第三宙 第一夢 白い蝶(後編)
祁翔の成長した力を目の当たりにし、狼子は思わず小さく笑った。
その表情には、仲間の成長を喜ぶような温かなものが浮かんでいた。
同時に、祁翔の姿は狼子自身にも新たな力を与えていた。
「俺も……負けていられないな。」
狼子は『湛滅之劍』を握り直す。
次の瞬間――
彼の足元に『湛藍之宙』が展開された。
周囲の空気が一気に冷たくなる。
凍てつくような冷気が迷宮全体へ広がり、祁翔の『紫燃之隕』を逃れた人面食夢蛛たちは瞬時に氷へ閉ざされていった。
「やった!」
祁翔は嬉しそうに声を上げる。
「狼子、すごい!」
陸達と雁羽も、そんな二人の姿を見て微笑んでいた。
戦況は、完全に優勢だった。
――そう思った瞬間。
突然、戦場の空気が変わった。
数体の巨大人面食夢蛛が互いに近づき始める。
そして――
その身体が溶け合うように融合していく。
巨大な身体。
異様に膨れ上がった姿。
目の前で起こった変化に、祁翔は思わず言葉を失った。
「え……?」
「食夢蛛って……融合までできるの?」
「気持ち悪い……さっきより、もっと巨大になった。」
しかし狼子は怯む様子もなかった。
むしろ、その瞳には戦意の光が宿っている。
「大きいなら――」
「狙いやすいだけだ。」
その瞬間。
狼子は融合した超巨大人面食夢蛛へ向かって駆け出した。
「狼子!」
祁翔は驚いて叫ぶ。
「何をする気だ!?」
「危険だ!」
しかし狼子は止まらない。
巨大な敵へ向かって、一人で突き進んでいく。
その頃――
遠く離れた場所で、雁羽は静かに目を閉じていた。
『霧纓之杖』を手に、ゆっくりと《宙語》を唱える。
『夢よ――
夢を追い求めることは、
荒れ果てた砂漠の中で、
緑の大地を探し続けるようなもの。
それでも歩みを止めなければ、
やがて真なる泉を手に入れるだろう。』
詠唱が終わった瞬間――
雁羽の足元に『霧纓之宙』が展開される。
淡い桃色と虹色の光が広がり、『霧纓之杖』から溢れ出した。
その光は、一直線に狼子の周囲を包み込んでいく。
狼子の身体が淡い光に包まれる。
祁翔は驚いた表情で尋ねた。
「……あれは何?」
陸達は、目を閉じたまま力を使い続ける雁羽の代わりに答える。
「速度、攻撃力、斬撃能力……」
「様々な能力を強化する特殊効果だ。」
「それが雁羽の一番得意な力なんだ。」
「すごい……。」
祁翔は驚きながら、再び狼子へ視線を向けた。
そして狼子は、静かに『湛滅之劍』を構える。
『夢よ――
儚く見える夢でも、
信じ続ければ、
必ず叶える力となる。
今、この瞬間、
我を真実の彼岸へ導け。』
詠唱が響き渡った瞬間。
狼子の足元に巨大な『湛藍之宙』が展開される。
先ほどとは比べ物にならないほど強烈な蒼い光が迷宮を照らした。
超巨大人面食夢蛛の身体が、ゆっくりと凍り始める。
狼子は笑う。
「さあ――」
「また最高の美夢の時間だ。」
狼子は一気に駆け出した。
凍りついていく超巨大人面食夢蛛へ向かい、《湛滅之劍》を振り下ろす。
斬撃。
刺突。
連続する攻撃は、まるで蒼い閃光のようだった。
狼子は高く跳び上がる。
そして――
「はああっ!」
力強く剣を叩き込む。
その瞬間、眩い湛藍色の光が爆発する。
超巨大人面食夢蛛の巨体は大きく揺らぎ、狼子の斬撃によって深い亀裂が走った。
だが狼子は止まらない。
地面へ着地すると同時に、再び踏み込む。
次の瞬間――
『湛滅之劍』が巨大な身体を貫いた。
超巨大人面食夢蛛は苦しげな咆哮を上げる。
しかし、その声も長くは続かなかった。
身体は徐々に崩れ始め、無数の霧へと変わっていく。
やがてそこに残ったのは、静かに漂う白い霧だけだった。
戦いが終わる。
狼子は剣を肩に担ぎながら、いつものように堂々とした足取りで祁翔たちの元へ戻ってくる。
祁翔は目の前の狼子を見つめていた。
(この人……。)
(こんなに強かったんだ。)
思わず口から言葉がこぼれる。
「……強い。」
その一言を聞いた狼子は、先ほどまでの鋭い表情を少し緩めた。
そして――
意外にも、照れくさそうに頭を掻いた。
「いや……まあ、普通だろ。」
それは狼子にとって初めてだった。
「夢宙時空」の中で、誰かに純粋な称賛を向けられたのは。
祁翔は改めて、隣にいる雁羽を見る。
雁羽にも、こんなすごい力があったんだ。
いつもは全然見せないけど……。
本気を出したら、こんなにも強い。
戦闘は終わった。
しかし雁羽は、まるで何事もなかったかのように振る舞っていた。
彼女は楓葉を抱いたまま、楽しそうに撫で続けている。
祁翔たちはそんな彼女を見つめる。
さっきまで戦場にいたとは思えないほど、穏やかな光景だった。
そして四人は再び迷宮の奥へ向かう準備を始める。
白い蝶が消えた扉。
その先に待つものが何なのか――
まだ誰にも分からなかった。




