第四宙 第九夢 御黎夢宙館
多くの夢宙者たちが、少しずつ広場から去っていく中。
狼子は祁翔、雁羽、陸達たちを連れて、ゆっくりと夢宙時空管理局の談話ホールへ向かった。
広大な談話ホールには、美しい彫刻が数多く施されていた。
さらに、線の表現が非常に優雅で、色彩も見事に使われた、まるで生きているかのような絵画が何枚も飾られている。
そのため、ホール全体は非常に豪華な雰囲気に包まれていた。
個人用の独立した空間もあれば、複数人で利用できる会議室も用意されている。
狼子は祁翔たちを、そのうちの一室へと連れて行った。
祁翔はソファのある場所を選び、そこへ腰を下ろした。
そして、静かに考え込む。
ここ最近、夢宙時空で起きた様々な出来事。
気がつけば祁翔の心には、以前よりもさらに強い決意が芽生えていた。
――白い蝶を探したい。
――あの白いローブの男の正体も知りたい。
――そして、もっと多くの色を持つ、様々な色系統の魂の欠片を集めたい。
そうすれば、宙之曆に隠された、さらなる秘密を知ることができるかもしれない。
宙之曆によって宙武の技能が向上するという、思いがけない出来事。
その様々な機能を知ったことで、祁翔は自分の宙技や戦闘能力を、これからどのように強くしていくべきかを考えていた。
もう二度と、仲間たちが倒れている姿を見たくなかった。
だから祁翔は、心の中で静かに決意した。
――自分は必ず成長する。
そして祁翔は、伝説とされる上古十二宙器についても興味を抱いていた。
しかし、今もっとも緊急なのは、狼子たちと共に噩夢蛇の巣穴に関する手がかりを探すことだった。
だが、夢宙時空はあまりにも広い。
一体、どこから探せばいいのだろうか。
その疑問が、ずっと祁翔の心の中に残っていた。
狼子は祁翔の表情から、その迷いを察した。
「どうした? ずいぶん悩んでるみたいだな。顔中に疑問が浮かんでるぞ」
狼子がそう尋ねると、祁翔は少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「赫爾姆大陸って、ものすごく広いだろ? 俺たち、一体どこへ行けば噩夢蛇の巣穴とか、迷宮を見つけられるんだろうって思ってさ」
「なんだ、そのことを悩んでたのか」
狼子はそう言うと、自分の宙之曆を開いた。
すると、そのページには、地図のような細かな情報がびっしりと表示されていた。
「これは……?」
祁翔は不思議そうに尋ねた。
雁羽は楓葉を撫でながら、陸達と共に宙之曆のページを見つめている。
二人も、狼子が何を言うのか期待しているようだった。
「これは夢宙時空の地図だ。翔、まだ言う機会がなかったからな」
狼子は祁翔を見ながら言った。
祁翔は目を輝かせ、新しいものを発見した子供のような表情を浮かべた。
今までの祁翔は、ほとんどナビゲーションシステムばかりを使っていた。
宙之曆の様々なシステムを、真剣に使ったことはほとんどなかったのだ。
狼子は宙之曆の地図の一箇所を指差した。
「ここが、夢宙時空の蔵書閣だ。現実時空で言うなら……図書館みたいなものだと思えばいい」
しかし祁翔は、まだ不思議そうな表情をしていた。
その顔を見た狼子は、さらに説明を続ける。
「俺たち、そこへ行ってみないか? 夢怪時空について、もっと詳しい資料を集められるかもしれない」
「いいじゃん! さすが狼子!」
祁翔は嬉しそうに言うと、狼子の肩を勢いよく叩いた。
「そんなに強く叩く必要あるか?」
狼子はその勢いに少し身体を震わせ、呆れたような表情を浮かべた。
「それじゃあ、何を待ってるんだ? 行こう!」
祁翔はすぐに出発するような勢いで立ち上がり、扉の前から狼子、雁羽、陸達たちに手を振った。
まるで、
――早く立って、行こう!
