70 No.10 裏のゴブリン王 カッキォ
かつて俺が魔王として君臨していた時代、領地であるゴブリンの村で内輪揉めが起きていると一報が入った。
普段ならそんな事で魔王である俺が動くことはない。
何故なら今まではそこを統治しているゴブリンの王がその場を治めることが出来ていたからだ。
しかし、どうやらその揉め事はちょうどゴブリンの王が変わったタイミングで起きたようで、内容としては『こんな弱い奴をゴブリン王と認めない』と一部のゴブリン達が反乱を起こしたとの事だった。
その反乱のきっかけとなったゴブリンの王というのが後に俺の配下になるカッキォだ。
ゴブリンの王は、代々血筋により継承される。
親が王であれば、子の将来も王だ。
先代のゴブリン王は若くして人間の冒険者に殺され、幼いカッキォは、何の準備も出来ぬままゴブリン王の座を継承された。
この時カッキォはこの世に生を受けて二年。
他のゴブリン達が、頼りないカッキォを目の敵にするのも分からなくもない。
俺は面倒くさいなーと思いながらも、重い腰を動かした。
村へ着くと、一匹の華奢なゴブリンが、多くのガタイの良いゴブリン達に詰め寄られていた。
その華奢なゴブリンの横には、それを守るように一匹のゴブリンが押し返している。
場は騒然とし、誰も俺の存在に気付かぬほどであった。
魔王である俺が来てやったのに挨拶の一つもないとはどういうことだと向かっ腹を立て、地団駄を踏んだ。
激しく地が揺れ、野生の鳥類が一斉に木々から飛び立つとようやく俺の存在に気が付き、跪いた。
俺に跪くゴブリンに囲まれた華奢なゴブリンが、幼くして王の座を継承されたゴブリンだろうと一瞬で悟り、俺はその場を仕切る。
「ここの王はどこだー?俺の前に来い」
やはりといったところか、その華奢でボロボロの状態のゴブリンが俺の前へとおぼつかない歩みで近寄ってきてゆっくりと跪く。
「俺です。俺がゴブリンの王、カッキォです」
「なぜこうなった?」
俺が端的に理由を問うと、カッキォはしばし間を置き口を開く。
「……俺が王だと認めぬ者の背反行為です。しかしこの者達は何も悪くはありません。この場はどうにかして治めますので、どうか寛大な措置を」
ここまでされてなぜ庇うのか、俺は分からずにいた。
そしてなぜ抗わないのか。
「なぜお前はやり返さぬのだ?」
「はっ。以前よりハーデス様は無駄な殺し合いはご法度だとおっしゃっておりました。ですので、俺はそれに従ったまでです」
ほう、俺の考えを遂行していたのか。
幼くとも考えはしっかりしているな。
しかし王たる者は場を鎮める力がなければならないと考えていた俺はこのカッキォを王の器ではないと判断し、別のゴブリンを王として統治させようと結論付けた。
「お前にこの場を治める力はないな。残念だが王は別の者にする。いいな?」
「ハーデス様、お待ち下さい!」
反論する者はいないと思ったが、一匹のゴブリンが咄嗟に声を上げた。
先ほどカッキォの横にいたゴブリンであった。
その身勝手な行動に、周りのゴブリンは冷や汗をかいていたことであろう。
その証拠に頭を下げながらも目だけをその対象に向け、憎悪の念を向けていた。
「カッキォこそ王に相応しい者。それ以外は考えられませぬ。どうかお考えを改めていただけないでしょうか?」
その言葉とは裏腹に、身も声もブルブルと震えながら、魔王である俺へ進言した。
俺はそんなに怖い存在かと自分自身にガッカリした。
「なぜそう思う?」
「カッキォはこの中で一番強くたくましい。それを理解していない同族の反乱であるからです」
ほう、カッキォが強いと。
正直この時の俺は、弱き者にも序列があるとは思っていなかった。
弱い者への興味が皆無であったからだ。
弱い中でも強い?
それはつまり弱いってことじゃないの?
いや、あのゴブリンはこの中でと言っていた。
つまり、俺も含めてだな。
つまらん。俺よりも強き者がここにいるなど、そんな事があるわけがない。
そうは思うがこの状況の中、せっかく声を上げてくれた一匹の勇気あるゴブリンを否定するわけにもいかないので無理やり納得した上で、ある事を思い付いた。
「ほう、面白い。ではこの中で一番の強者を王としよう。ふはは、ここまで言われたからには我も立候補するぞ。今から我に挑む者はいるか?」
誰も口を動かそうともせず、辺りは静寂に包まれた。
どういうことだ!? なぜ誰も名乗りをあげない!?
その困惑の基は直後に絶たれる。
「ハーデス様、ちょっとそれは……。ハーデス様がこの中で一番強いのは皆承知しております。二番目に強い者を王とするのはいかがでしょうか?」
二番目……だと!?
それは王なのか!?
