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この校舎は既に閉鎖されています。  作者: トランス☆ミル
ゲーム

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2/19

Day0 開始

 最初に立ち上がったのは、廊下際の席の男子だった。


「ちょっと見てくるわ」


 軽い調子でそう言って、教室の後ろ扉に手をかける。


 しかし、


 ――ガチャリ


 と音がして、開かない。


「あれ?」


 もう一度力を込める。ガチャガチャと、乾いた音だけが響いた。


「鍵かかってる?」


「内側から?」


 だが、確認しても鍵はかかっていない。


 誰かが前の扉も試す。結果は同じだった。


 空気が、ほんの少しだけ重くなる。


 窓際の生徒が、今度は窓を開けようとした。


 金具に手をかける。引く。動かない。


「……え?」


 もう一度。今度は両手で。


 だがびくともしない。


 僕も立ち上がり、近くの窓に触れた。


 冷たいガラス。鍵は開いているはずなのに、枠ごと固定されているように動かない。


 その時、誰かが小さく声を上げた。


「外、暗くない?」


 全員が、窓の外を見る。


 曇り空だが、放課後前のまだ明るい時間帯だったはずだ。なのに、窓の向こうは夜だった。


 いや、ただ夜という感じではない。街灯もない。校庭も見えない。ただ、黒い。


 カーテンの隙間から見える、光を吸い込むような均一な闇。


「……停電?」


「いや、でも校内は明るいし。外も、暗くなる時間帯じゃないだろ」


 誰かがカーテンを勢いよく引く。布が揺れる音だけがして、景色は変わらない。


 まるで、窓の向こう側だけが切り取られたみたいだった。


 廊下に出ようという声が上がる。数人で扉を押す。引く。蹴る。


 それでも開かない。強化ガラスを拳で叩く者もいたが、鈍い音が返るだけでひび一つ入らない。


 僕はもう一度スマホを見る。圏外。


 時刻表示は15時50分から動いていない。


 電源を落として、入れ直す。変わらない。


 まるで、この教室だけが時間から切り離されたみたいな感覚。


「ドッキリ……とか?」


 誰かが言う。


「おいおい、どうなってんだよ……」


 笑い声は、もう混じらなかった。


 教室の中央に立つ桐谷と目が合う。


 桐谷は何も言わなかったが、その表情から分かる。


 これは偶然じゃない。誰かのいたずらでもない。


 校舎ごと――どこか別の場所へ、移されたみたいだった。


 その瞬間。天井のスピーカーから、微かなノイズが走った。


 教室が、反射的に静まる。


 ――ザー……


 短い機械音のあと、抑揚のない合成音声が流れた。


〔校内閉鎖を確認しました。〕


 誰かの声ではない。男とも女とも判別できない、一つ一つ繋ぎ合わせたような平坦な音。


 ざわめきが一瞬で凍る。


〔この校舎は既に閉鎖されています。〕


 閉鎖。その単語が、妙に重く響いた。


「……は?」


 誰かが小さく漏らす。


 意味は分かるのに、理解ができない。


〔外部との通信は遮断されています。校舎外への移動はできません。〕


 淡々と、事実だけが積み上げられていく。


「ちょ、ちょっと待てよ。一体これは何なんだ?」


 前の席の男子が声を上げる。それに続き、他の人たちも声を上げ始めた。


「何の話だよ。ふざけてんのか?」


「誰なんだよ!」


「何が起きてんだ?」