と言っているようだった。
狼子は首を横に振り、両手を広げた。
まるで祁翔には敵わない、と言いたげな表情だった。
そして狼子は、黙って祁翔の後ろについて歩き始めた。
祁翔は宙之曆に表示された地図を見ながら進んでいたが、途中で突然足を止めた。
狼子は祁翔の隣まで歩いてきて、不思議そうに尋ねた。
「どうした? 急に止まって」
祁翔は少し恥ずかしそうに言った。
「実は……俺、地図の見方がよく分からないんだ。いつもナビゲーションの矢印に頼ってたし。やっぱり狼子が案内してよ」
狼子は思わず笑い出した。
そして首を横に振る。
「まったく。地図も読めないのに、先頭を突っ走るんだからな」
そう言うと狼子は、宙之曆の地図ページを開き、先頭に立って皆を案内し始めた。
しばらく歩いた後。
狼子はついに祁翔たちを、一つの非常に洗練された、独特なデザインの建物へと連れて行った。
その独立した建物は、どこか幻想的だった。
まさか中が図書館だとは、誰も思わないような外観だった。
祁翔はその建物を、目を離すことなく見つめていた。
すると、いつの間にか狼子はすでに建物の中に入っており、祁翔を呼んだ。
「ほら、行くぞ! 入ってこいよ。何ぼーっとしてるんだ」
祁翔は我に返り、頷いた。
そして建物を見上げながら、ゆっくりと中へ入っていった。
建物の中へ入った瞬間。
祁翔の視線は、壁に刻まれた五つの美しい文字に釘付けになった。
――『御黎夢宙館』。
「御黎夢宙館……? 御黎って、何?」
祁翔が尋ねると、狼子は首を横に振った。
「……さあ、分からない」
祁翔はその五文字を眺めながら、狼子たちの後を追った。
さらに進むと、目の前にもう一つの扉が現れた。
その扉をくぐった瞬間。
祁翔は再び、目の前に広がる光景に驚かされた。
内部は非常に壮大で、豪華だった。
狼子、雁羽、陸達は、建物の案内図の前で何かを探している。
すると突然、狼子が大きな声を上げた。
「あった! ここだ! 時空歴史蔵書エリア!」
狼子は興奮した様子で手招きをし、皆に自分についてくるよう促した。
狼子たちはさらに奥へと進み、階段を上った。
内部の様々な場所は、壮大なだけではなかった。
非常に上質で、デザインの中には芸術的な雰囲気が漂っていた。
壁には数多くの絵画が飾られていたが、祁翔たちは誰が描いたものなのか知らなかった。
しばらく歩いても、狼子は地図のナビゲーションが示している場所を見つけることができなかった。
一番奥まで来ても、もう先へ続く道はない。
狼子が不思議に思っていると、その時。
宙之曆が声を発した。
『夢宙時空・歴史蔵書エリアの転送ポイントを開きますか?』
「えっ? 図書館の中にまで転送ポイントがあるのか!?」
狼子は驚き、新鮮な発見をしたような表情を浮かべた。
「はい」
狼子がそう答えた瞬間。
皆の目の前に、白い光と霧のような雰囲気をまとった転送門が現れた。
その姿は、以前、夢怪時空へ向かった時に使用した転送ポイントとよく似ていた。
狼子は特に疑うこともなく、真っ先に転送門へ入っていった。
雁羽と陸達も、その後に続く。
祁翔は一度だけ後ろを振り返った。
――こんなに大きな蔵書館なのに、どうして誰もいないんだろう?
そんなことを考えながら、祁翔も転送門へ入っていった。
狼子たちが転送門を通り抜けると。
なんと、皆の身体は空中に浮かんでいた。
そしてその空間には、一体の未知の生物がいた。
その生物は、数多くの本を整理していた。
狼子たちの存在に気づくと、手にしていた作業を中断し、ふわりと宙に浮かびながら、彼らのもとへ近づいてきた。
そして口を開いた。
「久しぶりだな。資料を探しに来る者がいるなんて。本当に珍しいことだ」
その未知の生物を見つめながら。
雁羽は楓葉を抱いていたものの、その瞳はまるで星が輝いているかのように、きらきらと輝いていた。
「かわいい……」
雁羽は思わず呟いた。
祁翔たちの目の前にいる未知の生物。
その毛並みは真っ白で、見た目はまるでカワウソのようだった。
眼鏡をかけており、その姿は可愛らしいのに、どこか知的な雰囲気も感じさせる。
狼子たちは中へ入った瞬間から、あちこちへとふわふわ漂っていた。
祁翔、雁羽、陸達も、懸命に浮遊感覚へ慣れようとしている。
しかし雁羽は、うっかり楓葉を手から離してしまった。
楓葉はそのまま、本棚へとぶつかった。
「痛い!」
楓葉は尾で額を撫でながら言った。
雁羽は申し訳なさそうな表情を浮かべ、浮遊感覚に慣れようとしながら、再び楓葉を抱き直した。
狼子は未知の生物に尋ねた。
「俺たちは、夢怪時空に関する資料を探しています。噩夢蛇についての情報なんですが、ここにありますか?」
狼子の質問を聞くと、その未知の生物は少し迷ったような表情を浮かべた。
周囲を見渡しながら、口の中で何かを呟いている。
