72 チビゴブリン
「出野さん、あれ」
侶春と侶子は同時に指差す方向に目を向けると、一匹の小さなゴブリンが木に隠れながらこっちの様子を伺っていた。
俺のしょうかんで出てくるゴブリンちゃんにそっくりなその出で立ちは、敵と認識するには難があった。
だが侶春と侶子は杖を持って立ち上がり、臨戦態勢に入る。
「待て、俺のしょうかんかもしれない」
「「えっ!?」」
多分違うが、怯えながら何かを訴えかけているその目を見ると、自然と庇うような言葉が喉の奥から意図せず発せられる。
「出野さん、しょうかんってすぐに消えるんじゃ……」
「侶春が言うとおり、俺のしょうかんは役目を終えると煙と共にすぐ消える。それを踏まえた上で言っている。これはそういう理屈ではない」
「じゃあどういう理屈なんですか?説明してくださいよ!」
ああ言えばこう言う。これだから素人は。
これはプロとしての冒険者、いや元魔王の威厳を示すしかないな。
そう考えた俺は持論を展開する。
「侶春、侶子、お前らはまだ冒険者になって日が浅いから分からないだろうが、あの目を見てみろ。襲ってくるように見えるか?あのチビゴブリンは、何かを訴えかけ
「キーッ!」
俺の発言中、啖呵を切ったチビゴブリンが勢いよく俺達の方へ向かってきた。
「魔物!?」
それに気付いた真弓が即座にチビゴブリンに向けて弓をしならせ照準を合わせる。
チェリー以外の他の面々も、立ち上がり攻撃態勢を取った。
「待て待てーい!皆、これは俺のゴブリンちゃんなんだ!」
俺はゴブリンの前に両手を広げ立ち塞がり、皆の攻撃を遮断する。
ペチペチッ、ペチペチッ
皆は戸惑いながらも俺の気迫に負けたのか勢いを殺し、武器を構えたまま膠着状態が続く。
「……こいつは俺のゴブリンちゃんなんだ」
ペチペチッ、ペチペチッ
「召還士の俺には分かる。こいつは決して悪いやつではない。その証拠に、こいつの目を見てみろ」
ペチペチッ、ペチペチッ
後ろを振り返りチラッとチビゴブリンを見ると、生き物としての純粋な殺意がこもった目で俺の尻辺りにアタックを決めている。
俺は何故か悲しくなり、皆の方に顔を向け恐る恐る言う。
「な?」
ペチペチッ、ペチペチッ
これほどまでに説得力の乏しい『な?』など存在しない。
しかし俺はこれまでも0から1を作ってきた。
俺の辞書には無など存在しない。
故にこの『な?』も存在するのだ。
「でもめちゃくちゃ攻撃されてますけど?」
ゆうなはぐっと剣を握りしめ、すぐにでも斬りかかる態勢をとった。
他の面々も武器を構えつつ、ゴブリンを仕留めんとにじり寄る。
皆とのすれ違い、そう、俺の辞書には存在するものが、皆の辞書には無かったのだ。
「皆落ち着け。あ、そうだ!ここにいきなりゴブリンが一匹現れるのは不自然だと思わないか?」
ペチペチペチペチ
俺は藁をもすがる思いで銀次に目で合図を送る。
こんな時の銀次には絶対の信頼を寄せている。
師弟関係を都合よく使って、窮地を脱するのはもはや俺達のお家芸。
その合図に気付いた銀次は、手に持った二本の短剣を鞘へ収め、前傾姿勢を解除した。
「確かに師匠が言うことは一理あるでやんすねぇ。そのゴブリン、強い魔物が彷徨くこの森の中では絶対に生き延びれないと思いやす。何かしら事情があると」
でかした銀次!
このまま俺は皆を納得させるべく更に層を重ねる。
「だ、だろう?この尻を殴る動作は、ゴブリン特有の合図だ。『話がある、聞いてほしい』とこいつは訴えかけているんだ!よしよし、話を聞いてやろう」
そう言って、チビゴブリンの方へ振り向いた俺は、この小さなアタッカーと目線を合わせる為にしゃがみこむ。
「さぁ、話してみよ」
ペチペチッ、ペチペチッ
俺の顔にだいぶアタックを決められているが、この僅かなチャンスを逃すまいと構わず続ける。
「ほら、何か言いたいことがあるんだろ?あ、そうか!◎▼○#◆#*?」
俺はゴブリンパンチを繰り出した際にゴブリンちゃんが声にする、この訳の分からない言語を真似て言ってみた。
そうすると奇跡が起きた。
目の前のチビゴブリンは攻撃を止めたのだ。
そして周りを何かを確認するかのようにキョロキョロと視線を左右に振った。
「◎♪︎△○§〒※★■、†*○△◆#★▲!」
そして意味不明な言語で俺に何か訴えかける。
それに俺は答える。
「◎▼○#◆#*?」
俺はこれしか知らない。
多分俺が発してる言葉はゴブリンパンチという意味だと思うが、大事なのは気持ちだ。
「†▲▽◎○♡*¶♯︎?」
んー、何言ってるか分からない。
とりあえず俺は分かったフリをしてまた返す。
「おー、◎▼○#◆#*!」
「◆▼!」
チビゴブリンは一瞬怯えたような声を上げ、ビクッと身体を守る姿勢をとった。
そんなつもりはないが、勘違いさせてしまい少し申し訳ない気持ちになった。
とりあえず、手は出さないぞという意味を込めて、チビゴブリンと無理やり握手をした。
「出野さんすげー!ゴブリンと話してらー!」
剣児が目を輝かせながら興奮を露にする。
「な?」
俺も満更ではない顔をし、武器を構えたままの仲間達を見た。
皆が目を輝かせる中、法子だけは何か神妙な顔つきをしていたのが引っかかったが、この『な?』は各々の頭の中の辞書に存在しているはずだ。
するとチビゴブリンがトボトボ歩きだし、付いてこいと言わんばかりに手を叩き俺達に合図を送ってきた。
付いていけばいいのか?
