第19話 サバイバル<前編>
ホロホロホローッ
「ん...あっ...」
ハクトが気がつくとそこは森の中でも川の辺りだった。
日が徐々に上がって、斜めに差し込む光と何の生き物かわからないモノの鳴き声だけが木霊していた。
「はっ!...ここは...」
ハクトは起き上がると、まず最初に周囲を見渡した。
警戒を怠らないのは別に自分が恐ろしい魔獣に狙われるからではない。
キロ達に見つかることを恐れているからだ。
それこそが今回の家出で大切で一番の目的なのだ。
「誰も...いない...ね」
周囲には誰もいなかった。
恐らくだが、キロ達は追ってはこなかったとハクトは薄々気がついていた。
今追いかけても結局は逃げ出すため、同じことになるからだ。
唯一捕まえることのできるキロの動きが遅いことから確信はできないが予測はしていた。
それでも一応は用心していたハクトはようやく安心して川の水を飲み始めた。
ゴクッゴクッ
「っはー...よかった。水があるとこにたどり着けて」
ハクトは家から飛び出して昼間の間休むことなくずっと走り続けていた。
そして、ようやく川を見つけたところで体力が底をつき、水を飲んだ後に寝てしまったのだ。
「さてと」
ハクトは川沿いにある岩に腰をかけて一息つくと、現状について考え出した。
「ここからだけど...どうしよう...本当に何の準備もしなかったからな...」
ハクトはその日に家を出ると決め、本当に何にも道具を持たずに家を出た。
お金はもちろんだが、着ている服も上半身は炎で焦げており、ズボンは履いているが、靴すら履いていない状態だった。
「靴ぐらいは履いて出るべきだったな...」
状況はハクトの思っている以上に絶望的だった。
あまりに計画性がなさすぎる。
心も体もやせ細った5歳の子供が生き残れる状況ではなかった。
「...無い物を考えてもしょうがないよね。あるものは...この5歳にまで育った体一つだけか...おまけで心の病つきね...」
だが、ハクトはただの5歳の子供ではない。
元はと言えば16歳の高校生であり、足せば21歳の成人男性の教養を持っている。
そして何よりも神龍人族である。
ハクトは不思議と冴え渡る頭で冷静に自分に今あるものだけを考え始めた。
「牙、爪、鱗、敏感な五感、痩せたとはいえ日中走り回ることのできる体力。あとは...三つの異能力とブレスか」
言葉を発することでよくわかるが、ハクトは既に野生で生きてゆく上で必要な武器をすべて持っていた。
自然界を行く抜くための武器と感覚を。
そして、その中でも特殊なのが異能力だ。
ハクトは家で寝込んでいる間に買ってきた異能力図鑑を既に読破しており、自分の異能について把握していた。
「僕の三つの異能力は超回復、炎獄の痛み、解読。超回復は一番大切な能力だ。怪我を恐れなくていい。足も靴がなくても森の中を走れる。あんまり食べてなくても平気なのはこの異能のおかげかもしれない。炎獄の痛みは使い所を間違えないようにしないと。また、あの時みたいにしたくない。ここぞという時や脅し以外で使わないようにしないと。解読は最近なんとなく気がついた能力だけど使い方次第で応用が効く能力だよね。どこに行っても会話が通じればいいんだけど...」
体内の発火を炎獄の痛みと呼ぶことに関しては異能力図鑑に乗っていなかったため、ハクト自ら能力の系統から名前をつけていた。
ハクトはぶつぶつと自分にわかっていることを丁寧に説明する。
異能力の使い方を誤るとどうなるか知っているからこそ今一度自分に言い聞かせているのだ。
ぐぅー
「!...お腹すいたな」
ハクトはお腹をさすり、ほのかに笑っていた。
久々に聞いたのだ。
自分のお腹が鳴る音を。
「へへっ...すごいな心って」
これまでハクトは食べても少量の食事に落ち着いていた。
もちろん食欲が湧かなかったためだ。
当たり前だ。
ハクトは常に心の奥底で緊張していたのだ。
自分がいつかまた誰かを燃やすのではないかと。
「安心したのか...ようやく...」
しかしそんな緊張は誰もいないこの森の奥では心配無用だ。
ついに心が安心をし、思い出させたのだ。
そういえばお腹が空いていた、と。
「...ありがたいよ。この反応が見られただけで...あの家を出た甲斐がある」
ハクトは薄っすら涙を浮かべた。
どれほどこの反応を待ったことか。
「じゃあここから動かないとね。食べ物を探そう!」
人の心と体は繋がっているとよく言われるが、まさにその通りである。
心が疲弊すれば体も弱る。
しかし、逆に心が働き出せば、体も動き出すのだ。
ハクトの心はこの状況下でようやく上を向き始め、今まで弱り切っていた体がそれに釣られて動き出した。
「あれは確か食べれたはず、あっこれも。まだ家の近くの森ってことかな」
ハクトは川辺から一旦離れ、森の中で小さい頃庭でニーミから聞いていた食べられるものを次々に探し当てていた。
しかし、それは今いる森と家の周辺の生態系が変わらないということと同義であり、キロ達に見つからないためには早めに移動すべきことを意味した。
「とりあえずはこんなものかな」
小一時間ほど森を駆けずり回って川に戻ってきたハクトの手には多すぎるほどの山菜が収まっていた。
草の葉っぱや茎に根っこなど一見すると雑草だらけにも見えるが、中にはキノコやウドのようなしっかりした物もあり、十分な収穫があった。
そして、ハクトはそれらを川辺の岩の上に置いた。
「じゃあ調理場でも作ろうかな」
ハクトは川辺の拳程の石を拾い集め、円形に置き、その上に平べったい大きな石を乗せた。
「あとは燃えそうな枝を中に入れて、火をつければ完成っと」
ハクトは周辺から拾い集めてきた枝を下の石の隙間に入れ、ブレスで火をつけた。
燃え始めた火が平べったい大きめの石を焦がし、即席のフライパンが出来上がった。
「いい感じかな!」
ジュワー!