いや待て待て、あまりに馬鹿げた話すぎて忘れていたが各種族の王は確かに存在する。
その王を決めるということだったな。
俺は魔王でありながら、あろうことかゴブリンの王に立候補したのか。
変に『この中で』とか言うんじゃねぇよ。
いやー、危ないところだった……、というか、色々と面倒くさいな。
「さっきのは冗談だ。我がゴブリンの王などに立候補するわけがなかろう。お前、一応言っておくが、意見を述べるときはもっと分かりやすく伝えることだ。まぁいい。ではそうだな、このゴブリンの中で二番目に強い者を王としよう」
この時の俺は、頭の整理が追い付かず、ゴブリンの中で二番目に強い者を王にするという今考えると意味不明な提案をしたのだった。
「しかしハーデス様!二番目に強い者が王とはいかがなも
「笑止!我が二番目と言ったら二番目なのだよ」
さっきのゴブリンが俺の間違いに気付き訂正しようとしたが、これ以上面倒になるのを避けるため、意見を突き通してしまった。
その瞬間、どよめきが起きた。
俺はそのどよめきの本当の意味を理解していない。
そして間違いに気付かぬまま、一方的に話を続ける。
「ということで、これから力比べをしてもらおう。互いに傷付くような無駄な争いは避けるぞ。互いに両手を合わせ、正真正銘、己の力のみで押し合うという形式をとらせてもらう。背中の付いた方が負けだ。いいな?」
戦闘ではなく純粋な力比べであればカッキォも参加するだろうと考え、この形式で王を決めることとした。
俺の提案に皆は納得するように頷いていた。
しかしここから俺の知らないところでゴブリン達の心理戦が始まる。
俺が王に立候補する者を集うと、カッキォを含め八匹のゴブリンが名乗りをあげた。
そして適当に対戦する順番を決め、ゴブリン王を決める戦いが始まった。
華奢ながらもカッキォは圧倒的な力で勝ち進み、ついに王を決める最終戦が行われようとしていた。
「この一戦でゴブリンの王が決まる。これより、今のゴブリン王カッキォと名前は知らないが大きいゴブリンによる決勝戦を始めるー!」
「「わー!」」
大盛り上がりの舞台に二匹が立っている。
大きいゴブリンと幼きカッキォでは、体格に三倍以上の差があった。
互いにがっちり組み合い、両者共に気合いが入っているようだ。
さて、これで勝った方が王になるのか。
この時まだ俺は発言の過ちに気付いてはいないが、ゴブリンの中で二番目に強い者が王となると信じてやまない彼らは、この決勝戦で負けた方が王になると思っている。
「始め!」
俺の合図を皮切りに、ゴブリン達が更なる歓声を上げる。
そして始まる駆け引き。
バチンッ
開始早々組んでいる手が外れ、押し合うはずなのに何故か両者共に後方に勢いよく尻餅を付いた。
「仕切り直しだ。お前ら頭大丈夫か?押し合いだぞ?そして勝った方が王だぞ?」
俺がそう言うと、わけが分からないといったように二匹は狼狽え、場内にどよめきが起こる。
そして再度二匹は両手をがっちり合わせ、気合いを入れる。
「悔いは残すなよ。では始め!」
今度は地が削れるほど互いの押す力がぶつかり合う。
身体はまだ幼いながらも力があるカッキォが優勢で戦いは続き、徐々に大きめのゴブリンの背中に地面が迫ってきていた。
なんだ、あの者が言うとおりやはりカッキォは力があるではないか。
しかし俺の足元にも及ばないだろう。
俺はこの中で一番強いからな。
カッキォはどう足掻いても二番であろう。
「ふはは、この中で二番目に強い者が王となるのだ」
あと数ミリで勝負が決するといったところで俺がそう口にすると形勢が激変する。
何故かカッキォがいきなり身体をのけ反らせ始めた。
何だこれは!? ふざけているのか!?
この時の俺はこう思った。
俺の目の前には、押し合いだというのに身体をのけ反らせているゴブリンが二匹。
カッキォの背中が地面に付きそうなタイミングで俺の怒りが爆発する。
「真面目にやれ!」
ペシンッ
「たっふ」
カッキォの頭を軽く叩くと、力の抜けた華奢な身体は一気に引き寄せられ、大きめのゴブリンの背中が地面に付いた。
「これで俺が王だー!」
拳を突き上げ雄叫びを上げると、周りのゴブリン達も歓喜の声を上げた。
頭おかしいのかこいつらは?
「馬鹿者!」
ペシンッ
「どぅっふ」
負けたくせに王だ何だと騒ぎ立てる大きめのゴブリンにも制裁を加えた。
決勝戦を戦った二匹が大の字になって動かなくなると、辺りは静まりかえった。
「負けて喜ぶやつがどこにいる。この勝負、カッキォの勝ち!よってカッキォを正式にゴブリンの王とする」
「ハーデス様、カッキォが王になるのは嬉しいのですが、ちょっと話が違うような……」
カッキォの取り巻きが神妙な面持ちで俺に苦言を呈してきた。
そして話をよくよく聞くと、どうやら俺の言葉が発端だったようだ。
「……そうか。我がこのゴブリンの中で二番目に強い者を王とすると言っていたのか」
話の内容は理解したが、これ以上は面倒だ、やり直しなど正直やりたくない。
「じゃあ大きめのゴブリンだね。大きめのゴブリンをゴブリンの王とする!」
「「わぁぁぁあ!」」
その瞬間歓声が上がり、カッキォの取り巻きは涙を流しながら悔しそうに地面を叩く。
いやこの取り巻きの情緒どうなってんの?
お前発信の訂正だろうが。
そして勝負にも勝ち、力も勝ったがゴブリンの王になれなかったカッキォを、特別処置として俺直属の配下に迎え入れた。
カッキォも今ではゴブリン界一の巨体となり、幼く華奢だった頃が懐かしい。
本当に懐かしい。
カッキォの取り巻き数名も連れてきて、また別の地に新しくゴブリンの村を作った。
元々あったゴブリンの村は放置していたので今はどうなっているのか分からない。
その後廃れていって数匹のゴブリンがひっそりと暮らしているとかなんとか。
次回予告
カッキォとの出会いを懐かしむハーデス。森を抜けて北西を目指すが、そこには魔物が!実はしょうかんしとして最後に習得していたしょうかん、『リトルドラゴンブレス』が満を持して登場する!
次回 ~森にて~