皆は納得いっていない様子だが、武器をしまい、俺の元へと歩み寄る。
「出野さん、あのゴブリンと話してたみたいですけど、何て言っていたんですか?」
ゆうなが興味深そうに聞いてくるが、正直チビゴブリンが何を言っていたかは分からない。
しかしここで馬鹿正直に分からないと言ってしまっては格好がつかない。
「あー、なんか、『この先に俺達の村があるからおいでよ』って言ってたわ。それで『ご飯ご馳走してあげるよ』って。ということでついていこう!」
「でも一瞬ビクッて……」
「あー、あれな。あれはゴブリン特有の求愛行動だな。抱き締めるのを表している」
「でも怯えていたような気がしますが……」
「愛の形はそれぞれだ。あのチビゴブリンちゃんは、人間との禁断の愛に後ろめたい気持ちがあったのだろう」
まだ微妙に納得していない様子であったが、俺の力説でこの場を治めることに成功した。
誤魔化すためにちょっと面倒な方向に話が進んだなーとは思ったが、発言の撤回はしない。
「どっち道、目指す方角はあちらですので、出野さんを信じてあのゴブリンの後を追いましょうか」
俺達はチビゴブリンの後を追った。
◇◇◇◇◇◇
チビゴブリンの背中を追い続け30分、チビゴブリンが突然立ち止まる。
ここまで来る間も次々と魔物が現れ、その度に俺達は戦闘を重ねた。
森に入ってから二、三回レベルが上がったと思うが、正直覚えていない。
それくらい連戦に次ぐ連戦であった。
先を歩くチビゴブリンはというと、俺達が戦闘を始めると慌てるように木に登り、遠くから見守っているだけというチキンっぷりを発揮していた。
まぁ、戦いに参加したからといって俺達に利があるわけでもないので放置していた。
そしてようやく森の中にあるゴブリンの村まで後数十メートルの場所に到着したのだ。
ゴブリンの村は木製の簡単な塀で囲われており、中の様子はこちら側からは伺えない。
森の中だが塀の外には平地が広がり、俺達は森と平地のちょうど境目の所で立ち止まった。
魔物の気配がだいぶ濃い。
すっかり忘れていたが、ゴブリンの村は多分他の種族に占拠されている。
チビゴブリンは俺に近寄ってきて、村の方を指差すと小さな声で何かを話し始める。
「▲▽○●§☆▽&★♪︎○◆‡♯︎◆※」
当然意味は分からない。
このままゴブリンの村へ入ると奴らと戦闘になりそうだ。
しかしゴブリンの村に他の種族がいるってのに、このチビゴブリンはどこから来たんだ?
というかもしかしてこのチビゴブリン、別の種族に強奪されたこの村を取り返そうと俺に助けを求めていたんじゃないか!?
「出野さん、何て?」
チビゴブリンちゃんのあの目、絶対にそうだ。
これは元魔王として助けるしかない。
しかし個人的な理由すぎて、関係のない仲間達を巻き込むようなことだけは避けたい。
これは俺がちゃちゃっと終わらせてくるのが吉だな。
「なんか、『まずは俺だけに飯を振る舞う』と言っている。しょうがないなー、行ってやるか。皆はここで待っててくれ」
「何ですかその特別感は」
多少無理がある流れにゆうなは怪しんでいたが、これも全て皆の為だと自分に言い聞かせ、俺は村に向けて歩き出す。
「チビゴブリン、案内してく
「あああああ、お腹ペコペコだよー!死ぬー!お肉ー!」
颯爽と俺を追い抜く一際大きな身体。
なんと、お腹を空かせた状態のチェリーが脇目も振らずに奇声を発しながら村へと単身突撃を始めたのであった。
次回予告
空気の読めないチェリーが魔物の巣窟である村に単身突撃を始めた。皆が村に凶悪な魔物がいるわけがないと思っている中、ハーデスだけが危険を感じていた。そして現れる魔物。チェリーの行動により、戦いの火蓋がきって落とされる。
次回 ~激突~