 反応はない。音声は一定の間隔を置いて、続く。


〔対象者は、当該クラス在籍者36名。現在位置からの離脱は認められていません。〕


 36名。クラス全員ということだ。


 誰か一人の問題ではない。この教室にいる全員が対象。


 僕は教室を見渡す。


 いつも通りの顔ぶれ。眠そうなやつも、苛立っているやつも、状況が飲み込めていないやつも。


 けれど、さっきまでとは明らかに違う。


 空気が"閉じている"。


〔校内設備は最低限の範囲で使用可能です。電気、空調は維持されています。〕


 やけに具体的な説明。まるで、長期間を想定しているような言い方。


 誰も笑わない。冗談だと言い切れる空気では、もうなかった。


 桐谷が低く呟く。


「……閉鎖、って何?」


 スピーカーが、わずかにノイズを発する。


 そして、次の一文が告げられた。


〔本日より、生存選抜プログラムを開始します。〕


 選抜。胸の奥がひどく冷たくなる。


 説明はまだない。ただ、言葉だけが置かれる。


 選ぶ。選ばれる。誰が。何を。


 教室の中央に立っていた男子が、声を荒げた。


「いい加減にしろよ!  どこにいるんだよ、これ流してるやつ!」


 天井を睨みつける。当然、返答はない。


〔詳細は追って通知されます。それでは、"ゲーム"を開始します。


 ――Day0。〕


 カチッ、と小さな電子音が鳴った。


 それきり、スピーカーは沈黙した。


 誰も動かない。


 時間が止まった教室で、言葉だけが先に進んでしまった。


 ――ゲーム。


 まだ、何も始まっていないはずなのに。それでも、直感的に分かる。


 ――死の予感。


 沈黙が、数秒続いた。


 ざわめきはある。けれど、誰も明確な行動に移れない。


 その時、教室前方の黒板が微かに明滅した。


「……え?」


 黒板中央に、白い光が走る。そして、文字が浮かび上がった。



【対象者確認:36/36】



 ざわりと空気が揺れた。


 名前が一列に表示される。


 クラス全員分。逃げている者も、欠席者もいない。全員が、ここにいることを確認するための表示。


〔これより、グループ編成を開始します。〕


 再び音声が告げる。


「は?」


 誰かが笑う。


「意味わかんねぇって……」


 だが黒板の文字は止まらない。


 名前が高速で並び替えられ、3つずつ枠で囲まれていく。



 ――第一グループ

 ――第二グループ



 数字が増えていく。


 3人1組。それが12枠。


 やがて僕の名前が書かれた。



【第三グループ】

 

越宮こしみや 零/桐谷 美桜/岩倉 健



 横に並ぶ2つの名前。


 桐谷。そして、普段ほとんど話したことのない男子の名前。


「……何?」


 桐谷が小さく息を呑む。


「何これ、勝手に決められてるんだけど!」


 教室のあちこちで、似た声が上がる。


「最悪なんだけど!」「なんであいつと?」「ちょっと待てよ、これ何の意味があるんだよ!」


 12の枠が確定し、表示が停止する。



【編成完了】



 無機質な表示。


 感情の入り込む余地がない。


〔各グループは以後、行動単位として扱われます。〕


 行動単位。その言葉の意味を、誰も理解できない。


〔グループの再編成は行われません。〕


 逃げられない。僕は黒板の自分の名前を見る。


 これから何が起こるのか。わかりそうで、見当もつかない。


 スピーカーが再びノイズを鳴らす。


〔それでは、ルール説明を行います。〕

 