ハクトは温度を確かめるために水を少し垂らした。
そして、十分だとわかると取ってきた山菜を川の水で洗い、焼き始めた。
「どうかなー料理なんてしないからよくわかんないけど...というかこれ料理っていうのかな?」
焼き終わるとハクトは二本の枝で作った箸を使い、ただ焼いただけの山菜を口にした。
ずっとナイフとフォークかスプーンを使っていたため、箸を握る手が懐かしく感じた。
「味きつっ...当たり前だよね...」
ただ焼いただけのため、味という味はほとんどなく青臭さだけが残っていた。
しかし、食べ進むにつれて食材本来の味というのに気がつき、食べ比べをしていたらいつの間にか採ってきていた山菜はなくなっていた。
「うーん...やっぱしっかりとしたやつは歯ごたえもあってどこか甘味があったけど雑草みたいなのは本当に青臭いだけだったな...どこかで味付けできるもの探した方が良さそうだ」
久々に食べ物で満足感を得たという感動を感じながらハクトは今後必要なものに調味料を加えた。
そして、次にどう動くか考え始めた。
「できればこの水が補給できる場所から離れたくない。次、わけもわからず歩き出して水が補給できないなんてことになれば最悪死んでしまうし。あとは...どこかの街を目指すべきだよね...」
ハクトは気がついていた。
必ずどこかで綻びが生じて死んでしまう。
このサバイバル生活が長く続けられるわけがないと。
「どこかの街でせめて旅ができる必需品だけでも取り揃えないといけない。あとは街に行かないとどうしても僕が元の世界に戻るための情報も集められない」
ハクトは当てもないが、なんとかして戻ることができないか探すつもりでいた。
いや、もはやハクトの当面の目的はそれだけだと言っても過言ではない。
来ることができたのだから戻ることもできるはずだと。
例え、戻って千葉ハルキの体が焼けているとしても最悪、ハクトの体で帰ることができないか試すだけだと。
「ならどっちの町に行くかだ」
ハクトには二つの選択肢があった。
一つは家の近くにあった城下町に行くことだ。
これは既に一度行ったことがあり、少しは土地勘があるのが利点だ。
しかし、一歩間違えればキロ達に見つかる恐れがある。
そして、二つ目は山の向こう側、神山を超えた先にある魔族の集落へ行くことだ。
こちらは情報が乏しく道のりが険しい。
しかし、キロ達に見つかる心配が一切ない。
「うーん...」
どちらへ向かうかハクトは暫く悩んでいた。
下手をすると今後の展開を大きく左右するものだ。
できれば安全にいきたい。
「でもそっか、城下町の方には関所があって通行料払わないとダメなんだっけ...。でも誰か商人の人に頼めば少しくらいは...。魔族の方は仕来りとかも知らない。もしかして亜人は出入り禁止とかだと山越えした意味がなくなっちゃう。もう少し別の種族について調べるべきだったな...」
様々なパターンを模索し、どちらがより安全かを考える。
が、答えが出ない。
「当たり前か...情報が少なすぎるよ...誰か魔族の集落について知っている人に聞いてみないことには...」
ガサガサッ
ハクトが川沿いの岩で座り込んでいるところに後ろの茂みから何かが動く音が聞こえた。
「!」
バッ!
ハクトは勢いよく振り返り、音がした方を凝視した。
「...キロ?」
「...」
返事がない。
もしキロ達であったなら恐らくここで出てくるだろう。
しかし、出てこない。
得体のしれないものが自分を狙っている。
そんな殺気をハクトはしっかりと感じていた。
「...違うなら誰だ!」
ガサッ!!
ハクトが立ち上がり、声を出した瞬間だった。
黒くて長太いものがハクトに向かって飛び出してきた。
バッ!
「うわっでか!」
ハクトは飛び出してきたものをなんとか半身になって回避し、そのものの正体を見た。
シャアアアアァァァ!
「蛇!」
出てきたのは全長10メートル優に超えた超巨大アナコンダだった。




