 完了〗
〖第三グループ:タスク達成〗
時刻は8時46分。
「……終わった」
思ったより早い。だが、徐々に難易度が上がっていくのなら、初日でこれは不安が拭えない。
「これからどうする?」
「無駄に動くのは危険だ。ここ、屋上は執行官の脅威が限りなく少ないから、ここで夜まで耐えよう」
そうして、タスクを終えた僕たちは、そのまま夜まで潜伏することにした。
◇◇◇◇◇◇
屋上で、ただ時間が過ぎるのを待つ。
白い世界は徐々に闇へと変わっていく。
そんな中、風もないのに旗だけが微かに揺れていた。
時計は静かに進み続ける。
11:58:50
11:58:51
「……もうすぐだな」
岩倉の声は乾いていた。
僕も、桐谷も、何も言わない。
00:00:00
そして、12時になったその瞬間、視界が歪む。
足元が消え、重力が反転し――次の瞬間、僕たちは教室の席にグループごとに固まって座っていた。
窓側前の席から第一、第二……と順に並んでいるようだ。
【Day1:夜】(00:00:00:〜00:59:59)
窓の外は、朝や昼とは違う。紺色の夕闇が、校舎を包んでいる。
深く、重い青。だがその向こうは、やはり虚無だ。
教室の空気は冷たい。
全員が強制的に着席させられているらしい。立とうとしても身体が動かない。
「タスクは……?」
「終わった……はずだ……」
「夜って、まさか……」
ざわめきが広がる。
(今気づいたけど、1日が12時間になってるな……)
僕は心の中でそう呟いた。
それから程なくして、スピーカーからノイズが走る。そこから、あの感情のない合成音声。
〔夜になりました。本日の処刑対象を発表します。〕
教室が凍る。黒板に、ひとつの名前が浮かび上がった。
【処刑対象:第二グループ『水嶋 恒一』】
「……は?」
誰かの声が漏れる。
第二グループの一角。水嶋という男子が、ゆっくりと立ち上がらされた。
顔は青白い。目は見開かれている。
「な、なんで……俺は……!」
合成音声が続く。
〔執行官による指名が確認されました。被指名者は、執行官を特定できます。外れた場合、執行は確定します。〕
ざわめきが爆発する。
「当てれば助かるのか……? 外したら――」
水嶋は荒く息をしながら、教室を見回す。
恐怖と焦燥が滲んだ目。
「……お前だろ……?」
震える指が、ひとりの男子を指す。
「第四グループの……いや、第一か? 昼、ずっとこっち見てた……!」
指された男子が叫ぶ。
「は!? 違う!! 俺じゃないぞ!」
教室は混乱の渦。
〔最終確認。斎藤 学を追放しますか?〕
水嶋は、必死に叫ぶ。
「こいつだ! 絶対こいつが執行官だ!!」
一瞬の沈黙。永遠のような数秒。
そして――
〔第一グループ:斎藤 学は執行官ではありませんでした。よって、被指名者:水嶋 恒一の処刑を執行します。〕
「待て、待ってくれ!! やり直しは――」
次の瞬間。水嶋が光の鎖で拘束され、足元から白い光が噴き上がった。
鋭く、純粋で、容赦のない光が水嶋の身体を包み込む。
「嫌だああああああああああ!!」
叫びは途中で掻き消える。光は、炎のように揺らめきながら水嶋を焼く。
だが焦げる匂いも、血も、悲鳴の余韻も残らない。ただ、浄化するように。
輪郭が崩れ、粒子になり、光の中へ溶けていく。
そして――何も残らなかった。椅子だけが、そこにある。
〔処刑が完了しました。深夜まで、今しばらくお待ちください。〕
静寂。誰も、声を出せない。
さっきまでそこにいた人間が、跡形もなく消えた。
ゲームじゃない。脅しでもない。
本当に――死んだ。
「……うそ、だろ……」
誰かが呟く。
「「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」」「「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」」
それから間を置いて、悲鳴が上がり始めた。
耳を、心をつんざくような悲鳴。教室の絶望はピークに達していた。
桐谷の指が、震えているのが見えた。岩倉は唇を噛み締めている。
昼間はどこか現実感がなかった。
タスクをこなすことに必死で、処刑という言葉を"ルール"として処理していた。
だが今、目の前で人が消えた。
逃げ場のない教室。紺色の闇に包まれた窓の外。
これが、この世界の現実だ。
教室には、嗚咽が混じり始める。
泣き出す者。呆然と天井を見上げる者。誰かを睨みつける者。
疑心と恐怖が、ゆっくりと広がっていく。
執行官は、今もこの中にいる。今日、人を一人殺した存在が。
そして、明日もまた――
全員が疑心暗鬼になる。
窓の外の紺色は次第に濃くなり、やがて完全な漆黒へと沈んでいく。
次のフェーズが始まるまでの時間は、途方もなく長く感じられた。
◇◇◇◇◇◇
〔深夜になりました。明日も06:00:00にDay2が開始されます。生存者は、覚悟してください。〕
【Day1:深夜】(01:00:00〜05:59:59)
覚悟。その言葉が、やけに重く響く。
僕は拳を握りしめた。
(……これは、本当に殺し合いなんだ。)
実感が、遅れて胸に突き刺さる。
〔深夜は互いに干渉不可能な時間です。それでは、就寝スペースへ転送します。〕
そして、スピーカーがそう言うと、僕たちはたちまち他の教室へ転移した。
「……化学室……」
「他の人たちはいないみたいだね……」
僕はおもむろに、扉に手をかけた。開かない。
ここのゲームでは飲食や排泄などが必要ない。
だが――
「眠いわね」
「そうだね。睡眠不足は判断力を欠くから、早めに寝よう」
僕たちは用意されていた布団に潜ると、明日のことを考え、震えながら眠りにつくのだった。
――絶望の幕開け。
こうして、Day1が終わった。
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
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【生存者:35/36】
【脱落者】
〈Day1〉
第二グループ:水嶋 恒一




