第二宙 第九夢 狼子の夢
一人の少年が、公園のブランコに座ったまま涙を流していた。
彼はいつまでも泣き続けている。
そこへ、もう一人の少年がやって来た。
「ねえ、どうして泣いてるの? これあげる。一番おいしいキャンディなんだ。青りんご味だよ。」
泣いていた少年はキャンディを受け取り、小さな手で急いで包み紙を開けた。
ぺろりと一口なめ、そのまま口へ含む。
すると、愛らしい笑顔がこぼれた。
白くきれいな歯がのぞき、とても可愛らしい。
二人の少年は顔を見合わせ、鈴のように澄んだ笑い声を響かせた。
やがて景色はゆっくりと霞み、再び少しずつ鮮明になっていく。
狼子はベッドの上で目を覚まし、天井を見つめた。
「夢か……。」
「懐かしい夢だったな。でも、あの子が誰だったのかは、もう思い出せない。」
身体を起こして時計を見る。
「しまった! 遅刻する!」
狼子は慌てて服をつかみ、急いで着替え始めた。
幼い頃の夢を見たことだけは覚えている。
しかも、何かとても大切なことをしていたような気がする。
しかし、今は授業へ急がなければならない。
その「大切なこと」が何だったのかは、どうしても思い出せなかった。
全力で走る狼子。
風に髪がなびき、前髪が持ち上がって額があらわになる。
それが彼の端正な顔立ちをいっそう際立たせていた。
襟足を長く伸ばしたウルフカット。
陽射しに照らされた小麦色の肌は、健康的で爽やかな印象を与える。
彼が駆け抜けるたび、男子も女子も思わず振り返ってしまう。
だが今の狼子の視線には、ただ一つの目的地しか映っていなかった。
学校だ。
「また遅刻か!」
校門では生活指導の教官が待ち構えていた。
「いやいや! まだ二分ありますよ、教官!」
狼子は必死に頼み込む。
教官は目を細めると、小さく手を振った。
今回は見逃してやる、という合図だった。
「ありがとうございます、教官!」
狼子は人差し指と中指を揃えて軽く敬礼し、そのまま校内へ駆け込んだ。
教官はその背中を見送り、呆れたように首を振る。
「次! 遅刻だ。あっちで記名しろ。」
狼子は階段を駆け上がり、教室へ入ると、そのまま一番後ろの席へ向かった。
鞄を置き、息を切らしながら椅子へ腰を下ろす。
隣の男子生徒が呆れたように言った。
「またギリギリだったな。」
「今回は遅刻じゃないぞ。」
狼子は腕時計を見せつける。
「……つまんね。」
男子生徒は興味を失ったように顔を背け、別の友達と話し始めた。
しばらくして教師が教室へ入ってくる。
「今回のバスケットボール大会ですが――」
教師は笑顔で続けた。
「狼子くんがキャプテンを務めたチームが優勝しました!」
「よっしゃー!」
狼子は勢いよく立ち上がる。
教師は咳払いをした。
「そこまで喜ばなくてもいいから、座りなさい。」
その時、一人の男子生徒が教室の窓の外を通り過ぎた。
狼子は何気なく視線を向ける。
窓の外の少年は、狼子へ優しく微笑んだ。
その笑顔は、どこか懐かしかった。
狼子は反射的に教室を飛び出す。
しかし廊下へ出た時には、もう誰の姿もなかった。
狼子は静かに目を閉じる。
「……悪くない夢だった。でも、これはいつもの手口だ。」
冷静な声で呟く。
その瞬間、狼子の手首に腕輪が現れた。
腕輪は深い蒼色の光を放ち始める。
彼の脳裏へ、一節の言葉が流れ込んだ。
狼子は静かに唱える。
『夢よ――
儚く、掴めないように見える夢でも、
信じ続ければ、
必ずそれを叶える力となる。
今、この瞬間、
我を真実の彼岸へ導け。』
次の瞬間、腕輪は蒼き《宙之曆》へと姿を変える。
狼子は『蔵物宙空間』からハスキーの仮面を取り出し、顔へ装着した。
「……よし、これで問題ない。」
仮面越しの声は、本来の声とは少し違って聞こえる。
その直後、無数の人面食夢蛛が目の前へ現れた。
悲鳴を上げながら、ゆっくりと狼子へ迫ってくる。
《宙之曆》が蒼く輝き、一瞬で『湛滅之劍』へと変化した。
狼子は宙に浮かぶ剣を手に取り、『湛藍之宙』を展開する。
一瞬だった。
すべての人面食夢蛛が氷結し、そのまま狼子の斬撃によって次々と砕け散っていった。
景色が激しく揺らぎ――
狼子は再び「蛛后迷宮」へ戻ってきた。
壁際で待機していた陸達と雁羽は、彼の姿を見つけると同時に立ち上がり、駆け寄ってくる。
「戻ってきたんだね。残るは祁翔だけだ。」
陸達が言う。
「よかった……。」
雁羽は素直ではない表情を浮かべながらも、その瞳には安堵の色が宿っていた。
「まだ出てきてないのか……。」
狼子は少しだけ心配そうな顔になる。
「無事に幻境から抜け出せるといいな。」
陸達は力強く頷いた。
「祁翔なら、きっと大丈夫。」
その言葉を聞き、狼子も安心したように頷く。
「ああ。あいつなら、絶対に戻ってくる。」




