第四宙 第三夢 魂の欠片
「まだ寝てるのか、起きろ!」
一人の男子生徒の声が響いた。
「誰だよ……俺、まだ寝たいんだけど……」
祁翔は目をこすりながら言った。
教室中がどっと笑いに包まれる。
先生は黒板に文字を書いていたが、振り返って祁翔を見ると、呆れたように首を横に振り、再び黒板に文字を書き始めた。
祁翔は周囲を見渡した。
――ああ、教室だ。
祁翔は心の中でそう思った。
――また夢を見ていたのか?
彼は胸元に手を触れた。
「……ん?」
何かがある。
そこには、確かにペンダントがあった。
――いや、待て。
ここはいったい現実なのか、それとも夢なのか?
祁翔はそれを確かめるため、授業中にもかかわらず教室を飛び出した。
「祁翔、どこへ……行くんだ?」
先生が呼び止めようとした時には、すでに祁翔は教室の外へ走り去っていた。
その場には、呆然と立ち尽くす先生と、唖然としているクラスメイトたちだけが残された。
祁翔は、ここが夢なのか現実なのかを確かめたかった。
走りながら周囲の景色を確認していく。
そして、彼は莊洛がよくバスケットボールをしている場所へと辿り着いた。
そこでは、莊洛がバスケットボールをしていた。
「莊洛!」
祁翔は名前を叫ぶと、そのまま莊洛の背後へ駆け寄り、強く抱きしめた。
莊洛は突然のことに固まった。
振り返る間もなく、ゆっくりと自分を抱きしめている両腕へ視線を落とす。
「お……お前、どうしたんだ?」
莊洛が尋ねる。
祁翔は首を横に振った。
夢怪時空、食夢蜘蛛の巣穴、そして蜘蛛后の迷宮。
そこで起きた出来事があまりにも衝撃的だった。
だからこそ、ここが夢なのか現実なのかなど関係なく、今はただ莊洛を強く抱きしめていたかった。
少しでも安心したかった。
少しでも慰められたかった。
「大丈夫だ。俺がいるから。」
莊洛は微笑み、自分を抱きしめている祁翔の手にそっと手を重ねた。
「起きろ!」
突然、また別の声が祁翔の耳元に響いた。
祁翔は目を開いた。
窓の外には眩しいほどの太陽の光。
頭上には白い天井。
祁翔は右側を見る。
そこには狼子がいた。
そしてベッドの傍らでは、楓葉が尻尾を振っている。
祁翔は身体を起こすと、狼子を力いっぱい抱きしめた。
「よかった……! 無事だったんだ……よかった……!」
祁翔の目には涙が浮かんでいた。
「お、おい……どうしたんだ? そんなに長い間眠っていて、目を覚ましたと思ったら、いきなりこんなに強く抱きついてくるなんて……。」
狼子はどうしていいのか分からず、戸惑った様子で言った。
「夢の中の……夢……?」
祁翔は小さく呟いた。
そしてようやく腕を緩め、目の前の狼子を見つめる。
――こいつは……莊洛なのか?
祁翔は、目を閉じる直前に見た光景を思い出した。
あの時、自分が見たものは本物だったのか?
祁翔は首を横に振った。
――きっと違う。
自分が莊洛をあまりにも恋しく思っているせいで、見間違えたのだ。
狼子は祁翔の奇妙な様子を見て、首を傾げた。
「どうした? さっきからずっと変だぞ。」
「お前……俺の大切な、大切な親友にすごく似てるんだ。」
祁翔は莊洛とのこれまでの思い出を思い返しながら言った。
「誰だ?」
狼子が尋ねる。
祁翔は首を横に振った。
そして、ようやく別のことを口にした。
「蜘蛛后は? 確かに……倒したんだよな?」
狼子は頷いた。
「ああ。誰が倒したのかは分からない。俺が目を覚ました時には、俺たちはもう夢宙時空管理局の人間に救助されて、ここへ運ばれていた。」
「じゃあ、ここは夢宙時空管理局なのか?」
狼子は頷いた。
「そうだ。」
「誰が俺たちを助けてくれたんだ?」
祁翔は興味深そうに尋ねた。
「聞いた話では、迷宮攻略を得意とする、俺たちより遥かに高位の夢宙者らしい。俺たちが出発するとき、倫薩がそいつを派遣していたそうだ。」
狼子は聞いた話を祁翔に伝えた。
祁翔は心の中で思った。
――そんなに凄い奴がいるなら、どうして俺たちにこの討伐任務を任せたんだ?