「種族……種族……噩夢蛇……噩夢蛇……」
「カワウソが喋ってる……」
祁翔は、その姿を見ながら思わず口にした。
未知の生物が迷いながら、ぶつぶつと呟いている間。
祁翔は周囲を観察していた。
そこには数え切れないほどの書籍があり、中には光を放っている本まで存在していた。
すると突然。
未知の生物は何かを思い出したようだった。
「あった!」
そう言った瞬間。
その身体から、無数の光の糸が伸びた。
光の糸は一冊の光る本へと繋がり、その本を狼子の目の前まで導いていった。
「これは……?」
狼子、雁羽、陸達は不思議そうにその本を見つめた。
祁翔もふわりと近くまで漂い、一緒に覗き込んだ。
その本が狼子たちの前で開かれると。
狼子の宙之曆も本来の姿へ戻り、目の前に浮かび上がった。
未知の生物が取り出した光る本は、まるで宙之曆の中へ組み込まれるかのように、一つになっていく。
そして組み込まれた瞬間。
宙之曆のページには、以前と同じように投影が現れた。
この不思議な組み込みシステムに、狼子たちは驚いた。
祁翔は思わず口を開く。
「宙之曆に、こんな機能まであったなんて……」
祁翔たちは真剣な表情で投影を見つめた。
するとそこには、立体的な映像が現れた。
それは赫爾姆大陸のようだった。
さらによく見ると。
赫爾姆大陸の立体地図の上に、数多くの噩夢蛇の印が表示されていた。
「これは?」
祁翔は理解できないという表情を浮かべた。
すると未知の生物が答えた。
「その印はすべて、噩夢蛇がかつて巣を作った場所だ。君たちの役に立つかもしれない」
狼子は地図をよく観察し、最後まで見終えると口を開いた。
「これらの手がかりを使えば、探せるかもしれない。奴らの習性や、巣を作りやすい場所を調べれば……」
狼子がそう話している間。
祁翔は未知の生物の後ろにある、白い光の束に気がついた。
それは転送門のようにも見えた。
祁翔は好奇心を抑えきれず、ふわりとそちらへ近づいていく。
そして、触れようとした瞬間。
「うわっ!」
祁翔の身体は、何かに弾かれた。
幸いなことに、狼子がすぐに祁翔を支えた。
祁翔は不思議そうな表情を浮かべた。
「何これ? なんでこんなことになるんだ?」
未知の生物は、まるで祁翔をからかうように言った。
「そこは、お前たちが入れる場所ではない。SS級以上の夢宙者だけが探索できる禁書空間だ」
「禁書……空間?」
祁翔と狼子は同時に声を上げた。
「そこには多くの奇書が眠っている。それに……あの、誰もが奪い合っている……」
未知の生物は途中まで話した。
しかし、急に言葉を止める。
「……なんでお前たちに、そんなことまで教えなきゃならないんだ」
祁翔は少し不満そうに言った。
「何それ。言うなら最後まで言ってよ。なんで途中まで話して終わるんだよ」
雁羽と陸達は、興味深そうに白い転送光を見つめていた。
「さて。そろそろ、お前たちを外へ送る時間だな」
未知の生物はそう言うと、さらに続けた。
「それと、私はカワウソではない。千年以上生きている上古宙獸で、私の名は――」
しかし。
その名前が告げられる前に。
祁翔、狼子、雁羽、陸達の身体から、無数の光が溢れ出した。
次の瞬間。
彼らは再び、御黎夢宙館の大ホールへと戻っていた。
「……あ」
祁翔たちは、あっという間に外へ出されてしまった。
一方。
カワウソのような姿をした上古宙獸は、先ほどまで彼らがいた空間で呟いた。
「……出て行ったか。まあ、いい。名前は次に会った時にでも話すとしよう」
そして、整理の途中だった本を再び開いた。
祁翔と狼子は、困惑した表情で周囲を見渡した。
最初に口を開いたのは祁翔だった。
「禁書空間かぁ……。中にはどんな本があるんだろう?」
祁翔の想像は、すでに止まらなくなっていた。
「伝説の魔法書とか? それともアニメによく出てくる召喚の本とか……それとも……?」
狼子は祁翔を見た。
――本当に、こいつは想像力が豊かだな。
狼子はそう思いながら、首を横に振った。
「さあな。でも、少なくとも噩夢蛇の手がかりは手に入った」
祁翔は狼子の言葉を聞き、頷いた。
「うん。でも、またあの場所へ行くと思うと、やっぱりちょっと怖いな……」
雁羽は楓葉を抱きながら、微笑んだ。
陸達も同じように微笑んでいる。
狼子は自信に満ちた表情で祁翔に言った。
「俺たちがいる。怖がる必要なんてない」
実際には、狼子自身も以前の蛛后との戦いを思い出すと、まだ恐怖を感じていた。
王級、后級以上の存在。
その力が、決して軽視できるものではないことを、狼子は身をもって知っていた。
しかし。
祁翔や仲間たちを励ますために。
そして皆を安心させるために。
狼子は、自分が恐れていないように振る舞う必要があった。
祁翔は狼子を見つめた。
すると、心の中にあった恐怖が、少しだけ小さくなっていった。