 教室の空気が、さらに冷える。


〔本プログラムは、生存選抜を目的としています。〕


 生存。その単語が、再びはっきりと告げられた。


〔最終的に生存が許可されるのは、1グループのみです。〕


 一瞬、意味が理解できなかった。


 1グループ。3人。


 この36人の中で、3人だけ。


 残りは――


「……はは、冗談きついって」


 誰かが乾いた声で笑う。


 だが、合成音声は淡々と流れる。


〔本ゲームでは、1日ごとに一部の場合を除き、処刑対象者1名が確定します。〕


 処刑。ここまで言われれば、もうどんなゲームか想像に難くない。


 ――デスゲーム。


 だが、まだ実感はわかない。ただのゲーム用語なだけで、退場=死と決まった訳ではない。


〔対象は、規定手順に基づき選出されます。〕


 合成音声は、説明を続ける。


 教室の空気は、もう完全に変わっていた。


 誰も大声を出さない。誰も笑わない。


 ただ、聞いている。


 黒板に新たな項目が表示される。



【確定処刑】



 確定。その言葉の重みが、ゆっくりと沈む。


「確定って……何が」


 誰かが呟く。


〔確定した対象は、即時処刑されます。〕


 即時。処刑。


 具体的な描写はない。だが、曖昧さが逆に理解を強制する。


 僕の隣で、桐谷の呼吸が浅くなるのが分かった。


〔処刑は回避できません。〕


 教室の後方で、椅子が倒れる音がした。


「ふざけんなよ!」


 立ち上がった男子が叫ぶ。


「何の権利があって、そんなこと決めてんだよ!」


 答えは返らない。システムは、感情に反応しない。


〔加えて、3日ごとにグループ単位での処刑を実施します。〕


 画面に、12のグループ枠が再表示される。


〔対象グループは、投票により決定されます。〕


 投票。誰かを選ぶ。


 そして、そのグループごと――


〔対象となったグループは、全員が処刑されます。〕


 沈黙。理解が遅れて広がる。


「……は?」


 誰かが椅子に崩れ落ちる。


「ちょっと待てよ……グループ全員って……」


 3日に一度。グループ丸ごと。確実に。


 みんなの体に、遅れて恐怖と絶望が広がっていく。


〔その他、規定違反が確認された場合は即時処刑を行います。〕


 それでも合成音声は、淡々と、追い打ちをかけるように語る。


〔詳細な行動規定および役職の配布は、Day1開始時に実施されます。〕


 役職。その単語に、わずかなざわめきが走る。


 何かが、まだある。ただ減らすだけではない。


 仕組みが組み込まれている。


〔Day0は準備期間です。本日中の処刑は実施されません。〕


 一瞬、空気が緩む。今日は死なない。少なくとも、今日は。


〔Day1は、明日06:00:00より開始されます。〕


 画面の下部に、カウントダウンが表示される。



【5:59:58】



 本格的なゲームの開始は翌日の朝。猶予なのか、宣告なのか。


〔質問は受け付けません。繰り返します。この校舎は既に閉鎖されています。運命を受け入れましょう。それではDay1開始まで、しばらくお待ちください。〕


 電子音。表示が固定される。



【Day0】



 誰も動かない。


 ――36人。


 同じ教室にいるのに、もう同じ場所に立っていない。


 隣にいる3人が味方なのか。あるいは、最初に切り捨てる単位なのか。


 まだ誰も死んでいない。


 なのに。この教室は、もう教室ではなかった。



◇◇◇◇◇◇



 スピーカーの声が止んで10分ほど時間が経った。


 だが、今だざわめきは続いている。


 怒鳴る者。泣き出す者。 「冗談だ」と繰り返す者。


 けれど、それらはどこか遠くに聞こえた。


 僕は、黒板に表示された12の枠を見つめていた。


 第三グループ。


 僕の名前。桐谷の名前。もう1人の名前。


 最終的に生き残れるのは、1グループだけ。


 グループの誰も死ななければ3人。36人から3人になる。


 カウントダウンの数字が静かに減っていく。


 僕はもう一度、窓の外を見る。


 真っ黒な闇。街灯も、校庭も、何もない。ガラスに映るのは、自分たちの姿だけだ。


 閉じ込められた、というより、切り離されたという感覚のほうが近い。


 世界から。日常から。選択肢から。


「……どうするの、これ」


 桐谷が小さく言う。僕は答えなかった。


 どうするかは、まだ決まっていない。


 けれど、一つだけ分かることがある。


 これは、誰かの気まぐれじゃない。


 感情の入る余地のない、完成された仕組みだ。


 怒っても、泣いても、交渉しても。多分、変わらない。


 なら、考えるしかない。


 減らされる側になるか。残る側になるか。


 まだ誰も死んでいない。なのに、もう始まっている。


 カウントダウンは止まらない。


 そして、表示された文字は、最後まで消えなかった。



【この校舎は既に閉鎖されています。】


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【生存者:36/36】

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― 新着の感想 ―
教室が突然閉鎖され、闇に包まれる展開から一気に緊張が高まりますね。合成音声の無機質なルール説明やグループ編成が、冷たい絶望感をうまく演出していて引き込まれました。日常が一瞬で崩れる恐怖がリアルで、続き…
xから来ました 日常が崩れていく違和感の描写がリアルで、一気に引き込まれました。グループごと処刑のルールが容赦なくて、続きが気になって仕方ないです。
xからきました。 すんごい細かい事ですが、教室の時計は3時50分でもいいですが、スマホなら15時50分と表示される気がします。
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