――危うく帰ってこられなくなるところだったじゃないか。
そして狼子を見る。
そこで祁翔は、狼子の背後に誰もいないことに気づいた。
「お前……怪我してる!」
長い戦闘の間、全員が自分たちの怪我など気にする余裕もなく、必死に討伐を続けていたのだ。
「大丈夫だ。こんなのかすり傷だ。すぐ治る。」
狼子は何でもないような口調で答えた。
「じゃあ、雁羽や陸達たちは? 大丈夫なのか?」
祁翔は心配そうに尋ねた。
「大丈夫だ。別の部屋で休んでいる。」
「……そうか。よかった。」
祁翔は掛け布団をめくり、ベッドから降りようとした。
その様子を見て、狼子が尋ねる。
「何をするつもりだ? もう少し休んだほうがいいんじゃないか?」
「俺、倫薩に聞きたいことがたくさんあるんだ。案内してくれないか?」
祁翔が狼子に尋ねる。
狼子は頷き、立ち上がると祁翔の前を歩いて案内し始めた。
祁翔は歩きながら考えていた。
――狼子って、夢宙時空管理局のことを本当によく知ってるんだな。
祁翔は歩きながら周囲を観察する。
夢宙時空管理局の内部はかなりハイテクな造りになっており、装飾品や調度品も非常に豪華だった。
しばらく歩くと、狼子が一つの部屋の前で立ち止まった。
そして、扉をノックする。
「どうぞ。」
中から声が返ってきた。
狼子が扉を開ける。
祁翔と狼子は一緒に倫薩の執務室へ入った。
倫薩は机の前に座っていた。
机の上に置かれたコーヒーからは、白い湯気が立ち上っている。
まるで、祁翔がここへ来ることを最初から予想していたかのようだった。
「目を覚ましたか! これはこれは、夢怪時空の蜘蛛后を討伐したA級夢宙者じゃないか。」
倫薩は笑い声を交えながら言った。
祁翔は開口一番、聞きたいことを尋ねようとした。
しかし、途中で思わず立ち止まる。
「A級……夢宙者?」
祁翔は疑問そうに尋ねた。
「そうだ。間違いなくA級夢宙者だ。一般の夢宙者では討伐することすら難しい蜘蛛后――人面蜘蛛の巣穴、蜘蛛后の迷宮を攻略し、討伐に成功した夢宙者たちだ。それくらいの階級が相応しいだろう?」
倫薩は笑いながら言い、机の上のコーヒーを一口飲んだ。
「こんなに危険な討伐だったのに……夢宙者の階級を上げるかどうかは、あなたたちが決めているのか?」
祁翔は倫薩に尋ねた。
「宙之曆の審査基準によって決定される。私たちが一方的に決めているわけではない。」
倫薩は微笑みながら答えた。
祁翔は心の中で思った。
――今は階級の話をしている場合じゃない。
もっと知りたいことがある。
慕敵小隊の宙之曆が変化して生まれた宙武。
あの奇妙な黒い光。
そして、彼らが使っていた宙語が、なぜ自分たちとは大きく異なっていたのか。
蜘蛛后が言っていた「違約」という言葉の意味。
消滅する直前に言っていた「あの方」とはいったい誰なのか。
そして、白い蝶が人の姿へと変化したこと。
あの男が語った言葉。
あまりにも多くの疑問があった。
特に――
『欠片を集めろ! 時空を救え! 探し出せ! あの方になれ!』
この言葉は、祁翔の頭の中に大きな疑問を残していた。
倫薩は、祁翔の顔に数え切れないほどの疑問が浮かんでいることに気づいた。
しかし、祁翔自身も何から尋ねればいいのか分からない。
すると倫薩のほうから、祁翔に問いかけた。
「君……蜘蛛后伊絲の彩色魂片を一つ手に入れただろう?」
突然の質問に、祁翔は思考を中断された。
蜘蛛后伊絲が消滅する直前。
確かに宙之曆は言っていた。
――特殊報酬、蜘蛛后伊絲の彩色魂片(未知の色系統)。
祁翔は思い出し、頷いた。
「確かに……そういうものを手に入れた。それは何なんだ?」
祁翔はその疑問についても尋ねた。
――なんて皮肉なんだ。
蜘蛛后は夢など信じていなかった。
人間の美しい夢を食べていた。
それなのに、彼女自身がこんなにも鮮やかな色彩を持つ魂の欠片を残している。
「宙語を唱えろ。君の宙之曆を使って、蜘蛛后伊絲の魂片に刻まれた古代の記憶を開放するんだ。」
倫薩が祁翔に告げた。
「古代の記憶?」
祁翔は疑問そうに尋ねる。
倫薩は頷いた。
「唱えろ。君だけの専用宙語を。」
「夢よ! 虚幻とは何か、真実とは何か! 想像の中を翔け、広大なる夢宙時空へと導き、真にして真実なるすべてを手に入れさせてくれ!」
祁翔が唱え終えると、宙之曆が紫色の光を放った。
そして、声が響く。
『蜘蛛后伊絲の魂片に刻まれた古代の記憶を起動しますか?』
祁翔は、その問いに驚いた。
――宙之曆には、こんな機能まであるのか?
彼はゆっくりと、宙之曆の問いに答えた。
「……はい。」
その瞬間。
狼子、祁翔、倫薩――その場にいる全員の前にあった蜘蛛后の魂片が、変化し始めた。
鮮やかな彩色が徐々に失われ、少し濁った白色へと変わっていく。
そして――
目の前に、魂片に刻まれた記憶の投影が現れた。
突然の変化と、その光景に祁翔は思わず息を呑んだ。
彼は目の前で始まった出来事を、ただひたすらに見つめていた。




